第二章 弱小。ボーイミーツガール&ゲイ
第二章 弱小。ボーイミーツガール&ゲイ
軽い昼食を終えて、いざ部活の時間。龍示は沙希につれられて野球部の部室へと案内されていた。
部室棟は校舎から少し離れた所にあり、そこに用の無い生徒にとっては少し分かり辛い場所だった。
龍示はほんの少し緊張した面持ちで、沙希の隣を歩いていく。
「藤田君……一応、逃げる準備はしておいた方がいいかもしれません……」
ポツリと沙希は神妙な顔で龍示に忠告めいたことを言った。
「ふっ、鷺咲さん。俺は逃げるなんて臆病な真似、生まれてこの方一度もしたことないんですよ。鬼ごっこをする時でも俺は逃げません」
「そこは逃げてくれないとシラけちゃいませんか……? 遊びとして」
「なんにせよ、この俺に心配など不要です。どんな危険が待ってるのかは知りませんが、簡単に捻り潰してやりますよ。はっはっは」
龍示は得意げに笑って沙希の心配を一蹴した。
沙希も一緒に笑顔を浮かべてみせたが、その表情から心配が消えることはなかった。
龍示も馬鹿ではないので、沙希の表情から野球部が自分が思っているよりも、かなり危険な場所であるということを再認識して、あらゆる事象に備えて神経を研ぎ澄ませておく。そして、その危険が沙希に飛び火しないように、沙希への注意も怠らない。
二人の会話はそれきりで、神妙な空気の中、黙々と部室棟を目指して歩いた。
「ここが部室棟です」
部室棟はコンクリートの造り。部室の扉は所々錆びている部分が見受けられ、全体的にボロい。窓はどこも汚く曇っていて、中の様子は全く窺えない。部室の前の通路は用具で散らかっていたりする所もあれば、きちんと片付いている所もあったりなど、部活ごとの雰囲気の違いが出ている感じがした。
二人は部室棟に辿りつくと、奇妙な女子生徒を発見した。
「何やってんだ……? あの人……」
龍示の視線の先には――
「はぁっ……はぁっ……くっひっひっひ……! ヤバい……! ヤバいヤバい……! それはヤバいですってぇ……! きひぃぁっはっは……! ジュルリ……あ、ヤバ、ヨダレ出てきた♪ クフフぁ……!」
とある部室の窓の隙間を覗いている沙希の姿があった。沙希は鼻血とヨダレを地面にポタポタと垂らしながら気持ち悪い笑みを浮かべている。否、沙希ではない。
「岬!? なにやってんの!?」
沙希が彼女に向かって叫んだ。
岬と呼ばれた少女が沙希に気づくと、
「あぇ? 姉さん?」
至福の時間を邪魔されたように不機嫌そうな顔で沙希を見た。
「補習終わったんだ。つか、誰? その男」
「そんなことより、鼻血とヨダレ拭いて。ほら、ポケットティッシュ」
沙希はスカートのポケットからティッシュを取り出すと岬に渡した。
「ん」
岬は乱雑にティッシュを数枚取り出し、粗い手つきで鼻血とヨダレを拭った。
気味の悪い表情と汚物が消え失せると、岬の顔がはっきりと目にできた。
パッチリとした可愛らしい大きな目。人形のように整った端正な顔立ち。沙希の顔と瓜二つだった。髪型が沙希とは違い、肩につかないくらいのショートヘアなのだが、髪質は沙希と同じでサラサラと細やかな感じだった。
龍示は岬と目が合うと、
「藤田龍示です。よろしくお願いします」
「……鷺咲岬」
岬はぶっきらぼうに返した。
「わ、私の双子の妹です。ほら、顔だけは似てるでしょう?」
「あ、はい。そうですね」
鷺咲岬。桜曰く、彼女は人格破綻者という噂が流れている。
「つか、あんた何? ここに何の用?」
「ちょっと岬っ! ごめんなさい。藤田君。この通り口の悪い妹でして……」
「いえいえ。気にしてませんから」
龍示は手をパタパタと振って『気にしていませんよ』とジェスチャー。……口元を引き攣らせながら。
「昨日、野球部に入部届け出したんで、今日から参加するんですけど。つーか、何の用ってこっちが聞きたいかな~なんて」
龍示の返しに、岬は不機嫌そうに顔を歪める。
「はぁ? ウザ。勝手に質問してんじゃねーし。キモいんですけど?」
「は……ははっ。これはこれは手厳しいですね。反抗期は大変だな。誰彼構わず噛みついちゃう年頃ってやつですか。ぶっ殺……やんちゃな人ですね」
「こら岬っ! 藤田君に失礼でしょ!? ちゃんと謝って!」
「黙れポンコツ」
「ポ、ポンコツじゃないもんっ!」
「補習受けてる時点でポンコツじゃん? つか、話戻すけど、野球部入るってことはあんたってそっち系? わたしのレーダーには全然反応しないんだけど」
「そっちってどっちっすか?」
そもそも岬のレーダーなんて知ったことじゃない。一体、何に反応するレーダーだというのか。
「チッ……あんた、野球部について何も知んないの?」
「……練習する気が無いってことと、歪んだ事情があるってことだけ。詳しいことは知りません」
「……あっそ。じゃあ部室の中覗いてみ? あんたの分かんないことは全部解決するから」
「………………」
この窓の隙間の向こうに答えがある。野球部再興の壁の正体が、この窓の向こうにある。
龍示の顔に緊張が走る。武山も沙希も桜でさえも、野球部を知る者は話すことを躊躇う事情。一体、どれほどのものなのか。
沙希は心配そうに龍示を見るが、龍示はそれに笑って答えた。心配しないでも大丈夫だと。
龍示は岬がやっていたように、野球部の部室の窓の前に立ち、そこで軽く深呼吸。
「……!」
いざ、窓の隙間を覗いてみると、
「!!」
大人数の男達が全裸で互いに仲睦まじく絡み合っていた。
「ぎぃいやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!! うぁぁあああああぉおおぉおおあああああ!!」
龍示は断末魔のような悲鳴をあげて尻もちをつき、そのまま慌てて後ずさった。そして沙希に向かって、
「鷺咲さん逃げてぇええ! 早くっ! 早く逃げてぇえ!」
「ふ、藤田君!?」
「いいから早く逃げて! ここにいたら死ぬ! 化物だ! あいつら化物だぁあ!」
龍示は腰が抜けたのか立つことを忘れ、沙希を逃がそうと必死に叫んだ。
すると、ガチャ、と部室のドアが開いた。
「どーも化物でーす」
部室のドアから出てきたのは金髪のイケメン。Yシャツをボタンもかけず、ズボンはファスナーもホックもかけずに下着が丸出しになっていた。風呂に入ろうというところに突然の来客に対応するような、一人暮らしをする男子学生のような格好だ。
「ぐぁあああああああああああ! 来んじゃねぇえ! こっちに寄るな化物ぉ! 悪霊退散! 色即是空! 天上天下唯我独尊!」
龍示は悲鳴を上げて金髪から後ずさった。
「あぁ、はいはい。分かったから。って、おー、マネージャーじゃん。こいつ、誰?」
金髪のイケメンは地面にへたりこんでいる龍示を顎で指して鷺咲姉妹に尋ねた。
「し、新入部員の藤田君です」
沙希の方がおずおずと答えた。金髪のだらしない格好に少し戸惑っているようだった。
「? マジ? へぇ~」
金髪のイケメンは龍示の顔を舐めまわすように見て、
「へぇ~結構綺麗な顔してんじゃ……」
そこで金髪のイケメンの言葉が不自然に途切れ、今度は無表情で龍示の顔をじっくりと見た。
「……?」
龍示は彼が何を考えているのか全く読めない。
「まーいい。で? おまえ、新入部員ってことだけど、その様子だとうちの事情を知らずに来たって感じ?」
「……はい。まぁ今はっきり分かりましたけど。つーか、タイトルの時点で分かってましたけど。ゲイの集団ってことですよね? この野球部は」
だからといって、あんな過激だとは思わなかったが。挿絵になったらモザイクで何も見えない有様だ。
「そーだ。ちなみに練習はほとんどしない。ちゃんと野球部として活動してるんですよってアピールでグラウンド借りたりしてるけど、やるのはせいぜいランニング五分くらい。後は自主練という名の乱交パーティだ」
「そんな自主練聞いたことねぇよ!? 察するにあんた先輩なんだろうけど、タメ口きかせてもらうわ! そんな自主練聞いたことねぇよ! うぷっ……! さっきの思い出したら吐き気が……!」
金髪のイケメンはヤレヤレと息をついて、
「つーわけで、野球やるんなら他所でやれ。俺達は練習なんてやりゃしねーんだから」
「……お断りです。俺はこの野球部で野球をやります」
龍示はキッパリと言い放った。
「は?」
金髪のイケメンは目をパチパチとさせた。意味が分からないといった様子だ。
「話聞いてたか? うちの野球部は野球をしないんだよ。誰一人としてな」
どんな野球部だ。
「そんなんでまともに野球なんてできるわけねーだろ? 野球やりたいんなら他所でやる方が都合が良いじゃねーか」
「別に俺は野球をしたいわけじゃありません。叶えてあげたい夢があるから、この野球部じゃなきゃ駄目なんです。まぁ、先輩が何を言おうとこの部に入ったことを取り消すつもりはありませんから」
「ふっ……夢? なんだよ、それ。まさか甲子園とか?」
「……なんでもいいでしょう? それより、俺一人だけで練習することに何か不都合って出てきたりしますか?」
「無いよ。どーぞ、ご自由に。グラウンド借りてる間は好きに使ってくれても平気だ」
ここであると言われれば困っていた。龍示は難癖をつけられなかったことにホッと息をついた。
「用具って……部室ですか……?」
あまりこの部室には入りたくないのだが、しかし、練習に用具は必要だ。
「体育倉庫だ。鍵が必要だから、使うなら職員室に行け」
「親切にありがとうございます。じゃあ俺は早速練習に行ってきます」
「部室で着替えていかなくていいのか?」
「着替えられるかぁあ! あんなとこで落ち着いて着替えられるかぁあ! 外でいいですから!」
全裸の男達が獣のように盛っているあの場所で肌をさらす真似をすれば、どうなることかは容易に想像がつく。
金髪は軽く笑って、
「分かった分かった。なんか分からないことがあったらまた聞きに来い」
「うぐっ……あ、ありがとうございます」
