一の十一
『あの魔人二人は、それぞれに目的が違う』
みたいだな。
あっちの女、エルジェーベトは、リルカの血を狙っているようだった。
『そうだ、そしてカスターとか言う遠距離攻撃に特化しているらしい魔人は、言っていることの意味はよく分からんが』
ああ、俺だ。俺を狙っているみたいだった。
『つまり、お前が止めねば、エルジェーベトの方はお前を無視して町に向かい、リルカを殺していただろう』
リルカが殺された。あの勇者が。
想像するだけで不愉快だ。
「ちっ」
歩きつつ、思わず舌打ちしてしまう。
『あの三人目の魔人、あれが何者なのかは不明だが、会話の内容からするに、今日のところは魔人二人は引き下がるらしい。そして、おそらくは明日来る』
明日、か。
胃の底が重くなる。
『二対一では勝ち目は薄いが、事態はそれよりも厄介だ。理解しているか?』
ああ、問題は、エルジェーベトの狙いがリルカだってことだな。
『そうだ。二人が我らを狙うのではない。片方は我らを、もう片方はリルカを狙う』
止められない、俺達だけじゃあ。
『そうだ』
なりふり構っていられない。リルカに事情を話して、自衛団か何かに匿ってもらうようにしよう。
『無理だな。自衛団程度では魔人に対抗できるか疑問だ』
じゃあ、国の、ユッカの騎士団ならどうだ?
『一日で騎士団を呼んで匿わせるのか? 無理だ』
リルカにできるだけ遠くに逃げてもらう。
『意味がない。町にいるリルカを目指していたところからして、あの魔人はある程度の距離ならばリルカを追跡する能力を持っていると思われる。一日で逃げるにも限度があろう』
リルカとココアで迎え撃ってもらう。
『数秒で片が付く』
俺がずっと傍にいて、リルカを守る。
『無理だ。最終的に、リルカを庇いながら二対一で戦うことになる。我に主導権を譲ったとて、勝てるはずもない。今までの案は全て、利益なく、そして魔人という正体を人に明かすことになる不利益だけが存在する』
「どうしろっていうんだ!」
思わず叫び、足を止める。
「うっ」
大声を出したことで立ち眩み、よろめく。
そろそろ町中だ。もう、人の目もある。
『落ち着け。リルカに、今朝もしものためにと渡された金でポーションを買え』
分かってる。
俺は売店に行き、昨日と同じ店員に怪訝な顔をされながらもポーションを買って、それを飲む。
「ふう」
大きく息を吐いて、ようやく全身の気だるさがマシになると共に、また熱くなっていた頭がすっきりとしてくる。
フォイル、じゃあ、お前には何か案があるのか?
『うむ』
何だ?
『簡単だ。リルカを見捨てればいい』
それ、は。
一瞬、言われた意味が分からない。
『見捨てれば確実にリルカは死ぬ。巻き添えでこの町が潰れるかもしれん。だが、代わりに一対一でカスターと戦える』
ふざけるな。
『ふざけてなどいない。確かにリルカはこれから魔王を探す旅をするならば、便利だ。だが、必要不可欠ではない』
冗談じゃあない。俺は、そんな案は認められない。
『逆に、どうしてリルカに拘る? いなくとも支障はあるまい』
ちょっとの間とはいえ一緒にいたんだ。見殺しにできるわけ無いだろうが。
『では、どうする? 何か良い案でもあるのか?』
ない。
まったく、考え付かない。
「くそっ」
呻いているうちに、俺は宿屋の前まで辿り着いていた。
「来ましたね」
宿屋の前では、リルカが仁王立ちで待ち構えていた。
「あ、ああ。待っててくれたのか」
喉を詰まらせながら、平静を装う。
「まったく、帰るのが遅いですよ。さては途中から歩きましたね」
むっと凄んでから、リルカはくすりと笑い、
「でも、お疲れ様です。部屋でお茶でも飲みましょう。ココアも首を長くして待っていますよ」
「……ああ」
このリルカが、死ぬ?
