一の十二
「ど、どうして?」
突然の話に混乱する。
リストラかよ。
『ちょうどいいじゃないか。気兼ねなく見捨てられるぞ』
黙ってろ。
「その、ゴドーさんが今日、怪我して帰ってきたことにショックを受けてたみたいで、その、自分のやったことは間違いだったんじゃないかって、落ち込んでて」
ほとんど回復していたから、うろついていたスライムと偶然出会って戦ったのだと説明して誤魔化したが、確かにその時に浮かない顔はしていた。
てっきり、スライムに傷を負う俺の不甲斐なさのせいだと思っていたが。
「その、危険な旅にゴドーさんを連れて行くのは、やっぱり間違いだったんじゃないかって」
「うーむ……」
向こうからすると、走るのさぼるわ、自分の実力も分からずコボルト狩りに行くわ、おまけに怪我して帰ってくるわで、確かにさっさと別れたくなるのも分かりすぎるほど分かる。
「あ、明日」
両手を胸の前でぐっと握り締めて、ココアが一歩近づいてくる。完全に部屋の中に入ってくる。
「ん?」
「明日、勇者様とあたしは、この町を出るから。ぎょ、行商人の人が南に行く用があるから、途中まで馬車に乗せてもらうんだって」
「ほほお」
もうそんなところまで話が進んでるのか。
「ま、町の人に話したら、皆で協力して南に行く行商人の人を捜してくれて、ふひひ。だから、その、選んで欲しい、だって」
「何を?」
「付いて来るか、来ないか。そ、その、でも、来ない方がいいって、勇者様は言った」
「そう、か」
そう思ってるのか。
いや、意外でも何でもないが。それでも、多少はぐさりとくる。
「で、でも」
軽く落ち込む俺に、ココアが喰らいついてくる。
「口には出さなかったけど、その、勇者様、ゴトーさんに、着いてきて、欲しそう、だと、あたしは思ったけど」
どんどんと語尾が弱くなり、とうとうココアは最後には俯く。
おいおい、自信がないのかよ。
それでも、ありがたい。正直、救われた気分になる。
「ありがとう」
ぽんぽんと頭を撫でて、俺は立ち上がる。
「ふひひっ……えっ、ど、どこへ?」
俺に撫でられて笑っていたココアだったが、立ち上がったことに気付いて驚く。
「ちょっと、野暮用でな。しばらく外に出る」
「で、でも、怪我」
「大丈夫だ。ちょっと散歩するだけだ」
『よく言う』
呆れたようなフォイル。
真実を言うわけにもいかないだろ。ここにいても、時間がもったいない。やるべきことはいくらでもある。
さて、それじゃあ、やるとするか、フォイル。明日までに、全部を済ませるぞ。
『よかろう。お前に付き合ってやる。我とお前は、もはや一心同体なのだからな』
一心同体か。少なくとも心は同じじゃないと思うけど。
ぼやきながら部屋を出たところで、
「あっ」
「う」
ちょうど、何かの用で同じように部屋を出ようとしていたリルカと顔を合わせてしまう。
これは、お互いになかなか気まずい状況だ。
そうだ、忘れていた。これもまた、頼みにくいことこの上ないが、打診しておかなければならないことがあった。
「あの」
俺は覚悟を決めて、切り出す。
「は、はい?」
「言いにくいんだけどさ」
「えっ」
リルカの目が丸くなる。そして、かすかに潤んでいる。
何かよからぬことを想像したのかもしれない。タイミング的に、別れる別れないの話かと思ったのか。
だが、聞き様によっては、それより最悪な内容なんだが。
「その、お金を貸してくれない?」
「えっ」
固まるリルカ。当たり前だが。
「いや、その」
言い訳を続けようとしたところで、
「あ、ああ、そうですね。当然です。元々、ゴドーが稼いでくれたお金ですから」
泣きそうな目をしながらもリルカは微笑んで、
「ちょっと待ってください」
と部屋に戻り、すぐに金貨の入った袋を持ってくる。
