六日目、弐
目を覚ますと、ヤオを含め全員が床の上で横たわっていた。
長椅子の時以上に身体が軋む。思わず呻きながら時計を見れば、とっくに“朝”は通り過ぎていた。
一息吐いて、無造作に丸められた外套を揺さぶる。
「起きろ」
「酷い埃……今何時?」
「十四時。お早い起床だな坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめて」
外套がもぞもぞと動き、中からユキが目を擦りながら現れた。
「何か食べたいものはあるか? 坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめてってば。ちょっと待って今考える」
顔を洗いたいと台所に向かったユキを見送ると、ヤオは長椅子の横で丸まっているヒロトの背中に容赦ない蹴りを入れた。
「起きろ」
「ぐっは……扱い違いすぎひん?」
「うるせ」
涙目で咳き込むヒロトを放って台所へ向かう。ユキの小さな背中を見ながら、ふと思いついたことを口にした。
「もうちょっとお坊ちゃんだと思ってた」
「何が?」
「『こんな汚いところにいたくない!』とか叫ばれるかと思ったって話」
「汚い? 汚いかな、ここ」
予想外の返答にヤオは一瞬呆気にとられた。が、すぐに我に返る。お前さっき酷い埃つってただろうが。
「どう贔屓目に見てもお前のいたところとは雲泥の差だと思うけど」
「ああ、あそこは例外。偶然というか、まあ幸運だったって感じかな」
顔を拭きながらそう言ったユキに、ヤオは今度こそ言葉を失った。まず何を言っているのかよくわからない。
「……気にしないで」
ヤオが理解できていないことを察したらしいユキは、そう言って微笑う。その横顔がなぜかヤオの心をざわつかせた。
「お前は……」
ただ曖昧に微笑うだけのユキに、何かを言おうとして。
「あかん、手洗い場……」
回復したヒロトが突然割り込んだことで、言おうとしたことが飛んでいった。
何も言わず、横をすり抜けようとしたヒロトの首に腕をかける。
「ちょっ、痛っ、何で!?」
色々なもやもやの腹いせも含め無言でヒロトをしめていると。
「ねえ僕お肉が食べたい」
ユキが唐突にそう言った。ヤオに向き直ったその表情は、今までの子どもらしいそれに戻っている。
ヤオはユキの纏う雰囲気が変わったことにほっとしつつ、先程の心のざわつきが小さなしこりになっていくのを感じて密かに眉根を顰めた。
「お肉食べに行こう」
「馬鹿言え。そんなん専門店行かなきゃ食えねえだろ。大体馬鹿高い。よって却下」
「何が食べたいか訊いたじゃん」
「確かに訊いたが、その要望を聞き入れるとは一言も言ってない」
「……ひねくれ者」
「うるさい」
「じゃああそこは?」
ヤオの手が緩んでから手洗い場に駆け込んで行ったヒロトが、ひょっこりと顔を出すと。
「“baroque”!」
笑顔でそう提案した。