視界が勝手に滲む。
「ちょ、ちょっと、ゴドー、どうしたのですか。そんなに走りこみがつらかったのですか」
わたわたとリルカが寄ってきて、
「あっ、ちょ、ちょっと、怪我をしているではないですかっ。だ、誰かっ」
まだ完全には治っていない傷を見つけて騒ぎ出す。
フォイル。
『何だ?』
駄目だ、やっぱり、無理だ。
この娘を見殺しにしたら、きっと俺の心の、半分くらいが死ぬ。
『それでも生きてはいける。誰もが、己の心を磨耗させながら生きている』
けれど、譲れない一線は誰しもあるはずだ。
もう、フォイルは答えない。
ならば、自分で何とかしてみろってことか。いいさ、やってやる。
大騒ぎしているリルカを見ながら、誓う。
何とかしてやる、俺の力で。
大騒ぎするリルカとそれにつられてやってきて傷を見て輪をかけて大騒ぎするココアをなだめ、傷口に包帯を巻き終わってようやく落ち着く。
一人、部屋でベッドに腰掛けたまま、ため息をつく。
まったく、ギガハウンドに戦った時は自分達だって怪我だらけだったっていうのに、心配性な奴らだ。
しかし、どうするか。
フォイル。
『何だ』
どうやら、返答はしてくれるらしい。
最後に現れたあの女性は、魔人で間違いないんだよな?
『うむ。魔人は魔人を探知する能力がある。契約した魔鎧によって向き不向きがあり、我は得意ではないが、それでもあの距離まで近づけば判別できる。あれは魔人だ』
あの魔人を見て、カスターとエルジェーベトは逃げ出した。話の内容からして、敵同士というよりも、あそこで暴れるなら止める、という内容だった。
『今日中ならばな』
今日で契約が切れる、と言っていた。
「いよっと」
俺は立ち上がって、部屋を出る。
無駄かもしれないが、情報を集めるためにまずは動かなければ。
「ああ、いたいた、女将さん」
「ん? ああ、どうしたんだい」
受付で帳簿とにらめっこをしている女将さんが顔をあげる。
「この辺りで、何か契約みたいなことをしてる魔人の噂って聞いたことあります?」
「ああ、あるよ、そりゃ」
全然期待せずに聞いた質問に肯定の返事が返ってきたので、俺はしばらく固まる。
女将さんがまた帳簿に目を戻そうとしたので、
「ちょ、ちょっと待って、知ってるんですが、その噂」
「噂っていうか、ほら、カミサはユッカとジークの国の境にあるじゃないか」
商業が盛んなユッカに比べて、隣国のジークは国土が広く、農業が盛んな一方で軍事国家だとリルカから聞いた。
ジークは戦争を繰り返している国で、そのジークとの国境近くにあるカミサは、その利点を享受して発展しているのと引き換えに、いざユッカとジークが戦争になればもっとも危険になる町らしい。だから、ジークの動向には町の誰もが注意しているとか。
ああ、そうか。
「ジークの話なら、この町の人は耳にするわけか」
「そういうこと。皆、気にしてるからねえ。で、魔族と揉め事を起こしたジークの騎士団が、魔人を雇ったって噂は伝わってたんだよ。しばらくの間、魔族や魔人が不審な動きをしたら止めてくれって雇ったらしいけどねえ。あたしゃ、魔人を雇うなんて意味が分からないけどさ」
ああ恐ろしい、と女将さんは肩を抱いてぶるぶると震えてみせる。
魔人。
カミサで話を聞く限り、魔人というのはまさしく天災らしい。魔族のように人間の天敵ではないからこそ、逆に恐れられている。
ある魔人は範囲内に入ったものを人も魔族もモンスターも魔人も、全て斬り捨てるという。
ある魔人は戦争という戦争に介入し、互いの国がもっとも被害の少ない形で戦争を終わらせようとするという。
ある魔人は、老若男女善悪の区別無く、時には愛し、時には守り、時には殺し、時には無視するという。