どうやらこの金髪、性格は悪くないらしい。その上イケメン。
「それか、相手してほしかったら、な。おまえだったら大歓迎だぜ」
ゲイでなかったら龍示は嫉妬に狂っていたかもしれない。
「断固としてお断りします! 俺は女の子が好きです!」
「ふっ。中にいるあいつらも、おまえと一緒だった。そっちの気は全然無いってな。けど、一度、男の快楽をその体に仕込めまれてなお、おまえと同じ口はきけたヤツはここに一人もいねーんだよ。おまえも見たろ? あいつらの蕩けきった表情」
確かに、先ほど覗いた時に見た男達の表情は――
「思い出させんじゃねぇええ! 俺、もう行きますから!」
龍示は部室から逃げるように去っていく。
「あ、待ってください! 藤田君!」
「……わ、わたしも失礼します!」
沙希と岬は龍示の後を追ってこの場を去った。
***
部室棟を離れた後、龍示は体育倉庫の側で着替えを始めた。ユニフォームは無いので学校指定のジャージだ。
沙希は体育倉庫の鍵を取りに職員室へと向かっていた。一方の岬はというと、覗き、もとい……覗きを龍示達の出現により中断に追い込まれたため、興を削がれたとでも言うように不機嫌そうに帰っていった。
龍示は汗でベタつくYシャツを脱いで、学校指定のジャージに袖を通していく。制服に比べて通気性が良く、ほんの少し涼しくなれた気がした。
龍示が着替えを終えたところで、
「藤田君~! 鍵、借りてきました~!」
沙希が小走りでやってきた。職員室からずっと走ってきたからなのか、ほんの少し汗を垂らしていた。
「ありがとうございます。そんなに急がなくても良いのに」
「待たせるのは悪いと思いましたから。それより、その……」
沙希は少し言いにくそうにしてから、
「野球部のこと……黙っていて、すみませんでした!」
勢いよく龍示に向かって頭を下げた。
「え!? ちょっ、なんですか? いきなり……」
「私、藤田君を心配してる、みたいなこと言ってたくせに……その一方で、このことを知らないままでいてほしいって思ってたんです。知ったら……野球部をやめちゃうんじゃないかって思って……。おかしいですよね。いずれは、ちゃんと分かることなのに。先延ばしにしても大して意味なんて無いのに……」
どんどん自己嫌悪に陥っていく沙希に、
「はっはっは! あんまり俺をナメないでくださいよ? 鷺咲さん! 俺の覚悟があの程度のことで簡単に覆るとでも思っていたんですか? そんなわけないですよ!」
「でも! 私が黙っていたせいで藤田君はショッキングな光景を見るハメになっちゃったじゃないですか! 岬から聞いたら……その……み、みんな裸でエッチなことしてたって言うし……」
沙希は顔を真っ赤にして消え入りそうな声で言った。
龍示は先ほど刻まれた最強のトラウマが発動し、発狂しそうになったが、沙希の前でそんな姿を見せるわけにはいかないと、鋼の精神でそれを抑えつけた。
「大丈夫です。さっき裏で吐いてきましたから。今はスッキリしてます」
龍示はこれで二日連続のゲロだ。
「ごめんなさい! そんなことさせちゃってごめんなさい!」
「いやいやいや! 気にしないでください! それより、体育倉庫の鍵! 用具の確認をしましょう!」
放っておくといつまでも謝罪し続けそうな沙希を、強引に話題を転換させて切り替える。
沙希は『そ、そうでした!』と慌てて鍵を開けて、体育倉庫の扉を開けた。
倉庫の中は薄暗く、蒸すような暑さで、砂埃と木材の混じった独特な匂いが鼻をついた。
二人は野球に使う用具を探していき、それを一つ一つ外へと持ちだしていく。あらかた出し終えての感想は、
「ボロボロ……っすね」
「こんなのじゃ練習できません……」
用具は手入れのされた形跡が無く、ボロボロだった。ボールは全部泥だらけ。バッティングネットは埃をかぶっているだけで無事なものの、いつ壊れるか分からない有様。ベースは所々布が破けている。
気が滅入ってきそうな空気を龍示はパンと叩いて、
「じゃあ、まずは道具を使えるようにすることから始めましょう。それと、倉庫の掃除。こんな汚い場所に道具を置いていたら、簡単に汚れが移ってしまいますから。鷺咲さん、手伝ってもらえますか?」
「もちろんです。頑張りましょう、藤田君」
「よし。まずはボールからやりましょう」
二人は一緒に作業に取り掛かった。練習するまでに、時間はまだまだかかりそうだった。
***
「ただいま~」
龍示は気だるい声で帰宅したことを告げた。
時刻は午後六時半。夏ということもあって日はまだ落ち切っていない。
あの後、作業のおかげでグラウンドを使ったまともな練習はできなかった。沙希はそのことを少し気に病んでいたみたいだったが、龍示にしてみれば沙希と談笑しながらの時間は至福だった。……例のトラウマを埋める程とまではいかなかったが。
「おかえり、龍示。遊びにきてるよ。今日、夕飯一緒にさせてもらうことになったから」
玄関まで出迎えにきてくれたのは深山桜。今日も和と遊びにきていたようだ。
「おう。なんか久しぶりだな、一緒に家で飯食うって」
「うん。夏休みで暇だしね。たまにはいいでしょ?」
「いつでもいいよ。たまにじゃなくてな。和も喜ぶし」
「……龍示は喜ばないの?」
「美少女と夕飯を共にして喜ばないやつなんてゲ…………」
『ゲイくらいだろ』と言いかけたところで、龍示の脳内に例のトラウマがフラッシュバックした。自分の知らない、恐ろしい世界の一面。理解の追いつかない、おぞましくも甘美な光景。消化したくともしきれない、強大なインパクト。
背中にゾクゾクとした悪寒が走り、吐気が襲う。意図せず歯はカチカチと小刻みに音を鳴らし、つられるように体も一緒に震えだす。
「ちょっ……龍示! 大丈夫!? 顔が真っ白になってるよ!?」
龍示は大丈夫だ、と心配する桜を手で制した。
「えぇっと……もしかして、野球部の人になんかされた……?」
「なんかされてたら今頃泣きながらシャワー浴びてるわ! つーか、おまえ知ってたろ!? 野球部がゲイの集まりって!」
「! ご、ごめんって! だけど龍示が野球やるって言ったのが嬉しかったから、変なこと言ってやる気を削いじゃうのも嫌だったから……」
「心の準備くらいしたかったわ! ……って、おまえに当たっても仕方ねえよな。悪い。怒鳴って」
「いいけど……何があったの?」
「……一八歳未満の人に見せてはいけない過激な光景を見せられた」
これが男女のものであったならどれだけ嬉しかったことか。
桜は『うわぁ……』と、龍示に憐れみの視線を向けた。
「もう男が恐くて仕方ねぇよ……。武山の顔も親父の顔もまともに見れそうにねぇよ……」
龍示の目元にうっすらと涙が滲んだ。
今は男という生き物が恐ろしくて仕方ない。これから先、あの連中が自分にも牙を剥いてくるようなことになったりしたら。それを考えると恐怖で死ねる。
せっかく一歩前に踏み出せたというのに、踏み出したその瞬間にショッキングな出来事に巻き込まれるなんてあんまりだ。
「今は女のおまえが天使に見える……」
桜はそんな龍示に見かねて、
「天使? ふふっ。じゃあ、龍示くん。天使であるあたしが、龍示くんにちょっぴりと元気を分けてあげます」
桜は芝居がかった口調でおどけて言った。
「……元気?」
龍示は呆けた感じでオウム返しをした。
「…………うん」
桜は少し顔を赤くして、恥ずかしそうに控えめな声で答えた。そして、一転して決心したように、龍示の側へとやってきて、
「えいっ!」
ギュッ、と、桜は龍示を抱きしめた。
「!? さ、桜!?」
突然のことに取り乱す龍示。
桜はそんな龍示の頭を優しく撫でる。
「……大丈夫だよ、龍示。……恐くない。恐くないよ」
「……!」
慈愛に満ちた優しい声。どこまでも安らかで、どこまでも温かい桜の言葉が、龍示の不安定な心を溶かしていく。
「あたしは龍示のパートナーみたいなもんなんだから。龍示が本当に辛い時は、あたしがいつでも一番に側にいてあげる。だから、大丈夫だよ」
「…………サンキュ」
龍示は桜の背中にポンポンと手をやって、もう大丈夫だ、と伝えてやる。
「……ん」
桜は安心したように、ゆっくりと龍示から離れていった。
「元気、出た?」
「惚れた」
「はいはい。あ、そうだ。もうすぐ夕飯できるらしいから和を起こしてくるね?」
和は午前中の部活の疲れが残っていたようで、遊んでいる途中、桜がふと目を離した隙に眠ってしまっていたのだった。
「あいつ寝てたのか」
「龍示はどうする? シャワー浴びてからにする?」
「いや、食ったらすぐ風呂入るから。夕飯が先で」
「分かった。おばさんに伝えとく」
龍示は洗面所で顔と首周りを簡単に洗ってから、制服から部屋着に着替えに自分の部屋へと向かった。
***
そして、和、桜、母と夕食。龍示の父はまだ仕事で帰ってきていない。
「「「「いただきまーす」」」」
四人仲良く手を合わせていただきますをした。
「にしても、桜ちゃんと一緒にご飯食べるのも久しぶりねぇ~。これからも毎日遠慮せずに来てもいいからね?」
母は桜を実の娘のように可愛がっており、ご飯を一緒にできて嬉しいみたいだ。
「ありがとうございます。今は夏休みだから、また頻繁にお邪魔しちゃいますね」
「あら、そう? 嬉しいわ。学校始まるとなかなか時間作れないからねぇ」
「はい。毎日クタクタです」
桜も龍示の母親とは付き合いが長い上、仲も良いため、気まずそうな雰囲気は微塵も無かった。
「そういえば、桜ちゃん。新しい学校では彼氏とかできたの? 龍示に聞いても知らないって教えてくれないのよ~」
龍示は不機嫌そうに眉根を寄せて、
「いい歳こいて恋バナか? ジェネレーションギャップで凹んでも知らねぇぞ」
母は龍示の言葉にカチンと来たようで、無言で麦茶をドバドバと龍示のおかずにかけた。
「何しやがるクソババア!」
「それで? どうなの? 桜ちゃん」
母は喚く龍示を無視して桜に尋ねた。
「えっと……そういうのはまだ無いです。はい」
