一の十五
勝負は決まった。いつ自分が引き金を引くか。あとは、それだけだ。
気紛れで一秒引き金を引くのを遅らせば、相手の人生が一秒延びる。一秒早く引き金を引けば、相手の人生が一秒早く終わる。
いつものことながら、その感覚はカスターにとって何か不思議なものだった。人を超えた、もっと大きな存在へとなったかのような感覚。人が虐殺をするのは、この自我の肥大感、全能感を味わうためではないのかとすら思える。
だから、倒れて魔鎧すら解除してしまった死にかけの男が、ゆっくりと折れていない左手を動かして何かを取り出そうとした時も、カスターはただ見守る。
そうして、全能感に酔いしれながら、相手が何をするつもりなのかを観察する。
おそらくはポ―ションの類だろう。それを飲み、傷を回復させようということだ。別にかまわない。かなりの重傷だ。おそらく、ポ―ションをしようしたとして全回復には程遠いし、回復した途端に砲弾で撃ち殺してしまえばいい。
圧倒的に優位にあるのに、余裕を持たない振る舞いをする者は運に見放される。
カスターはそう考えてもいる。優雅な者にこそ、幸運は舞い降りる。
幸運を取り戻すために、カスターは余裕をもって倒れた男の左腕の動きを見守る。
「む」
だが、カスターの予想に反して、倒れた男、魔人フォイルは懐から取り出した何かを、放り投げる。
それは地面をバウンドして、カスターの横に転がる。
「これは」
カスターは思わず驚きを口からこぼす。
投げつけてきた瞬間、マジックアイテムか爆弾か、何にしろ攻撃アイテムだと当たりをつけていた。だが、それは予想だにしていないものだった。
それは宝石だった。それも巨大な、握り拳ほどの大きさの、虹色に輝く金剛石。
魔人となりこの世界の金に興味などなくなったカスターから見ても、優に屋敷の一つや二つが買えるほどのものだと見て取れる。
なぜ、こんなものを奴が持っている?
疑問に脳内が埋め尽くされ、ただただ転がった宝石を見る。
だがそれも一瞬。すぐに視線を倒れた魔人に戻そうとした、その時には。
既に目の前に、魔人が立っていた。
「何?」
焦りはない。こちらは魔鎧を装着しており、万全。一方の相手は生身で重傷を負っている。
ただ、あの一瞬の間に半死半生の身で移動してきたことが不思議だ。
「体重移動」
魔人が喋りだす。その声は以前のものと変わらない。だが、違う。何かが、以前のものと違う。
「片手片足しか使えなくとも、体重移動をうまくすれば立ち上がって近寄るくらいのことはできる。油断したな」
至近距離に、魔人は立っている。
カスターの寸胴のような銅に密着するように、今にも抱きつきそうなくらいに近くに。
「何だ、貴様」
「あの宝石はな、遺跡で掘り起こしたのだ。魔族の少女が、ルーキフェル遺跡で出会った時に、財産でも探しに来たのか、と言っていただろう。あれで、思いついてな。ひょっとして、あの魔族は遺跡に隠された宝があるのを知っているんじゃないだろうか、とな。知っていても自ら掘り返すほどの価値はない宝が。つまり、金銀財宝の類だ」
ゆっくりと、魔人は懐から、今度こそポ―ションを取り出す。
「分の悪い賭けではあったが、ポ―ションを買い込み、遺跡に潜った。魔鎧を装着しては天井、壁、床を殴りつけ、限界がくれば解除してポ―ションで回復。その繰り返しだ。その甲斐あって、双子のようにそっくりな巨大な二つの金剛石を手に入れた。投げたのはその片割れだ」
