二の六
坑道はいくつもの分かれ道があって迷路のようになっている。
出掛けに宿屋の主人に聞いた話だが、あまり役に立たなかった。何故なら、最初の分岐点に辿り着くまでにトラブルにみまわれているからだ。
「偵察じゃなかったのかよ」
ぼやきながら、途中で手に入れた松明を振るう。松明の火に怯えて巨大な虫が引き下がる。人間の半分ほどの大きさのカミキリムシに似た鉄虫というモンスターだ。
「仕方ないでしょう、まさかここまで魔物がはびこっているとは思ってもみなかった」
剣で鉄虫を叩き斬りながら、リルカもまたぼやく。
「エルダー・ヴィンダー」
ココアがそう唱えた途端、熱風が坑道の中を吹き荒れ、鉄虫が数匹発火してそのまま消し炭になっていく。
鉄虫は火が弱点だとはしっていたが、なるほど効果覿面だ。
鉄虫は本来、ジャングルの奥深くの暗い場所に出るようなモンスターのはずだ。ダンジョンでもない坑道に湧くはずがない。
「まったく、やっかいだな」
全く強くはないが、その代わりに多い。数が多いのが特徴の初級モンスターだが、偵察に来た俺達からすると厄介極まりない。こいつらに気付かれずに偵察なんてしようがない。
「やはり、作為を感じますね」
周囲の鉄虫が全員動かなくなったのを見て、リルカが俺達を振り向く。
「鉄虫なんてモンスターが坑道にいることにか?」
「それもありますし、このような数だけ多いモンスターは見張り役には最適です。鉄虫を坑道に多く放っておいて、騒げば侵入者がいることが分かります」
なるほど、警報代わりか。ありそうな話だ。
『魔物や魔族、魔人についてはよく分かっていない。魔物と魔族の正確な関係性もまだ不明だ』
そりゃ、俺が馬車で読んでいた本の受け売りだろうが。
フォイルに突っ込む。
『そう言うな。記憶がないのでな。ともかく、魔物と魔族について確かなことは言えんが、魔族が魔物を従えるパターンは多いらしい。そう考えれば、リルカの推測もそう的外れとは言えまい』
やっぱり、そうだよな。
「じゃあ、退いた方がいいんじゃないか?」
魔族がいるとして、そいつは俺達に気づいていることになる。
「……ですね」
少しだけ躊躇した後、唇を噛んでからリルカが同意する。
相当、退くというのに抵抗があるらしい。
『よく今まで生きてきたものだ』
同感だ。
「じゃ、じゃあ戻りますか」
ココアが後ろから顔を出す。
「そう、ですね」
固い顔でリルカが頷き、それではということで全員で引き返えそうと踵を返したところで、
「何だ、帰るのか。折角準備をしたのに」
俺達のものではない、陰気な声が後方から聞こえる。
瞬時に、俺達は向き直る。
「ココアっ」
名を呼んでリルカが構えるのと、
「マギ・ヘイト」
ココアが弱い火球、灯りのための火球を飛ばすのがほぼ同時。
そして、その火球によって、声の主が照らされる。
幽鬼の如くそこに立っていたのは、土気色の肌をした猫背の男だ。金属を編んだものと思われる布を何重にも体に巻いたような格好をしている。
異様に丸く大きく黒い目が、ココアの火球からの光を受けて輝いている。
明らかに人間ではない。
「人の研究の邪魔ばかりしおって。全く」
魔族が手を前に差し出した瞬間、
「逃げてっ」
ココアの声。
俺とリルカは、弾かれたように左右に跳ぶ。
轟音と共に坑道の上下左右から岩の牙が突き出す。巨大で鋭い牙だ。それが、無数に突き出している。
間一髪でかわした俺とリルカは、そのまま全力で魔族と距離をとるべく後ろに下がる。
何だあれ、魔術か?
