第七章 弱小。チャンス到来
第七章 弱小。チャンス到来
「あがぁああああああああああ! うぎゃぁああああああああああああああ!」
武山の絶叫がグラウンドに響いた。
「ひゃががががぁあ! ウグゥォオオオ! カハッ!」
痛い。もの凄く痛い。穴でも空いたのではないか、と錯覚するほどの激痛が武山の左足に走る。脳内に生命の危険信号がアホみたいに飛び交い、頭が正常に働かない。少し遅れて気がつけば地面の上に倒れていた。
「いだぃぃ……! いでぇよぉ……! コヒュー……カヒュッ……」
痛みのあまり肺がうまく機能せず、変な呼吸音が出てくる。
『デッドボール!』
審判が何か言っているが、武山はどうでもよかった。そんなことよりも、この痛みをどうにかしてほしい。『死ぬ程痛い』とか軽々しく言っていた子供の頃の自分に説教してやりたい。死ぬほど程痛いということはこういうことなのだと。
未だ立てないものの、武山は錯乱状態から脱すると周りの状況が段々と見えてくる。ふと視線に入ってきたのは、
「やったやったぁあ! やりましたぁあ!」
「よっしゃぁあ! 流れが向いてきたぞぉお!」
「イケる! イケるよ!」
武山は言葉を失った。
自分はこんなにも苦しい思いをしているというのに、誰一人として心配してくれる者がいない。どころか、龍示チームのメンバー全員は大喜びのどんちゃん騒ぎ。自分がこんなに苦しんでいるのが彼らは何がそんなにも嬉しいというのだろうか。悲しい。ただただ悲しい。
「………………」
武山は寝転がったまま、朦朧とした目をなんとか野球部チームに向けてみると、
「ちっ……クソがっ……!」
全員が忌々しそうな視線を地面に転がっている自分に向けていた。
(…………あんまりだ……)
あんまりだ。これはさすがにあんまりだろう。自分が一体、どんな悪いことをしたというのだ。
(俺が死ぬほど苦しい思いをしているっていうのに……この状況はなんだ……? 目の前の教え子に自分の不幸を大喜びされたり……害虫を見るような忌々しい視線を向けられても仕方の無いような悪行を俺はしただろうか……?)
武山の両頬に透明な雫が伝う。
そこへ、
「大丈夫か? 立てるか? 武山」
頭上から自分を心配する声。武山は顔だけを上げて視線を向ける。そこには、
「りゅ……龍示……っ」
「……無理そうだな……。審判、代走お願いします。岬! 武山の代わりにランナー頼む!」
龍示はそう言うと、武山の体を抱き起こし、肩を貸してベンチへと運んでくれた。
「……!」
やっぱり、こいつはなんだかんだで優しい。武山はそう思った。
「……おまえが野球部の男に好かれる理由が分かった気がする」
「教えてくれよ!? それが分かればこんなスリル味わわなくて済むんだから!」
「……性分の問題だ。口じゃうまく説明できないし、できたとしても直せる問題じゃない」
男の同性愛者に好かれる宿命はどうにもできないことを改めて思い知ったのか、龍示は舌打ちをした。
「当たったの左足だったか? 骨とか大丈夫か?」
「腿の辺りだから、骨は多分大丈夫だ」
「……本当は股間にデッドボール当たって『片玉』から『玉無し』へのクラスチェンジ展開を期待してたんだけどな……」
「無茶言うなぁあ!」
***
怪我により、武山はここで戦線離脱。ランナーは代わりに岬が投入されることとなった。
ユニフォーム姿の野球部守備陣に混ざって、ポツンと制服女子の岬。グラウンドには妙な違和感があった。
ノーアウト一塁。打者は一番打者の龍示。反撃の幕開けには最高のシチュエーションだ。
「さて、ホームスチールを許した失態をチャラにするとしましょうかね」
龍示は軽く素振りをしてから打席へと入る。
影人の表情に苦みが走る。この状況で、これまで通り龍示との泥試合を繰り広げるのが躊躇われるのだろう。
それでも、影人がこれまで泥試合にある程度応じてきた理由は打たれるリスクが無いからだ、と龍示は考える。こんな緩いスイングでは影人の球を長打はおろか、ヒットにすらできない。実質、ファールかボテボテのゴロか空振りの三択だ。
そして、龍示は確信している。今の状況、この泥試合に躊躇いを見せつつも、影人は絶対に応じてくると。
向こうにとって、ここはどうしてもアウトが欲しい場面。疲弊が恐い状況ではあるとはいえ、打たれるリスクの無い勝負を簡単に手放すとは思えない。それが例え『アウトにできれば儲けもの』くらいの勝負であっても。
その考えを、龍示は叩き潰す。
「岬走れぇえええええ!」
「「「「!?」」」」
打たれるリスクを考えない球など、棒球同然。
「うぉおおおお!」
「「なにっ!?」」
フォアボール狙いなどケチなことなど言っていられるか。自分が点を取りにいってやる。そう語らんばかりのフルスイング。龍示の金属バットが唸りを上げる。
カキィン!
