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十 望月

 陣中は戦の前触れによる緊張で張りつめていたが、一也は定期テスト直前のあの雰囲気に似ているな、と、どうでもいいことを考えていた。

「眠れるときに眠ることも兵士の勤め。皆、出遅れるなよ」

 言うなり、舟助は寝息を立てる。この男は眠る時も甲冑を外そうともしない。いつ戦が起こるとも知れない戦国時代の武将は皆このようであったのだろうか。

 外ではいつのまにか僧衣姿となった大道芸人が、何か紙片を手に、

「戦勝や、戦勝祈祷でござい」

 などとはやし立てながら、明かりの灯る小屋にさりげなく入り込み、上手に酒など施しを受けている。

「たいした根性だなあ」

 先の例えで言えば、テスト直前の緊張をなんとかほぐそうとしている連中の群れにいきなり入り込んで、一緒に騒いでその楽しみを分けてもらうような行為だ。

 ただし、やり方を間違えれば逆鱗に触れて殺されかねない。

「根性だけではない。あの方はこの空間の性質を真に理解しているようだ」

 漢字の大の字のような、人の形に切られた紙片を並べながら考え事をしていた法眼が、一也の独り言に答えた。

「あの方があれだけの衣装の備えを前もってしていたと思いますか?」

 そして、一也の答えを聞くまでもなく、先を続ける。独り言には独り言か。

「この世界が、私たち参加者の想像から出来ていることがその答えです」

 彼はその根拠を語る。

 あの大道芸人は、己が姿を変えたいと思ったその時に、己の望む姿を生み出しているのではないか。

 つまり、我々陰陽師が人形に呪を吹き込み、その効果を発現するように、この空間は、想像を吹き込むことで舞台を作り出しているのではないかという。

 ここは、歴史の流れの中で、人の無念や無力感といった、行き場のない感情の堆積した場所なのだろう。

 そうした呪や念と言い換えてもよい力で動いている世界だからこそ、その住人の持つ知識や想像にも影響されて揺れ動くのではないか。

「この法則こそが、勝利のための、最後の鍵とも言えるでしょうね」

 法眼は一也に語るという形で何か考えをまとめている様子だった。

 その姿は日本人形のような、などという例えも及ばぬほど、あまりにも美しく、一也は一瞬ゾッとしながらも、つい見とれてしまい、異性を意識しそうになる自分に彼は男なんだと言い聞かせる。

 一方で、法眼の語る言葉には、何かずっと引っかかるものがあった。

 しかし、それを言葉に表現することができず、

「なんでも思い通りになったら、楽しいだろうな」

 などと呟いていた。

「望月の欠けることが無くとも、心が欠けることはありましょう」

 史実に拠れば、桶狭間の戦いは五月中旬、一ノ谷の合戦は一一八四年の二月初頭に行われたという。

 だが、この世界では冬の寒さも、春の陽気も感じられることはなかった。

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