「良かったわね~龍示。桜ちゃん、まだだって」
「ちっ……」
龍示は鬱陶しそうに母を見てから、言葉を諦めて食事へと戻った。
「違うよ、お母さん。兄さんはもう、良い人見つけちゃったんだから。野球部のマネージャーさん」
「「えぇええ!?」」
母と桜が揃って驚きの叫び声を上げた。
「ちょっ、龍示!? あたし初耳なんだけど!? え? なんで? ウソでしょ?」
桜が酷く取り乱して尋ねた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ! え? もしかして野球部入ったのって、そのマネージャーさん目当て?」
「そうだよ。つーか、鷺咲さんな。そのマネージャー」
「! そう……だったんだ……」
「それで? 今日は部活だったんでしょ? 兄さん、進展あったりしたの?」
「五時間くらい二人っきりで作業してた。用具がボロボロで使いものにならなかったから、それの修復。後、倉庫の掃除とグラウンドの整備な」
「あらあら。やる時はやるのね、うちの馬鹿息子は。惚れた相手のために頑張るなんていい話じゃない」
「その汚い口を閉じやがれクソババア」
「ふふん。照れちゃって照れちゃって♪」
母は肘で龍示の脇腹をつついた。龍示は『うぜぇ』と呟いてから、コップのお茶を喉に流し込む。
「好き……なの……? 鷺咲さんのこと」
「多分な。鷺咲さん……けっこうエロい体してんだぜ……? グヘヘェ」
「でもさ、兄さんみたいな変態が女の人と付き合えるとは思えないんだけど?」
「そこは安心しろ。鷺咲さんの前ではちゃんと紳士気取ってるから」
「兄さんが~? ないない。ダニが鯨を気取るようなもんだよ」
「……兄をダニに例えるのやめてくんない? 仮にもおまえの兄さんだよ? 俺」
「それじゃ母親である私はお腹を痛めてダニを産んだってこと?」
「そうだ。そうなると母さんはダニの親玉みてーなもんだな。ははっ」
ドバドバ。
「だから麦茶かけんじゃねえ! 一応あんたが作った料理だろ? それを台無しにするなよ!」
「うるさいバカ息子」
こんな具合に龍示の夕餉は騒がしかった。いつもはもう少し落ち着いているのだが、桜がいるおかげで、皆嬉しくてはしゃいでいるのだ。
ただ、当の桜はというと沙希の話が出てからというもの浮かないような顔で、言葉少なに料理を口に運んでいた。
***
翌日。
今日の野球部の練習も一二時からなので、武山は補習の時間を早く切り上げてくれた。
武山は昨日龍示が野球部で変なことに巻き込まれていないか気になっていたようだが、直接聞くようなことはしなかった。
龍示は野球部のことについて武山に尋ねたが、武山は『我が校には、そんな爛れた部活はありません』と、いじめ問題をごまかすような口ぶりで、その話題を避けた。武山がぼかした言葉を明確にすると、教師達の間では野球部の問題は知らぬ存じぬで通す方針で決まっているらしい。
龍示と沙希は大人の汚い部分を見せつけられたような気がしたが、深く掘り下げるのも躊躇われた。
そのまま二人は教室を後にし、龍示は体育倉庫、沙希は体育倉庫の鍵を借りに職員室へ。
龍示は自分が体育倉庫を使うのだから、鍵は自分で取りに行くと主張したのだが、沙希は『マネージャーの仕事ですっ!』と言って、聞き入れようとはしなかった。
龍示は昨日と同じようにジャージに着替え、沙希の到着を待つ。
「鍵、持ってきました~」
沙希は少し息を切らして、昨日と同じように走ってきた。
「ありがとうございます。昨日も言いましたけど、そんなに急がなくても大丈夫ですから。暑いんですから、あんまり無理はしないでくださいね?」
「ふふっ。気をつけます」
龍示は体育倉庫の鍵を開けて荷物をしまうと、扉を閉め、再び鍵をかけた。
「あれ? 閉めちゃうんですか?」
「はい。ボールを使った練習はしばらく後で。体作りを中心にやっていくんで。鷺咲さんは少し退屈させちゃうかもしれませんけど……いいですか?」
「はい。全然大丈夫です。私、マネージャーなんですけど、恥ずかしながら野球のことは全然分からないんです。野球部の人が具体的にどんな練習をしているのかも知らないので……」
「そうなんですか。じゃあ、これから一緒に覚えていきましょうね」
「はい! お願いします! 藤田先生っ!」
沙希は笑顔で元気に返事をした。
沙希の目はキラキラと輝いている。それもそのはず。初めてまともに練習に取り組むのだ。長く待ち焦がれて、諦めかけていた瞬間が、ここに今あるのだ。
「じゃあ手始めに、柔軟を二〇分ほど。次に一時間ぶっ続けでグラウンド走るので、俺が何周走れたのかを記録してください。それと時間の計測もお願いします」
「はい! 任せてください!」
龍示は校舎の近くに寄って日陰の中で柔軟を始める。
沙希も龍示についていき、日陰へと避暑した。
「せっかくですから、鷺咲さんも柔軟やりますか?」
「そうですね。暇になっちゃってもあれですし。あ、でも制服だ。私、部室で体操服に着替えてきますね」
「はい。じゃあ、一足先に始めてます」
「は~い」
沙希は荷物を持って走っていった。
龍示は沙希のヒラヒラと揺れる制服のスカートを視姦しながら体を伸ばしていく。
「あぁ……超可愛い……」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。あの太ももとかレロレロしたい。龍示はそんな下衆めいたことを考え、下品な笑顔を浮かべた。
「やっぱり、こっちに来て正解だった」
「?」
突然、龍示の背後から沙希の声がした。否、沙希ではない。龍示が振り返るとそこには、
「思った通り、あんたって超下衆。姉さん目当てで部活入るなんて」
岬が龍示に敵意を帯びた視線を向けていた。
「こ、これはこれは。元気いいなぁ。何か良いことでもあったのかい?」
「黙れ」
「すみません」
龍示は恐ろしさのあまり気がつくと謝罪していた。
「今すぐ野球部から消えろ。それと、二度と姉さんに近づくな」
岬の声には殺意が孕んでいるようだった。ナイフがあれば今すぐにでも刺してきそうな雰囲気だ。
「返事は?」
岬は懐からナイフを取り出し、龍示の目の前にチラつかせて言った。
「って、本当にナイフ持ってんのかよ!?」
岬が人格破綻者だとは聞いていたが、ここまでのものとは思わなかった。変態属性に加えて危険属性まで兼ね備えているとなると、手の施しようが無い。
だが、
「だが断る!」
龍示はキッパリと答えた。岬に屈するわけにはいかない。きっと、自分は試されているのだ。沙希の隣にいるにふさわしい人物なのかを。ナイフに屈しないほどの覚悟を持っているのかを、試されているのだ。
「死ね」
「!?」
岬の冷酷な声が聞こえたと同時に、龍示の体は飛び退いていた。
岬はナイフを龍示の元いた場所に躊躇いも無く突き出しており、龍示にナイフが命中しなかったことに対して『チッ』と舌打ちをした。
「おぉおぃいいいい!? あんた正気かぁあ!? 正気なわけないか! ガチで刺す気だったもんな! ガチで俺のこと殺しにきたもんな! あんた狂ってるよ!」
体の生存本能による超反応が無かったら普通に刺されていたかもしれない。岬の動きは素人のそれとは違っていた。きっと何やら武術の心得があるに違いない
「もう一度言う。二度と姉さんに近づくな。この下衆野郎」
「殺人未遂よりは下衆の方がはるかにマシだろ!? つーか俺、下衆じゃねーし!」
下衆です。
「……まだ反抗する意思があるなんて大したもんね。ホモ現場を見せつけられても、また顔を出したことといい、これほどにしぶとくて悪い虫は初めてだわ」
「初めてでもなんでもいいから、まずはその物騒なもんをしまえ! シャレになってないから!」
「嫌。しまったら反撃されんじゃん」
「反撃しないから! 頼むからしまって! じゃないと落ち着いて話もできやしねえじゃねえか! 殺すならせめて俺の言い分も聞いてからにしろって!」
「………………」
さすがに、これ以上凶器を持っていて誰かの目に留まってはまずいと思ったのか、岬は仕方無いといった感じでナイフを懐にしまった。
龍示はホッと息をついて、
「馬ぁ鹿めぇええ! かかったなぁあ!?」
「っ!?」
龍示は狂気に満ちた笑顔で、隙だらけとなった岬へと襲いかかり、岬の顔面に向かって飛び蹴りを放った。女の子に暴力とか、そんなことは頭に全く無かった。
「ちっ!」
岬は地面を転がるようにしてそれを回避。
「やべっ! 外した!?」
岬は地面から起き上がると同時に懐から再びナイフを取り出した。もう、岬には一部の隙も油断も無い。
「………………」
「………………」
振り出しに戻った。
「反撃しないから! 頼むからしまって! じゃないと落ち着いて話もできやしねーじゃねーか! 殺すならせめて俺の言い分も聞いてからにしろって!」
「さっきのこと無かったことにしようとしてる!?」
「くっ……」
どうやってこの危機を乗り越えたものか。龍示は脳細胞を集めて良い案を出すように命じた。
「あんた最っ低。女の子に騙し打ちの飛び蹴りとか超ありえないんですけど?」
「それおまえが言う?」
「黙れ下衆。やっぱあんたは殺す。あんたみたいに卑怯で胡散臭い最低な虫を姉さんに近づけるわけにはいかない」
常識に訴えたところで岬には通じない。されど龍示の頭の中には未だ岬をうまくいなす解決策は出てこない。
するとそこへ、
「藤田君~! 何やってるんですか~? そこにいるの岬~?」
救いの女神がやってきた。体操着に着替えた沙希が遠くの方からこちらに向かって声をかけてきた。
「ちっ……」
岬は沙希から凶器であるナイフを隠すように懐にしまった。一応、後ろめたいことをしているという自覚はあるらしい。
「助かった……」
龍示はホッとすると同時に岬に対して怒りがこみあげてきた。いくら姉を護るためとはいえ、やっていいことと悪いことがあるはずだ。
(このクソ女……絶対許さねえ……!)
