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8.試行錯誤と検証と

 ――『あの日』より、一ヶ月とちょっと前。



『わたしね。ゲームって、いっちばん最初が、実は一番楽しいんじゃないかって思うんだ』

『まあ、そういう考え方もあるかもな』


 ちなみに俺は、中盤くらい、やれることの選択肢と自由度が増えた頃、限られたリソースをどう振り分けるか試行錯誤する時が一番好きだったりする。


『まだゲームのシステムとか、どうやったらうまく敵と戦えるのかも良く分からない時にさ。

 仲間ときゃいきゃい言いながら、これはこうだ、あれはああだ、って話し合うのって、すごく楽しいよね?』


 縁はそれこそ楽しそうに話題を振ってくるが、


『あー、いや、俺、あんまり他人とゲームしたこととかないからなぁ……』


 残念ながら、俺にはやっぱり共感出来なかった。

 それどころか、


『なんか、ほんと、楽しそうだよな』


 縁が、俺の知らないことではしゃいでいるのを見ることに、ちょっとした胸の痛みを覚えていた。


 そんな俺の心の機微に、縁が気付くはずもなく、


『楽しいよ。うん。でも、ただ一つだけ不満があるとすれば……』

『あるとすれば?』

『もし、そこに…………ううん、何でもない』


 いつもより長く俺を見つめた後、縁はやっぱり楽しそうに笑ったのだった。





















 口数があまり多くない四方坂から話を引き出すのは大変だったが、いくらか重要そうなことが分かった。


 まず四方坂のことだが、俺と大体同じような経緯でこの事態に巻き込まれ、しっかりと事情を把握しているのではないということ。

 インベントリを使ってみせたり、この事態に動じていなかったりと、実は事情に通じているのかと思ったが、それはデータウォッチ(俺や四方坂がしているステータスとか開ける腕時計)についていたヘルプ機能を見ていただけで、どうしてこんなことになったかについてはさっぱりらしい。


 ちなみにテレビゲームみたいなことが出来るのになぜ驚いていないのかを尋ねると、


「驚きは、した。でも、ここが現実と違うのはわかってたから」


 とのこと。


 発言がちょっと電波っぽいと言えなくもないし、もしかしてキャラ的にオカルト方面大丈夫な人なんだろうか。

 俺がそう考えて話を振ってみると、四方坂は俺のうかがうような視線を気にした風もなく、


「……空」


 ただ、上を指さした。

 俺もそれにつられて空を見上げる。

 ……何の変哲もない、青い空が広がっていた。


「明るいのに、太陽がない」

「え?」


 慌てて太陽を探す。

 確かに、こんなに明るいのに太陽が見つからない。


「本当に、ない……」


 何かに遮られて良く見えない、とかでもない。

 本当に空に太陽はなかった。

 ……変哲もないように見えていたのは、単に俺の目が節穴なだけだったらしい。


「それと、あの怪物」

「あ、ああ。そりゃ、あんなのがいたのは驚いたが……」


 しかし実は軍の生物兵器だった、とかそういう解釈も不可能ではないんじゃないだろうか。

 そう俺は思ったのだが……。


「粒子になって、消えた」

「な、なるほど……」


 四方坂の目の付け所は一味違った。

 あの鱗の怪物はインパクトがあったが、それよりもそれが光になって消滅したことの方が、確かに物理的に考えるとありえないことだ。


 どちらかというと不思議系かと思っていた四方坂だが、想像以上に理知的だった。

 むしろ、俺よりずっと論理的な物の考え方をしている。



 その理論派の四方坂からは、もう一つ重要な情報を仕入れることが出来た。

 その話を聞く限り、どうもこの世界に俺たちが跳ばされる条件は『眠ること』ではなく、夜中の12時、つまり『午前0時になること』らしい。


 少なくとも四方坂は昨日も今日も起きていて、12時になった途端にこっちに跳ばされたそうだ。

 今日の俺がこっちに来たのも大体その時間だし、昨日は眠っている時にこっちに来たとはいえ、逆に言えば『眠っている間に12時を迎えた』とも言える。

 『ないとめあ☆ の あるきかた♪』の記述とは矛盾するのが頭の痛い所だが、今の所、こっちの仮説が有力かと考えている。


 ついでに、


「前回現実世界に戻った時、時間が経過していなかったこと。

 それに、12時というキリのいい時間に世界の移動が起こることが問題」


 と四方坂は語った。


 前者については、まあ説明不要だろう。

 例えこの世界が妄想の産物とか単なる白昼夢とかだったとしても、妄想していた時間くらいは経過していなければおかしい訳で、だとするとこれは、俺たちが確実に超自然的な事件に巻き込まれているという証拠になる。


