七日目、肆
「さて、どこまで話したっけか。……ああそうだ、不可解物質の捜索だったね。
捜索は難航を極めた。状況から見て犯人は科学者だってことになったけど、科学者っていうは皆軍内部の情報をよく知ってるんだ。お陰で妖精対策も獣対策も万全で、面の行方は全くわからなかった。でも持ち出した犯人に関しては、一人の女性が容疑者として上げられていた。
彼女は不可解物質研究開発組の中心人物だった。だけどその開発自体に難色を示してて、面が消えた直後から真っ先に疑われてた。だけど持ち出した形跡がなくて、監視動画にも彼女が面を持ち出した様子は一切記録されてなくて。だから彼女は“限りなく黒に近い白”扱いされてた。
まあ結論から言えば、彼女は確かに面を持ち出した張本人だったけど。いや、厳密には持ち出す計画を立てた張本人、だね。彼女には一人の協力者がいた。
その人は獣で、能力は自分や触った物を透明にできる透明化能力だった。その能力があれば、監視動画も障害にはならない。能力者はその時間軍部近くの国境線で戦闘真っ只中のはずだったけど、透明になってしまえばどこにいるかは誰にもわからないからね。また、二人の間に接点があったことは軍人科学者全ての人間が知らなかった。これは、今になってもわからないままなんだ。
とにかく、そうして能力者が盗み出した面を受け取った彼女は、それがあっても全く違和感のない場所に置いた。もうわかるよね? ヤオ」
問われて、ヤオは伏せていた顔を上げた。自分の中にあった疑問の泡が一つずつ弾けては消えていく。
「俺の神社、だな。母さんは、能力者に盗ませた面を神社に飾ることで隠してたんだ」
「その通り」
ヤオの返答に、ユキは頷いた。
「面の詳しい形状を知っていたのは不可解物質研究開発組の科学者と僕ぐらいだったから、それで誤魔化せたんだ。
僕がそれを知ったのは、地上が爆弾で崩壊している最中、ヤオの神社の前だった。
僕はその話を聞かされた時彼女を逃がそうと思ってた。正義感なんて言わないけど、僕の中にも軍部のやり方に対する不満はあったんだ。だけど、それはできなかった。
僕はあの時二人きりのつもりだった。だけど、彼女が怪しいと睨んでいた軍部の人間が一人、彼女を尾行していたんだ。そしてそいつは間の悪いことに、僕の遠隔操作機を持っていた。
僕の能力は発火能力、好きなように火をつけることができる能力。ヤオが昔見っていう光景は、多分その時のものだと思う。……僕が、君の母親を殺した瞬間」
ユキはそこまで話して言葉を切ると、言葉を求めるようにヤオを見た。しかしヤオは。
「続きを頼む」
それだけ言うと、口を閉ざした。ユキはまた溜息を吐き、わかったと答えた。
「狐はよくこう言われてるよね。“飛ぶように走る”と。
実はヤオが唐櫃会社に侵入した際、僕は全部見てたんだ。あの身体能力は確かに人間離れしてる。だけど、面を付けていない時は人並み、せいぜい運動神経の良い人、程度なのじゃない?」
「その通りだ」
元々抜群だった運動神経は、狐の面をつけることで誰にも真似出来ないほどに跳ね上がった。何も知らなかったヤオは、それを何か知らんが丁度良い程度にしか考えていなかったのだが。
「ヤオが不可解物質を定期的に装着して行動し、それが逐一報道されることで、ヤオは意図しないまま軍部の人間に不可解物質に関する実験の記録を提供していることになっていた。依頼主は面を持ってくるように言ってたよね。恐らく相手は軍部の人間だ」
「ちょっと待て。人間が地下に潜った時、軍部は消えたんじゃないのか」
思わず口を挟むと、じとっとした目が見上げてきて、硬直した。
ユキは溜息を吐くと、
「質問は最後にって言ったでしょ。……軍部の人間がどうなったか、あの状況で一人も漏らさず記録できた者がいたと思う?」
「それは……」
「話を続けるよ。面と君を一緒に運んだのは僕と、面を盗んだ透明化能力者だ。
その時はまだ、面がどんな効果をもたらすのかも、副作用があるのかもわからなかった。でも、ヤオがもし何かと戦わないといけない状況となった時、面がその力になればと思って君の傍に置いていった。……要らない世話だったかもしれない。実際副作用はあったし、怒っても構わないよ」
「俺は……力をくれたことに、感謝する」
ユキは力なく笑った。
「そう言ってくれると救われるよ。
事実上軍部がなくなり、僕達は皆晴れて自由の身となった。ヤオを運んだ後、透明化能力者もまた姿を消した。何人が生きて地下にいるかはわからないけど、軍部の残党も完全な把握はできていないと思う。
……これが、君の知らない、知るべきことの全てだよ。何か質問は?」
そう訊かれて、ヤオは目を閉じた。情報を叩き込んで整理し、疑問点を炙り出す。
「まず、面の副作用について。……疲労感のことか?」
「その通り。脳と身体を酷使しているんだから当たり前だけど……恐らく寿命を削っていると考えられる。これから先はあまり頻繁に使わない方が良いだろうね」
さらりとした宣告に、ヤオはただ頷いてみせた。そして口を開く。
「次。お前は何で此処にきたんだ? まさか偶然だとか言わないよな」
「うん。さっき報道を通じて軍部の残党が君と不可解物質のことを見ていたのだろうと言ったけど、それは僕も同じなんだ。
捜索係に任命されてたから、面がどんな形でどんな模様だったか、嫌でも脳裏に焼きついていた。だから一目で君があの時の子どもだってわかったんだ。
もうわかっていると思うけど、僕はカラト会長の孫でも何でもない。ある縁で孫としてあの家に入れてもらい、色んな雑誌に出ることであらゆる人間に顔を見られる機会を作った。目的は、君との接触。
僕の顔を知っている人間が見たら、高確率で何かしら行動を起こすと考えてた。だけど、僕のいる場所は防犯対策は最新で万全。軍部の残党がそんな場所に潜り込む術は持たないだろう。それならどうするか、この国で最も有名な怪盗に依頼すると考えた」
「じゃあ俺はお前の手の上で踊ってただけってことかよ」
「そこだけは、そうだね。だけどそもそもあの時の子どもを動画端末の中で見つけるとは思ってなかったよ」
そう言って、にっこり。
「……馬鹿な使い方したと思ってるか?」
「いや、別に」
恐る恐るの質問に、ユキの返答はあっさりとしたものだった。
「どういう風に使おうとヤオの自由だよ。そのつもりで置いて行ったし」
「そうか……じゃ、最後。母さんは、苦しんだ?」
ユキはヤオから目を逸らし、長く息を吐いた。そして深く吸い込むと、ヤオを見た。
「ううん。即死だった」
「そっか……そっか。ありがとう、ごめん」
気がつくと、そう呟いていた。
「……ううん?」
ユキは短く答えると、ただ泣きそうに微笑んだ。