喋りながらふたを開け、魔人はポ―ションを飲み干す。
「ああ、このポ―ションはその時の残りだ。ところで、その寸胴のような銅や太く大きな腕から予想はしていたが、やはりお前、超至近距離にいる相手にはまともに攻撃する方法がないらしいな」
図星だ。遠距離に特化した魔鎧エンジェル・アイは密着された相手に攻撃手段を持たない。だが。
「近づかれた時点で、後ろに跳びながら砲弾を発射。それが最善手だったろう。機を逸したな、魔人カスター。見ろ、骨折した手足が、完全回復とまではいかずとも、動かせる程度にはなったぞ」
分かっていた。カスターにもどうするのが最も良い手なのかはわかっていた。だが、あまりにも予想外の展開、そして目の前の魔人の変わり様に呑まれてしまい、気を逸した。
「誰だ、貴様」
カスターは尋ねる。
「知っているだろう? 我は、魔人フォイルだ」
魔人フォイルの刃物の如き眼光が、カスターを貫く。
魔人フォイル。そうだ、そのはずだ。だが、何かが違う。呑まれつつある。
俺の、俺の運が。俺の運が奪われていく。
そう考えた瞬間に、カスターは激昂する。
「フォイルっ」
全力で後ろに跳ぶと同時に砲弾を発射。
「魔鎧フォイル、装着」
再び髑髏の鎧を纏ったフォイルが、真横に跳ねてそれを躱す。
距離だ。距離をとらねば。
全力で後ろに跳び続け、更に砲弾を、石や土塊を補給する。
敵のスピードに変わりはない。いや、ダメージのために落ちている感すらある。こちらの有利に変わりはない。また、さっきの繰り返しだ。
「フォイル、死ね、死ね。みじめに死ね」
意識せず呪詛をまき散らしながらカスターは撃ちまくる。
そうだ、ここで死ね。運を俺に返せ。運の悪いものが死ぬ。運のいいものが生き残る。逆も真だ。死んだ奴は運が悪い。生き残った奴には運がついてくる。
不運を背負って、俺に運を返してから、いや、お前の運を根こそぎ渡してから、死ね。
カスターは自分の強運を信じていた。生きてこれたからだ。銃弾の雨嵐の間をかいくぐって、生き残ってこれた。それは自分の強運の証明だ。
戦場を駆け抜けて、ようやく見つけた真理がそれだ。運が全て。どんなに手を尽くそうが、どんなに正しかろうが、運が悪ければ死ぬ。
そう。虐殺した側の自分達と虐殺された側の原住民に、違いはない。どちらが正しく、間違っていたわけでもない。ただ、向こうが運が悪かった。それだけだ。
あの戦は、最初から勝負が決まっていた。
こちらには文明という名の怪物が味方についており、向こうにはついていなかった。
だが、それならば自分達にその怪物が味方してくれるように計画したのか。違う。全く違う。
自分達は、ただ偶然、文明の側にいただけだ。つまりは運がよかっただけ。
そう、運の良し悪しが全てを決める。人の努力や意志など塵芥だ。だから、カスターはずっと運を引き寄せるべく行動してきた。殺す側に居続けた。銃弾の間を走り抜けた。常に優雅に、人の目を引き、英雄として振る舞い続けた。
運を、運を、運を手にいれるために。それこそが幸運を呼ぶと信じていたからだ。
だがそれでも死んだ。なぜだ? 運が悪かったのか? いや、結局は甦ったからやはり自分は運が良かったのだ。本当に?
