二の二
一角獣の山に寄りかかるようにして、その村はあった。
「よ、よさそうなところね」
全く新しい村に出るのか恐ろしいのか、ココアは馬車から頭だけだして様子を伺っている。
「亜人の村と聞いて、てっきりもっと排他的なものかと思っていましたが」
外から入って来た馬車を見ても、誰も気にせずに歩き、子ども達が道で遊んでいる光景を見て、リルカが呟く。
「亜人にはそういう傾向がないこともない、とは思うがね。実際、そこまで排他的なのはエルフくらいじゃないか」
行商人のセリフに、ココアは何とも言えない顔をする。
「もう、降りるぞ」
俺は我慢が出来なくなって、一番最初に馬車から降りる。
新しい村、それもドワーフの村ということで好奇心が抑えきれない。
ドワーフの村は、山の麓にあるだけあって、家々はどれも洞窟に丸太で出入り口や柱、屋根や壁を付け足したようなつくりになっている。
そして村を往来する人々は、当然ながら誰も彼もドワーフだ。
男女共に背は低めだが、筋肉質でがっしりとした体型をしている。そして、まだ幼い子ども以外は男は誰もが髭を蓄えている。
しかし、どいつもこいつもうるさい。声がでかいな、こいつら。
「はっはっはっ」
馬車を止めて降りてきた行商人が俺の肩を叩いてくる。
「騒がしいだろう。彼らは鍛冶や穴掘りが主な仕事の民だからな。大声で会話しなければ互いに聞こえないような環境で育ってきたから、声がどうしても大きいんだよ」
顔をしかめているので、俺が何を感じているのか読み取って、解説してくれる。
「はあ、なるほど」
「さあ、それでは鍛冶屋に向かいましょう」
と、遊びのないリルカが馬車から降りるなりそう言う。
おどおどと、辺りの様子を伺いながら降りてきたココアが、ローブを目深に頭に被ってからその後に続く。
「え、ちょっと見物とかしない?」
「ゴドー……」
俺の提案は、ひんやりとしたリルカの目で拒絶される。
「冗談、冗談。魔王を倒すまで一秒だって無駄にはできないよな」
はは、と乾いた笑いで誤魔化す。
「この村、一番の鍛冶屋だったら、この道を真っ直ぐ行って、左折して左折だ。その奥にある、小屋のトルって親父だな。職人気質で酷い頑固者、おまけに他種族嫌いだ。俺もうまく話せないんだよなあ」
行商人が説明をする。
この人当たりが良さそうな男ですらうまく話せないとなると、相当だ。
「けど、黒牙なんていい材料を最大限活かそうとするなら、やっぱりあの親父に頼んでみるべきだと思うよ。勇者様だし、何とかなるんじゃないかな」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
深々とリルカが頭を下げる。
「いやいや、いいってことだよ。じゃあ、俺は先に宿屋にいってるから。宿屋の場所分かるかい? この村には宿屋が一つしかないんだ」
宿屋の場所も簡単に教えてもらってから、俺達は行商人と分かれる。
「さあ、行きましょうか」
俺達を振り返って、軽く息を吸って気合を入れたリルカは宣言する。
「必ず、素晴らしい剣を作ってもらいましょう」
「駄目だ、帰れ」
その鍛冶屋の親父の一言目がそれだった。
「いえ、しかし、私は魔王を倒さなければならないのです。この世界に住む幾千幾万の人々がそれを待って」
「帰れ」
テーブルやイスすらない、鍛冶道具と大きな炉の他にはいくつか丸太が転がっているだけの小屋で、出迎えてくれたその親父はもう一度そう言うと背を向ける。
見た目からして頑固だとは思ったが、これほどとは。リルカの必死の願いに耳も貸さない。
その鍛冶屋、トルという男はかなり年齢の言ってそうなドワーフだった。伸ばし放題の髪と髭は真っ白いが、気の一本一本が太いらしく、ごわごわとしている。全身の皮膚は赤茶けてひび割れており、筋肉が異常に発達していた。眉間には皺というよりも深いひびが入っており、落ち窪んだ目は鉛のように鈍く固い。片目に眼帯をしている。
