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6.ナイトメアの歩き方

 ――『あの日』から数えて、二週間ほど前。



『あの、さ』


 縁がそう語りかけて来た時、これは『来る』なと俺は覚悟を決めた。

 いつだって縁は唐突だが、最近は少し、その唐突さの始まりを察知出来るようになってきた。

 ……ただしそう分かったからと言って、縁が何を言うかは全く見当もつかないのだが。


 で、案の定、


『これ、何か分かる?』


 俺は、縁が取り出した物を見て、首を傾げた。


『鍵、だよな?』


 面白味のない答えを返すが、縁の表情は変わらない。

 もちろん、縁もそんな言葉が聞きたかった訳ではないだろう。

 問題はどこの鍵かということだ。


 考える。

 どこかで見たことがあるようにも見えたが、鍵のデザインなんていちいち覚えていない。

 俺が視線で降参の意を伝えると、縁はあっさりと答えを教えてくれた。


『光一の机の、一番下の引き出しの鍵だよ』

『おいっ!?』


 これには流石の俺も声を荒げた。

 しかし縁は平気な顔で、


『あそこ、全然使ってなかったでしょ。

 夕方、光一が外に出かけてる時、部屋に入って取ってきちゃった』

『取ってきちゃったって……』


 そんなあっけらかんと言われても困る。


 まあ確かに縁の部屋の窓の正面に俺の部屋のベランダがあるため、忍び込もうと思えば忍び込み放題だ。

 作った時これはマズイと思わなかったのか不思議なくらい防犯意識のない家だが、だからこそそういう悪ふざけはやめて欲しかった。


 そう思って非難がましい目で縁を見ると、縁は『あ、ちがうちがう』とでも言語化出来そうな仕種で手を振った。


『そうじゃなくて、ちゃんとチャイム鳴らして玄関から入ったよ?

 光一の部屋に行きたいので家に入れて下さい、って言ったら普通に開けてくれた』

『マジかぁ……』


 防犯意識が甘いのは、家ではなくて家族の方だった。

 いや、まあ、縁だったら問題はないだろうけどさ。


『で、何でそんな物持ってきたんだ?』


 脱力しながらも、一応それだけは問いかける。

 すると、縁はやっぱりマイペースに答えた。


『ちょっと、光一に持っておいて欲しくて、その引き出しに本を入れてきたの』

『本?』

『正確には、マニュアルかな。「ナイトメアの歩き方」って題名』

『ナイトメア、って何だ?』


 やっぱり意味が分からない。


『べつに、まだ分からなくていいよ。

 ただ、この鍵はわたしの部屋においておく。

 それでもし、わたしがいなくなったら、思い出して欲しいの。

 光一に必要になる……かもしれないから』

『何言ってんだよ、お前』


 俺はそれを、まるで遺言みたいだと感じて、苛々して……。





















「――あなたを、殺すから」


 なんて言われた時はどうなるかと思ったが、それからすぐに教室に担任がやってきて、俺と四方坂のやり取りはうやむやの内に中断。

 考えようによってはあれ以上状況が悪化する前に無事に騒動をやり過ごせたと言うことも出来るのだが、やはりあんな言葉を本気で他人から投げかけられるのは初めてだったので、俺はショックを隠し切れなかった。


 ちなみに、四方坂の一番近くにあった窓ガラスには、原因不明のヒビが入っていたらしい。

 何人かが恐る恐る近付いては確かめてすげーとか言っていたが、俺にはとてもそんな気力はなかった。





 結局ホームルームが終わっても俺に四方坂と話す度胸はなく、帰宅部の俺は生気の抜けた足取りで家に帰った。

 家に帰っても、俺の頭の中を支配していたのは依然として四方坂のあの強い、なんて言葉では言い表せないほどの鋭い眼差しで、その間俺はずっと上の空だった……らしい。


 一方、妹の結芽はどうも昨夜から何かのフィーバータイムにでも突入しているらしく、いつも以上に元気に飛び回り、やたらと俺の世話を焼こうとした。


 帰るなり荷物を持つと言ってくれたり、肩をもむとか言い出したり、俺の部屋の片づけを申し出て実際にてきぱきとやり始め、夕食は当番でもないのに妹が作ったし、食事中もいちいち俺の皿におかずを取り分けてくれたり、食べさせてあげると言ってきたり、お風呂に行こうとすると当然のようについてきて背中流すねと言ってくれて……。