自問自答を繰り返しながら、後ろに跳び続ける。
同じパターンだ。さっきまでの繰り返し。いや、相手が軽くないダメージを受けている分、さっきよりもカスターにとって有利な展開。
そのはずだった。
「ぐうぅっ」
目の前の光景に、カスターは呻く。
フォイルとカスターとの差は、縮まりつつある。フォイルのスピードは最初の時よりも格段に落ちているのに。
何故か。
答えは簡単だ。フォイルが、真っ直ぐにカスターに向かって来ているためだ。後ろに跳んでいるカスターと前に跳ぶフォイル。どちらが速いかは考えるまでもない。
だが、真っ直ぐに進むのならば当然に砲弾に当たる。そのはずだ。それなのに、砲弾は当たらない。
避けているのでも、防いでいるのでもない。
フォイルは真っ直ぐに前に跳びながら、砲弾を全て「捌いて」いた。
凄まじい速度で迫る石を、土塊を、自身も高速で前進しながら、捌く。手で、横から叩いて軌道を逸らしている。
まるで泳いでいるかのように、両手を使いながら前進する。
身体能力自体に大した違いは見受けられない。だというのに、これは。
まるで、戦闘技術だけが異常に向上しているかのように。
「追いついたぞ」
そして、またもや調子近距離にフォイルが迫る。
先程との違いは二つ。一つは、フォイルが魔鎧を纏っていること。
もう一つは。
「もう、逃がさん」
フォイルが、カスターの足を踏みつけていることだった。
「くく」
カスターは思わず笑う。
不吉の象徴にも見える、赤と黒の髑髏を眺めて、理解する。
俺は、死ぬ。
「貴様と関わったこと自体が不幸を呼んだか。死神め」
笑ったままのカスターの呟きに、
「もう、お前に幸運は必要ない」
フォイルは乾いた言葉を返す。
そうして、フォイルの手刀が、カスターの胴を貫く。魔鎧エンジェル・アイを貫通し、カスターの心臓が潰される。
しごく、あっさりと。
瞬間、血を吐くでもなく、苦痛に顔を歪めるでもなく、カスターの全身に、ひびが入る。
それでもなお、カスターの顔には笑みが残っている。
「俺は、運がいい。また、会えるかもしれないな、フォイル」
色を失い、足先から砕かれ、消滅していきながら、カスターは語る。
その声からも力が失われていく。
「いいや、お前は運が悪い。もう、二度と会えない。戻って来れない。さよならだ、カスター」
人を斬るようなフォイルの答えに、
「そうか、終わりか。ああ、運のことを、気にせずに済むか。それも、悪くないな」
何故か安堵した声を出しながら、カスターの全身が砕け散り、消え去る。ついにカスターは完全に消滅する。
それとほぼ同時に、フォイルの魔鎧が解除され、
「間に合った、か」
呟くと同時に、倒れる。
こうして、魔人同士の戦いは終わる。
「ああっ、こ、んな」
エルジェーベトは歯噛みする。
傷さえつければ、血を吸える。そうすればこちらのペースだ。いくらでもあの女の血を浴びれる。美しく高潔な女の血を、いくらでも。
そう思っていたのに。
エルジェーベトにとって苦手とする相手は、遠距離に特化した相手だ。攻撃の際に近づいてくる相手であれば、その時に魔鎧の刃を全て逆立て尖らせ、全方位に攻撃する。致命傷とはならずとも、どこかに傷を負ってさえくれればいい。
後は、吸血で弱らせていく。
相手が焦って攻撃を急いでくれば、串刺しにしてしまえばいい。
それがエルジェーベトの攻撃パターンだった。
だが、当たらない。
白銀の鎧の魔人は、明らかに接近戦に特化している。
先程から、尖った手足で、殴ったり蹴ったりするのではなく、斬りつけている。エルジェーベトの鎧を切り裂き、内部にダメージを与えている。
それ自体は、構わない。
問題は、全方位の反撃が当たらない点だ。
「こ、のおっ」
斬り付けられた瞬間、全身の刃を逆立てる。
だが、その時には既に範囲内に白銀の鎧の姿はない。遥かかなたに走り去っている。
速度。
圧倒的な速度を持つ魔人だとはエルジェーベトも聞いていた。
だが、これほどとは。
