十一 一夜城
異変が起こったのは早朝だった。
それは街から目と鼻の先、東の平地に忽然と姿を現したのである。――城だった。
この最前線に現れた新たな敵の拠点に、軍は見事に浮き足立った。
状況がつかめないでいる舟助は慌てて将校の集まる会議の場へと急ぐ。
「やってくれましたね、一也殿」
法眼が微笑を浮かべながら青い瞳で一也をまっすぐに見つめている。
「私と舟助殿が予知出来ない事態を招くことができるのは、貴殿だけです」
そんなことを言われても分からない。
だが確かに、織田軍の一夜城について、彼は知っていた。
一也は織田信長という歴史上の人物と、その数々の軍略について法眼に説明する。
彼は火縄銃や軍艦といった文明の利器にはさすがに理解が及ばず、唖然とした風であったが、その分を差し引いても、
「私たちはとんでもない相手を敵に回しているようだな」
とにかく、一也の言いたいことは伝わった。
「だが、貴殿にとって敵は過去の人間であることは救いだな」
法眼は優しく諭すように言った。
「心配なさるな。所詮は過去の人。貴殿は貴殿の武器を使えばよいのです」
法眼は昨晩作っていた人型の紙片を一枚取り出すと、二本の指でそれを挟む。
「私にとっては未来の敵だが、努力だけはしてみましょう」
何かを念じて空へと投げた。
刹那、紙片が爆発したかのように光を放つ。そして、空中に何か、巨大な動物が姿を現す。
馬のように長い首を持つ四足動物であることは分かったが、その体は色とりどりの体毛と、あちこちから生える鹿の角のようなものとで覆われている。
その巨大な動物が空中で太陽を遮り、地面に影を落とす。
「怖じけるな。各々、つとめを果たされよ」
普段の彼からは想像できないほどに大きな、通る声で、法眼はあたりでそわそわしていた兵達に命令を下した。
彼らは慌てて姿勢を正し、それぞれの配置へと戻る。
「他人の知識で作られた世界には、驚くほど干渉がたやすいようですね」
法眼は己の元に舞い降りた、巨大な獣の姿に満足げな表情を浮かべる。
「この神獣には、北面の守りをお願いしましょう」
彼は陰陽師という、一也の知識には無い武器を用いると共に、己の想像を形にするという先の仮説を実践して見せたようだ。
そして、これは戦力がさらに増したことを意味する。
「問題は東の城ですね。一也殿に何かお考えは?」
「そう言われても」
ただの高校生が信長に勝てようか。
「では質問を変えましょう。織田信長はいつ、どこで死んだのです?」
彼は家臣明智光秀の裏切りにあい、本能寺で自刃していたはずだ。それを伝えると、法眼は何でもないことのような顔をした。
「裏切りに弱いという訳だな」
「でも、あの城を建てたのは、その明智を倒した豊臣秀吉ですよ」
彼はふうん、と答えると、それ以上を告げず、取り出した筆で呪の紙片にさらさらと何かを書いた。そしてあたりの兵に声を掛け、それを持たせて東の一夜城へと向かわせた。
「次は、北の奇襲部隊ですね」
もう、東も北も問題ではないといった風に法眼は言う。
「見届けるだけで済みましょう」
その時、一夜城から火の手が上がった。かすかにしか見えないが、城内から打って出た織田軍は、町とは逆方向に向けて追撃をかけているようだ。
唖然としている一也に向けて、彼は微笑んで見せた。
「あんなものまで作れてしまいました」