 俺はその全てに生返事を返していたが、流石に最後ので我に返ってそれだけは断った。

 ちょっとだけ妹に対する疑惑が復活した。

 普通の兄妹ってこんなものだろうか。良く分からない。



 そんなこんなであっという間に11時42分。

 俺は自分の部屋のベッドの上で、ぼうっと天井を見上げていた。


 そうすると考えてしまうのは、やっぱり昼間のこと。

 四方坂の瞳を思い出す。

 あれほど憎しみに染まった目を俺は今まで見たことがなかったが、それだけではなく、四方坂の様子からは俺に対する怯えのような物も感じられた。


「一体、何がいけなかったんだろうなぁ……」


 そう、呟いてみる。

 十中八九、あの夢の話がトリガーになったことは間違いない。

 だが、その夢の話のどこに地雷が潜んでいたのか、それが皆目見当もつかなかった。


 いや、すぐに諦めるのは良くないか。

 ちょっと想像してみる。


 ――例えば、こんなのはどうだろう。



 実は彼女、代々伝わる退魔師の家系で、夜な夜な異空間に出かけては妖怪を討伐していた。

 そんな世界に偶然紛れ込んだのが俺。

 しかし彼女のお役目は普通の人間には秘密にしている。

 異空間で人間(俺)に出会った彼女は一般人に見つかってはいけないと逃げ出したが、油断して妖怪(あの鱗人間)にやられそうになってしまった。

 しかしそれは一般人と思ってた人間(俺)によって退治され、一般人と思っていた少年(しつこいくらいに俺)は実は同業の退魔師なのだと認識する。

 それならバレても問題ないだろうと安心していた所、その少年(もはや補足不要なくらい俺)に学校で異空間の話をされる。

 こいつ同業者なら妖怪退治の話はしちゃいけないって分かってるだろと怒り狂って平手打ちを……。



「いや、意味分かんねぇ。退魔師とか妖怪って何だよ……」


 その辺りまで考えて、俺はその馬鹿げた妄想を一蹴した。


 そうなるとわざわざ教室で俺に声をかけた意味が分からないし。

 あっちの世界で見た四方坂の銀色の髪ととがった耳が説明出来ないし。

 後は俺が体験したユニークスキルがどうとかという声も関係してこない。


「ほんとに、なんなんだか、なぁ……」


 昨夜妹に起こされた時は、おかしな夢を見たとしか思わなかった。

 だが、四方坂の反応を見て、ただの夢ではないのではという疑いが生まれてしまった。

 なんとなく、もやもやする。


 あの夢には、何か俺にとって大事な物が関わっているのではないかという予感めいた感覚が、さらに俺の不安感を煽る。


 俺がそんな風に懊悩していた時、


「お兄ちゃん? ちょっと、入ってもいい?」


 ドアが控えめにノックされ、扉越しに妹の声が聞こえた。



 ……こんな時間に、何の用だろうか。


 もし結芽の用事というのが、


「お兄ちゃん。今日、いっしょに寝てもいい?」


 とかだったら確実に妹への疑惑レベルをマックスにまで引き上げなければいけないが、なんて馬鹿なことを考えながら俺は、


「いいぞー」


 と素直に返事をしていた。

 すると、


「お邪魔します」


 右手で前髪をいじいじといじくりながら、妹が部屋に入ってきた。

 もう中学三年だというのに、水玉模様の水色パジャマが非常に子供っぽい。

 ただ、少なくとも枕を抱えていたりはしなかったので、俺はちょっと安心した。


「それで、こんな時間にどうしたんだ?」


 前髪を弄るばかりで何も言おうとしない妹に、俺から水を向けてやる。

 結芽は何か譲れない物がある時は積極的にガンガン主張するタイプだが、どうでもいい用件の時は逆になかなか言い出さなかったりする。

 今はその消極モードのようだ。


「あの、ね。今日、お兄ちゃん、あんまり元気がなかったみたいだけど……」

「え? あ、ああ」


 一瞬否定しようかと思って、すぐにやめた。

