動物園の攻防
「今、この場で貴様のスカートの中を拝んでやる」
俺は誰にも聞こえないように密かに呟いた。視線の先には栗色の長髪をポニーテールにした自分と同じ学校の制服を着た少女だ。動物園の雑踏の中、気づかれないように、尾行を始めた。そして今日のターゲットを品定めする。
石橋夕顔、俺と同じ中学のクラスメートで学級委員長を務めている。綺麗に整った顔立ち、一切化粧をしてないのに透き通るような美しい肌、少しツリ上がった目が印象的だ。テニス部で鍛えられた身体はスレンダーで非常に健康的である。性格も良く、男子女子からも人気があり、評判は学年トップ3にランクインされている上玉だ。
しかし肝心なのは今日のスカートの長さだ。膝上十五センチだと。この俺を舐めているのか。貴様のスカートなぞ、二本指で十分だ。その上品面した顔から、どんなパンツが出てくるか。今正体を暴いてやる。白色なんてガッカリさせんなよ、委員長様よ。
俺は気取られないように『抜き足』とターゲットとの距離を縮めるために『早足』を同時に繰り出した。さらに周囲を観察するための『広角』を用心のため駆使する。
夕顔は人ごみの中、猿山でエテ公を鑑賞している。よほどエテ公好きなのか、えらく熱心に見とれてやがる。しかしこれはチャンスだ。目標の周囲はひどく混雑している。さらに目標は警戒している様子はない。やるなら今だ。
他の客たちの間をすり抜け、一気に接近する。そして背後を取る。右手から二本指を出し、俺は歪んだ笑みを浮かべながら、必殺技を繰り出した。
(食らえ! 獅子王牙の舞い。スカートをめくられる気持ちを存分に味わうがいい)
刹那、二本指から激痛が走った。思わず目を見張る。なんとスカートに剃刀を仕込んでいたのだ。不意に夕顔の顔を見た。
微笑んでやがる。しかしこちらを見ていない。気づかれてはいない。だがこの笑みは余裕の微笑なのだ。今日、自分はスカートめくりにあわないという自信の表れなのだ。
俺は一旦その場を退いた。屈辱だった。それまで夕顔を舐めていた自分への慢心とあの高慢な笑み。俺は血まみれの右指を押さえながら、その血を舐めた。この味を忘れないために。
心を落ち着かせるためにベンチにもたれ掛かった。そしてガムを噛みながら次の作戦を練る。
しかしスカートに剃刀なんて、優等生面してとんでもねーことしやがる。打開策はないのか。剃刀に勝つ手段を。駄目だいくら計算しても剃刀には勝てない。すると子供の泣いた声が聞こえた。
「うぇーん。僕のソフトクリームが猿に取られたー!」
馬鹿なガキだ。猿山に食べ物なぞ持ってたら奪われるのは当然だ。俺は侮蔑の眼差しでクチャクチャとガムを噛みながら眺める。すると脳裏にある方程式が閃いた。思わず口の中のガムを紙に吐き捨て、呆然とする。そして再び歪んだ笑みを浮かべた。
「チェックメイト、ミス夕顔」
俺は再び猿山に戻る。夕顔はまだ猿山を眺めていた。再度俺は夕顔の背後を取る。しかしここでスカートはめくらない。気取らないように、そっとその布に触れただけだ。あるものを仕掛けて。そしてその場をそ知らぬ顔で後にする。
数分後。
「キャアアアアアアアー!」
夕顔の悲鳴だ。夕顔がスカートめくりに合っている。しかし直接めくったのは俺ではない。猿だ。猿が夕顔のスカートの生地を猿山の方へと夢中に持っていこうとする。
いや正確にはチューインガムがくっつけられている夕顔のスカートからアーモンドチョコを取ろうとしているのだ。
俺は先ほど噛んでいたガムにアーモンドチョコを乗せて、夕顔のスカートの上にそっとくっつけた。ガムはよく伸びるそこに目をつけたのと同時に、エテ公の食べ物への執着心に着目した。生地の上からめくられては、自慢の剃刀も無力だ。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
俺は思わず高笑いをしながら、その場を立ち去った。
「フフ、黒のショーツか、お前の心のドス黒さがよく見えたよ、夕顔」
夕顔はスカートの中を衆目に晒され、その場で泣き崩れる。
これで百人斬り達成だ。
頭脳戦です。