二の五
真っ白く尖った岩から出来上がった山。そんな山に登れるものかと心配していたが、さすがにドワーフが仕事で潜る山だけあって、坑道入り口までの道のりは整備されている。当然と言えば当然だが。
ただ。
「う、うう」
四つん這いになったココアが、岩肌にへばりつきながら半泣きになっている。
気持ちは分かる。
あくまでもドワーフ達が日常に山を登る用の道だ。壁と坂の中間くらいの急勾配の斜面を登っていかなければいけない。
盾と剣があるにも関わらずリルカはすいすいと登って行く。
荷物を持った俺も、何とか全身の力を振り絞れば登れないこともない。何とかリルカについていく。
問題は、ココアだ。薄々気付いていたが、どうも体力にはあまり自信はないらしい。
少し登っただけで斜面に張り付いて肩で息をしている。
「大丈夫ですか? ただの偵察ですし、無理はせずにココアは宿屋で休んでいれば」
「だだ大丈夫ですっ」
こうやって心配したリルカから声をかけられれば、急に張り切って登り出す。が、すぐにまた力尽きて斜面に寝たようになる。
さっきからこれの繰り返しだ。
『背負え』
と、突然フォイルが意味の分からないことを言い出す。
は?
『その魔術師の娘を背負え』
無理だよ。俺だって結構ぎりぎりなんだから。
『訓練にはちょうどいい。その娘を背負ったままで登れ』
いや、だから無理だよ。
そう脳内で反論するのとほぼ同時に、目眩が襲ってくる。
「ココア、俺におぶされ」
と勝手に口が動いている。
おい、嘘だろ。
「えっ」
「えっ」
リルカとココアが同時に仰天した声を出す。驚いたのだろう。そりゃそうだ。俺だって驚いている。
「お、ふひっ、おんぶしてくれるの? う、嬉しいけど、でも、ゴドーだってつらいだろうし」
顔を赤くしつつ遠慮するココア。よしよし、いいぞ。
「なあに、女の子一人背負ってこれくらいの道を登れないようじゃあ、男の名が廃る。それに、ここでココアが手間取ればリルカに迷惑がかかるぞ」
だが、俺の口は勝手に、ココアの逃げ道を塞いでいく。特に、リルカを引き合いに出したところでココアの意思が揺れるのが目から見てとれる。
「わ、私は別に」
「じゃあ、失礼します。ふひひ」
上からリルカが何か言い終わる前に、おずおずとココアが俺にぶら下がるようになる。
「っぐう」
軽い。ココアは軽い。
軽い、が、元々限界な俺にはとどめの一撃となりうる。
斜面についている両手両足に渾身の力を込めて、つぶれないようにする。歯を食いしばる。
ふざけるなよ、フォイル。
『分かった、口の支配権は返そう。しかし』
無骨なフォイルの声に、少しだけ揶揄の色が混じる。
『まさか、今更重いからやっぱり降りてくれ、などと言うんじゃないだろうな。男を下げるぞ』
くそっ。
「大丈夫? やっぱり、降りた方が、いい?」
ぶるぶると震える俺を、ココアが心配そうに後ろから顔を覗き込んでくる。
「はっはっは、余裕、余裕だ」
搾り出すようにして笑って、俺はまた進みだす。
フォイルの術中に嵌ったようで面白くないが、確かに今更降りろとは言いたくない。小さいが、プライドの欠片くらいは持っている。
一時間くらいかけて、ようやく俺達は坑道の入り口に到達する。
着いたと気付いた瞬間、ココアを降ろしてそのまま倒れて犬のように息をする。
「大丈夫? ごめん、ごめんね」
おろおろとしているココアの声が遠くに聞こえる。意識に白い霧がかかっている。
「ゴドー、起きてください」
ぐい、と無理矢理誰かに起こされる。いや、この声はリルカか。
『深呼吸をしろ、ゴドー』
フォイルの声に従い、思い切り深呼吸をしていく。段々と、霧が晴れていく。
「全く、無理をするからですよ」
俺はリルカに肩を貸されていた。
「ああ、すまない」
何とか両手両足に感覚が戻ってきたので、自分の足で立つ。
「その、ありがとう」
ちょこちょこと寄ってきたココアが礼を言うので、
「ああ、うん」
とだけ返す。
正直、正確には俺が言い出した訳じゃないから、感謝されると何となく罪悪感がある。
「さて、ここか」
俺達の前にあるのは、白い岩肌にぽっかりと開いた真っ暗な穴だ。
「灯りもなしにここに踏み込んだら、偵察も何もないな」
「大丈夫です、ココア、お願いします」
「はいっ、マギ・ヘイト」
ココアが呪文を唱えると、その片手にぼんやりとした灯りが宿る。
「いちいち、魔術で灯りを確保しながら進むのか?」
「いえ、これまで仕事場として使われてきた坑道です。きっと中に松明などが備え付けられているはずです」
確かにそうだな。
「行きましょう」
リルカの先導で、俺達は一角獣の山坑道に突入する。