 流石にあれだけぼうっとしていれば家族は気付くだろう。


「そ、それってさ。お兄ちゃんが最近やってるゲームに関係あるのかな、って」

「ゲーム?」


 予想もしなかった妹の言葉に、俺は首を傾げた。

 正直、全く心当たりがなかった。


 だが結芽は、またひとしきり前髪をいじってから、意を決したように、言う。


「今日、お兄ちゃんの部屋の掃除をしてる時、見つけちゃったんだ」

「な、なに……?!」


 そういえば、確かに結芽が俺の部屋を掃除したいと言うのに許可を出したような覚えはある。


 だが、見つけちゃったって、何をだ?

 まさか、まさかまさかまさか――



「オンラインゲームの説明書」

「よしセーフ!!!」



 まさかではなかった!!

 助かった!!

 俺は、俺は助かったんだ!!


「お兄ちゃん……?」


 妹が目を丸くしてこっちを見つめているが、とにかくこの喜びを誰かに伝えたい気分でいっぱいです!

 ありがとう日本!

 ありがとう地球のみんな!


 ……じゃなくて、


「オンラインゲーム、って、いわゆるネトゲって奴か?

 普通のRPGとかじゃなくて?」


 少なくとも俺は、そんな物を部屋に持ち込んだ覚えはない。

 俺が疑わしげに聞くと、結芽は、


「たぶん……」


 と自信なさそうにうなずいた。


 しかし、実は結芽は大のゲーム好き。

 うちの中では一番のゲーマーで、それこそネトゲにも手を出していると聞いたことがある。

 そんな結芽が、ゲームのジャンルを間違えるとは思えない。


 それでも半信半疑で結芽を見ていると、


「あ、じゃあお兄ちゃんも確かめてみて」


 と、俺の部屋の隅、本がまとめて平積みにされている場所に行くと、マンガくらいのサイズの、一冊の冊子を持って戻って来た。


「これ、なんだけど……」

「な、これ……」


 差し出された本を見て、俺は言葉を失った。

 なぜなら、そこに書かれていたタイトルが、



『ないとめあ☆ の あるきかた♪』



 だったからだ。


「…………」


 なんだろう、この名状し難い感覚。

 とても大切な物を手に入れたような、ひどいパチモンを掴まされたような、何とも言い難い感慨が押し寄せた。


「これ、どこにあったんだ?」


 こんな残念なセンスの物を買った覚えはない。

 少なくとも、俺の目につく所にはなかったはずだ。


「あ、もしかしてお前、勝手に引き出し開けたりとか……」


 俺が疑いの目で見ると、結芽は慌てて首を横に振った。


「わ、わたしだって、掃除でそんなとこまで開けたりしないよ!

 ベッドの下だって、ちゃんと自重したし……」


 それはそれでコメントに困る。

 結芽はちょっとだけ考える素振りを見せ、それから前髪をせわしなくいじりながら答えた。


「ごめんなさい、お兄ちゃん。

 本は一箇所に退けといたから、どこから取って来たのかは覚えてない。

 この部屋のどこかなのは間違いないと思うけど……」

「そっか」


 まあ、落ちてた場所が分かったからと言って、何が変わる訳でもない。

 それよりも中身を確かめてみようかと俺はその説明書を開いて――




ペイモン(以下ぺ)「ハロー、トラベラーズ! オレ様はペイモン! お前ら新米トラベラーにナイトメアの世界のいろはを教える救世主悪魔だぜ!」


アスタナ(以下ア)「はろーとらべらーず! わたしアスタナちゃん! ペイモンちゃんとなかよしのプリティ悪魔なのー!」




 ――すぐに閉じた。


「え? 何だこれ?」


 二等身くらいのミニキャラがひたすら掛け合いをしているだけの文章が見えた気がしたのだが、気のせいだろうか。

 もしかして俺が知らないだけで、最近のゲームのマニュアルというのはこういう物なのだろうか。


 すると俺の反応を見ていた結芽が、言い難そうに口を挟んだ。


「たぶんそれ、正式なマニュアルの付録じゃないかな?