「ふん」
龍示は恨みがましく岬を睨みつけるが、岬は鼻であしらってソッポを向いた。
沙希は小さく息を切らしながら、トコトコと走ってやってきて、
「岬、どうしたの?」
「別に。新入部員さんの様子が気になっただけ。練習にかこつけて姉さんにセクハラとかでもするんじゃないかなって」
「こらっ! また藤田君に失礼なこと言って! 藤田君はそんな人じゃないんだから!」
「どうだか?」
「もう……本当、困った妹なんだから……」
「いえいえ。鷺咲さんのことを心配してのことでしょうし。俺も変な虫じゃないよって妹さんに認めてもらえるよう、頑張りますから!」
「藤田君……ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。ほら、岬。藤田君、良い人でしょう?」
「全然。最低のクズじゃん?」
岬は龍示の汚い面を知っている。沙希の言葉も鵜呑みにはしないし、龍示の言葉が上辺だけのものだと分かっている。
「練習、見てくから。わたしも」
「「はぁ(えぇ)!?」」
「別にいいっしょ? わたしもマネなんだから」
そんなわけにいくか。これから沙希と二人っきりの甘い時間を人格破綻者に邪魔されてなるものか。龍示は岬を追い返す文句を考える。
「あの……見ててもつまんないっすよ? 体作りをメインでやるつもりですし……」
「気にしない」
「家の戸締りとか大丈夫ですか?」
「家には母さんがいる」
「あれ……? あっちの住宅街の方から煙が出てる……。火事か……? あれ? あっちって鷺咲さんの家の方じゃないですか?」
「アタシの家はこっから見える位置にないし、そもそも煙なんて出てない」
「くっ……帰れよ」
「なんか言った?」
「言ってね……ません。もう好きにしてください」
龍示は岬を追い返す説得を諦め、見学を許した。さすがに沙希の目がある内は襲ってくることはないだろう。ならば、練習に集中していれば岬の存在などあって無いようなものだ。そう結論づけると龍示は柔軟に励んだ。
沙希は岬の側へと寄っていって、
「にしても、どうしたの? 岬、野球には興味無いって言ってたのに……」
「別に。なんでもいいっしょ」
岬は沙希を心配しているのを本人に知られたくないようで、突き放すように答えた。
沙希は納得はしないものの、岬があまり話したがらないことだとは分かったので、追及はしない。
「わっ、藤田君、体柔らかいですね」
「そうですか? 昔はもうすこし柔らかかったんですけどね。ははっ」
立ち前屈している龍示に沙希が言った。掌は地面にベッタリとついており、顔は膝に届くんじゃないかというくらいに曲がっていた。体の柔らかい人間はなぜだか見ていて気持ちが悪い。
「私、体が硬いんですよね」
沙希も龍示の真似をして立ち前屈をしてみせる。険しい表情でギリギリまで体を曲げて、腕を地面に向かって伸ばしてみるものの、指先がかすかに触れるくらいまでしかいかなかった。若い女子としては硬い部類だ。
「続けてれば柔らかくなりますよ。当たり前ですけど」
「ですね。……私もこの機会に頑張ってみようかな……」
「いいですね。一緒に頑張りましょう。鷺咲さん」
そんな龍示の言葉に、沙希は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……それ」
「? なんすか?」
それと言われても龍示は分からず、首を傾げた。
「『一緒に頑張りましょう』ってやつです。藤田君、よく私に言ってくれますよね」
「あぁっと……そうですか……?」
もしかして押しつけがましかったか、と龍示は歯切れの悪い返事をした。しかし沙希は、
「はい。私、すっごく嬉しいんです。そういう風に言ってくれるの。今まで『頑張れ』って言ってもらうことはあったんですけど……。藤田君みたいに言ってくれる人はいませんでした」
「? 意味的にはそんなに変わらなくないですか?」
どちらにしても沙希に努力を促しているのは同じだろう。しかし、そんな龍示の問いに沙希はブンブンと首を横に振った。
「全然違いますよ。なんていうか……対等に見てくれてるんだなぁっていうか……それと、信頼してくれてる……と言いますか……うまく言えないですけど、とにかく素敵な言葉だなって。そう思います」
「……そ、そうっすか。ははっ……」
「くすっ。藤田君、顔真っ赤です。照れてるんですか?」
「そ、そんなことないですはい!」
「ふふっ、やっぱり照れてる。かわいい」
「か、かわっ!? や、やめてくださいよ! 男に『かわいい』って……」
『プライドが傷つく』と言おうとしたが、実際、沙希に言われて案外悪い気はしなかったことに龍示は気づいた。というか、むしろ嬉しくなってしまい、思わず笑みがこぼれてしまった。
岬は不機嫌そうに鼻を鳴らして、
「馬っ鹿じゃないの? こいつの言ってることなんて全部上辺だけの言葉じゃん。姉さん鵜呑みにしすぎ」
「もう……どうしてそんなに藤田君の悪口を言うの?」
沙希は困ったように眉根を寄せて尋ねた。
「いいんですよ。鷺咲さん」
事実ですから。
龍示はそう心の中で付け足した。不意打ちで飛び蹴りを喰らわせようとした手前、岬に反論などできるはずもないのだ。
「ちっ……さっさと練習始めたら? さっきから雑談ばっかじゃん」
「ちゃんと柔軟もやってるだろうが、すよ?」
龍示はそう言いつつも、これ以上柔軟を続けていると岬から小言をずっと言われかねないと判断し、少し早めに柔軟を切り上げた。
「じゃあ、さっき言ったように一時間走るんで、何周走れたかを数えてください。それと時間は一時間経った時だけ教えてください。『あと~分です』みたいのは知らせないでください」
「分かりました。任せてください」
沙希はポケットからストップウォッチを取り出し、首にかけて準備する。
龍示は軽く深呼吸してから、
「じゃあ、スタートの合図をお願いしてもいいですか? 鷺咲さん」
「分かりました。『よーいドン』でいいですか?」
「はい。じゃあいきますよ? よーい……ドン!」
「ブルァアア!」
龍示はセルのような雄叫びをあげて、灼熱のグラウンドへと飛び込んでいった。
***
その頃、和と桜は仲良く公園でバスケに興じていた。
和の放ったシュートが綺麗な放物線を描いて、ネットの中心に吸い込まれる。
「おぉ。ナイッシュー、和」
桜の称賛の声に和は得意気に鼻を鳴らして答えた。
「和、前に見た時より成長してる感じがする」
「まあね。なんてったって、アタシはあの藤田龍示の妹なんだから」
「クスッ。そうだね」
「いつまでもバスケ未経験の桜ちゃんにボコられてたアタシとは思わないことだよ」
和はバスケを始めて一年目のとき、バスケ未経験者の桜にコテンパンにされたのだった。身長と身体能力の差は、和の付け焼刃の技術程度ではひっくり返るはずもなかった。
「その言い方だと、あたしが和に暴行を加えたみたいだね……」
「……え? なに?」
和は『は?』と眉根を寄せて聞き返した。
「いや、あたしが和に乱暴したみたいな言い方じゃんって言ったんだけど?」
桜は今の発言の何を聞き返したのだろうと不思議になりつつ、言い直した。
「ああ、そっちか。『ボウコウ』ってオシッコためとく方の膀胱かと思った」
「そんな勘違いする!? 『膀胱を加える』って意味分かんないから!」
「うん。だから桜ちゃん、いきなり何変なこと言ってるんだろうって焦った」
「あたしは今、和の思考回路に焦ってるんだけど?」
「ごめんごめん」
和は一旦バスケを切り上げようと提言して、二人は近くのベンチに腰掛け、用意していたペットボトルの飲み物に口をつけていく。
桜は、ふと、思い出したように、
「そういや龍示、今頃野球部の練習やってるのか……大丈夫かな……?」
「ホモの溜まり場だったんだってね。兄さん、よくそんな地獄みたいなとこに飛び込んでいったよね。普通、女目当てでそこまでできるのかな……?」
「できるから飛び込んだんでしょ?」
桜は投げやりに答えた。なんだか少し面白くなさそうな顔だ。
「鷺咲さん、だっけ? どんな人なの? 桜ちゃん、同じクラスなんでしょ?」
和は龍示から粗方のことは教えてもらっているらしい。
桜は『うーん……』と頭を悩ませ、
「すっごい可愛い子だよ。どんな人かって聞かれるとよく分かんないかも。あんま喋ったことないから……。ていうか、誰かと仲良く話してるとこも見たことないかも。クラスではちょっと浮いてる感じかな」
「可愛い子はいじめてやろう的な?」
「違う違う。仲良くしたがってる人はいっぱいいて、話しかけにいく人もいたんだけど、会話が続かないみたいなんだよ」
和は意外そうに相槌を打って桜の話に耳を傾ける。
