プロローグ
「じゃあ、ほとんど家出みたいな旅立ちをしたわけか」
南に進む馬車の中、世間話としてココアの話を聞いていた俺は思わず声を出す。
日差しの強い昼間、馬車はゆっくりと進んでいる。
人間に見つかったらエルフは殺される、とそう言われていたココアは、それでもリルカに会いたいという思いを捨てきれず、とうとうある夜に森を飛び出したというのだ。
「エルフのお嬢ちゃん、そりゃよくないぜ」
馬を走らせていた行商人が振り返って話に入ってくる。
「そうです。ご家族がどれほど心配することとなるか」
リルカもそれに乗っかる。
「う、ううん」
自覚があったのか、ココアはそれを聞いて腕を組んで唸りだす。
「エルフの森ってどこら辺にあるの?」
俺がココアに質問すると、
「そりゃ、小規模なものなら各国にいくらでもあるけどな」
行商人がそれに答える。
元々、話好きな性質なのかもしれない。
「あ、あた、あたしの故郷の森は、ユッカの森です」
「では国内なのですね」
「はっ、はいっ。ゆ、ユッカの南にある、その、小さな森で」
「ああ、あそこかぁ」
なあんだ、とでも言いたげに行商人が声をあげる。
「だったら、ドワーフの村の近くじゃないか。今回、用が終わったらそのまま森に寄ったらどうだい?」
「それはいいですね。ドワーフの村の次の目的地はそれにしましょう」
「え、ええ? ええ」
不本意ながらも、さすがにリルカに提案されては嫌とは言えないのか、耳をぴょこぴょこと動かしながらココアは同意する。
それは面白そうだな。ドワーフの後は、エルフか。
『どちらも亜人だな。ドワーフについては知っているのか?』
ゲームや小説、映画なんかからの知識だけど。イメージとしては背が低めで力が強くて、鍛冶が得意なんじゃないっけ。
『その通りだ。何だ、かなり正確な知識だな』
そうなの?
『ドワーフも、エルフほどではないが個体数が少なく長命だ。ドワーフだけで鉱山の近くに共同体を作り、鉱石を掘り出したり、鍛冶をしたりして、それを売って生計をたてているのがほとんどらしいな』
じゃあ、別に外との行き来がないわけじゃないのか。
『エルフに比べれば遥かに社交的なはずだ』
そうか、楽しみだな。
フォイルとそんなやり取りをしているうちに、やがて馬車の向かう方向、その遥か彼方に薄っすらと山の影が見えてくる。
「あれが、目的地の山ですっけ?」
身を乗り出して行商人に聞いてみると、
「ああ、あれが『一角獣の山』だよ」
「あれが『一角獣の山』ですか。ユッカを代表する鉱山。あの麓にドワーフの村があるわけですね」
「勇者様はあの山に行くのは初めてかい?」
「ええ。お恥ずかしながら、名前だけは何度も聞いたことがありますが。王都では、一角獣の山の麓の村で作られた武具は最高のものとして出回っていましたから」
「じゃあ、剣だけじゃなくて鎧も買ったら?」
何気なく提案すると、楽しげに行商人と会話をしていたリルカが呆れたような顔をして俺を向く。
「ゴドー、最高の鎧が、私達に買えるわけがないでしょう? 宿代にすら困っているというのに」
「でも剣は作るんだろ?」
「材料がありますからね」
「兄ちゃん、ドワーフ達は職人肌でな。気に入った仕事なら格安で引き受けてくれたりするんだよ」
行商人が説明し出す。
「黒牙なんてアイテムは、いい剣の材料になる上に、中々のレアアイテムだからな。きっとそれで剣を作ってくれって頼まれたら、手ごろな値段で引き受けてくれるはずさ」
なるほど、そういうものなのか。
「あ、あのお」
と、そこでそれまで黙っていたココアが口を開く。
「や、やっぱり、うちの森に行くのは今度にしませんか?」
「どうしてですか?」
怒っているのではなくて、純粋に不思議そうにリルカが聞き返すと、
「だって、絶対連れ戻されますから。せっかく、勇者様と旅ができるのに」
とココアが俯く。
そう言われると弱いのか、リルカは困っていながらも微妙に嬉しそうな顔をして頬をかく。
「ご、ゴドーはどう思いますか?」
げっ、ここで俺に振ってくるかよ。
「ええっと、そうだな、連れ戻されないように説得したらいいんじゃないか?」
「おいおい、自分の娘が危険な旅に出ようっていうのに、説得して意見変える父親がいるか?」
行商人に駄目出しされる。正論だけど、別にここで正論言う必要ないだろ。
「じゃあ、説得しても駄目なら無理矢理また旅に出ればいいんじゃあないか?」
「それなら、その、このまま旅をするのと、大して違わない気がする、んだけど」
ぼそぼそとココアが言う。
内容的には同意できる。確かに、そうなるなら、わざわざ戻って旅立つ時のやり取りをもう一度繰り返すだけだろう。誰だってそんなことはしたくない。
「し、しかし」
眉を寄せて困る顔も凛々しいリルカが、何とか説得しようと言葉を捜す。
リルカからしてみれば、家出娘をそのまま危険な旅に付き合わせることに抵抗があるのだろう。当然だ。俺だってそうだ。
「じゃあ、連れ戻されそうにないタイミングを見計らって帰ったら?」
「そ、それいつ?」
「さあ」
苦し紛れの俺の提案は、ココアの当然の疑問に木っ端微塵に打ち砕かれる。
「起こりそうもないことを待つのは止めといた方がいいぞ。『晴れの日に虹を待つ』って言うだろ」
行商人がそう言うが、俺とリルカ、ココアは顔を見合わせる。
「あの」
そして、代表するようにしてリルカがおずおずと行商人に声をかける。
「その、『晴れの日に虹を待つ』って、何ですか?」
「えっ」
行商人は仰天する。
「知らないのか、有名な言葉じゃないか。起こりそうなこともないことを待つ喩えだよ」
「いえ、知りません」
「あ、あたしも、知らない」
「俺も」
俺は記憶喪失って設定だけど。
『我も知らんな』
「あれえ、ひょっとして、うちの田舎だけの言葉か?」
しきりに行商人は首を傾げる。
「ま、まあ、そういうことなら、分かりました」
と、いきなりココアが話をまとめだすが、
「ずっと晴れなのに虹を見たら、森に帰ります」
まとめ方が全然違う。
そういうことじゃねえだろ。つまり、帰らないって話になってるじゃないか。
山の影が幾分と濃くなってきた。
「あれ?」
空を見上げた行商人が顔をしかめる。
「雲行きが怪しいな」
言葉につられて俺も空を見ると、なるほど厚い雲が凄い速度で流れてきている。
「ココアが変なことを言ったからだな」
「えっ、あっ、あたし?」
「ゴドー、ココアをいじめないでください」
リルカに窘められて、俺は苦笑いして頭をかく。
雲を見て冗談を言ってはみたが、しかし。
実際には、この暗雲が文字通り、この行く先に暗雲立ち込めているのを予言しているように思えて、苦笑いの顔も少し強張っている。




