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カエルの子はかえる

作者: 一条怜花
掲載日:2013/09/30

 絶体、絶命。足元の遥か下には海。逃げ場はない。文字通り、崖っぷちに追い込まれてしまった。



 3メートルくらいの距離を置いて、もう会えるはずもない人が立っている。私の、とても大切な人。

 永遠の別れを覚悟してきた。でも、荒れ狂う気持ちを抑えられなくて、つい思い出の場所に来てしまったのは、失敗だったみたい。


「今回は中々考えたな。突き止めるの大変だった」


「どうして、わかったの」


「俺をどっかの誰かと一緒にしないでくれ。あ、千世さんがお土産よろしく、と言ってたぞ」


 親友よ、裏切ったな。出発の前、千世ちゃんだけには、と思って電話したのに。あれだけ一生懸命説得したのに。なんて友達がいのないやつ。


「知らない。私は、帰らない」


「やよい。いい加減にしろ。我が侭言って、どれだけ皆に迷惑かけてると思ってる」


「わかってる。みんなが心配してくれるのはありがたいと思ってる。でも、これだけは譲るわけにはいかないの」


 達樹のためなのに。どうして、わかってくれないのだろう。私だって好きで逃げてるわけじゃないのに。





 平凡でどこにでもいるような私と、王子様みたいな達樹が恋人同士になれたのは、宝くじ当たるよりも凄い奇跡だったんだと思う。

 中学の生徒会で話をするようになったのが、始まりだった。それから、しばらくはケンカ友達みたいな関係が続いた。卒業式の日、学ランの第2ボタンが無くなってるのを見つけた時、私はすごく傷ついた。そうして、達樹への想いに気が付いたんだ。

 運良く同じ高校には入れたけど、ガキ大将みたいなところが落ち着いて、学校でアイドルみたいに人気者になった。単なる同中の、美人でも、可愛くもない、地味な私には、手の届かない人になってしまった。けれど優しい達樹は、それまでと変わらない態度で接してくれた。

 でもそれが達樹ファンの子達には気に入らなかったみたいで、私に対して、イジメが始まった。無視されたり、持ち物を隠されたり、落書きされたり。親友の千世ちゃんが励ましてくれなかったら、学校に居られなかったかもしれない。

 最終的には屋上に呼び出されて、大勢の女子に囲まれてしまった。でも、そんな卑怯な手に屈したくなかった。せめて友達としてでもいい、そばに居たかったから。怖かったけど、立ち向かった。そしたら、まるで王子様のように、達樹が助けに来てくれたんだ。そして、達樹が私のことを好きだって、言ってくれた。まさか、都合のいい夢なんじゃないか、そう言うと、ぎゅっと抱きしめられて、そのまま……

 いつの間にか、ファンの子達はいなくなっていた。そして、それ以来イジメはピタリとやんだ。達樹は何も教えてくれなかったけど、裏で色々動いてくれていたみたい。千世ちゃんがこっそり教えてくれた。

 その後、高校時代は夢のように幸せだった。

 でも大学は別々で、アメリカへ留学してしまったり、二人はすれ違うことが増えた。その上、達樹がいいところの御曹司だってことも知った。段々と、二人の世界は違うんだってことを、思い知らされていった。

 就職活動を頑張って、同じ会社に入ることが出来た。私が精いっぱい頑張れば、二人は一緒に歩いて行けるって、そう思おうとしてた。でも、決定的な出来事が起こってしまった。

 高校時代ほどじゃないにせよ、他の女子社員との関係は良好とは言えなかった。千世ちゃんみたいな人もいなかったし、一時期ちょっと辛かったけど、それは何とか乗り越えることが出来た。

 けれど、最後に大きな爆弾が投下された。

 ふわっとして、可愛らしい、いかにもなお嬢様。彼女は、達樹の婚約者だと言った。彼を惑わせるのはやめて欲しい、と。以前から、達樹にふさわしくないって事は言われ続けてきたけど、それでも達樹の気持ちを信じて、耐えてきた。でも、婚約者だなんて。彼女はさらに、私の就職が、彼の力によって決定された、と言った。私は、それで今まで努力してきたことで得てきた自信が、崩れてしまった。

 こんな私がこれから先、達樹の隣にいる資格なんてあるんだろうか。達樹の重荷になる事しかできないのなら、これ以上、一緒にいることなんてできない。

 きっと、達樹は優しいから、私のことを自分から突き放せない。だから、私は、離れることを決意した。






「私は、達樹にふさわしくない」


「マジで、言ってんのか」


「普通の家の子だし、美人でもないし、キャリアウーマンってタイプでもないし」


「そんな事はわかりきった事だし、俺はそういう条件で自分の女を決めたりしない」


「達樹には、ふさわしい婚約者がいるのに」


「婚約者?」


「総務の、入沢さん。すっごく素敵な人だった」


「俺に婚約者なんていないよ」


「え、」


「まあ、厳密には候補者は何人かいるらしいけど。まだ、期限までは時間あるし」


「そう、なんだ」


「まあ、これで彼女は候補から外せるな。浅知恵で勝手に引っ掻き回すようなタイプは、ごめんだ。ていうか、な?俺はお前と一緒にいられるように、今、一生懸命、頑張っているんですけど、どうしてこんな事するかな」


