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49.失われた記憶

 ――それは、あの日よりも三ヶ月ほど前。遠くおぼろげな、虫食いだらけの記憶。



『……あれ?』


 校門には、縁     がいた。

 俺を見つけると、    周りもはばからずに手を振ってくる。

 嬉しいが、少しくすぐったい。

 俺は慌てて   駆け寄った。


『今日は     待っててくれたのか? ちょっとめずらしいな』

『うん。特に何がって訳でもないんだけど、用事がなかったみたいだから』


『そうなのか。いや、別に迷惑とかじゃないが』


 いつまでも校門の前にいても仕方がない。

 俺たちは誰からともなく歩き出した。



『あー。そういえば久しぶりかもな』

『やっぱり部活があるとどうしても忙しいし、仕方ないよね』


 いつもと少し違う帰り道。

 俺たちはほんの少しぎこちないながらも和やかに会話を続け、     道が別れるまでの数分間の道中を楽しんだ。


『じゃあな     』

『また明日』



 そうして俺たちは     別れ、家路につく。

 ただ、二、三歩と歩きかけたところで、俺は縁がこっちをじっと見ているのに気付いた。


『ど、どうしたんだよ』


 動揺をにじませる俺に、縁は少し不機嫌そうに目を細め……。


『……んーん。別に、光一はどうもしてないよ。

 ただ、やっぱりみりんって――』






















 チリ―ホースと戦ってからは大したトラブルもなく、俺たちは無事にノゼントラの街に着いた。

 今度は街壁を乗り越えて侵入、なんて危険なことはせず、普通に正門をくぐっての入場だ。


「大きな街ですね」


 ぽつりと呟かれた七瀬の言葉に俺もうなずく。

 前回来た時はそれどころではなかったが、今は街並みを楽しむ程度の余裕はあった。


 特に、以前一度は来た俺と月掛はともかく、大きな街に初めてやってきた七瀬や奏也には新鮮な光景だろう。

 ……初めて来た、と言えばナキもそうだとは思うが、その無感動な表情を見る限りでは、新しい場所に興味を覚えているようにはとても見えなかった。


 しばらく特に目的も決めずに街を中心の方へ向かって歩いていると、見覚えのある景色が目に飛び込んでくる。


「あ、ここは……」


 足を止めた俺を、月掛を含む全員が怪訝そうな表情を浮かべる。

 気を失っていた月掛が覚えていないのも無理はない。

 ただここは、俺が前回このノゼントラに来た時に降り立った場所だった。


 そう。

 俺はここで勘違いから衛兵に取り囲まれて、そして……。



「――光一、さん?」



 聞こえてきた声に、俺は弾かれるように顔をあげた。


「シノノメ、さん?」


 まるで、前回の再現のように。

 そこには二つ年下の少女、シノノメ・ミスズが立っていた。




「光一さん!」


 駆け寄ってくるシノノメさんと俺の間に、すっとナキが入り込む。

 杖を手に警戒も露わに立ちふさがるナキを見て、流石のシノノメさんも足を止めた。


「…誰?」


 あくまでシノノメさんから目線を外さないまま、ナキが俺に尋ねてくる。


「前に街に来た時にお世話になった人だよ。

 シノノメさんも、偶然だな。また会えて嬉しいよ」

「は、はい! 偶然……ですね。

 光一さんとまた会えて、わたしも嬉しいです!」


 感極まった様子でそう口にするシノノメさん。


「……わたしもいるんだけど」


 後ろでぼそっと月掛がそんなことを呟いたのはご愛嬌だ。


「あ、月掛さん! それに、光一さんのお仲間の方たちですか?」


 そこで、ようやくシノノメさんの意識に奏也たちが映り込む。

 俺はそれに苦笑しながらパーティを組んでいるのだと今さらながらに説明した。


「それで、シノノメさんはどうしてここに?