 後者については、現代人の盲点を突いた感じの指摘だった。

 時計に支配された現代人の感覚からはあまり思いつかないが、日本時間で12時というのはぶっちゃけ日本人以外にとってはなんら特別な時刻ではない。

 そうすると12時にこの世界に跳ばされるというのは人の意思が、ついでに言えばたぶん日本の人の意思が関わってると考えるのが自然なのだそうだ。


 うん、四方坂ほんと頭いい!


 と、なんで俺がこんなに他人事全開な態度を取っているかと言えば、四方坂の話よりもどうしたって気になることがあるからだ。

 いや、四方坂に話を聞いたのは俺なのだから、本当はもっと真面目に聞かないといけないはずなんだが、どうしても集中出来ないのだ。


 だって、そうだろう?


 そりゃあ確かに俺は、そんなにRPGとかにハマる方ではないし、寝食を忘れてゲームに没頭した経験なんてない。


 ――けれどそれは、普通のゲームの場合の話。


 いくら現実の世界ではないかもしれないとはいえ、自分が剣を振るって巨大なモンスターを倒したり、実際に魔法を使うことが出来るかもしれないとなれば話は別だ。


 はっきり言ってしまえば、この不可思議な現象も四方坂も縁のことさえも今は横においといて、とにかく俺はこの『ナイトメア』という名のゲームを遊んでみたくて仕方がなかったのだ。



 一応の情報交換が済んだ所で、今度はもう一つの状況確認。

 つまり、自分の能力値やアイテム、スキルなんかを確認することにした。


(よし、いよいよだ!)


 さっきはステータス画面が開いたこと自体が衝撃で、ステータスの項目もろくに見ていなかった。

 それからは四方坂と話をしていた手前、中座して自分のステータスを確認するような暇もなかった。


 だが、もう我慢する必要はない。

 とうとう解禁である。

 俺は興奮に震える指でデータウォッチを操作して、もう一度自分のステータス画面を呼び出した。



【普賢 光一】


トラベラー

LV:5


HP:45

MP:5

DP:5


魔力:7

理力:0

強化:14

耐久:12

俊敏:13

器用:17

理法:3

克己:21

操作:6

信心:1


BP:80



 その画面を改めて眺めて、まず俺が思ったことは、


(能力値の意味が分からねぇええええ!!)


 だった。


 耐久とか俊敏とか器用はいい。

 説明なんてなくても、なんとなく意味は分かる。

 けど、魔力と理力ってどう違うんだとか、克己とか信心とか一体何に関係するんだとか、理法とかDPなんてそもそも言葉の意味が分からないとか不満が色々と噴出してくる。


 だけど、そういう不満全てもひっくるめて、


(やばい! 何かワクワクして、テンション上がってきた!!)