『無詠唱でこれほどとは。魔族は基本的に人間の魔術師を遥かに越える魔術を使えるが、それにしても。おそらく、土に関する魔術が得意なのだろう』
四方八方が岩土に囲まれてるこの坑道じゃあ、勝負にならない。
『その通りだ。まずは、全力で坑道から出るべきだな。幸い、敵の魔族は運動能力が高いタイプではないらしい』
言われるまでも無い。既に俺だけでなくリルカもココアも、全力で退却している。さすがのリルカも、こんな時に退却に迷うほど頑固ではないらしい。それとも、倒すための一時的撤退だからそこまで抵抗がないのか。
「エルダー・ヴィンダー!」
必死で退却しながら、後ろを振り返りざまにココアが呪文を唱える。熱風が坑道を吹き荒れるが、魔族は土壁を自分の周囲に出現させてそれを防ぐ。
それでいい。別に倒せるなんて思ってもいない。少しでも相手の足が止まってくれればそれで上出来だ。
よし、あった。このカーブ。ここを曲がれば、出口まですぐのはずだ。
「ああ、逃げられたら面倒だ。全員止まれ」
後ろから陰気な声が聞こえる。が、それで止まるわけもない。
「面倒な。ああ、そうだ、備えあれば憂いなしだ。止まれ。止まらなければ、この娘を殺すぞ」
その言葉に、俺達は急停止する。
「えっ」
そうして松明の火に照らされてそれが目に入る。
魔族の男の細く長い指。その指が、魔族の横に岩でできたロープに縛られるようにして立たされている少女の喉にかかっている。
見覚えのある少女だ。
「エミリー」
リルカが呟く。声が震えている。
くそ、こんな、絵に描いたような悪人のやり口をやってくるのかよ。
『さて、どうしたものか』
「実験で何かに使えるかと思って、近くに来た時に攫っていたのだが、なるほどこういう使い方もある」
ぼそぼそと魔族は語る。
エミリーは両目を閉じたまま動かない。いや、ロープ状の岩で縛られているため動くに動けないのだろうが、そもそも意識がないように見える。
まさか、死んでいないだろうな。
最悪の考えが頭をよぎるが、
『呼吸はしている。落ち着け』
すぐにフォイルがそれを否定する。
そうか。とりあえず安心だ。
「何のつもりだ」
怒りのためか、青白い顔をしたリルカが魔族を睨み付ける。
「逃げて、この坑道から勇者が生還した、とでも吹聴されると面倒だ。別に村の連中が全員押しかけてきても皆殺しにできるが、その時間がもったいない。俺の研究の時間がとられる。だから、ここで死ね。逃げればこの娘を殺す」
単純で、かつ効果的な言葉だ。俺達は身動きが出来なくなる。
「卑怯な」
絞り出すようにリルカが言うが、魔族が動じるわけもない。
魔族が手をこちらに向ける。まずい、来る。
『ここで素直に殺されてやっても、あの魔族が少女を助ける保証はないぞ』
ないどころか、ほぼ確実に殺される。
だからといって、あの少女を見捨てるわけにもいかない。
どうする? 次の瞬間にでも、全身を岩に貫かれてもおかしくない。
「そう言えば、お前とつるんでいる魔人とやらはどいつだ?」
ふと、魔族がそんな質問をする。
その、質問は?