「「「「!」」」」
球を捕らえる甲高い金属音に、この場にいる全員が息を呑んだ。
試合の均衡が再び崩れる。この瞬間、全員が全員、そう感じてならなかった。
打球はボテボテのサード正面のゴロ。
「「「「………………」」」」
「しまったぁあああああ!」
龍示の絶叫がグラウンドに木霊した。
同時に、ベンチから龍示チームのメンバーの冷ややかな視線が龍示に突き刺さる。バッティング下手クソなんだから大人しくしてれば良かったのに。そう目が語っているような気がした。
幸い、岬のスタートが良かったためダブルプレーは免れたものの、こんなことなら素直にフォアボール狙いで良かった、と龍示も後悔する。
「残念だったわね♪ 龍クン!」
一功は取り乱すことなく、落ち着いた動作で捕球し、一塁に向かって暴投した。
「「「「って暴投!?」」」」
一功の送球は一塁手の頭上を飛び越えて、転々とグラウンドを転げまわる。
「っしゃぁあああ! 見たかぁあ! これが主人公補正だぁあ!」
「情けねー主人公補正だなおい!」
結果、龍示は一塁楽々セーフ。この間、岬は二塁を蹴って三塁へ。
ノーアウト一、三塁。龍示チームはこの試合、最大のチャンスの場面を迎えた。
***
「なにやってんだボケぇえ! 殺すぞ!」
「あんっ! 痛っ、あん! ちょっ、痛いわよ! はぉんっ!」
「おまえのせいで大ピンチじゃねえかよ! オラオラオラ!」
「きゃ!? 痛い! 痛いって言ってるじゃないのぉ~! ……けど、ちょっといいかも……♪」
「このドMがぁ! ここか!? ここがいいのか!? オラオラぁ! クリック! クリッククリック!」
「いやぁあん! ダメ! 乳首はダメぇ! ダブルクリックしちゃダメぇ~!」
野球部チームはタイムを取ってマウンド上で集まり、エラーをした一功を袋叩き(?)にしていた。
「その辺にしとけ、馬鹿。イッコウを責めたところでこの状況は変わらねーだろ」
明嗣が荒れるチームメイトをなだめる。
メンバーは、明嗣の言う事には素直で、一功への制裁の手を止めた。
「それよりどうすればいい? 木原。次のバッター、歩かせるか?」
影人は沖田を歩かせての満塁策を提示した。
というのも、ランナー一、三塁の状況は守備が難しいのだ。ゴロを打たれた場合、三塁ランナーがホームに突っ込んでくるのか否かを注意しなければならない。かといって、三塁ランナーに注意を向けすぎれば、一塁ランナーや打者をうっかり進塁させてしまう事態にもなりかねない。
一方、満塁になれば選択肢は一つ。ゴロを打たれた場合はホームに送球する。それだけだ。
どちらが守りやすいかを問われれば間違い無く満塁の状態だ。しかし、明嗣は、
「普通はそうするとこだが……。二番のバッターと勝負だ」
「!」
「三塁ランナーの女は素人だ。この状況での走塁の判断は相当に難しい」
三塁のそばには走塁を指示する役割として千郷が出てきているが、千郷も素人である岬にどこまで指示していいのか困るところであるはずだ。
