二の七 その二
お祭り騒ぎだ。
「いやあ、さすがは勇者様だ。エミリーを助け出してくれるなんて」
酒場では、村の連中がほぼ全員集まっての飲めや歌えやの大騒ぎになっている。
「ほらほら、魔術師様も荷物持ちの兄ちゃんも飲めよ」
俺の前に酒らしきものが並々と注がれる。愛想笑いをして、とりあえず俺は料理を摘む。
「本当にめでたい」
「ああ、本当だな」
「よかったわ、エミリーが無事で」
村人達は口々に言い、騒ぎ立てる。
「勇者様」
どこか居心地が悪そうなリルカの元に、主人がやってくる。
「ご主人」
「改めて、ありがとうございます。エミリーがどこにもいないと分かった時には、死んでしまいそうな思いでした」
主人が深く頭を下げる。
「いえ、そんな」
「あの娘は、私の命なんです。本当に、ありがとうございます」
主人は頭を上げない。
「おい、浮かれている場合か」
喧騒の場には似つかわしくない不機嫌そうな声。
急に静まり返って全員の視線が声の主に向く。そこには鍛冶屋のトルがいる。
「いいか、あそこの魔族は山に陣取ってるだけじゃない。奴は、俺らの身内を攫いもした。このまま先祖代々の土地を捨てて、逃げ出していいのか? いや、逃げ出せるならまだいい。逃げ出すまでに、同じように身内が何人もやられてもいいのか?」
ばん、とテーブルにジョッキを叩きつける。よく見ればトルの顔が真っ赤だ。
「勇者だか何だか知らないが余所者に身内を助けてもらって、俺達は夜逃げの準備か? ドワーフも臆病になったもんだ」
トルの挑発に、村人の顔が強張る。
「いいのか、このまま逃げて。どんなに逃げようとしたって、こっちが逆らう気が無くたって、向こうの気紛れでこっちの身内がやられるんだぞ。今回のことでよく分かっただろうが」
しんとする酒場。
というか、俺とリルカ、ココアもちょっと居心地が悪い。お互いに顔を見合わせる。
やがて、宿屋の主人が意を決したように立ち上がる。
「私は、自ら進んで命を捨てる気はない。ただ」
そこで一度息を大きく吸ってから、
「娘に手を出す奴らは、ただでは置けない。命に代えても」
「そうだ」
「あいつら、こっちが下手に出たらなめやがって」
「ドワーフの底力思い知らせてやる」
途端、場が沸いて爆発的な騒ぎが起こる。
火がついてしまったようだ。
これはこれでまずいな。こいつら、この勢いのまま、あの坑道に全員で乗り込みかねないぞ。
下手をしたら皆殺しだ。
横を見れば、リルカも心配そうな顔をしている。
どうするか。この勢いを止めるとすればリルカかな。
と、そこで酒場が揺れる。
「あっ」
「うお、何だぁ?」
地響きだ。巨獣の呻き声のような音と共に、地面が振動している。
「おい、地震だ」
「くそっ、まずいぞ」
「出ろ、出ろ」
俺達を含めた全員が、酒場から転がり出る。
そうして、外に出た誰もが見たのは、
「何だ、ありゃ?」
夕暮れの中でもはっきりと見える、一角獣の山が僅かに、だが確かに震えている姿だ。
やがて地響きが終わり、あたりが静まり返っても、しばらくの間誰も一角獣の山を見上げたまま、微動だにできなかった。