「何の話だ?」
リルカの鋭い目が、一瞬だけ動揺に揺れる。
彼女からすれば意味が分からないだろう。
むしろ、この魔族は何故そんなことを知っているんだ。
そのリルカの態度を見て、むしろ戸惑ったのは魔族の方だ。
「どういうことだ? まさか、かつがれたか?」
自問する魔族の注意が、俺達から逸れる。
今しかない、か。
『やるのか?』
仕方ない。リルカと対立するかもしれないが、ここで躊躇うわけもない。
魔鎧を装着する。
「魔鎧フォイル装ちゃ」
小さく呟いたその時、凄まじい速度の影が俺達の間を通り過ぎ、魔族の眼前まで迫る。
「む?」
突然のその事態に、俺はもちろん、魔族も呆然として反応が遅れる。
魔族の眼前に相対しているのは、青白いマントを羽織った青年だ。銀色の長髪を後ろでくくっている。
そうして、青年の手には剣が握られている。その刃の銀色の光がはしった、と見えた次の瞬間、
「ぬうっ」
エミリーを拘束していた岩は切断され、その喉を掴んでいた魔族の長い指が切断される。
地面にエミリーがどさりと落ちるのと、魔族が後ろに跳びつつ石つぶてが青年に向かって放たれるのがほぼ同時。
青年は無言で剣を振るう。つぶてが全て弾かれる。凄まじい腕だ。
その間に、いち早く我に返ったリルカは、倒れているエミリーを抱き起している。
青年は坑道の地面だけでなく天井、壁をも蹴って、魔族に迫る。
一方の魔族は四方八方から岩の槍を出現させている。
まずい。
全てを紙一重でかわしているように見える青年だが、あまりにも分が悪い。すぐに、かわしきれず、防ぎながらも魔族の岩による魔術の一撃を食らってしまうようになる。それでも青年は止まらない。止まれば死ぬ。その動きは少しずつではあるが、遅くなりつつある。
突然の乱入者に指を切り落とされた魔族の表情にも、余裕が戻ってくる。
このままならば殺せると目途がついたのだろう。
一方の青年は必死だ。必死に飛び跳ねて致命傷を避けつつ、何とか魔族に食らいついている。
だからこそ、どちらも、気づいていない。
俺が近くまで寄っていることに。
既に、松明は地面に投げ落としている。
それでも松明は周囲を照らしているが、魔族が出現させたいくつのもの岩によって、一時的に俺のいる場所が完全な闇になる。
そして、魔族が青年から距離を取ろうと、俺の方に一歩跳ぶ。
魔人フォイルの、範囲内だ。
『今だ』
そうだな。
「魔鎧フォイル、装着」
呟くと同時に、闇の中で俺の体が魔鎧に包まれる。全身が締め付けられると同時に、暴力的な力が渦巻く。
「お」
そうして、魔族の男がそれに気づく。近くに突然魔鎧をまとった魔人が出現したことに。
だが、遅い。
俺の周囲から尖った岩が飛び出すが、それよりも早く一歩踏み出す。全力で。同時に、正拳。
一瞬で距離を詰めた俺の拳は、がら空きの魔族の胴体に思いきり叩きこまれた。
「ぐうっ」
吹き飛ぶ魔族。だが、倒せていない。胴体を貫通させる勢いで殴りつけたのだが、感触が妙だ。
『あの魔族の身にまとっている金属の布の如きもの、奴の研究結果か。衝撃を吸収されたな』
「そこにいたか」
岩壁に叩きつけられた魔族は、口から血を吐きながらそのままずぶずぶと岩に沈んでいく。
「おのれ、油断したか」
そうして、完全に沈み込み姿が消える。
魔鎧を解除した俺は、叫ぶ。
「今だっ、早く坑道から出るぞ」
混乱の中、全員で坑道から走り出る。俺は途中で地面に落としていた松明を拾い上げる。
正確に何が起こったのか、誰も理解していないだろう。
ともかく、気付いた時には、俺達は坑道から転がり出て、肩で息をしている。
俺、リルカ、ココア、そして、剣を振るった青年。
やがて落ち着いてきて、自然に俺とリルカとココアが固まり、青年と対峙する形になる。
エミリーは、リルカの背中に背負われたままだ。
「その、助かりました」
ついに意を決したのか、唾を飲み込んでからリルカが青年に話しかける。
「ああ」
日の光の下で見ると、青年の顔が恐ろしいほど整っているのに驚く。切れ長の目、白い肌。鼻筋が通っており、唇は薄く、それでいて紅い。
軽い声で返答した青年は冷たく笑っている。そうして、その目で俺達を眺めている。
まるで、動物を見るような目だ。
「あなたは、何者ですか? 素晴らしい腕だとお見受けしましたが」
「リン。剣士だ。どこの、かは、これを見れば分かるか?」
リンと名乗る青年は、マントの下から剣を取り出す。その時にマントの下の格好がはっきりと見える。紫に染められた着流しのような格好をしている。
そうして、取り出された剣は、片刃のものだった。まるで、刀のような。
刀、着流し。まるで日本のような格好だ。まさか、俺と同じく日本から転生した魔人か?