 こっちの方に何か用事があったんじゃないのか?」

「その……」


 一瞬だけ言いよどんだ後、シノノメさんは覚悟を決めたようにして言った。


「ここに来たら、光一さんに、また会える気がして」

「そう、なのか」


 確かに、ここは俺たちが初めて会った場所だ。

 この街の中で俺と会う可能性が一番高いのはここかもしれない。

 だからといって、まさか何も用事がないのにシノノメさんがここに来ていたとは、それだけ俺にこだわっているとは、思わなかった。


「……では、ここで一度、解散をしましょうか」


 空気を読める男である奏也が、そこでそんな提案をした。


「いや、その……いいのか?」

「構いませんよ。元々暫定パーティでしたしね。

 特に急ぐ理由もありませんし、この街でゆっくりとしましょう」


 奏也は朗らかに笑うと、こう付け加えた。


「ちょうどいい機会ですしね。道具を新しくしようかと思ってるんです。

 ここまでよく働いてくれましたが、そろそろもう少し使い勝手のいい物が欲しいですし」

「道具……? ああ、楽器か」


 確かに、村では楽器なんて売っている場所はなかっただろうし、奏也が手にしているそれは少し古びているようにも見える。


「幸い、この街でなら新しい相棒を見繕うのも簡単でしょう。

 むしろ面倒なのは、今使っている物の処理かもしれませんね。

 売るのも難しそうですし、廃棄するしかなさそうです」


 少し、心苦しい気持ちもあるのですが、と憂い顔を作ってみせる奏也。

 だったら二つ持っていればいいのに、と思うのだが、その辺はこだわりでもあるのかもしれない。


「おっと。無駄話をしてそちらの方を待たせても本末転倒ですね。

 それでは、集合の時間と場所を決めましょうか」


 この街に詳しいシノノメさんの話も聞いて、待ち合わせは三日後の正午、ノゼントラの街の中心にある世界時計の前、ということになった。

 待ち合わせが三日後というのは少し長すぎるような気もしたのだが、特に誰からも反論が出ることはなかった。

 そのことも含め、何だか少しだけ寂しい気持ちがしてしまうのは、俺が感傷的すぎるのだろうか。


「それでは、また三日後に。じゃあ、月掛……」


 やはり、月掛は当然のように奏也についていくらしい。

 待ち合わせの確認をして、奏也たちが出発をしようとした時、


「ま、待ちなさいよ!」


 なぜか月掛が大きな声を出し、俺の方に駆け寄ってきた。

 待ちなさいも何も出発しようとしているのは月掛たちの方なのだが、彼女は一方的に言うと、強引に俺の手を取った。

 そのまま、力を込めてぶんぶんと上下に振った。


「な、何だよ?」


 いきなりの奇行に鼻白む俺に、月掛は偉そうに語った。


「何って、握手に決まってるでしょ」

「はぁ?」


 疑問符を浮かべる俺に、ふんぞり返ったまま言う。


「あんたってなんか幸薄そうだし、三日後に会う前に事故にでも遭って死ぬかもしれないでしょ。

 だったらこれが今生の別れになるかもしれないじゃない。

 だから最後の思い出作りに、このあたしが握手してあげようってワケ!」

「え、縁起でもない……」


 一応は別れの場面だというのに、この月掛の口の悪さはどうにかならないのだろうか。

 困惑する俺の手を散々振り回すと、月掛はやはり乱暴に手を離した。


「ま、こんな世界じゃ人が死ぬのなんてぜんぜん変なことじゃないしね。

 どうせ死んだって向こうの世界では無事なんだから、気にするようなことじゃないし。

 あんたもそういう心構えでいなさいよ!」


 軽く言ってのけるその台詞に、ずしんと胸にのしかかる物があった。

 俺は、俺だけは、ナイトメアでの死がそのまま現実世界の死につながる可能性がある。

 だがそれを、目の前で楽しげに笑う月掛にぶつける気は起きなかった。


 手を離した後も、月掛は感触を確かめるように手を握ったり開いたりして、それでようやく満足したのか、


「じゃあね。ばいばい」