「鷺咲さんの愛想が悪いとかそんなんじゃなくてね? 単に鷺咲さんがついていける話題が無いんだよね。鷺咲さんも一生懸命話を合わせてくれようとしてくれるんだけど皆は『気を遣わせちゃってるな』って悪い気がしちゃうみたいで」
「誰かと話す機会が無くなればクラスに溶け込めないもんね。あ、そこに兄さんはクラっときたのかな? あの子は俺が支えてやらなきゃ、みたいな」
「うぅ……分かるかも……」
「その点、桜ちゃんは全然だよね。一人で何でもこなしちゃうタイプだし。あいつは俺がいなくても大丈夫だろ、みたいな」
「うぐっ……そんなことないもん……。あたしだって誰かに助けてもらいたい時だってあるもん……」
「イメージの話。桜ちゃん、弱みなんて滅多に見せないでしょ?」
「それは……まぁ……」
「弱みがあっても周りに気づかれなければ、それは周りにとって無いも同じだよ」
「……あんた本当に中二?」
和は頭の中で沙希という人間のイメージをしてみる。
「にしても、やっぱ気になるなぁ……。あの兄さんを骨抜きにする女の子でしょ? 一回見てみたいなぁ……」
和は沙希のことに興味津々のようだ。そんな和に、
「…………見に、行ってみる……?」
「え!? いいの!?」
「いいんじゃない? グラウンドには龍示と鷺咲さんしかいないと思うし……」
見に行くだけなら誰かに迷惑がかかるということは無い。和は部外者ではあるが、学校のセキュリティーは緩いので心配はいらない。もし、職員に見つかったとしても、学校見学という名目で誤魔化せばよい。
「行く行く! 行こう、桜ちゃん!」
「うん。……あたしも気になるしね。じゃあ行こうか」
和と桜はベンチから立ち上がり、空になったペットボトルを近くのゴミ箱に捨てると、公園を出て学校へと向かったのだった。
***
野球部の部室は広い。というのも、龍示の通う学校は部活動が全然盛んではなく、部活の数自体が少ないため、一つの部活に対して割り当てられる部室のスペースが広いのだ。
その広い野球部の部室には、野球の道具がたくさん置いてあるとかそういうことはなく、巨大なベッドがドーンと置かれている。何のために使うベッドなのかは先日龍示が見た通りだ。他にも、薄型テレビ。ゲーム機。人生ゲーム。麻雀卓。マンガなど、娯楽道具などが充実している。初見でこの部室が野球部の部室と言いあてられる人間は、まずいないだろう。
龍示がグラウンドで一人練習に励んでいる頃、この部室には三人の男がいた。彼らはいかがわしい行為に及ぶことなく、テレビゲーム、桃鉄に興じていた。
一人は、先日、龍示が出会った金髪のイケメン。名は木原明嗣という。
もう一人は筋骨隆々の大柄な男。名は豊田一功。
「もぉ~! アッキー、オニチク~! あたいのことイジめすぎじゃない? どんだけ~?」
筋骨隆々の男、一功が巨体をくねらせながら野太い声で言った。
「いや、消去法でいったらそうなるだろ。イチロー弱すぎて話になんねーから」
「……せいぜい吠えていろ。最後に勝つのは我だ。ククク……!」
そして最後の一人。イチローこと、鈴本一郎。彼を見て真っ先にに目がいくのは、現実世界においては不自然極まりない派手な銀髪。そして、右目につけられた黒い眼帯だ。
銀髪はもちろん地毛なんかではなく、脱色して染めたものだ。眼帯は目を悪くしているとかそういう理由からではなく、自身に眠る魔の力の暴走を抑えるためだとかなんとか。アホだ。
「つっても、おまえ借金五〇億じゃねーか。どうやって巻き返すんだよ……」
「我が使い魔よ。その徳政令カードを使うのだ」
「んもぉ~。しょうがないんだから~」
そんな楽しそうにしている三人だが、
ガチャッ。部室のドアが開けられた。来訪者だ。
三人が振り返ると、そこにはヤンキー風のイケメンがいた。制服は着崩し、耳にはピアスがビッシリとついている。おとなしい人からしてみれば、あまり関わり合いたくない部類の人間だ。
「あ~♪ カゲちん~♪ おひさ~♪」
「よぉ、影人」
「おぅ」
男はぶっきらぼうに返事をしてから、近くのイスに腰かけた。
彼の名は宇多影人。彼も一応、野球部である。影人は三人に、
「こっち来る途中で遠目で見かけたんだけどよ、一人でグラウンドで走ってるやつがいたんだよ。あいつなんなんだ? グラウンド、今は野球部が使う時間だろ? 使ってねぇけど」
「あたい知らない~」
「クク……我も知らぬな。下賤な人間になど興味などない」
一功とイチローはそう言うが、
「……新入部員だよ。うちの」
「「えぇ!?」」
イチローと一功はそろって驚いた。イチローに至ってはキャラを忘れている。
「あたい聞いてないんだけど~? なにそれ~! アッキーなんで知ってんの?」
「昨日、部室で悲鳴聞こえたろ? あれ新入部員のだよ」
「……なぜ昨日の内に知らせなんだ……?」
「じゅるり……! で? アッキー。その子どうだったのよ? イケメン? ウケ? タチ? どうなの?」
一功は肉食獣のようにギラギラとした目で明嗣に尋ねる。
「あいつには手ぇ出すな。あいつはホモじゃねー」
「えぇ~? なによそれぇ~。じゃあ、なんのために野球部入ったのよ~?」
「野球やるためだよ」
「はぁ~? 意味分かんない~。どんだけ~?」
「気が向いたら一緒に練習してくれって。一応伝えたぜ」
影人はバカバカしいと言ったように笑って、
「そいつ馬鹿か? オレらが練習なんてするわけねぇだろ」
今は周りの目の無い夏休み。野球部がグラウンドで全く活動しなくとも、それに気づいて咎める者はいない。
「どーだろーな?」
「? どういうことだよ?」
「藤田龍示。新入部員の名前だ」
「「!」」
影人とイチローは驚愕で目を見開いた。
「マジ……かよ……?」
「? 誰それ? てゆーか、名前なんか聞いたことあるかも」
ただ一人ポカンとしている一功。
「…………幻のピッチャー」
イチローがポツリと呟いた。
影人は納得できないようで、
「でも、ちょっと待て。あいつ、肩壊して野球やめたんじゃなかったのかよ?」
「らしーな。でも今やってるぞ? グラウンドで」
「…………信じらんねぇ……。つか、同じ学校通ってたのかよ……」
「なんにせよ、だ。そんなとんでもねーヤツと一緒に野球やるってのも、そこそこ興味がひかれる話だとは思わねーか?」
「「………………」」
明嗣の言葉に、影人とイチローは黙りこんでしまった。
「ちょっとちょっと。あたいは野球なんてしないわよ? そもそもルールだってよく知らないし。それに練習なんて面倒なの御免よ?」
一功の言葉にイチローも黙って頷き、
「……今さら、だな。我も野球などという人間風情の戯れに付き合う暇など無い」
「ありゃ? イッコウはともかく、イチローは意外だったな。経験者なのに。影人は?」
「オレは…………」
影人は少し言い淀むが、
「オレもイチローと同じだ。今さら野球なんてやってられっかよ」
自分の心の中の何かを振り払うように、キッパリと言った。
「へぇ……?」
明嗣は意味深な笑みを浮かべ、影人をジロジロと見る。
「……んだよ?」
「別に? まぁ、かくいう俺も、なんだけどな。やる気は無い」
「……話の流れから、てっきり、うぬはやるものかと思ったぞ……」
「あんな化物とやってられるか。やったとしても、こっちが足引っ張ってどっちも不快な思いするだけだしな」
もっともな理由だ。龍示のような格上の人間と、自分達のように野球から離れていて練習もまともにしない人間とでは、一緒にやっていけるはずもない。仮にやってみたとしても、みじめになるだけだ。
「けど、あいつがどこまでいけるかってのは気になる」
明嗣は言った。
「三年間、野球を離れてたあいつが、高校野球って舞台でどこまでやれるのかがな。大抵の人間はこう思うはずだ。『無理だ』って。あいつが無敵だったのはリトルリーグの中だけの話だって」
リトルリーグと高校野球では格段にレベルが違う。文字通り、大人と子供くらいの差が開いていることだろう。しかし、
「けど、俺はそうは思わない。俺はあの化物に勝てる人間がいるとは思えない」
明嗣はキッパリと断言した。
「おもしろい話になりそうだとは思わないか? 他人を見くびるよーな大勢の人間の価値観を、あいつが根こそぎぶっ壊していく。痛快じゃねーか」
「……フン、無理だな。野球は一人でできるものではない。少なくとも、我らの野球部で成し得ることではない」
「そぉ~よぉ~♪ ここは、あたいらの楽園なんだから。そんなことに巻き込まれるなんて失礼しちゃうわ~♪」
明嗣は、そっか、と少し残念そうに言った。しかし明嗣も、龍示の活躍は見てみたいとは思うものの、自分も野球に打ち込むことになるのは御免だった。
「まぁ、あいつの入部は俺達には関係の無い話だったってことだな」