『いや、この男は魔人ではない』
フォイルが否定する。
「ゲテンのもの、ですか」
リルカの顔が強張る。
ゲテン?
「ああ。魔人によって統治される珍しい国だ。そこの出身だよ、俺は」
リンの目がリルカの強張った顔を射抜く。
「どうした? 魔人がそんなに嫌いか?」
「好きでは、ありません」
「そうか、そうだよな。リルカ・ゴールドムーンが魔人を好きなはずがない」
知っていたのか、こいつ。
「あなた方、ゲテンの民にとってはそうでないことは分かっています。愚かな為政者のためにずっと内戦が続いていたゲテンを立て直したのが魔人達なのですから」
「そう、俺達にとって魔人は恩人だ。だが」
そこで、リンは歯を見せる。笑いが零れたようにも、牙を剝いたようにも見える。
「同時に俺にとっては仇だ。俺も魔人に家族を殺されたんだ、お前のように」
ゆらり、と気配もなくリルカの懐までリンが踏み込んでいる。
「ちなみに、俺の家族を殺したのも、魔人アッティラだ」
その言葉にリルカが固まるのと同時に、
「仇がその手で討てるのは一人だけ。邪魔だ」
リンの刀が振られる。首をなぎ払う軌道を描いたその一撃を、リルカは瞬時に後ろに転がってかわす。エミリーが背中から転げ落ちる。
手首を返すようにして、リンの一撃はそのまま転がったリルカに向かう。
リルカは盾で防ごうとするが、一撃が早すぎる。間に合わない。
俺も既に踏み出しているし、ココアも何やら呪文を唱えているが、駄目だ。出遅れた。間に合わない。
『我を装着しても、無理か』
絶望的な声をあげるフォイル。
「う、ん」
だが、地面に転がったエミリーが声をあげた瞬間、リンの一撃がわずかに鈍る。
「くっ」
そうして、盾による防御はぎりぎりで間に合った。
「はあっ」
そのまま、リルカは全身の力でもって、盾を使って押し飛ばす。
「ぬうっ」
空中に飛ばされたリンは、着地しようとするが、元から不安定な岩山の山道。おまけにリンは吹き飛ばされたため、道ではなく岩肌に直接着地するはめになった。
「ぐっ、ううっ」
着地に失敗し、その急な岩肌を転がり落ちていく。
「……やりすぎましたかね」
転がって小さくなっていくリンの姿を見送ったリルカが、ぽつりと言う。
「大丈夫だ。あれくらいで死ぬたまじゃないだろう」
そう言って、俺はその場に座り込む。
「とりえず、戻ろう。疲れた。色々ありすぎて、死ぬほど疲れたんだ」
俺に反対するものはいない。というか、ココアなんて座り込むどころかその場に倒れている。
「分かりました。ところで、エミリーを背負うのはゴドーがやってくださいよ」
言いながら、リルカはココアに肩を貸す。
宿屋に戻って、俺に背負われたエミリーを見た主人は大騒ぎだった。そりゃそうか。
事情をリルカが説明しているうちに、大騒ぎというレベルを超えて、主人の顔色は青くなっていく。
エミリーをベッドに寝かせると、「ちょっと、村の皆に知らせてきます」と主人は宿屋を出て行く。
残されたのは俺達三人と、まだ寝ているエミリー。だが、ココアは既にソファーに転がって寝ている。かなり疲れているらしい。
俺とリルカの間には会話がない。会話する力がない。疲れきっている。俺とリルカは、それぞれ別の方向を向いて、椅子に座ってたそがれている。
「失礼。宿をとりたいのだが」
そこに、誰か客が入ってくる。
「ああ、すいません。今、宿屋の主人が出払ってまして」
仕方なく立ち上がり応対しようとしたところで、絶句する。
そこにいたのは、マントをぼろぼろにしたリンだった。