要するに、よく分からない存在。コントロールや予想ができない巨大な力。
それが魔人だ。
「傭兵稼業をしてる魔人ってこと?」
誰かに雇われる、という形をとる魔人は意外に多いらしい。ギルドと関わりのある魔人がいるのもその関係だ。
魔人は食事がほとんど必要なく、また個人的な動機によって生きて、そして動くために金は本来ほとんど必要ないはずだ。それなのに、誰かに雇われるというのは妙な話だ。
その雇われる理由も千差万別で、ある魔人は気に入った人物に仕えるため、ある魔人は契約をするという行為自体に重きを置いているため、またある魔人は人として生活をするために雇われるらしい。
また魔族に雇われて、報酬として魔族にしか持ち得ない知識や財宝をもらう魔人もいるらしい。
だから、傭兵稼業の魔人というのは全く珍しくないようだ。
「というより、人間からでも魔族からでも依頼を受けるボディーガードみたいな魔人らしいけどねえ。目の玉が飛び出るほど高い金を取る代わりに仕事は完璧って噂だよ。あの国は軍事予算がばんばん出る国だから、短期間とはいえ雇えたんだろうね」
「期限、明日で切れるんですか?」
「あら」
女将さんが目を丸くする。
「情報通じゃない。戦いで貢献できない分、そういうところで勇者様に貢献しようってことかい? 感心だねえ。走りこみから逃げたのはよくないけど、あんた見所あるよ。そうそう、今日までの契約らしいよ。化け猫亭か酒場にでも行ってたむろしている行商人に聞いたら、もっと詳しい情報もらえるとおもうけどね」
なるほど。
少し、少しずつだが、頭の中にぼんやりと、わずかな光明が差している。
「ありがとうございました」
礼をして、俺は部屋に戻る。
部屋で、うろうろと歩き回りながら、自分の考えをまとめる。
『何をするつもりだ?』
痺れを切らしたのか質問してくるフォイルに、俺は自分の考えていることをぶつけてみる。
『馬鹿な』
さすがのフォイルもそれきり絶句する。
だけど、可能性がないわけじゃないだろう。
『大博打の上に、時間がない。明日には奴らが来るぞ。情報収集と、下準備、そして話をつけるその全てを、今日中に終わらせるというのか?』
やるだけやる。諦めたら、俺の半分が死ぬ。
『むう』
フォイルが唸る。
ノックの音がする。
「はい?」
「し、失礼します、ふひひ」
相変わらずちょっと気持ち悪い笑い方をしながら、ココアが顔を出す。
「あれ、どうした?」
突然何だ?
こいつとそんな親密になった覚えはないぞ。
「その、勇者様が、もうこの町を出ようかって」
いきなりの発言に俺は驚く。
「出る? どうして?」
まずい。計画が崩れる。
「え、だって、ほら、魔王の情報なかったから」
そうか。そもそもカミサの町にいる目的がなくなったのか。冷静に考えれば、当たり前の話ではあるな。ルーキフェル遺跡を調べても何もなかったのに、ずっとこの町にいるわけがない。
「けど、次にどこに行くかは決まったのか?」
「う、うん。色々悩んでたけど、南にあるドワーフの村に行こうかって」
「どうして? あ、黒牙か」
ギガハウンドがドロップしたアイテム。あれは、剣の材料になると聞いた。熟練の鍛冶職人の手によれば、上級のダンジョンでも通用するような剣が出来上がるらしい。
「そ、そう。せっかくだから、魔王の情報を集める旅をしながら、武器を作ろうって」
話は分からないでもない、が。
「どうして、それを言いに来るのがお前なんだ?」
リルカが直接言いに来ればいいだろ。
「それ、は」
ココアの声が沈む。見えないが、どうやら表情も同じく沈んでいるようだ。
「あの、顔を、合わせると言い辛いからって」
「え?」
何をだ?
「勇者様が、もうここでゴトーさんとは、その、お別れしましょうって」




