五日目、弐
「てめえらどういうつもりだ」
ヤオは目の前で正座している青年と手に持っている通話端末を睨んだ。
強かに打ちつけられた頭が痛い。それも相まってヤオの目つきは凶悪なものになっていた。
「いやー悪い悪い。まさか目の前におるとは思わんでさあ」
『いやーナタクつかまらんもんで』
兄弟揃って同じような軽さの返答に頭を抱える。
「で? 何しにきた」
「兄貴の尻拭いに」
青年、ヒロトは正座のままにやりと笑う。ナツメが俺のとちゃうわ! と通話口で吠えた。
「にしても手際が良すぎるな。高々一時間前だぞさっきの通話」
『情報屋は信用第一やからな。不手際があったなんて知れたらすぐ商売あがったりや』
「んで、商売あがったりやと俺もお飯食いっぱぐれるもんで」
『「迅速対応命!」』
「だから何でそんな軽いんだよ……」
良い笑顔でぐっ! と親指を立てるヒロトと、恐らく端末の向こうで同じ表情同じ格好をしているであろうナツメに溜息をつくと、ヤオは自分の後ろに隠れるようにしがみついているユキを振り返った。
「そういうわけだ。別に怖がることもねえよ」
「別に怖がってるわけじゃないけど……」
口ではそう言うものの、ヤオの服を掴む手は変わらず握り締められている。ヤオは自分との初対面を思い出し、首を傾げた。
「お、その子が木箱に入ってたもん?」
いつの間にか正座から胡坐に変えていたヒロトがユキを覗き込んでいた。そんな彼にユキは表情をかたまらせると、すすすとヒロトとは反対の方向へ逃げていく。
「何や、逃げんでも良ぇやん」
それを追いかけてヒロトはヤオの背後に回る。更にそれを逃れるためユキはヤオの前方へ。そうして、ヤオを中心にした追いかけっこが始まった。
「何もせんて! 何で逃げんねん!」
「あなたがっ、追いかけてっ、来るからですっ」
堂々巡りだ。
ヤオは盛大に溜息を吐くと、依然回り続けているユキの頭とヒロトの首根っこを掴み、強引に前へ引きずり出した。
「大人しくしてろ。特にヒロト、お前追い出すぞ」
「……すいませーん」
『まあそう言わんと』
「ああ、お前まだいたのか」
『……酷くない?』
ヤオは自主的に正座に戻ったヒロトとナツメの反応に少し満足すると、長椅子の背もたれに腰掛けた。
「で、お前らの計画は?」
『せやせや本題。忘れとった』
「さっきナタクがつかまらんつったやろ? けど一応話だけは聞けたんや。こっちには来られへんかったけど」
『んで。結論から言うとようわからんらしい』
「は?」
『どうも件の妖精、焼失疑惑が出とったらしいねんよ』
訝しげなヤオに、ナツメは言葉を続ける。
『確かに唐櫃財閥会長のカラトは水晶で出来た彫刻、妖精を所有っとった。けどこれは二十五年前の記録や』
「ってことはまだ地上にいた時か」
『ご名答。あの騒ぎの中や、焼失してようが水没してようが持って逃げてようが記録には一切出てこおへん』
「まあそうだろうな」
答えながらヤオは目を細めた。
『そんな疑惑がある中かの有名な狐が妖精を盗んだっちゅう話になった。どうもこれでやっぱりほんまはあったんやーいうことに落ち着いたみたいやわ』
「あ、そう……」
その『盗み出したもの』に目をやると、居心地が悪そうな表情で床を見つめていた。知らない人間の隣はあまり好きじゃないらしい。
「だけどそもそもお前んとこの調査でも妖精はあそこにあると出たんだろ」
『そう、そのことやねん』
ナツメの声が低くなった。ヤオは黙って彼の声に耳を傾ける。
『僕の調査では確かにあそこには妖精と呼ばれる物があったし、狐はそれを盗み出してる。でもな、ヤオ』
ナツメは一旦そこで言葉を切ると、溜息を吐いてから再び口を開いた。
『“妖精”と呼ばれるものがもう一つ、あった可能性がある。気ぃつけや、ヤオ。狐は利用された可能性があるってことや』
ナツメの言葉を受けて、ヤオの頭の中に依頼主の声が反響する。あれは唐櫃財閥の自作自演だったとでもいうのか。
『ヤオ?』
「……ああ、わかった」
『とりあえず、それくらいしか判ってないんやけど、それが癪やねん。そこでヒロトや』
「俺が暫くヤオ兄んとこおって、何かあれば逐一兄貴に報告しまっす!」
ヒロトが敬礼しながらそう言った。
「そうかよ勝手にどうも」
『怒んなや、そいつも結構役に立つから。……ほな、また連絡するわ!』
ぱっと明るい声に戻ると、ナツメはそう言って一方的に通話を切った。
「他にも仕事あるから、俺がここにおんのは今日含め五日間だけなんやけどね」
にこやかにそう告げたヒロトの顔を少しの間見つめ、ヤオは溜息を吐いた。
その様子にヒロトが口を尖らせる。
「そんな顔せんといてやー。何ならご要望に応じて演じてみせますから! 親友でも弟でも従兄弟でも恋び」
「ふ・ざ・け・ん・な!」
皆まで言わせるものかと、笑顔で列挙するヒロトの頭をがっと掴んで黙らせた。
掴んだまま、こいつの怖いところは、と考える。
こいつの怖いところはどんな性格、考え方、境遇の人間でも、たちどころになりきり演じきってしまうところだ。それは性別ですら問題にはならない。たとえ女性の役でも演じきれる能力と、ついでに顔の持ち主で。
「ヒロトとユキじゃ確実に勘違いされる。弟でも従兄弟でも良いから大人しくしてろ!」
「へーい」
ヒロトはヤオとユキの顔を見ながら、楽しそうに笑った。