「逆に、今歩かせた方が危険だと、おれは思う。コントロールの乱れたおまえが満塁の状態で三番の女と勝負するのは危険だ。フォアボールの押し出しって可能性もあるしな。それに、あの女……チャンスにめっぽう強そうな感じがする……」
「……じゃあ、仮におまえの考えるように二番と勝負して打ち取ったとしたら、次はどうすんだ?」
「今度こそ三番を歩かせて満塁策だな。勝負する打者はあくまで四番と五番。この試合、四番と五番はヒットを一本も打ててない。よほどの失投が無ければイケるはずだ」
「……あくまでも三番との勝負を避けるってことか」
「そーいうことだ。一応、おれの意見な。おまえはどうなんだ?」
「………………」
影人は話を整理する。
一、三塁という、下手したら内野ゴロでも点が入ってしまうくらいに得点の入りやすい状況下での沖田との勝負。内野ゴロ、もしくは三振で打ち取れば勝ちではあるものの、フォアボールすら許されない、逃げ場の無い状況下での桜との勝負。二つのリスクを影人は天秤にかけ、
「オマエに同意だ。正直、満塁の状態であの女と勝負は恐い」
影人は明嗣と同じく前者を選択した。
「アッキー、カゲちん♪ 難しい話は終わった~?」
話し合いに区切りがついたタイミングで一功が声をかけてくる。
明嗣と影人は頷いて一功の問いに答えた。
「ここまできて負けなんて御免だ! 頼むぞ、宇多、木原! なんとしても藤田龍示を俺らの傘下に入れてやろうぜ! そして、この試合が終わったら皆で乱交パーティだ!」
「そ~よ♪ なんとしても龍クンとお医者さんプレイしてみせるんだから~♪」
「……ちなみにどっちがどっちの役なんだ?」
「龍クンが患者さん。あたいが女医さん」
「オマエはどっからどう見てもKー1ファイター役だろ。オマエみたいな女医見たことねぇよ」
影人が冷静にツッコむ。確かに、こんな女医がいたら患者が卒倒する。
「なんでお医者さんプレイにKー1ファイターが出てくるのよ!?」
不毛な会話を明嗣は打ち切るように入ってくる。
「分かった分かった。じゃあ、イッコウは試合で負傷したKー1ファイター。藤田龍示が医者役でいいだろーが」
「だからなんであたいがKー1ファイターなのよ!?」
見た目だ。
「うるせー。それより、このピンチ、なんとしても切り抜けるぞ。こっからは守備が要だ。集中していくぞ。いいな?」
一同は明嗣の言葉に慎重に頷く。
「絶対に勝つぞぉおお!」
「「「「おぉおおおお!」」」」
気迫のこもったゲイ共の雄叫びがグラウンドに響く。沖田を迎え撃つ気概は十分だ。
***
八回の表。ノーアウト一、三塁。
沖田はマウンドに集まる野球部の様子を見て怪訝そうな顔をしていた。
(なんか……もの凄い不穏な会話してる……? 藤田君とお医者さんごっこがどうとか……)
割と大きな声で話していたので、龍示にも聞こえていたかもしれない。沖田は一塁ランナーの龍示の様子を確認しようと視線を向けてみる。
龍示は顔を紫色に変えてガクガクと震えていた。
(やっぱり凄い動揺してるっ!? 人間の顔ってあんな色になるもんなの!?)