 ほら、簡易マニュアル、みたいな」

「……あぁ」


 不本意ながら、納得してしまった。


 というかむしろ、マンガで分かるナイトメア、みたいなノリか。

 あまり読みたくはないが、俺の昨夜の夢にも出て来た『ナイトメア』という単語はやはり気になる。

 俺は覚悟を決めて、『ないとめあ☆ の あるきかた♪』を開いた。




ペイモン(以下ぺ)「ハロー、トラベラーズ! オレ様はペイモン! オマエら新米トラベラーにナイトメアの世界のいろはを教える救世主悪魔だぜ!」


アスタナ(以下ア)「はろーとらべらーず! わたしアスタナちゃん! ペイモンちゃんとなかよしのプリティ悪魔なのー!」


ペ「うわ! 自分でプリティとか、言ってて恥ずかしくねえのかよ!」


ア「ひ、ひっどいよー! ペイモンちゃんなんてあくまのくせにきゅうせいちゅとかいってるくせにー!」


ペ「きゅうせいちゅじゃねえよ! 救世主だよ!

 ……はあ、まあいいや。とにかく、記念すべき初授業で教えるのはこの世界、ナイトメアについてだ」


ア「ナイトメアの世界なのー!」


ペ「まあ行ったことのある奴なら当然気付いていると思うが、オレ様たちのいるこの『ナイトメアは、眠った時にだけ訪れることの出来る夢の世界』だ。

 普通の世界と一緒だと考えてもらっちゃ困るぜ?」


ア「困るぜー?」


ペ「ナイトメアは正にファンタジーの世界。現実ではありえないようなモンスターも出て来るし魔法とかも使える、オマケにスキルとかパラメータまである、まるでゲームみたいな所なんだ」


ア「わー、すごーい!」


ペ「ただ、普通のゲームと違うのは、ナイトメアの世界では現実の世界と同じように自分の意思で体を動かせるし、叩かれたら痛いし斬られたら死ぬってことだ。

 しかも『現実世界の体が眠っている間は元の世界に戻ることは出来ない』から、ピンチになったら現実世界に帰る、なんて都合のいいことは出来ない。

 けどまあ、所詮は夢の世界。『こっちの世界で死んでも現実世界で死ぬ訳じゃない』から、そこは安心してくれ」


ア「まるで『VRMMOとりっぷ』したみたいな世界だけど、『ですげーむ』じゃないってことだねー?」


ペ「オマエ、何でバカなのにそんな専門用語知ってるんだ? まあ、その通りかな」


ア「やったー! ペイモンちゃんにほめられたー!」


ペ「いや、あんま褒めてもねえけど……」


ア「てれなくてもいいよ、このつんでれさん!」


ペ「なんか無性にイラッとしたけど話の続きな。

 ナイトメアで死んでも現実世界では死ぬ訳じゃないって言ったけど、もちろんペナルティはあるぜ」


ア「『ですぺな』だね? 『しにもどり』すると経験値が1わりとんだりするんだね?」


ペ「オマエ絶対ゲーオタだろ! じゃなくて、ナイトメアでの死亡はある意味で現実世界での死と同じなんだ」


ア「ええー? じゃあナイトメアで死んでも、たましいが『ばるはら』へといざなわれちゃうのー?!」


ペ「いや、悪魔のくせにその死生観はどうなんだ?

