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六日目、肆


「よ、来たな!」

 ヤオの横にいるユキとヒロトを見るや、“baroque”店主であるヒサメは笑顔になった。

 初めて見る店内をあちこち覗きたがるユキを引き戻しながらヤオは定位置に座る。

「相変わらずがらがらだな」

「こっちが客選んでんだよ」

「選べる状況じゃねえだろうに」

 ヒサメの軽口に突っ込みながら、ヤオは横に座るユキを盗み見た。

 目を輝かせながら色々なところを眺めている様子からは、先程の冷や汗が流れるような表情はまったく窺えない。

 結局“また今度”でこの話はユキの中で一度終わったらしく、そこから何を訊いても一切答えてはくれなかった。表情も子どもそのものだ。

 こっちとしてはあんま何度もあの表情(かお)と対面したくないんだが。そう思うと強くは言い出せず、結局はそのままになってしまった。

 そして今度はヒロトを盗み見る。

 何も答えないのはヒロトも同じだった。あの時のユキの言葉と、意味有りげな二人の表情が引っかかる。自分だけが蚊帳の外にいる気がして、思わず深い溜息を吐き、頭を抱える。その様子を見たヒサメが身を乗り出した。

「何だ、養育費でも要求されてんのか。それともお前が育てろってか」

 ヤオはそんなヒサメを机越しに睨み付ける。

「もう一度言っておく。こいつは、俺の子どもじゃ、ない」

 わざと区切りながらはっきり言い放ったが、ヒサメの頭を素通りしたらしい。ヒサメはうんうんと頷きながら鍋に具材を放り込むと再び身を乗り出した。

「認めたくないのはわかる。だが坊主の身にもなってみろ、ようやくの父親との対面だろう」

「そうだよお父さん」

「俺も息子()ろか?」

「……お前ら全員もう口開くな」

 空気を読んだユキとヒロトがヒサメに加担したことでヤオの疲労は倍になった。もう何を言われても答えないと心に決め、机の上に突っ伏す。

 ユキとヒロト、ヒサメが談笑しているのを聞きながら、小さく舌打ちした。

 何で今回に限ってこんなに疲れてるんだ。

 “狐”を始めた時から、仕事が終わった後の疲労感はひどかった。だがそれも一度寝てしまえば大方とれる程度のものだったのだ、この十年間は。

 まさか………………年?

 思ってから、そう思った自分に傷ついた。

 二十六歳は若いと思い込むようにしていたが、十六歳から十年経っていると考えたらそうそう若いとも言ってられない、か……。

「いつもの出来たぞ起きろ」

 がつん、と鈍い痛みを感じて顔を上げると、目の前には湯気のたった焼飯が置かれていた。見れば、ユキの前には揚げの乗ったうどんが、ヒロトの前には餃子が置かれている。きつねうどんと餃子久しぶりに見た、とぼんやり考える。

「いつものってことは毎回焼飯なの。好きなんだね焼飯」

 ヤオが見ていることに気がついたユキが屈託なくそう言った。何となく肯定し辛くて、あーだのうーだの唸る。

「こいつは俺の作る焼飯が大好物なんだ。何せ十年以上食べ続けてるからな」

「……それは凄いね」

 肯定し辛いことを更に詳しく説明されてしまった。しかもユキの感想はヒサメと方向が違う気がする。

 居た堪れなさをかき消すようにもごもごといただきますと言った後ヤオは猛然と焼飯をかき込みはじめた。

「「いただきます」」

 ユキとヒロトはしっかり手を合わせてそう言うと、各々食べ始めた。そしてすぐにぱっと顔を上げた。

「「美味しい!」」

「そうか、それは良かった」

「ヤオ焼飯ちょうだい!」

「んぐんぐう」

「飲み込めよヤオ」

 ヤオがヒサメに突っ込まれている間に、ユキはさっさと焼飯を口に入れる。そして顔を輝かせながらヒサメを見て。

「美味しい!」

「そうかそうか」

「俺も欲しい!」

「あーもーご自由にー」

 やってられないと遠い目をしたヤオは咀嚼を続けながら投げ槍に返事をした。そんなヤオからヒロトが焼飯を掻っ攫う。

「うまっ!」

 だがヤオの様子などどうでも良いらしいユキは、熱々のきつねうどんを冷まそうと一生懸命になっている。

 そんなユキの様子を見ているヒサメの顔は父親はお前だろうと言いたくなるほどに目尻が下がっていた。


 “baroque”からの帰り道。

 ユキはヒサメに持たされた山盛り焼飯のお土産を見ながら顔を輝かせ、その様子と財布の中身を見たヤオは脱力したまま深い溜息を吐いていた。

「あの野郎……お土産とか言っておいて代金きっちり取っていきやがった」

「良いじゃない、次のご飯確保できたんだから」

「ああ、お前が大食らいじゃなきゃ素直に喜べたんだけどな」

 ヤオもヒサメもヒロトも、ユキがかきこむように食べるのを最初は美味しいから(と、久しぶりの真っ当な食事だから)だと思っていた。だがすぐにその認識が間違っていたことを思い知る。食べる速度が全く衰えないのだ。最初の速さを保ったままヒロトの餃子を掠め取り、“baroque”にあったうどんを全て平らげ、続けて山盛り焼飯を食べきったところで青くなったヤオが待ったをかけた。

 お前は俺の財布の中身を食い尽くす気か。

 この一言で、ユキの食事の時間は幕切れとなった。

「ごめんなさい。ある程度は食べなくても平気なんだけど、あるってわかってるとどうしても止まらなくて」

「頼むから抑えてくれ。食材の前に財布の中身がなくなるぞ。ほら」

 財布の中を開いてユキに見せる。ユキはそれを見、目を瞬かせて少しの間黙った後。

「すみませんでした」

 頭を下げた。

「しかしすごかったなー。昨日も思たけど、その比やないわ」

 他人事のように言うヒロトを、ヤオは射殺す勢いで睨みつけ。

「お前も大概だぞ、ヒロト」

「すんまっせーん……」

 ヤオはそんな二人を見ながら溜息を吐いた。そしてふと気づく。

「俺お前らと会ってから溜息吐く頻度が跳ね上がってる気がする」

「あー、それは申し訳ないです」

「あれ、俺も?」

 苦笑しながら謝罪を返すユキときょとんとしたヒロトに、ヤオは出かかった溜息を押し殺し、持っていた財布をしまった。

「おら、さっさと帰るぞ。……さっきみたいに絡まれたいんなら別だがな」

「うえ……冗談」

 ヤオの言葉にヒロトは眉根を寄せて呟いた。どうやらあの一件はヒロトの中でかなりの大事件だったらしい。

 その反応に少し気を良くしたヤオは声を上げて笑うと、帰るぞ、ともう一度二人の背中を押した。


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