 俺たちに手を振って、奏也を追いかける。

 おかげでこっちは挨拶をする機会を逃してしまったが、たかだか三日の別れだ。

 そこまで気にする必要はないだろう。


「奏也様。ありがとうございました」


 そう思うのに、なんとなく去っていく月掛の姿を目で追ってしまう。

 奏也に追いついた月掛が口にした言葉が、いつもとは少しトーンが違う気がして……。


「…あまり、気にしないほうがいい」


 その思考を、横から飛んできた冷たい声がさえぎった。

 振り返れば、ナキの温度のない瞳が、去っていく二人に向けられていた。


「…あのふたりとは、偶然パーティをくんだだけ。

 肩入れも、信頼も、しないほうがいい」

「なに、言ってるんだよ」


 信じられないほどドライな言い種に、俺は思わず語気を強める。

 しかし、ナキが俺の言葉に応えることはなかった。


「…世界時計にいる。

 終わったら、来て」


 端的にそれだけを告げると、踵を返して歩き出す。


「あ、あの……」


 そこに、追い打ちをかけるように七瀬の声が重なる。


「わたしも、光一さんの用が終わるのを世界時計で待ってます。

 やっぱり、三日も離れ離れなのは、不安、ですから」


 おどおどと、そう口にする七瀬。

 この三日の間、俺とナキと一緒に行動するつもりのようだ。


 なんとなく、釈然としない。

 奏也と月掛が一緒に行動して、俺とナキと七瀬が行動を共にするなら、パーティをバラけさせたというより、半分に分けてしまったような形になる。


「七瀬も、ナキと同じ意見なのか?」

「……同じかどうかは、分かり、ません。

 でも、この世界でわたしが心の底から信じているのは、光一さんだけです」


 失礼します、と丁寧に頭を下げて、七瀬が走り去っていく。

 俺はそれを、苦い思いで見送るしかなかった。




「なんか、悪かったな。変なところを見せちゃったみたいで」

「こちらこそ、わたしが誘ったせいで、その……」


 シノノメさんは恐縮していたが、せっかくの機会ということで、俺はふたたびシノノメさんの店を訪問することになった。

 最初は少しぎこちない雰囲気だったが、二人で並んで歩いている間に次第に打ち解けた空気になってきた。


「でもわたし、少し驚いちゃいました。

 光一さんのパーティって、女の人ばっかりなんですね」

「え、いや、そんなこと……」


 ないだろ、と言いかけて、俺以外の男のメンバーが奏也しかいないという事実に思い至る。

 初めは男四人、女四人のバランスを取れたパーティだったはずなのだが……。


「それに、あの二人が別行動するなら、光一さんと女の人二人だけが残ることになりますね」

「え? あ、ああ。まあ言われてみれば……」

「あのナナセって人も、もう一人の女の人も、光一さんと離れたくないってことですよね。

 凄いですね。光一さん、人望あるんですね」


 凄いですね、と言っている割に、その声にはどこか空々しい響きがあった。


「い、いや、なんか勘違いしてないか。

 俺とナキたちは、そんなんじゃ……」

「別に、勘違いなんてしてないですけど。

 ただ、光一さん、モテるんだなぁと思っただけで」


 何が気に入らないのか、少しだけ膨れたような表情で歩く速度を速めるシノノメさん。

 俺は苦笑しかけて、そういえば、縁にもこんな風に問い詰められたことがあったっけ、と思い起こす。

 あの時は、ええと、何で縁は機嫌を悪くしてたんだっけ。


「き、聞いてますか、光一さん」


 自分から前に進んだくせに、俺が黙り込んでいるとそれも気になるらしい。

 怒りと不安が同居したようなおかしな表情でシノノメさんが振り返る。

 俺はやれやれと手を振った。


「何でもかんでも色恋に結びつけたりするなって。

 あいつらとはそんな関係じゃないし、俺もどちらかというとそういうのとは縁遠いというか、ほんの一年くらい前まで、たぶん高校二年になるまでは、幼なじみ以外の女の人と話をした覚えがないくらいだぞ」