 まるで、生まれて初めてRPGをプレイした時のような感動が胸の内に広がっていく。

 これが直接自分の能力につながると考えただけで、その数字が何だか特別に思えてくる。


 この瞬間だけで言えば、俺の中の優先順位はステータス>縁だったかもしれない。

 それぐらい俺は熱中し、この状況にのめり込んでいた。


 逸る気持ちを抑え、まず自分の能力の傾向を分析をしてみる。

 HP・MP・DPについてはひとまずおいておくとして、比較的高い能力値が、強化・耐久・器用・俊敏・克己の五つ。

 低めなのが魔力・操作の二つで、いっそもう絶望的なのが理力・理法・信心の三つ、といった所か。


 自分の能力をそう分析してみて、


「戦士系、だな」


 俺は迷わずそう判断を下した。


 名前からして、強化や耐久、器用なんかは物理系の能力っぽい。

 一方、数値が低めの魔力・操作、そして明らかに低すぎる理力・理法・信心はたぶん魔法系だろう。

 物理系が高くて魔法系が低い、典型的な戦士タイプ。

 いや、耐久が低めで器用が高めなので、一撃の威力よりも急所狙いや手数で勝負するテクニックタイプかもしれない。


 今のクラスは『トラベラー』のようだが、転職が出来るなら目指すのは剣士か盗賊辺りだろうか。

 いや、器用が高いから弓使いなんて選択肢もありかもしれない。

 この世界に転職のシステムがあるかも分からないのに、どんどん妄想ばかりが広がっていく。


 あと気になるのは、最後に表示されていたBPという項目だったが、調べている内にこの謎も解けた。

 ステータス欄の一番下に『ボーナスポイント振り分け』という項目があったのだ。

 BPとはおそらく、ボーナスポイントの略だろう。


 ボーナスポイントの振り分けがキャンセル可能なのをきちんと確かめてから、試しにやってみる。

 HPやMP、DPなんかは選択出来ないようなので、とりあえず一番上の魔力を選択、決定すると、


「おっ!」


 魔力が7から8に上がると同時に、BPが80から79に減った。

 それと同時に、HPまで45から50に増えている。

 どうも、魔力というのはHPに関係する能力らしい。


 次にその下の理力を上げてみる。

 理力が1から2になると、MPが5から7に増えた。

 HPに比べて上がり幅はひかえめだが、理力はMPに関係する能力らしい。



 それからも色々といじる。

 とりあえずHPやMPまで変化するのは魔力と理力だけ、謎のパラメータであるDPを増やせる能力値はなかった。


 魔力や理力についても詳しく検証する。

 魔力を1上げると5ずつHPが上がるようだったが、理力は1上げるごとにMPが2上がるのと3上がるのを交互に繰り返していた。

 つまり、MPの上がり幅はHPの半分、2.5だと考えられる。


 四方坂に同じことをやってもらうと、HPが7ずつ、MPが3と4ずつ上がると答えてくれた。

 今のレベルが7だそうなので、どうやらHPは魔力を1上げるごとにレベル分増加し、MPは理力を1上げるごとにレベルの半分だけ増加するようだと分かった。

 あと、四方坂のレベルがさりげなく俺より二つも上だという事実も発覚したが、気にしないことにする。


 しかし、魔力と理力がHPとMPに対応していると考えると、能力値の名前や並びから、それがどんな意味を持っているのか、想像が出来るようになった。

 俺のあまり豊富ではないゲーム知識を駆使して、このステータス画面の能力値を普通のゲームの能力値に直すと、


魔力 → 体力

理力 → 魔力

強化 → 力

耐久 → 守り

俊敏 → 速さ

器用 → 器用さ

理法 → 魔法攻撃力

克己 → 魔法防御力

操作 → ??

信心 → ??


 こんな感じになるのではないだろうか。

 全部あっているとは思わないが、それほど大きく外してもいないような気がした。

 しかしそうなると、自分の中で一番すぐれているのが魔法防御力になってしまうので、それはそれで微妙な感じはするが。


 とりあえずボーナスポイントを戻し、BPが80になったのを確認してから、次に向かう。

 次はお待ちかね、スキルの確認だ。

 通常のステータス画面から、『スキル一覧』と『スキル詳細』画面に移動出来るらしい。


 もしスキルの中に、魔法とか技とかがあったら早速使ってみよう。

 そんなことを思って胸を弾ませながら、俺は『スキル詳細』の画面を開いた。




――ユニークスキル――


【真実の剣】


無属性 DP消費:1~(消費DPによって射程が変化)


普賢光一の願望が形を成したモノ。

意志の剣を作り出す。


『真実の剣』は一度振るわれる毎にDPを消費する。

この剣が光一の望まぬ物を斬る事はない。



――アクティブスキル――


【魔力機動】 LV1


無属性 対象:自分 HP消費:1


魔力によって移動する技術。


HPを1ずつ消費することによって、自身の体を動かす。

一度に移動可能な距離および速度は、使用者のSLV・操作の値によって変動する。



【オーバードライブ】 LV1


無属性 対象:自分 効果時間(5+SLV)秒


危地にあって、限界を超えて力を行使する術。


MPが最大値の75%以上の時にのみ発動可能。

発動すると最大HP・防御力2分の1、使用者への回復・強化効果の無効化、装備武器の摩耗率10倍のペナルティを負うが、思考速度の加速、状態異常・弱化効果の無効化、スキルによるHP・MPの消費量10分の1、全スキル効果(100+SLV×20)%アップのボーナスを得る。

