二の九
「どう思います、これ」
リルカから差し出されたのは、紙片だ。
宿屋の食堂で、一つのテーブルに座って俺達は作戦会議をしている。というか、朝にいきなりリルカによって作戦会議と言われて集められたのだ。
「何これ? 恋文か?」
「違います。恋文にしては素っ気無いでしょう。花ぐらい添えて欲しいものです」
「あれ、リルカ、花とか好きなのか?」
意外だ。
「嫌いではないですが。もう、話がずれてしまいました。これは、村の外れの岩壁に貼り付けてあったのを、村の方が見つけて持ってきてくださったのです」
「ええっと」
「どれどれ」
俺とココアが覗き込むと、そこには簡潔極まりない文章が書いてある。
勇者へ。お前らだけで坑道に来い。さもなければ村を滅ぼす。
内容としてはそれだけだ。
「馬鹿じゃねえの」
思わず口に出す。
誰が行くかよ。
「人質をとってるわけでもないのに、来いって、よく分からないわね」
「だな。行くわけがない」
ココアの意見に賛成だ。
「村のドワーフが持ってきてくれたってことは、村の人達は皆知ってるんだよな、このこと。どうなんだ?」
「もちろん、行くことはないと仰っています」
「だろうな」
昨日のことは別にして、そもそも村を出て行くことを考えていたくらいだ。
「ゴドー」
だが、リルカは真剣な目をしている。
「どう思いますか?」
「え、何が?」
「彼らは、本当に村を出て行くべきだと思いますか?」
「そりゃあ、まあ、そうだろうけど」
頭をかく。
確かに、いくつか引っかかっているところはある。
『言ってみろ。我が採点してやる』
フォイルが口を出す。
偉そうに。
「そもそもこんな文言を送ってくること自体が妙だ。俺達が邪魔なら、それこそ今すぐにでも村まで出て襲い掛かってくればいい。けど、こんな手を使って俺達を誘い出そうとするということは、だ」
「それが、できないってこと?」
ココアが考え込む。
「実際、あいつの土の魔術は凄かったけど、あれは坑道って四方八方を土で囲まれた場所だからって考え方もできる。坑道から引きずり出して、村のドワーフ総出でかかったら、案外倒せるんじゃないのか、あの魔族」
「だから、魔族ということで恐れていた村人を鼓舞する私達が邪魔。そこまでは分かります。しかし」
「ああ、この脅迫状の、村を滅ぼすってとこだろ」
そう。そこが疑問だ。
「それが簡単にできるなら、こんな脅迫状を出す必要がない。しかしそれができないなら、脅迫状が成り立っていない。単なるブラフなら別にいいけど」
『もう一つ考え方がある。それは、あの魔族にとって、村を滅ぼすことは可能だが、最後の手段ということだ』
「最後の手段ね」
呟くと、それをリルカに聞き取られる。
「最後の手段?」
「あ、ああ。つまり、村を滅ぼすことは魔族にとってもしたくないけど、いざとなったらするしかないって考え方もできるなと思ってさ」
「ふむ」
リルカは顎に手を当て、
「しかし、あの魔族は坑道に住み着いて何かしているわけですし、村人を脅して何か要求していたわけでもありません。どうして村を滅ぼすことに抵抗があるのでしょうか」
「村を滅ぼすこと自体じゃなくて、それをすると付随して何か不都合なことが起こるのかな」
言いながらも自信がない。
「あのお」
そこでおずおずとココアが会話に入ってくる。
「そもそも、どうやって村を滅ぼすつもり、なのかなぁ」
「確かに、そもそもその力がないのではないかという話でしたね」
「じゃあ、村を滅ぼす手段が問題なのか? その手段を、出来ればとりたくない、とか」
『いいぞ、その方向で間違っていないはずだ』
フォイルに褒められる。
結構嬉しい。
「ほ、他の魔族とか、魔人を呼ぶとか?」
恐ろしいことをココアが言うが、
「どうして呼びたくないんだよ。それに、結構時間がかかりそうじゃないか、連絡をとって、呼び寄せるのに」
俺は反論する。怖いので認めたくないというのもあるが。
「ただ、あの山を占領されてれりゃ自然と村が滅びる気もするけどな。主な産業の鉱山開発も鍛冶もまともにできないし、水も汲めない」
「あの鉱山の中に水脈あるんだよね。聞いた話だけど、一角獣の山の地下深くには、水竜が住んでるんだって、ふひひ」
何だそりゃ。伝説なんだろうが、一角獣の名がつく山に竜が住んでるのか。盛りすぎだろう。
「そう言えば」
ふと、リルカの目が窓の外に向く。
「昨日、山鳴りが酷かったですね」
「ああ」
沈黙と共に、俺達三人は顔を見合わせる。
待てよ。まさか、そういうことか?
「……だとしたら、今すぐ避難を始めても間に合いません」
立ち上がるリルカ。
「おい、まさか」
行く気か?
「大丈夫です。予想が当たっているかどうか、確認するだけです」
「偵察って言って、この前死にかけたかけただろうが」
「ま、まあそうですが」
リルカが目を逸らす。
「けど、確かに予想が確かなら、今にでも村ごと俺達が殺されてもおかしくないな」
座して死を待つのも馬鹿らしい。
「手分けしよう。ココア、村の人達にこの予想を伝えてきてくれ」
「えっ、どうして? あ、あたしも勇者様と一緒に」
「体力ないだろ」
ぴしゃりと俺が言うと、
「ぐ、ぐううう」
と唸って黙り込む。
「リルカ、行くなら一応俺も連れて行ってくれ」
「どうしてですか? 私一人で」
「荷物持ちは必要だろう。何かあった時に、さっさと逃げるためには大荷物を背負っているわけにはいかない」
「しかし」
「死なないよ、俺は。心配するな」
立ち上がり、リルカの肩を叩く。
「危なくなったら逃げる。お前も逃げろよ」
『楽しみだ。我なら、あの魔族を打ち倒せるはずだ』
期待してるぞ。




