二の一
俺の不吉な予感も何のその、結局一角獣の山がはっきりと見えるくらいに近づく頃には、さっきまでの暗雲も嘘のように消え失せる。
山の天気は変わり易いとはいえ、こうも変わるものか。晴天そのものだ。
「いやあ、いい天気だ」
行商人の声もはずむ。
彼のような職業にとって、天気は死活問題なのだろう。余程晴れたのが嬉しかったとみえる。
しかし、凄い。
何度かこの道を通ったことのあるらしい行商人を除き、俺もリルカもココアも、ただただその全容を露にした一角獣の山に目を奪われている。
伝説にある、一角を持つ白馬からその名が付けられたその山は、ほとんど緑のない岩山だ。それも、巨大な。
だが俺達が見惚れているのはその巨大さだけではない。その山を構成している岩々の全てが、角のように鋭く尖っており、そして真っ白い。
これは凄い。美しい。鉱山としてでなく、観光資源としても充分通用しそうだ。
「噂には聞いていましたが、これほど美しいものとは」
目を真ん丸くして見上げるリルカが呆然と呟くが、その気持ちも分かる。
ココアなんて、それどころか絶句してただただ山を見上げている。
「この山を始めてみた奴は、必ずそんな感じになるんだよ」
振り返って俺達の様子を見ていた行商人がけらけらと笑い、顔を前に戻したところで、
「ん、あ? 何だあれ、あっ、やばっ、魔物だ」
突如として切羽詰って叫ぶ。
魔物?
その叫びに一番に反応したのはリルカだ。馬車から身を乗り出すようにして行商人の視線の先を確認する。
「ゴブリンですね」
呟くリルカに続いて俺も顔を出して確認する。
粗末な衣服をまとい棍棒を手にした小鬼の集団が、馬車の前方から近づいてきている。
『確かにゴブリンだな。数にして十四か。少々厄介だ。進行方向から近づいてきているのもまずい。避けるのも難しければ、突っ切るのも無謀か。馬がやられる』
脳内に、フォイルの分析が響く。
「馬車を止めてください」
既にリルカは剣と盾を構えている。
「え、いや、でも」
焦る行商人に、
「このまま進めば馬がやられます。止めて、馬車に近づく前に迎え撃つしかありません」
言葉は冷静だがリルカの声が震えているのに気付く。
無理も無い。ゴブリンはそこまで強いモンスターではないが、それにしても数が多い。おまけにこちらは馬車を庇いながら、だ。簡単なミッションではない。
「う、くそっ」
行商人が馬を止めようとして、馬車のスピードが落ちる。
「危険です。後ろにいてください」
馬車が止まりきる前に、そんなセリフを残してリルカは馬車から飛び降りる。
「うえ」
驚きすぎて声が出る。
あいつ、この後に及んで自分ひとりで片付けるつもりか。
馬車を降り立ったリルカは、そのままゴブリンへと突っ込んでいく。
無謀な。
『頼るということに不慣れな娘だ』
フォイルすら呆れた声を出している。
「ゆ、勇者様っ」
慌ててココアも続く。
あいつ、魔術師が一緒に突っ込んで行ってどうするんだよ。
慌てて俺も降りて、リルカの後を追って前へと走り出そうとするココアのフードを掴んで止める。
「むぎゅ」
首が絞まったのか、ココアが妙な声を出す。
「後方支援で頼むぞ。魔術師。俺もリルカも頼りにしてるんだ」
そう言って手を離すと、焦りに支配されていたココアの目がはっと見開かれ、ようやく落ち着いた顔をする。
「わ、わわ、分かった」
ぶるぶる震えながらココアは後ろに下がろうとして、そのままころりと仰向けにこける。
落ち着いてこれかよ。
ちょっと不安になりつつ、俺はリルカのサポートをすべく前に踏み出す。
「あ、ちょ、ご、ゴドー。あなた、武器も」
「大丈夫だ」
ナイフすら持っていない。
だが、それでいい。
『元々、我らのスタイルは徒手空拳。そちらの方が慣れているか』
「ああ、それに」
ココアに聞こえないよう、潜めた声で続けながら更に前に出る。