効果時間終了後、使用者は全てのMPを失う。



――パッシブスキル――


【魔力親和性】 LV3


魔力になじむ体。純粋な魔力の影響を受けやすくなる。


取得ウィルに(SLV×5)%のボーナス。

また、無属性の攻撃・補助を受けた場合、その効果に(SLV×10)%のボーナス。



【魔力感知】 LV2


魔力に対する鋭敏な感性。


付近の強い魔力を気配として察知することが出来る。

SLVが上がると精度と効果範囲が向上する。



【勇気ある者】


強大なる敵に立ち向かい、それを打ち破った、勇気ある者に与えられる称号。


自分よりも高レベルの相手から受けるダメージが5%軽減される。



【刀剣】 LV1


刀剣類を扱う技術。


刀剣による攻撃の際、その威力に(SLV×5)%のボーナス。

このスキルの効果は他の武器系スキルとは重複しない。




「なるほど、ね……」


 残念ながら魔法はないようだったが、ユニークスキルの『真実の剣』がちょっと面白そうだし、他にも見覚えのあるスキルがいくつかある。

 確か四方坂を追いかけていた時と鱗野郎と戦っていた時、頭の中に『スキル発現』というメッセージが浮かんでいた。

 見覚えのある名称の『魔力機動』と『オーバードライブ』はその時に習得したのだろう。


 ついでに言うと、最初の戦闘。

 突然気を失ってしまって何事かと思ったが、鱗人間に攻撃している途中で『オーバードライブ』のスキルが発動、武器の摩耗率が上がってショートソードが破損、さらに鱗人間を倒した所で効果が切れて、MPがなくなってダウン、というのが事の真相だと想像がつく。


「一歩間違えれば死んでるな……」


 思い返して、冷や汗をかいた。

 『オーバードライブ』の効果がもうちょっと早く切れていたら、気を失った俺は鱗人間に殺されていただろう。


 しかし、しんみりとしている暇はない。

 今は、技の検証が先である。

 なぜなら技や武器というのは、安定して使用出来ることに意味がある。

 どんなに優れた技であっても、本番で出せなければ何の役にも立たない。


 だから別に、好奇心からただ使ってみたいだけではなくて、非常時のための訓練としてあふれんばかりの必然性をもってここで使用するのだ、と無駄に自己弁護して、俺は『真実の剣』を使ってみることにした。


「しかし、スキルなんてどうやって使えばいいんだ?」


 思わず首を傾げてしまう。

 前に二回、俺はスキルを使ったはずだが、その時は無我夢中で何も考えていなかった。

 だが逆に言えば、特に道具を使ったり技名を叫ばなくてもスキルが発動することはそれで証明されているとも言える。


 とにかくやれることを一つずつ試していけばいいだろう。

 とりあえず俺は、念じてみることにした。


(現れろ! 真実の剣!!)


 ……しかし、何も起こらなかった。


 いや、まだだ。

 まだ諦めるには早い!


「真実の剣!!」


 今度は叫んでみた。

 しかし、やっぱり何も起こらない。


 待て待て、落ち着け。

 まだ焦る時間じゃない。


 前にスキルを発動した時、俺は無我夢中だった。

 『魔力機動』を発動した時は早く四方坂に追いつかなければと思っていたし、『オーバードライブ』を発動した時は絶対にこの魚人を倒してやると思っていた。


 つまり、目的意識だ。

 強い目的意識を持って具体的に何かを望んだ時、スキルは発動するのかもしれない。


 ……うん、そうだ。

 きっとそうだ。たぶん、おそらく、絶対、いやもう間違いなくそうに違いない。


「よし!!」


 自分に気合を入れると、俺は目の前にあった、ちょっと大きめの凍った木の前に立った。

 そして、俺の手に剣が生まれ、それがその木を断ち切る場面をイメージする。


 ――いける、気がした。


 心を落ち着かせるため、一度深い息をして、心を平静に。

 そして、俺はカッと目を見開き、



「真実の剣、とぉー!!」



 手に剣を持っているていで、右手を真横に振るった。

 その不可視の剣は鮮やかに翻り、木を上下に両断するすばらしいコースをたどって……。


「…………」


 まあ、当たり前ではあるのだが……。


 結果、木は小揺るぎもしなかった。



 うん、まあ、こんなこともあるだろう。

 今日はちょっと調子が出なかっただけで、明日になったら手からもうすんごいのが出て、木こりとか目じゃないぐらい鮮やかな切り株とか作れるかもしれない。いやほんと!