「だって……会えなくて不安だった」


「悪かった。言い訳でしかないけど、俺、焦ってた」


 もう、寂しくさせない。そう言って、そっと包むようにして、抱きしめてくれる。いつの間にか、二人のあいだの距離は無くなっていた。あやすように、背中を撫でてくれる。達樹の温かい気持ちが、じんわりと伝わってくるようだ。

 こうして、迎えに来てくれて、優しく抱きしめられているのに。私はどうしても不安が拭いきれない。


「私の、どこがいいの?こんな、どこにでもいるような、平平凡凡な女の子なのに…」


 達樹は何か言おうとしたけど、やめてしまう。そして、気まずそうに、目をそらした。


「…答えられないんだ。やっぱり、私なんか……」


「……怒るなよ?」


 なんだろう。その一言で、それまでの甘くて切ない雰囲気が、どこかに逃げてしまった気がする。

 私が怪訝な視線を送ると、達樹は目を泳がせる。


「お前、何だかんだプライド高いからな」


「そんなことない」


「まあいいや、もう一度言うけど、怒るなよ?」


「?」


 好きなところ教えてもらって怒る人なんているの?


「すぐ卑屈になってうじうじするけど、いつの間にか頑張ってすげえ根性出すとこ。俺にだけ喧嘩っ早いとこ。髪の毛が朝起きると必ず芸術的になってるとこ。あと、本気で笑うと目ェ見開いてるよな。最初見た時、軽く引いた。お前、気ぃ抜くと何かしら開いてるよな。あくびかみ殺す時、右の鼻の孔だけ広がってるし」


 さっき言い淀んだのが嘘のように、すらすらと出てくる出てくる。私の好きな……ところ?は?


「あ、やっぱ、怒った」


「あ、あ、あ、当たり前でしょー!最初はまだいいけど、後の方、悪口じゃん!」


「そうかー?可愛いところじゃん。今度動画撮っていいか?」


「だめ!ぜったい!」


「ケチ」


「ケチじゃない!」


 私が鼻息荒く言い返していると、達樹が安心したように笑った。思わずドキッとする。駄目だ。やっぱり大好き。こうして他愛ないケンカしてると、離れるなんて事、絶対できないって思ってしまう。


「こうやってさ、バカみたいな喧嘩してると、楽しいよ。他の奴とはこんなこと出来ない。どんな高条件が揃ってたってさ、息が詰まっちまう。お前がいないと、やっぱり駄目だ」


 早く言ってよ。そう言いたかったのに、喉が詰まって、声が出てこない。瞼に熱が集まってくる。やばい、泣きそうだ。

 達樹は胸の中に押し込めるようにして、ぎゅーっと、力強く抱きしめてくる。泣き顔、見られたくないから助かった。良かった。この温もりが、どこか遠いところに行ってしまわなくて。


「迎えに来てくれて、ありがとう」


「どういたしまして。もう、逃げんなよ」


「…………」


「返事しろよ!」


「努力、します」


「まあ、いいさ。もう、いいよ。また迎えに来てやるよ」


「でも、ぜったい、離れない、から」


 そうして、今度は私の方から、ぎゅーっと、思いっきり抱きしめた。






帰りの車にて。



「そうだ、帰ったらまずお前んちのお祖母さんとこ行こうな。」


「え、なんでおばあちゃん?」


「あそこの場所、特定してくれたのハル子さんだから」


「えー、うそ。そっか、そんなところまで行ってくれたんだ。ありがとう」


「いや、俺が騒いでるの聞きつけて、連絡してくれた。やっぱ経験者は違うな」


「え」


「候補はある程度絞ったんだけどな。最後の決め手に欠けてて。ハル子さんのおかげで決まった」


「ええ」


「七回目あたりなら、初めて二人で旅行した場所が怪しいって」


「はあ?」


「五十回近く経験してるから、信じなさいってさ」


「うそ……」


「ちなみにお前のお袋さんには、三十回くらいまでは許してやって、と言われた」


「母よ…」


「ちなみに、俺の祖父さんは、ハル子さんの記念すべき最初に逃げた男、だそうだ」


「………」


「………」


「ごめんなさいごめんなさいすみませんでしたもうしません」




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