「前に魔人なんて化け物と戦ったからかな、そんなに怖くない。いけそうな気がするんだ」
『よかろう、試してみろ、ゴドー』
フォイルの声は嬉しそうに聞こえる。
ゴブリン。低級モンスターだが、その割に知能が高く狡猾、棍棒などの武器を使うこともある。群れで行動し、人や家畜を襲う。
一匹や二匹なら恐ろしくは無いが、5匹以上ならば脅威になりうるモンスター、だったか。
俺は頭の中で、馬車の中で仕入れたこの辺りのモンスターの情報のなかから、ゴブリンものを引っ張り出す。
さて、十数匹のゴブリンか。どんなものか。
「マルゲル・イス・オブラルド」
背中にココアの呪文詠唱を聞いたと同時に、後方からゴブリン達に向かっていくつもの氷の鏃が飛んでいく。
「ぎぃ」
「ぐう」
さすがに一撃でゴブリンを倒すほどの威力はないが、体の一部に氷の鏃を受けたゴブリンを怯ませるのには充分だ。
「はあっ」
その隙を見逃さず、リルカが一気に踏み込むと、剣を振り回す。
細腕からのものとは思えない、凄まじい一撃がゴブリンを数匹まとめてなぎ倒す。元々、少女とは思えない手並みだったが、どうもギガハウンドを倒して更に鋭さが増している気がする。
一方の俺には、そんな芸当はできない。武器すら持っていない。
だが。
「ぎぃ」
リルカがいくら活躍しようとも、多勢に無勢。見逃され、馬車に向かって駆けていくゴブリンは出てくる。
俺は、そいつの前に立ちはだかる。
棍棒による一撃。太刀筋がはっきり見える。かわせる。当然だ。魔人同士の戦いからすれば、ゴブリンの攻撃なんて蝿みたいなものだ。
かわすと同時に懐に入り、襟にあたる部分を掴むと同時に足を引っ掛けて、思い切り地面に向かって投げ落とす。
「ぐぇ」
背中を地面に打ち付けたゴブリンが呻く。
これで倒すことはできないが、時間稼ぎくらいはできるはずだ。
「はえっ、ゴドー、下がってください、危ないです」
そこでようやく俺も馬車を飛び出していることに気付いたリルカが焦る。
「大丈夫だ。俺のことが心配なら、さっさと目の前の敵を片付けて助けに来てくれ」
言いながら、別のゴブリンの攻撃を身を屈めてかわす。
「っ、分かりました」
棍棒の一撃を盾で受け止め、瞬く間にリルカは剣の届く範囲のゴブリンを数匹斬り伏せる。
「やるなあ」
『我も見誤っていた。あの娘には天稟がある。それも、死線を潜ることでしか伸びぬ天稟が。なるほど、数度死闘を繰り返せば、あの娘は並みの戦士では叶わぬ技量となるだろう』
フォイルの感嘆に、俺は言葉を返せない。死闘を繰り返す。リルカがそんなことには、なって欲しくないものだが、さて。
「ストネ・ケイル」
と、俺が地面に倒したゴブリンが呪文と共に、地面から突き出した尖った石で貫かれ、絶命していく。
振り返れば、どや顔でココアが胸を張っている。
やれやれ。助かった。
こうして、意外にもあっさりとゴブリンの襲撃を潜り抜けた俺達は、何度も礼を言う行商人の馬車に再び乗り込んだ。
「いやあ、本当に助かったよ、ありがとう。さすが勇者様だ」
馬車が走り出してからしばらくして、また行商人が礼を繰り返す。
「いえ、そんな」
顔を赤らめて、リルカは目を伏せる。
これまで何度も同じようなことがあっただろうに、未だに照れくさいらしい。
「しかし、妙だな。このルートは何度も通ったけど、あんな大勢で群れを作ったゴブリンと出会うなんて始めてだ」
行商人が首を捻る。
それは本当だろう。元々あんな危ない目に遭うルートなら、そもそもこの人が通るはずがない。
「村についたら、ちょっとそれも聞いてみるかぁ、うん、そうだな」
一人で提案して、一人で相槌を打つ行商人。
さっき魔物に襲われたというのに、どこか暢気な人だ。
しかし、村で何か起こっているのかもしれないというのは、あまり嬉しくない予想だ。
黒牙から、さっさと剣を作っておさらばしたいところだけど、そうもいかないのかもしれない。