 そんな風に俺が自分で自分を慰めていると、後ろでカサッと氷を踏みしめる小さな音が聞こえ、


「――ハッ!?」


 俺は恐ろしいことに気付いてしまった。

 今ここにいたのは、決して俺一人ではない。


 だがまさか、そんなことはないだろうと思いながらも、最悪の予感に俺は恐る恐る振り返る。

 すると、


「……ごめんなさい。邪魔するつもりじゃ、なかった、けど」


 そこには、なぜか申し訳なさそうな顔でこちらを見ている四方坂の姿が!


(ぎゃぁあああああ!!)

 

 心の中で、絶叫した。


(見られた見られた見られたぁあああああ!!!)


 叫んで叫んで叫び倒した。

 これじゃもう生きていけないおうちかえるー、とか言いたくなるくらいには錯乱した。


 お風呂上りに鏡の前で、ちょっとほんとにこう魔が差して、


『多重影○身の術!』


 とか言ってるのを諒子さんに見られた時くらいの恥辱だった。


 だが、それでも男とは見栄を張るもの。


「ああ。ちょっと、スキルの確認をしていたんだ。

 肝心な時に使えないと、困るからな」


 精一杯にハードボイルドな虚勢を張って、その場をしのぐ!


「うん。……本当にごめんなさい」


 そしたらなんかまた謝られた。


(何でまた謝るんだよぉおおおお!! 余計傷つくだろぉおおおお!!!)


 と内心では再び絶叫しつつ、


「いや、構わないさ。それより、何か用かい?」


 もうハードボイルドとか超えて、何がなんだか良く分からないキャラで対応する。

 四方坂はそれを聞き、ちょっと嫌そうに顔をしかめて(地味に傷ついた)、


「……そろそろ、時間」


 今度は門限を気にするお嬢様みたいなことを言い出した。

 俺も釣られて時計を見る。


「え?」


 だが、文字盤に表示された時刻を見て別の意味で驚く。

 恥ずかしさも同時に吹っ飛んだ。


「12時、2分…?」


 12時ちょうどに俺がこっちの世界に来たとすると、それからまだ2分しか経っていない計算になる。

 もしかして時間の流れがおかしくなっているのかと俺は思ったが、


「ちがう。よく見て」


 四方坂に言われて、もう一度視線を戻す。

 しかし、何度見ても12時2分の表示は変わらず……いや!

 表示こそ変わりはしなかったが、それ以上に重要なことに気付いた。

 この時計、確かに良く見ると『秒針が逆向きに回っている』。


「多分、制限時間。昨日はそれが0になった時、元の世界に戻った」


 つまり、これは、12時2分ではなく、残り時間が2分ということか。

 だったら最初の日、12時9分だと思っていたのも、残り9分で元の世界に戻るという意味だったのか?

 俺の頭が、めまぐるしく働く。


「昨日は、最初は10分。今日は20分だった」


 果たして時間が10分ずつ増えているのは意味があるのか。

 いや、それよりも、また俺はこの世界に来ることになるのか?


