二の七
「お前らか」
多少驚きながらリンが言う。リルカは剣を構えている。
「よせ、こんな場所で斬り合うつもりはない」
俺達から目を外し、リンは近くにあった椅子に適当に腰を下ろす。
「普段は野宿をしているんだが、魔族に喧嘩を売ったのに山の近くで野宿をするつもりにはなれなくてな。ここで寝させてもらう。ああ、主人を待たせてもらう、ここで」
「あなた、リン、と言いましたね」
まだリルカは構えを解かない。
「ああ」
「あの時言ったことは、全て本当ですか?」
「無論だ。俺は家族を魔人アッティラに殺された。だから、アッティラを殺すために旅をしている」
「ゲテンの出身というのも?」
「ああ」
「そう」
しばらく何か考えていたが、リルカはやがて剣を収める。
「私はあなたの邪魔にはなりません。アッティラは、あなたが倒してください」
「いいのか?」
目を見開いたリンがじっとリルカを見つめる。
「ええ。私の目的は、復讐ではありません。魔王を倒すことこそが、目的ですから」
「そうか。ならば、お前は俺の敵ではないわけだ」
「ゴドー」
「えっ」
突然リルカから声をかけられて驚く。
「少し、寝ます。ああ、ココアもベッドに私が連れて行きます。主人への対応は、お願いしていいですか?」
「あ、ああ」
「では」
最後にリンを一瞥した後、リルカはココアを抱き上げて去っていく。
残ったのはリンと俺。
「生き難いだろうな。復讐にすら命を賭けられないとは」
リンが呟く。
「ところで、お前は何者だ?」
「俺? 俺は、荷物持ちというか、従者だよ。あと記憶喪失」
当たり障りの無いところを答える。
「魔族は、魔人と何らかの繋がりを持っていることが多い。今回、魔族の噂があったから俺はこの村まで来た。勇者リルカがここにいたことは計算外だが、それもいい。ただ、魔族がこぼした一言。あれは何だと思う?」
「え?」
こいつ、聞いてたのか?
「リルカが魔人とつるんでいるという話だ。従者のお前は、知らないのか」
「ああ、全く、知らないけど」
『平然と嘘をつけるものだな』
ほっとけ。
「その、ちょっといいか?」
それよりも俺は、リンに聞きたいことが沢山ある。
「何だ?」
「ゲテンの話だ。俺は、全然知らないんだ。さっきも言ったけど、記憶喪失だから。教えてくれないか?」
魔人によって統治される国。そして、このリンの和風の格好。
どう考えても普通の国じゃあない。
「別にいい。だが、大した話じゃあない。ゲテンは内戦が続く国だった。百年以上もの間だ。民は絶望していたし、いつ他の国に攻め滅ぼされてもおかしくなかった。そこに、五人の魔人がやってきた。魔人は普通、己の目的、己にしか理解できないような目的のために生きて戦う存在だが、その五人は珍しく国の統治に興味があった。いや、五人それぞれの目的までに、『己の国』という通過点があったというべきか。ともかく、その五人の魔人によって内戦は終わり、ゲテンは統治されている。もう二十年近く前の話だ」
「なるほど」
魔人による統治か。いまいちイメージが湧かないな。
「内戦が終わり、魔人が五人という時点で、軍事力では大国とひけをとらないレベルになった。ゲテンの民は皆、安全で幸福な暮らしをおくっている。だから、民にとってはその五人は恩人だ」
「その服装や剣は、元々のゲテンのものか?」
「ああ、違う。魔人の人によるものだ。五人のうちの一人が、剣術をゲテンの民に教えている。俺もその一人だった。ゲテンでは男子は十を超えたら剣術を習うようになっているから、自然とその剣術や習う時の格好が国に広まった。これはその結果だ」
ということは、その魔人が、日本出身ってことか。
「ちなみに、その剣術を教えている魔人って、名前は?」
「それも知らないのか。魔人の中でもかなり有名な方だと言うのに。本当に記憶喪失らしいな。但馬守だ」
「たじまのもり?」
そんな剣士、俺は知らないぞ。といっても、まあ剣士に詳しいわけでもないし、俺が知らない日本の剣豪でそんな奴がいてもおかしくないか。
「そうだ。そして魔人但馬守によって教えられているゲテンの剣術の名は柳生。今では、わざわざ国外から剣士が教えを請いに来るくらいだ」
柳生?
「うっ」
電流が走る。
「どうした?」
「い、いや」
ごまかしながら、俺は息を整える。
『どうした? 心当たりでもあるのか?』
あるどころじゃあない。間違いない。柳生ということは、徳川の指南役をやっていた柳生家で間違いない。
そして、但馬守。
柳生但馬守宗矩か。柳生十兵衛の父。日本史上、最も出世した剣士。柳生というのは、柳生新陰流のことに違いない。
兵法日本一の称号を得て、同時に官僚としてもずば抜けて優秀だった、徳川家光の懐刀。それが、この世界に転生しているのか。
『強いのか?』
もちろん。
『楽しみだ』
おい、戦おうなんて考えるなよ。
「我が師は」
血気盛んなフォイルを止めていると、リンがぽつりと言う。
「俺では魔人には届かぬと言っていた」
そりゃそうだろう。普通の人間が一対一で魔人に敵うとは思えない。
「だが同時に、届かぬものに挑むのでなければ、武の意味がないとも言っていた。楽しみだ。アッティラ、あの圧倒的な存在に刀一つで挑む時のことが」
薄っすらと微笑むリンは、まさしく剣鬼だ。
やがて、主人が戻ってきて、俺はココアとリルカがもう寝てしまったという説明と、新しい客のリンの紹介をする。
そうして、後は昼食もとらずに寝る。疲れた。死にそうだ。




