七日目、参
ユキはすぐには答えなかった。
「間違いであったら良いと、何度も思った」
長い沈黙の後、ぽつりとユキが呟いた。
「どこから話せば良いんだろう。……僕も、今まで誰かに話したことはないんだ」
ヤオを見上げたユキの声は、今まで聞いたどの声よりも大人びていた。これが本来の声かと、ヤオは何の抵抗もなく受け入れる。
「構わない。俺だってそこそこ頭は良いからな」
「それは助かるよ。あ、思い出しながら話すから、質問は最後にしてね」
そう言って笑うと、ユキは一度だけ深呼吸した。
「残念なことにヤオは盗む物を間違えてはいない。僕は、確かにヤオが依頼された妖精だよ。
……僕も、身の上話をしようか。僕は元々地上で生まれた子どもだった。特殊能力があったけど、生まれも育ちも至って普通の子どもだった。
ヤオが話してくれた爆弾が作られる数年前に、僕のように特殊能力を持つ子どもが軍に徴集され始めた。集められた子どもは軍人扱いになって、家族は二度と会えなくなるのと引き換えに金が支給される。要は売られた子ども達だったんだ。僕達は軍部内の施設に入れられ能力者と名付けられた。
軍部は僕達が持つ能力を、どうにか自分達の都合の良い様に使えないかと考えた。そしてある方法を考え付いた。
脳にね、制御装置を埋め込むんだよ。軍の科学班が開発したもので、上手くいけば、第三者が能力者の能力を遠隔操作できるようになる。だけど実験している時間がないということで成功失敗、可能性半々のまま計画は実行された。そして、軍部は賭けに勝った」
軍の科学班。その言葉に、鳥肌が立つ。だが何も言わず、ユキの言葉の続きを待った。
「人間なら裏切ることもあるけど、機械は裏切らない。国を代表する科学者達が開発したものだから、不具合もまず起こらない。上々の出来だった。
更に、模擬実験によって、能力を一番効率良く発揮できるのは子どもの脳だということが判明した。それを受けて軍部はすぐに全ての能力者の成長を止めた。そして僕達は訓練もそこそこに、次々戦場に送りこまれたんだ。戦場を子どもの姿で走る僕達に、皮肉も込めて妖精という通称がつけられたのは丁度その頃」
ヤオは動けない。ユキは一旦言葉を切ると、ヤオから目を逸らしたまま再び口を開いた。
「だけど、それでも戦況は中々良くならない。そんな状況に軍部は焦り始めていた。
元々戦闘向きじゃない能力を持つ能力者も、その頃新たに開発された動物との合成手術によって戦闘能力が上げられ、戦場に送られた。獣と呼ばれてたけど、当人達には不評だったね。
まあそんな状況なんで、いよいよ軍部は特殊能力を持たない人間を無理矢理にでも能力者にできないかと模索し始めた。そんな時発見されたのが“エニグマ”と呼ばれる物。
エニグマは通称で、正式には不可解物質という。その名の通り、何がどうなってんだか良くわからなかったらしい。
僕達に入ってくる情報は科学者からか、科学者から聞いた軍人からなので正確なことはわからないけど、本当に未知の物質だったみたい。
だけどどうも不可解物質は人間の脳を急激に活性化し、能力を跳ね上げる力があるらしいということがわかった。焦りを募らせていた軍部がそれを見逃すはずはない。活性化による副作用があるのかもわからない状態で、軍部は科学班に要請しその不可解物質から一つの面を作り上げた。だけどこれを使う人間が決められる前に、面は突然行方知れずになったんだ。そしてその捜索係に、僕が選ばれた。……水、貰っても良い?」
「え? あ、おう」
「ありがとう」
突然の言葉に、ヤオは自分が水の入った瓶を握ったままだということに気がついた。慌ててわたすと、ユキはそう笑う。その表情は、やはり十歳のそれとはかけ離れて見えた。