「どうぞ」
「あ、ああ。これは、すぐに返」
「元々、あなたのものです。その、今までありがとうございました」
頭を下げると、リルカはまた部屋に戻っていく。
まずい、まずい。
もう別れるから金返せみたいな流れになっている。これはまずい。
『おい、時間がないんじゃないか』
いや、でも、このままじゃあまりにも。
『それに、そのままここにいると後ろの女に焼かれるぞ』
「え?」
振り返ると、いつの間にか俺の部屋から出ていたココアが、俺の後ろに立って、何やら剣呑な雰囲気を出している。
「あ、ココア、どうし」
「ゆ、勇者様をあんなに傷つけるなんて、許せない」
体を震わせながらそう言うと、ココアはぶつぶつと何か呟く。そして、その両手が炎を纏っていく。
まずい。
「ごっ、誤解だ、返す、必ず返すからっ」
叫びながら、俺は宿屋を飛び出る。俺の後ろ髪をかするようにして小さな火球が飛んだ。
あっぶねえ。
『前途多難だな』
そう言うフォイルの声が、どこか嬉しそうな気がする。
ひょっとして、だけど。フォイル、ひょっとして、あれだけ見捨てろ見捨てろ言いながら、最終的に俺が見捨てられずにこんな展開になることを期待していたんじゃないだろうな。
『我は期待などしていない。予想はしていたがな』
性格の悪い鎧だ。
宿屋から走って離れながら、俺は内心にぼやく。
暗い夜をそのまま物質したかのような闇色の石。それを積み上げて作り出された歪な城。
城の奥深く、王座とも言えない王座、ただぼろぼろの緋色の絨毯が引いてあるだけのスペースにある、壊れかけた古い木製の椅子。
その椅子に、少年が一人、座っている。
真っ白い肌、真っ白い髪、そして真っ赤な眼を持つその少年は、気だるそうに椅子に腰掛けている。
中性的で整った顔、ほっそりとした体つき、長い髪から、絶世の美少女のようにも見えるが、紛れも無く少年である。
少年はほとんど衣服を身に着けていない。細い体を露にして、ただ腰の辺りに真っ白い長い布がかけられているだけだ。肌の白さと布の白が混じり合って、どこからが肌でどこまでが布なのか一目では見分けがつきにくい。
少年は退屈そうに、自らの長い白髪を指で弄っている。
狭い部屋には、絨毯と椅子、そして四方を囲む壁に付けられた松明しかない。他には何もない、窓すらない部屋だ。
そして巨大な鉄の扉が、唯一の出入り口だ。
「魔王様はぁ?」
突然、誰もいない部屋に先に声がして、後からどこからともなく少女が現れる。赤い眼と髪を持つ、角の生えた少女。魔族の少女だ。
鉄の扉を開けずに突然現れた少女は、つかつかと少年に歩み寄っていく。
「お休みだ。相変わらず眠っておられる」
髪を弄りながら、物憂げに少年は魔族の少女へ目を向ける。少年の声は、見た目同様、中性的で美しいものだ。
「何の用だ?」
「魔王様の予言通り、遺跡にフォイルの契約者が現れたわよぉ」
その報告を聞いても、少年の顔に変化は見られない。
「そうか。今回は予言が当たったわけだ。それで?」
「フォイルの契約者、ああ、フォイルって魔鎧の名前を名乗っていたけど、そのフォイルは小娘二人と一緒に遺跡に潜っていたみたい。護衛に連れて行った二人と一匹のうち、一匹はその場にいた小娘達に倒されたわ。カスターは殴り飛ばされてフォイルの契約者に執着するようになって、エルジェーベトはその番犬を倒した小娘の一人に執着したわぁ。どちらも悪い癖ねぇ」
「ふむ」
興味なさげに、少年は視線を虚空に彷徨わせる。
「偵察のつもりだったし、危険な臭いがしたから二人を止めて退いたけどぉ」
「無駄な。止めたところで止まるようなものでもあるまい。魔人とはそういうものだ。妄念の塊だ。こうと決めたら、他者が手綱を握れるものでもない」