 ていうかぜんぜんちげえよ! 『ナイトメアで死んだら、二度とナイトメアの世界にはやって来れない』んだ!」


ア「ナ、ナンダッテー!?」


ペ「つまりナイトメアは、即死=ゲームオーバーの厳しいゲームだってことなんだ!」


ア「いや、そのりくつはおかしい!」


ペ「何もおかしくねえよ! いい加減覚えた言葉を適当に使うのやめろよ!」


ア「ひ、ひしょがやったことです……」


ペ「じゃあオマエの監督不行き届きだから、オマエ責任とってクビな!」


ア「う、うぅー。ぺ、ペイモンちゃんのひとでなしー! あくまー!」


ペ「むしろどっちも正解だよ!!」


ア「そ、それよりはなしのつづき! つづき!」


ペ「あ、しまった! ちゃんと説明しようと思ったのに、余計な話をしてたせいでもう時間がないじゃねえか!」


ア「ええーやったーざんねんー」


ペ「途中本音がはさまってんぞ!? はぁ、まだアバターとかユニークスキルとかトラベラーについて説明したかったんだが、それは次回だな」


ア「じかいじかいー!」


ペ「さて、とりあえず、今回の復習だ。『』でくくったところが大事な部分なんだが、オマエは覚えてるか」


ア「もっちろん!」


ペ「じゃあ言ってみろ。間違ってたらギッタンギッタンにしてやるからな!」


ア「よーし、いくよー。

『オレ様はきゅうせいちゅあくまだぜ!』

『まあきづいていると思うが、オレ様をふつーといっしょにしてもらっちゃこまるぜ』

『さて、ふくしゅーだ。ぎったんぎったんにしてや……」


ペ「なんだよその悪意ある抽出!! 勝手にオレ様を厨二病に仕立てるんじゃねえ! 正しくはこれだよ!」



『ナイトメアは、眠った時にだけ訪れることの出来る夢の世界』

『現実世界の体が眠っている間は元の世界に戻ることは出来ない』

『こっちの世界で死んでも現実世界で死ぬ訳じゃない』

『ナイトメアで死んだら、二度とナイトメアの世界にはやって来れない』



ア「みんなー、おぼえたかなー?」


ペ「オマエ、これ終わったらギッタンギッタンだからな?」


ア「あう……。はじめてだから、やさしくしてね///」


ペ「頬を染めんな、うっとうしい!! とにかくこれで初回の授業は終わり!」


ア「それじゃ、じかいまで……」



ペ・ア「グッナイ、トラベラーズ! 良い悪夢を!!」




「無駄に、疲れた……」


 軽く長編映画を一本見たレベルの疲労感を抱えながら、俺はとりあえず本を閉じた。


 それとどうでもいいが、どっちも子供っぽい顔をしているので、どっちがペイモン君でどっちがアスタナちゃんか、顔だけでは正直分からなかった。

 たぶんリボンをつけた方がアスタナちゃんなのだろうが、アクセサリや髪型に頼らず、顔の描き分けはちゃんとして欲しい物だ。

 いやほんとどうでもいいが。


(しかし……)


 疲れる物を読まされた気はするが、その分の成果は充分にあった、気がした。

 掛け合い自体は下らなかったが、もし本当に眠った時にだけ行けるゲームみたいな世界が実在するなら、俺は昨夜、実際にそこに行ったのかもしれない。


 荒唐無稽ではあるのだが、以前にも『夢の中でゲームをする』という話をどこかで聞いたような覚えがあるし、昨夜の夢のリアルさは、そんなことでもないと説明がつかないように感じられたのだ。


 しかし、そこでぼうっと考え込んでたのがいけなかった。


「読まないなら、わたしにも読ませて!」


 俺が読んでいる間、すっかり焦れてしまっていた妹の手が、俺から『ないとめあ☆ の あるきかた♪』をさらっていった。


「あ、待てって結芽! まだそれ読んでる途中……」


 このまま本を奪われてはたまらない。

 俺は本を取り返そうと、結芽に向かって手を伸ばし――



 むにゅっ!



 ――代わりに、何だかやわらかい物を掴んでいた。


 ていうか、え? むにゅ?

 いつの間にか仰向けになっていた俺が見上げれば、そこには寒々と青い空と凍った森。

 そして凍りついたように固まる四方坂ナキと、俺を見下ろす氷点下の瞳。


 そしてそして、伸ばされた俺の手は、彼女のささやかなふくらみを……って、


(え? 何このマンガのお約束みたいな展開……)


 そんなことを考えた瞬間、四方坂の無表情だった顔が沸騰し、


「――ッ!!」


 平手打ちの代わりか、後頭部にすごい衝撃を感じて、俺は、


(あ、なるほど、この現実離れした展開。つまりこれが『ファンタジー』って奴か)


 妙に達観した思考の中で、そんなことを思ったのだった。

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