ザ・頑固という感じの見た目だが、まさかここまで見た目通りの対応をしてくるとは。
「お願いします、一刻も早く魔王を倒さなければ」
なおもトルの背中に頼み込もうとしているリルカの肩を叩く。
「これ以上、無理に頼んでも多分無駄だ。戻ろう」
小声でそう提案すると、一度だけ唇を噛んだ後、リルカはトルの背中に深く頭を下げて、
「失礼しました。また伺います」
と小屋を出て行く。
「あの、それじゃあ、俺達も失礼します」
「あ、う、し、します」
続けて俺とココアも出て行く。
結局、最後までトルが振り返ることはなかった。
「どうすればいいんでしょうか」
宿までの道を歩きながら、リルカがため息と共に弱音を吐く。
「ん? うーん、どうだろ、どう思う、ココア?」
俺は皆目検討もつかない。
「え、う、う、その、勇者様にあんな対応をするドワーフはあたしの魔術で燃やしてやった方がいいかなって思ったけど」
恐ろしいことを言う。しかも、こいつの場合完全に本気なのがまだ嫌だ。
「難しいところだよなあ、お、あれか。宿屋」
他の半分洞窟のような建物とは違う、木造二階建ての建物が見える。
「良さそうなところだな」
そう言ってリルカを見てみるが、完全に聞いていない。
どうやってあの鍛冶屋に剣を作ってもらうか、それしか考えていないようだ。
「おーい」
と、宿屋の前で太ったドワーフと談笑している行商人がこちらに気付き、手を振ってくる。
「どうだった、って、その様子じゃ駄目だったみたいだな」
苦笑する。
「これはこれは、うちの宿にようこそ勇者様」
太ったドワーフがにこやかに言って頭を下げてくる。
ということは、この人がここの主人か。
「ああ、ご丁寧にどうも」
ようやく我に返ったリルカが頭を下げると、そこに、
「あっ、この人がリルカ様?」
ばたばたと宿屋の中から子どもが二人、走り出てくる。男の子と女の子だ。おそらくドワーフなのだろうが、子どもだからか俺やリルカのような人間とあまり違いが分からない。
「こら、行儀の悪い。ああ、紹介します。こちら、わしの娘のエミリーです。それからこっちはその友達のエリク」
「よろしく」
子どもにも丁寧に挨拶をするリルカだが、
「ねえねえ、勇者様って魔族を倒したりしたの」
「剣見せて、剣」
と子ども二人はリルカの周りを走り回る。
「ああ、こら、全く、すいません、勇者様」
恐縮する宿屋の主人だが、
「構いませんよ」
子ども二人を見るリルカの目は優しい。
「あ、そういえば、僕のお父さんのとこ行ってきたんでしょ。ねえ、どうだった? やっぱり駄目だった?」
とエリクという男の子の方がリルカに喋りかけてくる。
意味が分からず、顔を見合わせる俺達。
「そこのエリクは、あの頑固親父の息子だよ」
そこで、行商人が説明をしてくる。
息子?
この子が、あのトルの?
「意地張ってるんだよ」
宿屋の食堂スペースで、皆でお茶を飲みながら話していると、エリクがそんなことを言ってくる。
「意地?」
本当は作りたいけど、他種族のために剣を作りたくないとかプライドが邪魔しているとか?
「そう。そもそも作りたくも作れないんだもん。どうせその説明もしなかったでしょ。父さん意地っ張りだし」
「作りたくても、作れない?」
リルカが形のいい眉をひそめる。
「そうそう、俺もさっき主人に聞いてびっくりしたんだよ」
行商人が、ねえ、と宿屋の主人に目を向ける。
「そうですな。実は、今、この村は危機的な状況でして」
にっこりと笑う主人からは、そんなに危機的な状況は感じ取れない。
「あの山、一角獣の山に我々が掘った坑道に、どこからか来た大量の魔物が住み着いてしまったみたいなんです」
「え」
魔物が?
