二日目
とある番組の評論家曰く。
『“狐”の文字が巷を賑わせるようになったのは今から十年程前のことです。
狐とは本来顔を隠すのに使用されていた狐の面を指していたのですが、すぐに怪盗本人を指す語として使われるようになり、それと同時に急速に知名度を上げました。
その理由は狐の行動の派手さにあります。
まず一つ、予告状です。狐は毎回必ず対象者に予告状を送っており、受け取った相手が如何に警備をかためようとも必ず盗みを成功させています。ちなみに送り主の名前は“九尾”となっており、これは一番最初のものから全ての予告状に記されています。
そしてもう一つ派手なもの、それは逃走劇です。
彼は物語さながらに、公衆の面前を逃げていきます。時に気球を使い、時に二輪車を使い、時に筒路の上をその足で走る。“狐”の身体能力は凄まじく、彼の走る姿はまさしく飛んでいるように見えるものです。
これらは、狐が怪盗と呼ばれる所以でもあるのです』
お昼の時間。
ユキはその評論家の言葉を熱心に聞きながら昼食をとっていた。
まだまだ幼いユキの前に並んだ皿の数は、大人用にも引けをとらない量がある。しかしその大半は既に空となり、残る料理も順調にユキの口の中に消えていく。
そして見ていた番組が終わると同時に、ユキは全ての皿を空にして箸を置いた。
「相変わらずよく食べるな」
穏やかな声がした。ユキは立ち上がると、声の主に駆け寄った。
「カラトお祖父様。お仕事は終わったの?」
「ああ。問題も起きたがなあ」
杖をついているが体格の良いカラトは片手で難なくユキを抱き上げると、のんびりした口調でそう答える。
「問題?」
「うむ……アオ、あれを」
カラトが指示すると、彼の後ろにいた男性が一通の封筒を差し出した。おろされたユキは何も言わず封筒を受け取り中の紙を取り出す。そこにあったのは『明日“妖精”を頂きます。九尾』の一文と狐の顔。
「…………」
「いつか来るかとは思っていたが、まさか妖精を狙ってくるとは」
どこまでものんびりした口調に、アオが呆れ気味に口を開こうとした時。予告状を無言で見つめていたユキがばっと振り向いた。
「これはいつ届いたの?」
「ついさっきだよ」
「とうとう来るんだね!」
「そうだなあ」
目を輝かせてはしゃぐユキを見つめるカラトは穏やかで、孫を見守る祖父そのものだ。
妖精は確か父上の持つ芸術品の中で一番高価だったはずだ。怪盗も妖精も、ユキを喜ばせる要素の一つに過ぎないということか。
アオはそんなことを考えながら、こっそりと深い溜息を吐いた。