三日目
予告日当日。
ヤオは狐の面を被って、中心街のとある建物の屋上に立っていた。
目の前には唐櫃会社が持っている建物。そこの最上階に妖精があることは、事前の調査で把握している。
やっぱ屋上から行った方が早いな。
そう判断するやヤオは大きく跳躍した。その先に足場はなく、重力に従って彼の身体はゆっくりと落ちていく。
落ちながら腕を上に伸ばすと持っていた機械の凸面を押した。途端機械から鉄縄が飛び出して、唐櫃会社の屋上の柵に巻きつく。
宙吊り状態からもう一度押せば、今度はするすると上にあがっていった。そして難なく屋上に到着すると鉄縄を巻き取り、機械を懐にしまう。飛び出してからここまで約三〇秒。それを確認し、密かに拳を握った。
「さて……」
呟きながら次の準備に取り掛かる。手袋をつけ屋上にある唯一の扉に近づくと、硝子部分からこっそりと中を窺った。
人影無し……ねぇ。
人の気配も音もしない扉の向こうに違和感を覚え、一度扉から離れる。だが何にせよここを通る以外道はない。すぐに決断すると、鍵もついていない扉をあけ、建物の中に滑り込んだ。
続けて音をたてずに階段を駆け下りる。目的の物は階段を下りた先の二つ目を左に曲がってその突き当たり手前の部屋にある。事前に頭に叩き込んである地図と照らし合わせながら廊下を走りぬけ、何事もなくその部屋の前に辿り着いた。
息を切らせることもなく、部屋の中の様子を窺う。廊下に人っ子一人いなかった以上、部屋の中に犇いているのではと予測したのだ。
しかし、相変わらずの無音。静寂。耳が痛いほどの静けさ。用心しつつ扉の取っ手に手を掛けて力を入れると、拍子抜けするほどあっさりと開いた。
中を覗くと、明かりのないがらんとした部屋の向かい側にある大きな窓の手前、木箱がぽつんと置かれている。情報と照らし合わせるに、あれが妖精で間違いないだろう。
用心して扉を開けたまま十秒ほど放置してみたが、何の異変もおこらない。嫌な予感がしつつも足を踏み入れ、木箱の前に辿り着いた。
後は持って帰るだけ、と木箱に触った瞬間。
びびびびびび! という人の神経を逆撫でする音が空間を裂いた。その音に混じって、大量の人間の足音が近づいてくる。
「妖精から離れろ!」
「今すぐ両腕をあげろ!」
口々にそう叫びながら何人もの人が部屋になだれ込んできた。それぞれ手に銃のような物を持っている。
ヤオはその音と勢いで一瞬呆気にとられたが、すぐに木箱を担ぎ上げた。予想以上の重さに腰が悲鳴を上げるがそんな場合ではない。
「皆さん、ご苦労様。そしてさようなら」
そう言うや否や、手袋に潜ませていた硝子凍結剤を背後の硝子に向かって投げつけた。いきなりの出来事で相手方が怯んだ隙に、思い切り飛び上がるとガラスに蹴りを入れる。ぴしっという微かな音をたてて、ガラスは文字通り粉微塵となった。
まるで雪のように細かく舞う硝子と一緒に、再びヤオは落ちていく。しかし直ぐに筒路の上に着地すると走り出した。
一応建物周りの建造物調べておいて良かった。
そんなことを考えながら、木箱を担いでいるとは思えない速さで駈けていく。飛ぶように走る彼の後ろ姿を、硝子のなくなった窓越しに呆然と見つめる者が数人。更にその階下の部屋からヤオを目で追うカラトとアオ。
結局、ヤオを追いかけられる者は誰一人としていなかった。