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7.現状把握

 ――『あの日』から、一ヶ月と半分くらい前。



『なんかね、みんなで街造りをしてるみたいな感じかな?』


 俺が夢のことを尋ねると、縁はそう答えた。


『街造り?』


 あまり縁のない言葉に、俺は思わずオウム返しに聞き返した。


『そう。何のルールも存在しない未開の世界に、法則という建物を建てて、概念という住人を呼び込んで、望む方向に発展させていくの』


 縁はそう言って、『面白いよ』と笑ったが、俺にはその感覚は到底理解出来なかった。


『わたしは、のんびりできる場所が欲しいなって思ってるんだけど、今の感じだと違うものになりそう』

『どんなもの?』


 俺の質問に、縁は楽しそうに笑って――


『んー。モンスターがいて、魔法があって、戦うと強くなる。

 そんな現実離れした、うん、まるで夢みたいな感じかな?』





















 後頭部をしたたかに打ちつけたと思ったが、そもそも強い衝撃を受けても見えないスポンジに吸収されるので、大してダメージもなかった。



 しかも、今回のは四方坂が何かをしたというより、何かの上に寝そべっていた俺が急に動いたために地面に俺の頭が落ちた、と言った方が正確なようだ。

 しかし、何かも何も、氷の森に俺の頭を乗せるような場所などあるはずもなく、だとしたらさっきの感触は……。


「……膝枕?」


 思わず、思ったことを口に出していた。

 思っていたのか思っていなかったのか良く分からない所だ。


「――!!」


 それを聞いた四方坂の目が、また一段ときつくなる。

 ちょっとした失言くらいで、いちいちそんな人を殺すような目で見ないで欲しいが。


 しかし、すぐに若干目つきをやわらげると、


「…あなたは、あの怪物を倒してすぐ、意識を失って倒れた」


 こちらを見下ろしたまま、状況の説明と思しき物を始めてくれた。


「怪物は、あなたに斬られた後、光の粒になって消えた。

 残ったのは、あの布と一枚の鱗だけ」


 確かに俺の横には、おかしな模様のついた布とあの怪物の物と良く似ている鱗が残っていた。

 さて、続きは、と思って四方坂をじっと見たが、それ以上彼女がしゃべる様子はなかった。


 仕方なく、こちらから水を向ける。


「それで、四方坂は気を失った俺を介抱しててくれたのか?」


 俺のその言葉には、四方坂は随分と長い間沈黙していた。

 しかし、しばらくの後、観念したように口を開いた。


「……あなたには、ふたつ、借りがある」

「二つ?」


 一つはあの鱗の怪物から助けたことだろう。

 だが、もう一つは何だ?

 俺が、そう考えていると、


「…教室でのことは、私の勘違い。ごめんなさい」


 予想もしていなかったことに、そうやって四方坂は、俺に頭を下げた。


(ああ、そうか)


 それを聞いて、四方坂がやけに逡巡していた理由に気付いた。

 俺は彼女に『四方坂』と呼びかけた。


 それに答えるということは、つまり四方坂が、いや、この『四方坂にそっくりな少女』が、自分のことを『四方坂ナキ』だと正式に認めたことになる。

 おまけに現実世界での話を持ち出して来たのだから、これは確定だろう。


 これでは説明が足りないと思ったのか、四方坂は補足してくれる。


「教室での私は、ここでのことを、ほとんど覚えていなかったから」


 そういえば……。

 確か、前に縁も、同じようなことを言っていたような……。


『わたしはこうやって光一に話してるし、全然問題ないんだけど、基本的には夢の世界での出来事って、あんまり覚えてないのが普通みたいなの。

 また夢の世界に戻ってくるとちゃんと思い出すみたいなんだけど、おかしいよね』


 懐かしい声が、フラッシュバックする。

 だが、今は感慨にふけるより大事なことがある。

 俺は四方坂に確認する。


「それで、俺についててくれて……膝枕までしてくれたのか?」


 あれ、大事なことって別に膝枕じゃないよな、と思いつつ、つい口にしてしまった。

 四方坂にも、まだそこにこだわるか、というような顔をされた。


「…ただ、命の恩人を凍った地面に置けなかっただけ」


 いや、結局してくれてんじゃん膝枕!