「むしろ、こっちの道に引きずり込んじゃおうかしら♪」
「……我も、そっちならアリだ」
***
「はーい! 一時間でーすっ!」
ランニングの終了を告げる沙希の声。
しかし、龍示はそれに気づくことなく、未だ黙々と走っている。
「藤田君! 一時間経ちました! 止まってくださーい!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……? あ、あぁ、終わりですか……。はぁ、はぁ、はぁ……」
龍示は走るのをやめて、ゾンビのような足取りで沙希の方へと、ゆっくり歩いていく。
「はぁ、はぁ……! し、死ぬ……! み、水どこやりましたっけ?」
「は、はい! これです!」
沙希は龍示の用意していた水筒を手に取って渡してあげた。
「あ、ありがとうございます……!」
龍示は水筒の蓋を開けると中身をガブガブと喉に流し込んでいく。
「だっさ。ヘロヘロじゃん」
岬は龍示を蔑むように言った。
岬は途中で帰ることもせず、ただただ龍示の走る様を黙って見ていたのだった。それが龍示にとってはかなり意外だった。自分が練習に取り組んで沙希に変なことはしないと分かればすぐにでも帰ると思っていた。
「当たり前だ馬鹿野郎……さんだなぁ! はっはっは、うぷっ……ヤベ、吐きそう……。顔洗ってきます……」
龍示は少し離れた所にある水道の方へと足を運んで、顔というよりは頭全体に水をぶっかけた。
「藤田君……大丈夫かな……?」
沙希は心配そうに龍示の様子を見た。
「……ふん、このまま死ねばいいのに」
岬がそうポツリと呟くと、
「おまえが死ねオラァああ!」
「「!?」」
雄叫びのような声が聞こえたと同時に、岬は背中に重い衝撃を覚えた。
「ガハッ!」
岬は衝撃を殺しきれずに吹っ飛ぶが、かろうじて受身を取る。声のした方を強く睨むと、
「兄さんは変態だけど死んでいいような人間じゃないの。謝って」
そこには、小さな体躯の少女が可愛らしい顔を怒りの色に染め、岬を睥睨するように仁王立ちしていた。和だ。
「ちょっと和!? あんたいきなり何やってんの!?」
少し遅れてやってきた桜が和の側へと駆け寄り、和の両肩を揺すって問い詰めた。
「あ、あれ? ち、違うんだよ? その女見たらなぜか急に頭がカッてなって……。す、すみませんでした!」
和は自分が突拍子もないことをしてのけたことに気づき、慌てて謝罪した。
「いえいえ、いいんですよ。今のは岬が悪かったんですし。気にしないでください」
沙希は笑顔で和をなだめて言った。いい人だ。
「チッ……ガキが……!」
岬は露骨に不機嫌そうに舌打ちをして立ち上がり、服をはたいて砂を落としていく。
騒ぎに気付いた龍示がこちらに駆け寄り、
「すみません鷺咲さん! そいつ、俺の妹なんですよ! 和! おまえちょっとこっち来い!」
「うっ……兄さん……ごめん……」
バツの悪そうにしている和を、龍示は少し離れた所につれていく。そして、小声で、
「くっくっく。よくやったぞ妹よ」
「へ?」
てっきり説教されるものと思っていたであろう和は、思いもよらぬ兄の称賛に戸惑った。
「帰ったら小遣いやる。これから、あいつに飛び蹴り一回につき五〇〇〇円な」
「マジで!?」
「おうよ」
一方、残された、沙希、岬、桜はというと、
「あ、あぁ~っと……久しぶり、鷺咲さん。岬さんも初めまして」
「み、深山さん、お、おひさしぶりですっ! お元気そうで何よりですはい!」
沙希は、桜とはあまり話し慣れていないようで、龍示を相手にする時と比べるとどこかよそよそしかった。
「えっと……今日は学校に何か?」
「うん。龍示が野球部に入ったって聞いたから気になって。ほら、野球部ってその……あれでしょ? だから変なことに巻き込まれてないかなって」
「そうなんですか。でも、この通り練習してるのは藤田君だけなので、他の人からちょっかいをかけられる心配は無いと思います」
沙希は龍示が岬にナイフで襲いかかられていたことを知らないので、そう答えた。
「良かった。それに、鷺咲さんも一緒なら大丈夫そうだね。鷺咲さん、野球部のマネージャーだったんだ?」
一応、少し前に知っていたことだが、桜は話を広げる意味を込めて言った。
「はい。でも……正直マネージャーって何をしていいのか分からなくて……。それに野球についてもあんまり詳しくはないんですよね」
沙希は苦笑して自虐的に言った。
「でも、好きなんでしょ? 野球」
「はい! それはもちろん!」
「なら、それでいいと思うな。マネージャーの役割云々は、あたしもよく分からないけど、今はこうして龍示の練習を手伝ってるわけだよね? 鷺咲さんはちゃんと立派な役割を果たしてるんだから、そんなに気にする必要は無いよ」
「あ、ありがとうございます! 私、頑張ります!」
「そ、そう……?」
沙希は頭を深く下げて桜に礼を言うが、桜はそんな沙希の大仰な態度に戸惑った。もっと気楽に接してもらいたそうだ。
「それと、岬さん。さっきは和が失礼しました。あの子、兄のことが絡むと見境が無くなるっていうか……その、良かったら許してやってください」
「……ふん……」
岬はソッポを向いて無視。一応、怒りを治めてはくれているみたいなので良しとしておく。
そこへ、龍示と和が戻ってきて、
「いやぁ~すみませんでした。妹にはキツく言っておいたんで」
「すみませんでした」
二人はそろってペコリと頭を下げた。
それに対し、岬は不機嫌そうに舌打ちをして口を開く。
「キツく言った割には妹の顔がニヤけてんだけど?」
「え? そうっすか?」
「察するに、説教してたんじゃなくて褒めてたんじゃないの? 『よくやった。これから飛び蹴り一回につき五〇〇円小遣いやる』みたいな」
「はっはっは。おもしろいことを言いますね、妹さんは。俺がそんなこと言うわけないでしょう?」
龍示の言葉に、和は横でコクコクと頷く。
「そうですよ。兄さんは羽振りが良いですからね。五〇〇円じゃなくて五〇〇〇円ですよ」
「「「………………」」」
「馬っ鹿! おまっ、言うなや!」
岬は、案の定といった感じで龍示にジト目を向けていた。
桜は今さらといった感じで、龍示を見損なうようなことにはならず、やれやれと苦笑していた。
和は龍示が口止めしようとした意図が分からず、
「え? なんで?」
「なんでって、おまえ……」
龍示の視線がチラリと沙希の方へと向かったのに、和は気づき、意図を理解した。
「藤田君……やっぱり岬のこと……」
沙希はシュンと花が枯れたような顔になり、不安そうに龍示を見た。なんやかんやで、岬が誰かに嫌われるのは沙希も傷つくらしい。
「ち、違うんですよ!」
龍示は脳細胞を総動員して必死に言いわけを考える。
「実は、み、岬とはそういう関係なんですよ! その、悪友! みたいな!」
その言葉を聞いた岬は『はぁ?』と不快そうに顔を歪めた。
「悪友……ですか?」
「そうなんですよ! 言いたいことはバンバン言って、気に食わないことがあったらぶつかり合う! そんでお互いの良い所は認め合う、みたいな! シャケを割ったような関係なんですよ!」
「『竹』ね。龍示」
龍示は『いけるか?』と沙希の様子を窺ってみると、
「う……」
「!」
嘘つかないでください! と龍示の恐れている言葉が脳内に響いた。
しかし、沙希の答えは、
「羨ましいですっ!」
「「「え?」」」
沙希は羨むように、龍示と岬の交互を見る。
「それって、普通の友達よりも、とっても素敵な関係だと思います! 自分をぶつけるって、突き詰めれば、相手に自分を理解してほしいっていうことなんですよね。そうやって等身大の自分をさらけ出し合える関係って、とっても羨ましいです!」
沙希は龍示の口八丁に、またもや引っかかってしまった。しかし、
「ちょっと、騙されないでよ姉さん。こんなやつ、悪友でもなんでもないし」
岬は姉に真実を告げるが、龍示は余裕の笑みを崩さない。
「まぁ、岬はそう言うよな。けど、俺はおまえが素直じゃないってこと知ってるから。気にしないぜ」
「! さすが藤田君です! 岬のことをよく分かってる! そうなんですよね。岬は恥ずかしがり屋さんなところもあるから、正面きって藤田君と友達だよって言えないんですよね」
「ち、違う! わたし、そんなんじゃ――」
「はいはい。藤田君とは何でもないんでしょう? 分かってるもん。ふふっ」
「!」
普段から素直になれない性格が災いし、肝心なところで告げた真実を沙希には信じてもらえなかった。『友達』という岬にとっては恥ずかしくて否定してしまいたいようなものなら尚更だ。
龍示は沙希の視界の外にいることを確認すると、岬に勝ち誇るような笑みを浮かべた。
(そう簡単に鷺咲さんの信頼を壊させるわけねえだろうが! 馬鹿め!)