「う、嘘です!」


 俺が何気なく口にした言葉に、シノノメさんは不自然なほど強い反応を見せた。


「え、嘘、って……」

「だって、それじゃあ、それ、じゃあ……あ、れ?」


 勢い込んで否定した割に、続く言葉がシノノメさんの口から出ることはなかった。

 まるで、当たり前のことがなぜか思い出せないような、そんな奇妙な反応だった。


 ただ、それは当然だ。

 シノノメさんと会ったのは、ほんの先日。

 彼女が一年以上前の俺を知っているはずはないのだから。


「で、でも、やっぱりおかしいです!」

「おかしい、って……」


 それでも、シノノメさんは引き下がらなかった。

 それが絶対に譲れないことであるかのように、俺につかみかからんばかりの勢いで口を開いた。


「幼なじみ以外の女の人と話をしたことないって、じゃあ光一さんは、生まれてから十数年間、本当に誰とも、同じクラスの女子とも、保母さんとか女の先生とも、それに母親とかコンビニの女の店員さんとも一言も話したことがないってことですか?」


 顔を上気させて、必死に言い募る。

 その子供みたいな様子に、俺は思わず微笑みを浮かべそうになって……。


「……コンビニ?」


 その単語に、引っかかりを覚える。


「ちょっと、待ってくれ。コンビニって、何だ?」

「何、って? コンビニは、コンビニですよ。

 いつでも開いてて、色んな物が売ってて……。

 あ、場所によっては二十四時間営業じゃないところもあるそうですけど」


 本当に、当然のことを話すように。

 自分が口にしていることがどんな意味を持つのか考えもしないで、シノノメさんは話す。


 俺はこっそりと、緊張に乾いた唇を湿らせた。

 出来る限りシノノメさんに合わせるように、おかしなことなど何も起こっていないかのような態度で、尋ねる。


「じゃあ、さ。パソコンとか、携帯電話とかは、分かる?」


 その、密かな、けれど乾坤一擲の質問に、


「もう、あんまり馬鹿にしないでください! パソコンもケータイも知らない高校生なんていないですよ!」


 興奮した様子のシノノメさんは、あっさりと答えた。

 それも、思わぬおまけつきで。


 想定していた、けれど驚くべき事実に、思わず息を呑みそうになる。

 だが、ここまでならまだ半分だ。

 動揺を抑えて、さらに質問を重ねる。


「へぇ。だったらさ、パソコンとか携帯とか、どこで見たか覚えてる?」

「え? そんなの……そん、なの……え? どう、して?」


 頭を押さえ、必死に思い出そうとするシノノメさん。

 しかし、その努力が実を結ぶ気配はない。

 俺はその姿を眺めながら、一人うなずいていた。


(……やっぱり、そう、なのか)