気持ちは分かる。あんな男とお医者さんごっこ(R一八)に興じなくてはくらいなら切腹した方が何倍もマシだ。
「…………!」
ふと、視線が一塁ランナーの龍示と合う。
小動物のように怯えている龍示の瞳に、沖田はジッと目で語りかける。
(……大丈夫。藤田君はボクが絶対に護ってあげるから。絶対に、あんな人達の好き勝手になんかさせない)
だから、恐がらなくても大丈夫だよ。沖田はそう口にするかのように優しく笑ってみせた。
「っ!」
すると、今度は龍示の顔色が紫色から、リンゴのような赤色へと変色した。そして、プイとそっぽを向いて沖田から視線を外す。
「ふふっ……可愛い……」
その様子がなんだか可笑しくて、沖田は小悪魔っぽく笑った。
和むのはこのくらいにしておこう。龍示を護るためにもここからは真剣にいかなくては。
話し合いを終えた野球部はそろぞれの守備位置に戻っていく。
キャッチャーの明嗣が声をかけてくる。
「待たせたな。えーっと…………」
「沖田です。沖田宗時」
「ああ。おれは木原明嗣だ。今さらだがヨロシク」
「はい。あの……一つ聞きたいんですけど、敬遠ですか? 勝負ですか?」
内野、外野ともに守備位置が定位置よりも前進気味だ。
この守備位置は果たして自分に対してのものなのか、それとも、次の打者である桜に対して今の内から準備しておこうというものなのか。
「もちろん勝負だ。悪いが打ち取らせてもらう」
ここまでの沖田の打席は、ピッチャーフライ。三振。ショートゴロ。影人の速球におされて、いずれもいい当たりが出ていない。確かに客観的に見ても野球部側に分があるように思えるが。
「……ありがとうございます」
沖田は明嗣に感謝した。
「?」
「敬遠でもされたら、おいしい場面は深山さんが全部持っていっちゃうことになりますからね。ここだけの話、そんなの御免です」
「……へー。おまえ、こ(・)っ(・)ち(・)側か?」
「……まさか。ボクは男が好きなわけじゃありません。普通に女の子の方が好きですよ」
「? でもおまえ……」
「……けどまぁ、何事にも例外はあるってことで」
「……なるほどな」
明嗣は得心がいったように笑った。
「そんなことより、そろそろ始めましょう。ボクの熱が冷めない内に」
「そーだな。打ち取られた後はあいつに慰めてもらうといい」
「いいえ、褒めてもらいます。そのためなら格上のピッチャーが相手だろうと正面から叩き潰してみせます」
沖田にしては珍しく、好戦的な笑みを浮かべる。
「ふっ……上等だ」
試合再開。勝負の行方を賭けた打席の幕が上がる。
「………………」
沖田は全身の神経を研ぎ澄ませる。今までの打席で一番の集中力だ。
しかし、それは野球部も同じで、今までに簡単に打ち取れた打者が相手という意識は微塵もなく、緊迫した空気が流れている。
影人の初球。
これまでの速球のイメージを覆しての、外のカーブ。
「…………!」
沖田はそれを見送った。判定は、
『ボール!』
わずかに外に外れていた。
ボールとはいえ、これは恐らくわざと外してきた球だ。決して制球の乱れではない。間違えてバットに当てていれば打ち取られていたことは明白。
ピンチであるはずの野球部側は焦りを見せることなく、いつになく慎重だった。
「「「「………………」」」」
全員が固唾を呑んで二人の勝負を見守る。
そして二球目。
再びアウトコース。しかし今度は一転して鋭い球。
「!」
沖田のバットは手が出ない。ミットの破裂音がこの場に響く。
『ストライク!』
アウトコースギリギリ。今のは完全に手が出なかった。
(凄いコントロール……! さっきまでの乱れが嘘みたいだ……!)