(くっ……! この腐れ外道……! いつまでも姉さんを騙せると思うな……!)
そんな龍示と岬の険悪な雰囲気を感じ取った桜は、
「それよりもさ、龍示! 練習はいいの? もし、あたしと和が邪魔になるようだったら帰るけど」
龍示は桜に言われて練習の途中であることを思い出し、
「いや、全然。むしろ手伝ってくれるか? おまえがいればできることが増えるからな。後でノックお願いしてもいいか?」
「うん、いいよ。鷺咲さんも手伝いをお願いしていい?」
「は、はい! 私にできることなら!」
「はいはい! アタシも手伝う! 暇だしね!」
「うん。和もお願い。岬さんはどう?」
「……いい。帰る」
岬は言葉少なに答え、この場を去った。桜と和の目があれば、龍示も沙希に妙な真似はできないはずだ。ならば監視役である自分はもう必要無い。そう判断してのことだろう。
しかし、桜はそんなことを知るはずもなく、自分が話しかけてしまったせいで帰らせてしまったのか、と不安そうな顔になった。
「……ちょっと馴れ馴れしかったかな……?」
「いえいえ。そんなことないですよ。それと、深山さん。私のことは『沙希』でいいですよ。遠慮しないでください」
「そう? じゃあ、沙希で。……なんか距離が縮まったみたいで嬉しいかも。あたしのことも『桜』でいいよ」
「じゃ、じゃあ、『桜ちゃん』で。呼び捨てってなんか照れちゃいますから……」
そんな初々しいやり取りに嫉妬した龍示は、
「桜。練習手伝ってくれるんだろ? さっさとやろうぜ」
「ごめんごめん。そうだったね」
こうして、桜と和が加わり、龍示は練習を再開。
結局、桜と和は日が落ちる練習の終わりまで龍示の練習に付き合ってくれた。特に、野球経験者である桜がいてくれたのは大きく、龍示は予定していた練習メニューよりも充実した練習ができた。
龍示は自分の恵まれた人間関係を神に感謝し、その日の練習の幕を閉じた。
***
グラウンドでの龍示の練習を、ずっと校舎の中から見ていた者がいた。
「………………」
宇多影人。
制服をだらしなく着崩し、耳にビッシリとピアスをつけたヤンキー風のイケメン野球部員だ。
影人は廊下の窓からグラウンドの様子を見下ろしていると、龍示達は練習を終えて、グラウンド整備を行っているのだと気づいた。
「ちっ……女に囲まれてデレデレしやがって……」
女子マネージャーである沙希が一緒なのは分かるが、他の女二人は一体誰なのだろうか。影人の心に何とも言えないモヤモヤがかかった。
龍示が練習を終えた今、もうここに用が無くなったと影人は判断し、立ち去ろうとしたところへ、
「あれ? 影人じゃん。おまえ、帰ったんじゃねーの?」
「! 木原……!」
階段から下りてきた金髪イケメン、木原明嗣に出くわした。
「やっぱ、あいつが気になった?」
「……うるせぇ。そんなんじゃねぇよ」
「ふふ~ん? まー、いい。ここにいるってことは、練習、見てたんだろ?」
「……少しな」
「あのメニュー、完全に打者のそれだったな。あいつ、もうピッチャーはできねーらしい」
「………………」
「そんで今日の練習見てる限り、打者としてのあいつは――」
「『並以下』だろ?」
「……ああ。あれじゃ、よっぽどの弱小じゃなきゃ、試合に出させてもらえないレベルだ。ギリギリまで体を追い詰める精神力はさすがだな、とは思ったけどな。それでも、昔と今では天と地の差だ」
「……おまえは、あいつに期待してたんじゃないのか?」
「それは、あいつがピッチャーだって話。打者としてのあいつには何の価値も無い。おれ以下だ。あんなの」
「…………帰る」
影人は話を打ち切り、明嗣の横をつっきるようにして階段を下りていった。
***
龍示、沙希、桜、和の四人は練習を終えると、今度は駅前のバッティングセンターに足を運んでいた。
時刻がそろそろ夕飯時なので、初めは龍示一人で行くつもりだったのだが、龍示がバッティングセンターに行くことを告げると、三人はついていくと言って聞かなかったのだ。
なので、とりあえずコンビニで軽くお腹に入れるものを買い、こうして食べ歩きしながら向かっているわけなのだが。
「兄さん。唐揚げ一個ちょうだい?」
「おらよ。おまえもパン出せ」
「一口だけだよ? って、あぁあ! 一口がでかいよ!」
「沙希、アイス一個いる? これ、ちょっと量多いかも」
「ありがとうございます。お礼にプチシューをどうぞ」
四人は他に歩く人の迷惑など考えずに、食べ物交換なんかしちゃったり、楽しそうにはしゃぎながら歩いていた。
「ふふっ」
そんな中、沙希が突然一人で笑い出した。
「? どうしたの?」
桜が気になって尋ねてみると、
「こういうのって、すっごくいいですね。青春って感じで、とっても楽しいです」
沙希はキラキラと瞳を輝かせて言った。今までクラスに溶けこめていなかったということもあって、こういう時間が新鮮なのかもしれない。
桜もうんうんと頷いて、
「そうだね。こういう時間を共有できる人って限られてるもん。友達って言っても、こうやって気を遣わないでいられる人って、なかなかどうしていないものなんだよね」
「意外です……。桜ちゃん、クラスの皆と仲が良さそうなのに」
「う~ん……皆といろいろお喋りするのは楽しいのは確かだけど、こうやって気心の知れた連中といるのとはまた違うっていうか……。こっちの方が断然、居心地が良いし、変に合わせなくてもいいし。それでいて楽しいしね。あ、これクラスの皆には内緒ね?」
「くすっ。分かってます」
そんな楽しそうに話す二人をよそに、
(くっ……鷺咲さんとの会話に入っていけねぇ……! なんか楽しそうだし……なんか複雑だ……)
「兄さん、桜ちゃんに嫉妬?」
「んなわけねえだろ」
「にしても、沙希先輩って想像してたより可愛い人だよね。兄さんって面食い?」
「どうだろ……。つうか、誰だって汚い顔よりは綺麗な顔の方を選ぶと思うんだよな。選べるっていう前提だと」
「人間顔だけじゃないって聞くけどさ、なんやかんやで顔ってけっこう重要な要素ではあるよね」
「けど、鷺咲さんは顔だけじゃねえんだよなぁ……。なんつうか……その……笑顔が素敵なんだよ」
「顔じゃん」
「あ」
それから程なくして四人はバッティングセンターに到着。
沙希は中へ入るなり違和感を覚えて首を傾げた。
「これってゲームセンターですよね……? バッティングセンターに行くんじゃなかったんですか?」
「バッティングセンターは奥の方にあるの。沙希はここに来るの初めてっぽいね」
バッティングセンターの中はそこそこ広く、ゲームの筺体やUFOキャッチャーなどがたくさん置いてあり、ゲームセンターと併設されているタイプのものだった。
ここの施設はそこそこ繁盛しているようで、学生や仕事帰りと思しき大人まで、多くの人で賑わっていた。
いろいろなゲームに興味を惹かれつつも、四人はバッティングセンターに到着。
龍示は早速現金をコインに換えて、
「鷺咲さん。どうぞ」
半ば無理やりな感じで沙希にジャラジャラとコインを渡した。
「え? あ、お金、いくらですか?」
「いりません。じゃあ俺は行ってきます」
「ちょっ、藤田君!」
龍示は沙希が何かを言う前に、そそくさとピッチングマシーンのところへ向かった。
「行っちゃった……。こんなにいっぱい……どうしよう……? あ、」
沙希は桜と和に、
「あの、これ藤田君が私に。良かったらもっていってください。私、こんなに必要ないですから」
「本当? ありがとう、沙希。じゃあ遠慮無く、いくつかもらっていくね」
「じゃあアタシも久しぶりにやってみよっかな」
桜と和は龍示が露骨に沙希のポイント稼ぎに励んでいることに苦笑した。気づいていないのは対象である沙希だけだ。
ピッチングマシーンは球速、球種ごとに並んでいて、複数の人が同時にバッティングを行うことができるようになっている。もちろん、打つ側の方は左右に頑丈なネットで区切られており、他の客に打った球がぶつからないようになっている。
三人はいきなり入ることはせず、球種と球速が記された掲示をいろいろと見ながらぶらついた。
「あ、兄さんだ」
和がガラス越しにバッティングに励んでいる龍示の姿を発見した。
桜は龍示がどんな球を打っているのかを見てみる。
「一四〇キロのストレート……。大丈夫なのかな……」
「あの、ちょっと見ていってもいいですか?」
「あたしも見てみる。和は?」
「アタシも見る」
三人はその場で立ち止まって、龍示の様子を見物してみる。
「………………」
「………………」
「………………」
龍示の様子は散々だった。空振りこそしないものの、ほとんど打球が前に飛んでいかないのだ。