 シノノメ ミスズという名前を見た時から、ぼんやりと考えていた仮説が、確信へと変わる。


 この世界には、コンビニも、パソコンも、ましてや携帯電話なんてない。

 あるはずがない。

 なのに、それを、知っているということは、間違いない。


 彼女は、俺たちと同じ世界から来た人間で、そして――



「お、おかしいんです。確かに見たことが、あるはずなのに。

 だけど、どうしても、どうしても、思い出せないんです!」



 ――元の世界の記憶を、何らかの手段で奪われている。


 それはきっと、俺から縁の記憶を奪ったのと、同じ種類の力だ。

 俺は取り乱すシノノメさんの肩に手を置くと、出来るだけ優しく語りかけた。


「とりあえず、落ち着いてくれ。

 ゆっくりと、分かるところから整理していこう」

「あ……。は、い。分かりました、光一、さん」


 少し、強くつかみすぎたのか。

 シノノメさんは俺が肩に手をのせた途端におとなしくなって、興奮の余韻を残した、ぽーっとした瞳で俺を見上げたのだった。



 それから、シノノメさんの店に入って、改めていくつかの質問をしたところ、大体の状況はつかめた。


 パソコンや携帯の他にも、マンションや浄水器、リニアモーターカーに相対性理論など、明らかにこの世界になさそうな物について尋ねても正しい答えが返ってきた。

 しかし一方で、場所の名前や人の名前など、固有名詞の類に関する記憶はほとんど残っていないらしい。


 想像していたとはいえ、特に交友関係、友人知人や親類家族に対する記憶がごっそり奪われていることに、俺は慄然とした。


「どうして、なんでしょうね。わたしを産んでくれたはずの両親のことも、友達も、好きだった、人のことも、全然、思い出せないんです。

 それに、それなのに、今まで、それを不思議に思うこともなかったなんて……」

「シノノメ、さん……」


 彼女が感じているであろう恐怖。

 それが不意に伝染して、俺は思わず身震いをした。


 記憶はその人間の生きた軌跡であり、人格を決定づける、いわばその人間の一部だ。

 それが勝手に操作され、しかもそれがいじられたことに気付かないというのは、不気味な怖さがある。


「あ、の。ごめん、なさい。

 少し気分が、悪くなってしまって」

「あ、ああ。悪い。無理をさせたな」


 結論を急ぐあまり、シノノメさんのことを気遣うのを忘れていた。

 そういえば、ナキたちを待たせている。

 これ以上ここにいてもシノノメさんを思い悩ませるだけだろうし、どちらにせよ、この辺りが潮時だろう。


「本当に、悪かった。今日はもう帰るよ。

 話の続きは、また今度」


 そう言って、俺は彼女に背を向け、店のドアに手をかけた。


「……あ、の!」


 そこで、後ろから彼女の声がかかる。

 振り返った俺に、見るからに具合の悪そうな青い顔をして、それでも彼女は、こう言った。


「また、来てください。絶対に、また」




 世界時計のある大まかな場所は、聞いてある。

 俺は扉を閉めると、すぐに二人が待つその場所に向かって歩き出した。


「……しかし、記憶の操作、か」


 『ないとめあ☆ の あるきかた♪』には、選別の儀式に失敗すれば、ナイトメアの世界に囚われ、その操り人形になると書かれていた。

 もしかするとこれが、「ナイトメアに取り込まれる」ということなのか。


 分からない。

 彼女は世界の操り人形という感じではなかったし、俺の縁に関する記憶も奪われていることを考えると、それだけで全てが説明出来るとは思えなかった。

 ただ少なくとも、このナイトメアという世界が恐ろしい物であるということだけは、痛いほどに伝わってきた。


 いくら大切な相手だとはいえ、たった一人の人間の記憶を失っただけの俺でさえ、底知れない不安を覚えているのだ。

 今までの人生全ての記憶を失い、それを自覚することも出来なかったシノノメさんの恐怖と不安は、どれほどのものだろう。


 そんなことを思いながら、俺は数歩道を歩んで、


「……あ」


 そこで、気付いた。

 記憶の話に夢中になるあまり、彼女が口にした質問に答えを返していなかったことに。


「……まあ、いいよな」


 記憶のことに比べたら、明らかに大した話じゃない。

 確か、あの時の質問は「じゃあ、光一さんは、生まれてから十数年間、本当に誰とも、同じクラスの女子とも、保母さんとか女の先生とも、それに母親とかコンビニの女の店員さんとも一言も話したことがないってことですか?」だったか。

 そんな、子供みたいにムキになって訊かれたって、こっちも困る。


 だってそんな当然のこと、尋ねられても意味がない。

 確かに俺は、高校二年生になるまで幼なじみ以外の女性と話をしたことがないと言った。



 ――だったら、クラスの女子や教師、母親や女の店員とだって、一言も話をしたことがないに決まっているのに。



 もしかして、そんな単純なことが分からないのも記憶が操作された影響なのだろうか。

 だとしたらやはり恐ろしいなと思いながら、俺は世界時計へと進む足を速めたのだった。


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― 新着の感想 ―
本当に面白いです。 ラストルーキーの方を先に読んでいたので、ダーク寄りの作風も得意なことは知ってはいたのですが、絶望感や底知れない不安感を煽るのが本当にすごくて……それでいて重くなりすぎず、独自の世界…
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