「ふぅ……」
影人は明嗣から球を受け取り、呼吸のリズムを整える。その様はとても落ち着いており、張りつめることなく、かといって緩みを見せるわけでもなく、客観的に見ても良い集中の仕方をしていた。沖田にしてみれば手強いことこの上ない。
沖田はグリップを握り直し、影人の球を待つ。
三球目。
「っ!」
インコースギリギリの鋭いストレート。際どい球に、これもまた沖田は手が出ない。
『ストライク!』
判定はストライク。
「! ここを取るか……」
ここをストライクと判定されるとかなり厳しい。敵もこれまで以上にインコースの際どい場所に思い切りの良い球を投げてくるはずだ。
カウントは二ストライク、一ボール。沖田は追いこまれた。
次で勝負をしかけてくるか。それとも一球外してくるか。いずれにせよ、沖田はインコースに的を絞る。
影人の四球目。
(アウトコース……! マズい!)
アウトコースのストレート。沖田は完全に裏をかかれた。
「っ!」
振れば確実に空振り。沖田は運にすがって見送った。
『ボール!』
龍示チームのベンチからホッと息の出る音。
「くっ……!」
影人からは悔しそうな声。どうやらここで決着をつけたかったようだ。
「ふぅ……」
今のは完全に危なかった。
(よし……! 大丈夫……! あとちょっと……!)
沖田は昂る心を落ち着ける。まだ勝機が出てきたわけじゃない。糸が切れていないだけ。自身にそう言い聞かせる。
第五球目。
(次はあの球が来るはず……! だけどまだ仕掛ける場面じゃない……!)
影人は投球動作に入り、沖田にとどめを刺そうと渾身の球を投げてくる。
またしてもアウトコースの速球。しかし、
(スライダーだ!)
絶対につられてなるものか。沖田は断腸の思いでバットを止める。
「「!」」
沖田の読みが当たり、球は鋭く軌道を変えて外へと逃げていく。
『ボール!』
「「!」」
これにはバッテリーも驚く。一番の自信のある球を見切られたのだ。無理もない。コースだって絶妙だった。
これでカウントはツースリー。互いに追い込まれる形となった。沖田の劣勢が一気に覆る。
「「「「………………」」」」
全員が感じていた。この打席の結果そのものが勝負の結果そのものに帰結するということを。
(次で……決める……!)
沖田のグリップを握る手に力が入る。影人の球を迎え撃つ準備はできている。
影人もロージンを右手につけて沖田を睨み据える。
「「「「………………」」」」
場が水を打ったかのように鎮まりかえる。
試合の命運を分ける六球目。影人の手からこの試合一番の力の込もった球が放たれる。
「!」
高めのストレート。来ることが分かっていてもバットを振ってしまえばそれでお終い。打者に敗北という決着がついてしまう必殺の球。
しかし、
(その球を……待ってた!)
来ることしか考えていなかったとなると話は別。
沖田は持てる力の全てをスイングに込めて、影人の球に食らいつく。
カキィイイイン!