最早、目に追うことすら難しい速度で白銀の魔人は疾走し続け、風のようにエルジェーベトの傍を通り過ぎながら、一撃、また一撃と切り裂いていく。
「ぐっうっう」
違う。違う。
エルジェーベトの両目が殺意に染まる。
こんなはずはない。苦痛を感じるのも、血を流すのも、相手のはず。私以外の、私の獲物の役目。私の役目は、それを享受することなのに。
そう、穢れのない、美しいものの血を奪って、永遠に美しくあるのだ。自分にないものを奪ってくる。それだけだ。苦痛を与えて、穢れのない、美しいものを壊すのだ。自分にはないものを持った女どもを壊してやる。そうだ。そのためにはまだ死ねない。一度死んでも、まだ死ねない。
「このっ」
無茶苦茶に動きながら、勘で全方位に攻撃をする。しかし、当たらない。
「無駄だ」
斬りつけられてから、遅れるように声が届く。声よりも早く白銀の魔人は動いている。
「ぐっああああ」
片脚を深く切り裂かれ、エルジェーベトはバランスを崩す。回復までの時間稼ぎのつもりで刃を展開したままにする。
「く、お」
その刃の全てが、一陣の風と共に断ち切られる。
「おおおのおおおれえええ」
地の底から響くような呪いの言葉を吐いて、エルジェーベトは片脚が傷ついたままで無理矢理に立ち上がる。
流血。悲鳴。苦痛。全て自分が他者に与えるもの。自分が他者から浴びるものだ。それが、自分を美しくしてくれる。永遠に。そう永遠に。
だから、これは間違っている。
「永遠に美しくありたい。それがお前の未練だと噂に聞いた」
また、風と共に腕が切り裂かれて、遅れて言葉が届く。
「嘘をつくな。魔人に転生した時点でその願いは叶っているというのに、殺戮を止めぬ獣め。手段が目的になったな」
今度は、肩。
呻きながらまたバランスを崩すエルジェーベトだが、歯を食いしばって立ち直る。
ようやく、ようやくにエルジェーベトの目にも白銀の魔人の姿が、かすかにだが見えてきた。
これならば、当てられる。次だ。次で当てる。
視界の端で、白銀の魔人が向かってくるのを捉える。
来た。次の瞬間、既に斬りつけられていることになるだろう。それは、分かっている。あの魔人は神速。だから、先に腕を振っておく。攻撃に向こうから当たるくらいで、ちょうどいい。
そうだ。奴の速度。それ自体が、奴にとっても凶器になる。あの神速で振り回す腕にぶつかれば、それが致命的なダメージになる。
今度は、こちらの番だ。
そう、今。
「おのれがあっ」
叫んで、力任せに振った腕は、空を切る。
凄まじい速度で向かってきていた白銀の魔人は、エルジェーベトの腕が触れることができる寸前の場で、一瞬の間に停止している。
「う」
驚きのあまり、エルジェーベトは言葉を失う。
こんな、馬鹿な。
神速は魔鎧の性能として理解できる。だが、その速度で動きながら攻撃を見切り、そして急停止する。そんなことが可能なのか?
だが、その疑問がエルジェーベトの言葉を奪ったのではなかった。
「私は毘沙門天の化身」
彫像のように静止した白銀の魔鎧は、ただただ美しく、エルジェーベトは見惚れていた。その美しさに驚き、言葉を失っていた。
「獣に触れられる道理はなし」
次の瞬間、白銀の魔人は袈裟に手刀を振り下ろす。
エルジェーベトの魔鎧は大きく切り裂かれ、そして大量の血が吹き上げられる。
白銀の魔人は、振り下ろした時には既に、血がかからないように距離をとっている。
「かっはっ、ははっはははっ、血、血、血」
自らの血を全身に浴びながら、エルジェーベトは狂ったように笑い、
「ああ、上杉謙信。美しい」
最後の力を振り絞って、白銀の魔人、上杉謙信へと腕を差し伸べる。
「バートリ・エルジェーベト」
上杉謙信は魔鎧を解除すると、くるりと背を向けて、
「お前は、醜いな」
そう言って、去っていく。
「ふ、ふふ」
血を噴出し、足元から消滅しながらエルジェーベトはなおも笑い、
「知っていたわよ、そんなこと。とっくの昔にっ」
上杉謙信の背中に叫び、消滅していく。