「そう。だから、あのゴブリンの大群に襲われたのも、そのせいじゃないかってさっきまで話してたんだよ」
「けど、どうしてそんなに魔物が?」
「さあ。穴を掘っている間に、ダンジョンに繋がってしまったんじゃあないかとか、色々と説は出ましたが、結局何がきっかけなのかは分かりませんなあ」
主人が肩をすくめる。
「つまり、魔物が住み着いて皆さんは迷惑しているということですね」
きらりとリルカの目が光る。
そりゃそうか。こんな話を聞いて、こいつが黙っていられるわけがない。
「いや、マジでまずいらしいんだよね。金属が掘れないから、鍛冶もできない。おまけに、あの山の中に水脈があって、あそこから水を汲んでるんだよ」
行商人の言葉は深刻だ。行商人と宿屋の主人の態度が深刻ではないが。
「そう、つまりこのままでは村が滅びてもおかしくないということなのです」
えへん、とエミリーが胸を張る。何の自慢だ。
「あ、あの」
そこでようやく、
「どうして、そんな危機感が、その、ないように見えなくも無い感じなんでしょうか」
語尾が弱くなりながらもココアがついに気になっていたことを聞いてくれる。
「そりゃあ、どうしょうもないからですよ。深刻になったって解決しないなら、笑っていた方がいいでしょう」
はははは、と主人が笑う。
ドワーフは豪快で陽気な連中が多いとは聞いていたが、これほどとは。
「皆さん力強そうだから、団結してモンスター倒したらいいのに」
何気なくそう言うと、主人は笑いを止めて渋い顔をする。
「普通ならそうするんですがね、今回はちょっと、嫌な感じなんですよ。どうも、魔族と魔人が関わってるんじゃあないかって話で」
魔人、という言葉にリルカの肩がぴくりと震える。
「魔族や魔人ですか?」
「ええ、実はね、最初にモンスター討伐隊が組まれたんですよ。腕自慢を集めてね。どいつもこいつも生半可なモンスターにやられるような奴じゃあなかったんですけど、全員ぼろぼろになって戻ってきましてね。そいつらが口々に言うんですよ。モンスター共の中に、人型の奴がいたって」
「絶対悪い魔族だよ、それ」
ぴょんぴょんとエリクが飛び跳ねる。
「そうだよね、そうだよね」
エミリーも跳ねる。
人間だったらモンスターに襲われるだろうから、人間でないことは確定だ。魔人だって襲われる。俺、襲われてるし。ということは、確かに魔族っぽいな。
「おまけに、最近は妙な剣士が洞窟に出入りしてるって言うんですよ」
妙な剣士?
「そんな物騒な洞窟に一人で出入りするなんて、どう考えても普通の人間じゃあないでしょう?」
確かに。それが魔人か。
「魔族と魔人が関わっているんだったら、それこそ騎士団を呼ぶとか」
「こんな辺境の村を守るために、魔族と魔人と戦えるほどの戦力をユッカが割くわけはないですなあ」
自棄になったようにからからと主人は笑う。
「それじゃあ、どうするんですか?」
真剣な顔をして、リルカが問いかけると、主人も笑うのを止めて、寂しそうな顔をする。
「皆で、村を捨てるしかないんでしょうなあ」
がたり、とリルカが立ち上がる。
「もう、日が沈みますね」
「え、あ、そうだな、それくらいの時間だ」
唐突なリルカの言葉に、俺は何とか答える。
それが、どうしたんだ?
「この時間、この村の方々が集まる場所はあるんですか?」
「これくらいの時間から混みだすといったら、あそこかな」
「そうですね」
行商人と主人は頷き合っている。
「どこですか?」
「酒場ですな、この村唯一の」
「よし、行ってきます!」
と、リルカは声をあげて宿屋から飛び出していく。
どういうつもりだ、おい。
慌てて俺も後を追い、更にその後ろからココアがついてくる。
行商人、主人、そして二人の子どもは、ぽかんとして見送ってくる。そりゃそうだ。