「「「「!?」」」」
沖田のバットが快音を鳴らした。
「っ!」
野球人生の中で、今まで無かった手応えを沖田は感じた。
一同の眼が打球の行方を追うように上空を見上げる。
「いけぇええええええ!」
龍示の叫び声に呼応するように、打球はレフトの頭上を高く越え、グングングングンと伸びていく。やがて、勢いが無くなる頃に、打球はグラウンドの敷地の外に、ポトリと落ちていった。
「「「「………………」」」」
この場にいた全員が声を失った。
試合を決定づける一打。スリーランホームランだ。
ほんの少しの沈黙の後、
「うぉおおっしゃぁああああああああああああああああああああ!」
龍示の歓喜の叫び声を皮切りに、
「やったぁあああ! やったやったぁああ! ホームラン! ボク、ホームラン打っちゃったぁあ!」
龍示チームの歓喜の声がグラウンドに響き始めた。
「やったやったやったぁあ! 沖田君! すごい! すごいですっ! やりましたぁあ!」
「沖田△!」
「すごいぞ沖田! 先生、感動したぞ!」
チームメイトの歓喜の声をBGMに、沖田は花の咲いたような笑顔でダイヤモンドを一周し、最後はトンと可愛らしくジャンプをしてホームベースを踏んだ。
そして、ホームベースの側には龍示が待っていて、
「よくやった沖田っ! 本当にありがとうっ! 本当にありがとうっ!」
「ふぁ!?」
熱烈なハグで迎えられた。
ギュッと伝わってくる、温かくて優しいぬくもり。夏の暑さも気にならないくらいに心地良い。
「…………えへへっ」
沖田は甘んじて龍示の抱擁を受け入れる。
幸せすぎて天にも昇る心地だ。頬や目尻がどうしてもだらしなく緩んでしまうのが恥ずかしくて、沖田は龍示の胸に顔をうずめて表情を隠した。
「おまえは命の恩人だ。この恩は一生忘れない。本当にありがとう」
「うん……。ボクも……藤田君の力になれて嬉しい……」
「……可愛いこと言うな……。馬鹿……」
龍示は冗談っぽく笑って沖田の抱擁を解いた。
「……ふふっ」
少し名残惜しいが、あまり龍示にばかりかまうのも不自然だ。沖田は龍示と一緒にベンチへと戻っていった。
「ナイスバッティング! 沖田君!」
「うん! ありがと、深山さん!」
まずは、ネクストバッターズサークルにいた桜とハイタッチ。
そして、
「沖田先輩! 兄さんの命を救ってくれてありがとうございます!」
「どういたしまして!」
パン! と和とハイタッチ。
「「「すごかったよ、沖田君!」」」
「えへへっ! 参ったか!」
三つ子とも小気味の良い音を鳴らしてハイタッチしていく。
「私、生でホームラン見たの初めてです! 感動しました!」
「ボクも打ったのは初めてだよ!」
そして、沙希ともハイタッチ。
「ほら、岬さんも」
「………………」
沖田の呼び声を受けて、岬も渋々と無言で手を出す。
「はい!」
パン!
チームメイトとの喜びを一通り分かち合ったところで、沖田はイスに腰をおろしてペットボトルの飲み物に口をつける。
「あの……沖田。俺は……?」
ベンチで横になっていた武山が捨て犬のような寂しそうな眼で声をかけてくるが、
「先生はまだ寝ててください」
「ガーン!」
沖田はプイとソッポを向いてあしらった。
点数は四対一。もう龍示チームの勝ちは決まったと言っても過言ではない。
野球部の守備陣は言葉を失い、完全に意気消沈していた。
「HAHAHA! ざまぁみやがれ! HAHAHA! もう絶対に俺の勝ちだもんね! HAHAHA! おまえらの奴隷になってたまるかってんだ! HAHAHA!」
欧米人を気取ったムカつく笑い声を響かせていた龍示が沖田の隣に腰かけてくる。
「藤田君……なにそのキャラ?」
「見たまえ、沖田君! あのゲイどもの意気消沈っぷりを! 最高の酒の肴だとは思わないかね?」
「ツッコミ所が多すぎて何言っていいか分かんない!」
沖田は龍示の浮かれっぷりに少し呆れた。しかし、龍示の気持ちも分からなくはない。なにせ人生最大のピンチを一気に跳ねのけることができたのだ。これくらい舞い上がっても仕方ない。
「にしても、打った自分でもビックリだったなぁ……。まさかホームランになるなんて……」
「あんま良く見えなかったから間違ってるかもしんないけどさ、おまえが打った球って高めのストレートだったろ? よくあんなの打てたな」
「向こうにしてみれば絶対にゴロは避けてくるだろうなって思ってたから。だから高めに投げてくるしかないかなって。もう少し高めにきてたら完全に空振りしてたから半分は運に助けられたって感じかな」
「なんにせよ、よくやってくれた。もうこれで負けはねぇだろ。HAHAHA!」