一 図書館
雨が降る。地に降りた雨は川となり、海へと流れる。海はやがて蒸発して雲を作り、雨を降らせる。
雨は嫌いだった。
いや、外出を避ける理由を雨に求めていただけかもしれない。
なにしろ、晴れたら晴れたで進んで外には出ないからだ。
しかし、用事があればまた別だ。図書館へ本を返さなければ。
晴れでも雨でも、外出は面倒くさい。
その図書館は、出不精の一也ですら学校帰りに立ち寄ってしまうほどの近所にあり、こうして時々休日に返却期限が訪れる原因にもなっている。
入り口で傘を畳んでいると、クラスメイトの一人とすれ違う。一也は目を逸らして気づかないふりをしながら図書館へ足を踏み入れた。
雨の図書館は人も少ないかと思えば、却って暇になる人種が多いのか、平日のそれよりは十分に多い。
まずは手持ちの本を返し、ついでに何か別の本を借りるべく、館内を散策する事にする。
係員の機械的な対応に、無感動。
書棚を巡り、何冊かの本を手に取っているうち、歴史の棚に行き着くと、そこに同じクラスの女子生徒がいた。
相手は彼女を見つめる彼の視線に気づくと、頭を下げるように首を少し上下に動かしただけの反応を見せて、その場を離れていく。
一也は話しかける気もなかったし、相手もそうされることを望んではいないだろう。
この図書館は一也だけでなく、彼の通う高校の生徒の多くがよく利用しているが、その中でも彼女の姿は特によく見かけていた。
不定期に、割と多めの周期で通う一也が高い確率で見かける彼女である。その利用頻度は彼のそれを大きく上回るのだろう。
また、図書館内でよく出会うということは、見ている棚も同じ、つまり興味のあるジャンルが同じであるともいえる。
彼女と自分に共通点があることが、なぜか嬉しかったし、それが好意に繋がらないと言えば嘘になる。
彼女はクラスでも目立たない存在で、美人と呼べるほどの容姿でもない。
それでも、一也は彼女のことが好きだった。それを直接伝えられるようなロマンチックなチャンスがいつか訪れたらいいなと期待もしていた。
しかし、彼が学校で置かれている立場からすれば、きっと相手にされないだろうし、よほどの良い雰囲気であっても勝てる見込みは無いだろう。だったら、こうして距離を置いて憧れに留めておいた方が幸せだ。
はあ、とため息をついて、静かな図書館に意外と響いた音に少し慌てる。
その時、先程まで彼女が立っていた場所に何か光る物が落ちていることに気づいた。
それは指輪だった。銀一色で、継ぎ目のような装飾が見える。拾い上げてみるとそれは継ぎ目ではなく、ねじれたようになっていることが分かった。
表の面を辿っていくと、いつの間にか裏面になっており、何とかの輪とかいう奴だ。
返さなくちゃ、とは思うものの、彼女はもうどこかへ行ってしまったし、これは落とし物だ。受付で預かってもらえばいいや。などと考え、ついでに手に取っていた本の貸し出し手続きを済ませることにする。
「すみません、あの」
手続きを終え、例の指輪を預けようかとしたまさにその時、出口に向けて歩く彼女の姿が視界に入る。
「いや、やっぱりいいです」
一也は思わず指輪を手に、彼女の後を追って図書館を出た。