 とは思ったが、そこは流石に俺も自重した。

 というより、真実が明らかになった以上、騒ぎ立てる必要はないというか。


「……さっさと、それ、しまったら?」


 しかしそんなことをしてあげたはずの相手に対しても、四方坂は態度を軟化させるでもなく、あの魚人もどきみたいな物が落とした布と鱗を指さした。


「あ、ああ」


 その迫力に押され、一応そううなずいたものの、どこにしまったらいいのだろうか。

 というか、これはしまうべき物なのか?

 そんなことを思って俺がまごついていると、


「…インベントリ。使えるの、気付いてない?」


 四方坂が近付いて、そんなことを言ってきた。

 当然、インベントリなんて物は知らない。


「……見てて」


 四方坂は落ちていた布を持ち上げると、左腕につけていた腕時計に一度触れ、布に押し付けた。


「なっ!」


 すると、腕時計に布が振れた途端、布が吸い込まれるようにして消えた。

 そして、さらに四方坂が時計を操作すると、何もない所から消えたはずの布が現れた。


「…あなたも、同じことができるはず」


 茫然として言葉もない俺に、彼女は淡々とそう告げた。

 半信半疑で自分の腕時計を見る。

 一見すると普通の腕時計だが、画面に触れると、


「おわっ!」


 文字盤が映っていた小さい画面が四分割され、


『インベントリ』

『ステータス』

『マップ・イベント』

『TIPS・ヘルプ』


 の表示が出て来た。

 なるほど、四分割前提だからこの大きさだったのか。道理でごつい時計だと思った、ではなくて、


「なんじゃこりゃ!」


 俺は叫んだ。

 助けを求めるみたいに四方坂を見る。


「…私も、昨日少しいじっただけ。詳しくは知らない」


 それより早くしまえという視線の圧力に負けて、俺は受け取った布を腕時計に押し付ける。

 すると、


「おおー!」


 布は、さっきの四方坂の時のように腕時計に触れるなり消えた。

 同じように、鱗も腕時計に押し付けて消す。


「インベントリ、押して」

「え? あ、ああ」


 言われるがままに腕時計の『インベントリ』の項目に触れる。

 今度はウィンという小さな起動音と共に、


「こ、れ……」


 空中に、ゲームのメニュー画面みたいなウィンドウが現れた。

 そのウィンドウの一番上には『インベントリ』と書かれており、その下の網目状に仕切られたマスの中に、さっき入れた布と鱗のアイコンが収まっていた。


「アイコンにふれるか、腕時計側で操作をして決定すると、入れた物が取り出せる。

 決定は腕時計の上、キャンセルは下にあるボタン」


 驚く俺をやはり冷静に見つめ、そうアドバイスしてくる。

 良く見ると、腕時計のふちに、押し込めそうな出っ張りがあった。


 とりあえず入れたアイテムを出す必要性は感じない。

 腕時計の下部の出っ張りを押し込むと、空中に投影されていたウィンドウが消え、腕時計の文字盤の部分に四分割された画面が戻って来た。


 今度は『ステータス』のボタンに触れてみる。

 中空に映し出されるウィンドウ。

 そこにはHP、MPを初めとするいくつかの能力値と、俺の名前が書いてあった。


「そう、か。本当に、そうなんだな……」


 その映像は、なぜか今まで見たどんな不思議な物よりも、俺にはっきりと思い知らせた。


 この世界の詳しい仕組み、とか、どうして俺が、とか、何でこんな世界が存在するのか、とか、そういう細かいことは一切分からない。


 だけど、俺は確信した。

 この、テレビ越しになら何度も見たようなステータス画面に、確信させられた。



「ここは……ゲームの世界だ」



 それを、はっきりと認識した瞬間、


『ハロー、トラベラー。ナイトメアの世界にようこそ』


 耳元で、そんな幻聴が聞こえた気がした。


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