二の四
翌日、平静な顔で主人から提供されたパンとミルクをたいらげたリルカは、朝食が終わると同時に宣言する。
「一角獣の山に、登ってみましょう」
昨日と言ってること違うじゃねえか。
「いえ、突撃しようというわけではありませんよ」
俺、ココア、そして宿屋の主人までもがぽかんとした表情で見てくることにたじろいだのか、ごほんとリルカは咳払いをして、
「偵察です。本当に魔族がいるのか、いたとしたらその数はどのくらいか、何が目的なのか、色々調べることはできます。この村のドワーフの皆さんにとっても、その情報は有用でしょう?」
「それは、まあ、ありがたいですが」
熱の入ったリルカの確認に、主人は気圧されたのか一歩下がる。
「もちろん、無駄に命を危険に晒すことはしません。危なくなったらすぐに撤退します。だから、いいですよね?」
口調の熱心さとは裏腹に、俺とココアに許可を求めるその目は怯えた小動物のようだ。
これが、一晩寝たこいつなりの結論か。
ここで無理をするべきではないと分かっていても、逃げたくない。だからこその結論。が、その結論にもまた無理があることが自分でも分かっているから、俺達に反論されるかもしれないとびくびくしている。
どうするかな。反論してもいいけど、偵察くらいなら危険が無いようにフォローできるかもしれない。
何より、ここで反論して何もせずに村を後にすると、リルカの心に傷を残しそうだ。鉄のような堅く強靭な意志の持ち主だと思っていたけれど、リルカはどうもそれだけじゃあない。心のある部分が、とてつもなく柔らかく、繊細だ。
「いっ、いいですよ、もちろん。いきましょう、偵察っ。ふひ、ふひひ」
考えているうちに、先にココアが飛び跳ねながら賛成する。
もうリルカ信者だな、ここまで行くと。考えるよりも先に賛成してるし。
ただ、その気持ちは分からないでもない。リルカが言うなら、という気持ちは俺にも少なからずある。大袈裟に言ってしまえば、こいつのために死ぬのなら、まあいいかというくらいの気持ちだ。あるいは、周囲にそんな風に思わせるからこそ勇者なのかもしれない。
『勝手に死んでもらっては困るぞ』
分かってる。その気はないよ。
「あの、ゴドーはどうですか?」
フォイルと会話していた俺に矛先が向けられ、全員が俺を注視する。
「いいんじゃないか、偵察なら」
仕方なく、俺はそう言う。
目に見えて、リルカは安堵している。表情が柔らかくなる。
「こんにちわー」
と、そこで宿屋の中にエリクが走りこんでくる。走るというより、鞠か何かのように跳ねてくるといった方が正確なくらいの勢いだ。
「あっ、勇者様、おはよー。魔術師様もおはよー。荷物持ちの人もおはよー」
「おい」
別に間違っては無いけど、言い方ってあるだろ。
「あれ、エミリーは?」
俺の抗議に耳を貸さず、エリクはきょろきょろと周囲を見回す。
「エミリーは朝から遊びに出かけてるよ。エリク、外で会わなかったのか?」
少しだけ、主人は心配そうに首を傾げる。
「うん。いないから、てっきりまだここかと思って。あっ、で、勇者様、今日何するの?」
ずいずいとリルカに寄って行くエリク。
「え、ええ、ちょっと、ちょっと偵察に」
気圧されながらもリルカは律儀に答える。
「偵察ってどこに、どこに?」
「や、山に」
そうリルカが言った途端、
「えっ、一角獣の山に!? すげえ、すっげー、皆に知らせなきゃ!」
叫ぶと同時に止める間もなくエリクは外に飛び出していく。
「あーあ」
俺はため息をつく。
これで、村の住人に反対されたら面倒だ。かといって、逆に偵察以上を期待されても困る。どっちに転んでも、あまりいい影響はなさそうだ。
「どうするんだよ、リルカ」
「どうもしません。予定通り、偵察に行きます」
少し目を泳がしてしまい、リルカは動揺を隠しきれていない。
「ただ、すぐにでも行きましょう。あの子が、村中に触れ回って周知の事実になる前に」
真っ暗い洞窟に、僅かに水滴の落ちる音が反響している。
「ああ、やだやだぁ、ブーツが汚れる」
心底嫌そうな少女の声と共に、魔術によるほのかな灯りがあたりを照らす。純白のワンピースと黒い皮手袋、ブーツといった格好の少女が、洞窟を歩いている。
少女には角が生えている。魔族だ。
「あ、いたぁ」
そうして、お目当てを見つけた魔族の少女はスキップで前に進む。
「何だ、お前か」
答えるのは、鎖帷子を何重にも着たような奇妙な格好をした男だ。男は異様に目が大きく、鳥類のように白眼の部分が少ない。猫背で痩せており、暗い色の髪と土色の肌をしている。指が長く細い。どう見ても人間ではない。この男もまた魔族だ。
「相変わらず穴倉が好きねぇ」
「馬鹿にしおって。俺の勝手だろうが」
「こんな穴倉に篭って、研究と穴掘りでしょう? あたしにはとても無理ねぇ」
「ふん、組織なんぞに属しているお前には分からんだろうな。そもそも、魔族の本分とはそれだ。研究と趣味。永遠にも似た時間を、それ以外の何で潰す?」
「ふうん。で、どうなのぉ? 魔鎧の残骸なんかは、まだ発掘できない?」
「あれはあくまで、偶然掘り出しただけだ。使い道が無いからお前らにくれてやったが、俺はそもそもあんなものに興味はない」
話にならん、とばかりに男は大きく息を吐いて、言葉を吐き捨てる。
「あらぁ、残念」
「用がそれだけなら、帰れ」
「もちろん、こっちは余談よぉ。あのね、忠告しに来たの。代行の指示でねぇ」
「代行が?」
少女と顔を合わせて以来、ずっと面倒そうに寄っていた眉が広がり、少しだけ男の声にも興味が混じる。
「あの傑物が忠告とは、穏やかじゃあないな。どうした?」
「勇者が来ているわよ、この村に」
「勇者?」
男は顎に手をやって、しばらく考える。
「ああ、あの少女か。アッティラから生き残った」
「そう、それ」
「なるほど。噂は聞いている。正義感が強いらしい。状況を知れば、俺を敵として向かってくるかもしれない。だが、それがどうした?」
何の問題もない、とばかりに男は平然としている。
「ひょっとして、殺すなというお願いか?」
「いやいや、別にぃ。代行としては、今こちらから殺しに行く気はないけど、勝手に死ぬ分には死ねばいいと思ってるみたいよぉ。たださぁ、勇者と魔人が組んでいることは知ってるぅ?」
「魔人が? 誰だ?」
「新入りよぉ。けど、ガンマンを倒したわ」
「カスターを? それはなかなか、期待できそうだな」
「更に言うと、魔鎧はフォイルよ」
その名を聞いた途端、男の大きな目がぎょろりと動く。
「フォイル。とうとう再生に成功させたか。契約者も見つけ、起動しているとは、知らなかった」
「そういうわけで、気をつけてねって忠告」
「ああ、そうか。いいタイミングだ」
「え?」
「うまく使えそうな駒が、ちょうど手元にある。備えは万全という奴だ」