 そんなことを考えている内に、残り時間が1分を切る。

 俺は、時計から顔を上げ、四方坂を見た。


 ――銀色の髪、とがった耳。

 そして、その全てを霞ませるほどの美貌を持つ、俺のクラスメイト。


 学校で話をしたことなんて数えるほどしかないし、この世界でだってまだ30分も、いや、ほんの数分しか話をしていない。

 なのに、なぜだろう。

 四方坂とは、随分と長い時間を一緒に過ごしていたような錯覚があった。


 そして、だから、なのだろうか。

 俺は自然と、四方坂に向かってこう言っていた。



「もし、明日もここで会えたなら、俺はもっと四方坂と話がしたい」

「――!?」



 四方坂が、息を飲む気配。

 なんだか初めて四方坂をやり込めたような気がした。


「…………」

「…………」


 四方坂は、何も言わない。

 俺も、何も言わない。


 そのまま、無言の時間が過ぎていく。

 時計は見ていないが、もう三十秒以上が過ぎただろう。

 もういつ元の世界への転移が始まってもおかしくはない。


 ――駄目だったか。


 俺が諦めかけた、その時、


「学校で……」

「え?」


 澄んだ声が、確かに俺の耳を打つ。


「学校で、ここでの私の話、しないでくれるなら……」


 彼女らしい、分かり難い肯定の言葉。

 だが、そう言ってこちらを見た彼女の顔は、ほんのわずかだが笑っていた。


 ――その、一瞬。

 俺たちの心は確かに通じ合ったような気がした。


 呆けていたのは、たぶん数秒。


「っ!」


 思い出して、時計を見る。

 残り5秒。


 マズイ!

 時間がない!

 逆回りの秒針が、無情にもタイムアップを報せてくる。


 駄目だ!

 このままじゃ駄目だ!

 どうしてもまだ、四方坂に言わなきゃいけないことが、伝えなきゃいけないことが、残っているのに……。


「四方坂!」


 俺は、全力で叫んだ。

 俺の突然の大声に、無表情な瞳を少しだけ大きくさせる四方坂に向かって、俺は、


「さっきのスキル練習、忘れて――」












「――ください!!」


「う、うん。そんなに言うなら……。

 というか、もともとそれ、お兄ちゃんのだし……」

「……え?」


 気が付くと、妹に向かって全力で頭を下げていた。

 突然の俺の剣幕に驚いた妹が、こっちに向かって本を差し出してくる。



 ――現実世界に、戻っていた。



「はあぁぁぁ……」


 一気に、脱力する。

 数時間分くらいの疲労が、一気に押し寄せたようだった。


 なのに時計を見ると、


「12時、ちょうどか……」


 本当に、あれから全く時間が経っていない。

 もはや超常現象確定である。

 それにしても……。


「やっぱり、20分じゃ全然、足りないよなぁ……」

「えっ? なになに?」


 怪訝そうな声を上げる結芽に何でもないと返しながら、向こうでの出来事を思い返していく。

 今日はなんだか楽しかったせいで、時間が過ぎるのを早く感じた。

 もう少し長くあの世界にいれたらいいなと、そう思ってしまった。



 そんな風に、たぶん間の抜けた顔をしながら、向こうの世界のことを考えていると、


「お兄ちゃん。何か、あったの?」


 いつもの髪留めを触りながら、妹が聞いてきて、


「ちょっと、ゲームがさ。やっぱり面白いかな、って」


 それに俺は、嘘でも本当でもない答えを返した。

 それから……。


「だったら、だったらね!」


 妙に熱の入った勢いで、妹が身を乗り出してくる。

 全身で俺にぶつかってくるみたいに、俺の瞳を正面から見つめて、



「結芽もいっしょにやったら、迷惑かな?」



 その言葉があまりに切実で切なげで、俺は一瞬、息を飲んだ。

 だから俺は、妹を傷つけないよう、慎重に慎重に言葉を探す。


「迷惑じゃ、ない。俺も、結芽と一緒に出来たら、楽しいと思う。けど……」


 俺が話すに従って、結芽の顔がぱあっと明るくなるのを、申し訳なく思いながら、


「無理、だと思う。これはちょっと、特別なゲーム、だから」


 それでも俺は、はっきりと不可能を告げた。


「そっ、かぁ…」


 輝いていた結芽の顔が、うつむいて見えなくなる。

 だが少なくとも、次に顔を上げた時、


「でも、アドバイスくらいなら、いいよね?

 お兄ちゃん、ゲームあんまり知らないから、それ読んだってきっと分からないよ?」


 妹の顔は、いたずらっぽい笑みに彩られていた。


 それが本心からの物なのか、無理に作った物なのかは分からない。

 でも俺は、それに心の底から安心して、


「ああ、当然、お願いするよ!」


 妹に負けないくらいの、精一杯の笑顔で、そう言ったのだった。





 たぶん、この日、この瞬間。


 ――『ナイトメア』は、本当の意味で俺のゲームになった。


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