「兄さん……ダメダメじゃん……」
「う~ん……球は見えてるみたいだけど、体が全然ついていってないって感じだね。まぁ、さっきまで練習でバテバテだったんだから無理もないけど……」
「藤田君……」
龍示の手元は疲労で小刻みにプルプルと震えていた。
「明らかにオーバーワークじゃないですか……? 止めなくて大丈夫なんですか?」
「そうだね。でも、他所の高校球児なら平気でこなすメニューのはずだよ」
「そう……なんですか……」
沙希は龍示の様子を眉根を寄せて心配そうに見ていた。
それから龍示は何百球と球を打ち続け、空振りこそし無かったものの、前に飛んで行った打球は数えるほどしか無かった。
龍示は震える手でバットをしまって、ピッチングマシーンを後にした。
「お疲れ。龍示」
桜は備え付けの濡れたおしぼりを龍示に渡した。
「おう、ありがとう。って、あれ? 見てた? いつから?」
「藤田君、気がついてなかったんですか? ほとんど最初からですよ。ケガしないか心配で心配で。あまり無理はしないでくださいね? 体を大事にしてください」
「あの……俺にかまわず普通に遊んでくれてよかったんですけど……」
三人は結局龍示の様子を最後まで見ていたのだった。
「兄さん、打撃こんな下手だったっけ?」
「ストレートに言うねおまえ! 確かに全然クソだったけど!」
龍示の元気そうな様子に桜はクスクスと笑って、
「それじゃあ、あたしも久々に打ってみようかな」
「おっ、桜ちゃんは期待できそうだね。兄さんと違って」
「そうなんですか?」
「……こいつ、ソフト部で全国行ったんですよ。エースで四番打ってました」
「えぇ!? すごいすごい! 桜ちゃん、なんでうちみたいなダメな学校にいるんですか?」
「……な、なんででしょうね……」
桜の向かった場所は龍示と同じ一四〇キロのストレート。
桜は備え付けのバットを手にとり、軽くスイングして準備する。そして、コインを入れて、いざスタート。
ピッチングマシーンから独特の動作音が発せられる。
「………………」
「………………」
「………………」
龍示と沙希と和は黙って桜の様子を見る。
ガタッ! と球の投げられる音。
素人の目ではほとんど認識できない程のスピードを帯びたその球は、
「ふっ!」
カッキィイイン!
「「「!」」」
桜は見事にバットの芯でとらえ、打球は一直線にホームランと書かれた的の中心に突き刺さった。
パンパカパーン! と桜のバッティングを称えるチープな効果音が鳴り響く。
桜はギャラリーである三人の方へ振り返り、ニッと笑って片手でピースサインを送った。
「きゃあぁ! 桜ちゃん、すごいですっ! すっごいカッコいいですっ!」
沙希は桜の見事なバッティングに興奮し、目を輝かせた。
「桜ちゃん……すげぇ……」
和も桜のバッティングに心底驚いた様子だった。
しかしここに、それを面白く思わない男が一人。
「ぐぬぬっ……! あの野郎……!」
自分が最初から最後まで手も足も出なかった球だというのに、一発で完璧に打たれてしまったのだ。屈辱以外の何物でもない。極めつけは、
「あんな凄い球を完璧に打っちゃった! 藤田君は全然打てなかったのに!」
「(ガアァンッ!)」
藤田君は全然打てなかったのに。藤田君は全然打てなかったのに。藤田君は全然打てなかったのに。藤田君は全然打てなかったのに。藤田君は全然打てなかったのに。
沙希の無自覚な言葉の刃が、龍示の心をズタズタに引き裂いた。
「ぷっ」
和はそんな兄の惨めな様子を吹き出して笑った。
桜はそれ以降もガンガンと打球を飛ばし、一四〇キロの速球を完璧にとらえ続けた。
(俺より全然うめぇし! あいつマジでなんなの!? 嫌がらせ!? これ、嫌がらせ!?)
龍示と桜のどちらが打者として戦力となるかを一〇〇人に聞けば、一〇〇人とも桜を選ぶであろう。龍示はその現状を思い知ってヘコんだ。
数十球ほど打って、桜は早々にピッチングマシーンを後にした。
「お疲れ様です。桜ちゃん。すっごくカッコ良かったです!」
「へへっ。あたしに惚れるとヤケドしちゃうぜ?」
桜は照れ笑いを浮かべながら、沙希の持ってきたおしぼりで手を拭いた。
「桜ちゃん、野球部入りなよ。兄さんより戦力になるよ?」
「おまえはいい加減オブラートに包むやり方を覚えてくれ。ほら、俺の心はもうこんなにボロボロだ。どうする? このままじゃ大事な兄さんが鬱病になって登校拒否だぜ?」
「ごめんごめん」
和は兄の瞳が涙で滲んでいるのを目にして初めて罪悪感を覚え、慌てて謝った。
「残念だけど、高校野球で女子は試合に出ちゃいけない決まりがあるんだよね」
改正しようという動きはあるにはあるそうなのだが、それが一体いつ実現するのか全く目処がついていないのが現状らしい。
「そんなぁ……。桜ちゃんなら男子の中でも活躍できるかもしれないのに……残念です」
「だ、大丈夫です! 鷺咲さん! 俺がいますから!」
「あ、あはは……そうですね」
(完全に笑いが乾いている!? 完全に期待されていない!?)
龍示は沙希から凡人以下のレッテルを貼られた気がして、ヘコみまくった。
「兄さん……。大丈夫だよ」
和は龍示の肩をポンポンと叩いて励ましてやる。
「うぅ……」
そんな和の優しさが龍示の心に染み渡り、龍示の涙腺がジーンと刺激された。中学二年にしては本当に良くできた妹だ。
「……余ったコイン預けてくる」
龍示は寂しさを誤魔化すようにこの場を離れ、大量に余ったコインを係員に預けに行く。
預けたコインは一カ月以内ならば何度でも引き出すことができるのだ。
「すみません。コイン預けたいんですけど」
龍示は窓口の係員に言う。
「かしこまりました。ご利用は初めてですか? って、あれ……? お客さんの顔……どこか見覚えがある気がするんですけど……」
「気のせいです」
「そうですか……?」
係員はコインを預かるにあたっての手続きをザックリと説明してから、龍示に書類を渡した。
龍示は震える手で必要事項を書き込み、コインを預けた。そして、会員カードを係員から受け取る。これはコインを引き出す時と、次回からコインを預ける時に使うものらしい。それを財布にしまいながら、三人の待つ場所へと向かう。涙腺はもう大丈夫だ。
***
「おかえり、龍示。ほら、お茶」
三人はペットボトル飲み物を片手に近くのベンチに並んで腰かけ、まったりとした。
「サンキュ」
龍示は飲み物を受け取ると空いていた桜の隣に腰かけた。
「いやぁ~久々に打つと楽しいね」
桜はベンチに座ったまま、う~ん、と伸びをして爽やかに笑ってみせた。
「嫌味か? この野郎……」
「あははっ。龍示、スネてる?」
「スネてねぇよ。ただ……」
「ただ?」
「……ここ数日で自分の不甲斐無さってもんを思い知らされてるっつーか……。イラついてるのは確かだ」
「……龍示……」
桜は龍示の言葉に何も言えなくなってしまった。あの龍示がそんな風に思い悩んでいたことなんて考えもしなかったのだ。からかうつもりで龍示の前で得意気にポンポンと打ってみせたのは無神経だったかもしれない、と桜は罪悪感に駆られた。
「ごめ――」
しかし、ここで謝ってしまっていいのだろうか。龍示が余計に惨めな思いをするのではないのだろうか。そんな風に桜の頭の中で様々な考えが渦巻く。
「藤田君、焦っちゃ駄目ですよ。藤田君は練習を始めたばかりなんですから。そんなすぐに桜ちゃんみたいに上達しちゃったらズルみたいです」
龍示は少し面食らったような顔になり、
「……そうっすね」
苦笑して頷いた。
沙希の言うことは正論だ。そうすぐに上達できたら誰も苦労はしない。だが、
「そっか。沙希は龍示のこと知らないんだね……」
桜は沙希の言うことに素直に頷けなかった。龍示の過去を知っているから。だからこそ、そんな沙希の的外れな正論を受け入れられなかった。
初心者のように、底辺からのスタートならば沙希の言葉は納得できよう。しかし、龍示のスタートラインは違う。頂点からどん底に突き落とされてからのスタートなのだ。このギャップは誰でも堪える。今考えれば、どうして龍示は例外だと思い込んでいたのか、と、桜は自分を責める気持ちに駆られた。
「? なんですか?」
「そんなことより、そろそろ時間も本格的に遅くなってるんで、後少ししたら帰りましょう」
「藤田君、はぐらかしましたね……。まぁ、いいですけど……」
沙希はスネたように頬を膨らませ、ペットボトルの飲み物に口をつけた。
少しして、四人はベンチから腰を上げてバッテイングセンターを後にした。
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