そこで初めて、少年の頬にあるかなしかの嘲笑が浮かぶ。
「大正解。さっそく、さっき勝手にフォイルと小娘に会いに行ったみたい」
「僕も魔人の端くれだ。それくらいは予想がつく。それで?」
「それが、襲うのも失敗して戻ってきてるのよぉ。傑作でしょう?」
先を促された魔族の少女が、くすくすと手で口元を隠して笑う。
「負けて死んだのではなく、戻ってきている? 何があった?」
僅かに興味を示して、少年が体を魔族の少女に向ける。
「途中で、邪魔が入ったんですって。ほら、二人が向かったのはカミサだからぁ」
「ああ」
少年は目を細める。
「ユッカとジークの国境か。なるほどな。ジークではあの女が仕事中だったな」
「戻ってきたのはラッキーだったわぁ。貴重な手駒なんだから今度こそ二度と勝手な行動をしないようにきつく言ったけどぉ」
それを聞いて少年はふっと息を漏らす。
「無駄だ。魔人が契約以外のことで人の意見を聞くとでも思っているのか。魔人が従うのは、己の妄執のみだ」
「でしょうねぇ。ねえ、代行?」
「ん?」
「どう思う? フォイルのこと、まだまだ契約者はひよっこみたいだし、普通にエルジェーベトかカスターが勝つ可能性もあると思うんだけどぉ」
「否定はしない」
くるくると美しい白い髪を指に巻きつけながら、少年はため息をつく。
「勝てないとは言わない。だが、勝ったところで何か意味があるのか? 動向さえ把握しておけば、計画に組み込むこともできるだろうに」
自分自身に問いかけるように、静かに虚空に向けて問う。
「フォイルはいずれ魔王様の敵になる。そうじゃないのぉ?」
魔族の少女が質問を質問で返す。
「否定はせん。あれはそういうものだ。だが、魔王様の傍には僕がいる。これでは駄目か? 僕がいることは、安心材料にはならないか?」
「まさかぁ」
身をのけぞらせ、魔族の少女は大袈裟に驚く。
「代行に勝てる存在なんて、この世に存在しないわぁ。神も悪魔も人も魔族も魔人も、そして魔王様すらも、誰も敵わない」
それを聞くと、
「だろうな」
少年はそれきり興味をなくしたようにまた視線を空中に彷徨わせる。
「フォイルと代行の魔鎧自体は互角かもしれないけれど、契約者が雲泥の差だものぉ」
なおも続ける魔族の少女。
「もういい。僕は世辞を喜ぶタイプでもない」
「あら、ただの事実じゃない。そうだ、それでフォイルの契約者のことなんだけど、どうも反応からすると何も知らないみたいよぉ。ということは、魔鎧フォイルが契約者に教えていないってことよねぇ」
「教えていないというより、教えられないのだろう。記憶、もしくは伝達機能に障害があるとしても何もおかしくない。起動できるまで修復できたのが奇跡のような有様だったのだから」
「あらぁ。だとしたら、ますます代行の勝ちは揺るがないわねぇ。魔鎧さえも万全じゃないなんて」
「もう世辞はいい。それよりも、せいぜい二人が倒された時に備えて、準備でもしておくことだ。魔鎧は貴重品だからな」
喋るのが億劫になったのか、少年は追い払うように手を払う。
「はぁい」
部屋の隅に行くと、そのまま闇に溶け込むようにして少女が消える。
誰もいなくなった部屋で、少年はぼんやりと虚空を眺めている。
「フォイルか。楽しみだな。カスターやエルジェーベト程度に、負けて欲しくはない」
呟いて、少年は気だるげなため息を吐く。
「しかし、フォイルのことばかり気にしている。妙なことだ。僕からしてみれば、より重要なのは勇者だと思うが。勇者リルカが、フォイルと行動を共にしている。そこに意味を感じないのか。まったく、鈍感なことだ」
だらりと脱力した少年は、眠りに落ちるように目を閉じる。
「魔王は、勇者が倒すものだと決まっているだろうに」




