表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/60

47.合理的な判断

投稿時間の自分ルールを完全に破ってしまった

 ――それは、『あの日』が来るより二週間ほど前の記憶。



『一目見た途端に分かったよ。こいつがボスモンスターなんだって。

 だって、他のモンスターとはオーラが違ったから』

『オーラ? それって、そういう画面効果が出てたってことか?』


 夜空の下、頬を紅潮させながら楽しそうに話す縁。

 しかし、俺の言葉が耳に届いた途端、うっすらと赤くなったその頬を膨らませた。


『違うよ。そうじゃなくて、殺気というか、気配というか、そういうののこと。

 もう、どうして光一はそういう考え方しか出来ないのかなぁ』

『いや、でもゲームの中でオーラとか言われたら……』


 そういう発想に行きつくのは普通じゃないだろうか。

 だが、縁は俺の態度が不満だったのか、少しだけ唇をとがらせる。


『そうじゃなくて、オーラっていうのは感じるものなんだよ。

 こう、気配というか、空気というか、雰囲気というか。

 で、昨夜のボスはね。前に立っただけで好戦的な赤いオーラがぶわっと全身に押し寄せてきて……』


 それでも話を続けようとする縁だが、俺はどうしても納得が行かずに口をはさんだ。


『待った。オーラって感じるものなんだろ?

 なのにどうして色が分かるんだよ』

『そ、それは……。そういう、イメージというか……。

 だって、そんな風に感じたんだから仕方ないでしょ!』


 無粋なツッコミに縁はすっかりへそを曲げてしまって、そのあと俺は、一晩中かかって縁の機嫌を取るはめになったのだった。



















「だ、だいじょぶ? 今なんかありえない勢いで吹っ飛んでたみたいに見えたけど」


 駆け寄ってきたクラスメイトの滝川が、もともと大きな目を真ん丸にして、声をかけてくる。

 火事場の馬鹿力という奴か。

 得体の知れない青い光を怖がるあまり、俺は相当な速度で後ろにすっ飛んでいたらしい。


「あ、ああ。ちょっと勘違いしてた。でも別に、大したことじゃないって」


 あまり大げさにされても困る。

 俺は駆け寄ってきた滝川に適当に返事をすると、異常がないことをアピールするように一息に立ち上がった。


「い、いやぁ。あの勢いは尋常じゃないっていうか、あれで大したことないっていうのは無理があると思うよ?」


 滝川はまだグチグチと何か言っているが、本当に問題はないのだ。


 こんな会話をしている今この瞬間も、俺の周りでは青い光が渦巻いている。

 見える、というのとは少し違うが、気配というか、空気というか、雰囲気というか、そんなものを肌に感じるのだ。


 滝川には何も感じ取れていないようなので、これはもしかすると、本当に何かしらの超常的な力の現れなのかもしれない。

 ただ、この光の持ち主が分かった以上、俺がそれを恐れる理由は何もない。


「……まったく、ビビって損したよ」


 あれほど恐ろしかった青いオーラも、よくよく観察すると俺を守ろうとしてくれているようにも、俺を気遣ってくれているようにも見える。

 こんなものを怖がっていたなんて、俺はどうしようもない馬鹿だったと思う。


 俺は肩の力を抜くと、青い光をかき分けるようにして教室の中へ。

 ……と。


「あ、おいっ?」


 突然ナキが席を立って、早足で教室の前側の出入り口、つまり俺が入ってきたのと逆側の扉へと向かい始めた。

 もしかして教室の外で俺と話そうとしているのか、とも思ったが、それにしては早足過ぎるし、こっちを一瞬も見ていない。


(……逃げた?)


 思い出されるのは、俺とナキが初めてナイトメアで会った時のこと。

 あの氷の森で、ナキは俺の姿を見た瞬間、逃げ出したのだ。


「ちょっと、待てって!」


 廊下に飛び出し、俺と反対方向に走り出したナキを慌てて追いかける。

 すると、明らかにナキの速度が上がる。

 初めは曲がりなりにも早足の範囲に収まっていたはずの動きが、今はもう完全に駆け足に変わっている。


「廊下、走っちゃ駄目だって!」


 とりあえず注意の言葉を投げかけながら、俺もナキを追って廊下を駆け抜ける。

 何だか凄い矛盾を感じるが、これはこの際仕方がない。


 俺も頑張って追いかけてはいるのだが、朝の学校は教室に向かう生徒も多く、器用に人を避けるナキにはなかなか追いつけない。

 校舎の外れの方まで来て、やっと人が少なくなったと思ったところで、ナキが階段へと足を向ける。


「くそっ!」


 このままだとまた逃げられる。

 無駄だと知りつつも、俺は必死で手を伸ばし、前に跳んで――


「……は?」


 隣を、驚いた顔をしたナキが通り過ぎる。

 いや違う。

 俺がナキを、追い抜いていた。


 何が起きたのかは分からない。

 ただ、目の前に広がるのは何もない廊下。

 目標を失った俺は、体勢を立て直す暇もなく地面にぶつかって……。


「――コーイチ!」


 次に視界が定まった時、そう叫んで俺に駆け寄ってきたのは、俺から逃げていたはずのナキだった。

 いまだにぼんやりとする視界の中、俺は心配そうに伸ばされたその白い腕を取って、


「つか、まえた……」


 追いかけっこの終わりを宣言したのだった。



 なぜ、ナキは俺を見て逃げ出したのか。

 事情を聞こうと思ったのだが、それよりも先にと強硬に怪我の確認をされ、俺は仕方なく応じた。


 とはいえ、手足を動かしても何の痛みも違和感もない。

 そういえば、あんなに派手に転んだのに全く痛くはなかった。

 不幸中の幸いで、当たりどころというか、転がり方がよかったのかもしれない。


 いや、それ以前に転がるほどの勢いで飛び出したことも異常なのだが、火事場の馬鹿力は侮れない、と言うしかない。


「…そう」


 ナキはあいかわらずの無表情で引き下がったが、微妙に納得がいかなそうに見えるのは俺の気のせいだろうか。

 だが、今は俺のことよりナキのことだ。

 俺が促すような視線を向けると、何も言わずともその意図を察したようだった。

 ぼそりと、俺の無言の質問に答えた。


「…あなたが、私をみて、おびえた、から」

「俺が……?」


 確かに俺は、ナキから出た青い何かに恐怖を感じた。

 だがそれがナキが逃げる理由になるのだろうか。


 ただ、ナキを見て怯えてしまったのは事実だ。

 それがナキにはショックだったのかもしれない。

 俺は頭を下げた。


「い、いや、悪かったよ。昨日から俺、何かちょっとおかしくてさ。

 ナキから青い光が見えた気がして……ナキ?」


 その言葉を聞いた瞬間、ナキの身体がぴくりと跳ねた。

 いつもは完全無欠な鉄面皮が少し綻び、ナキは強く唇をかみしめていた。


「ど、どうしたんだ?」


 俺が尋ねてもナキは直接には答えを返さなかった。

 その代わりに、不可解なことを言う。


「…その感覚は、ただしい。あなたは、にげるべきだった」

「え、いや、でもさ……」


 口ごもる俺に、ナキは容赦なく言葉を叩きつける。


「…その青い光に、あなたはなにも感じなかった?」

「そりゃ、こいつと戦ったら絶対に殺される、くらいは思ったけど」

「だったらあなたはにげるべきで……」


 ひたすらに、ナキは自分の考えを俺に押しつけようとする。

 だが、その理屈は変だ。

 完全に破綻している。


「でも、それはおかしいだろ。俺が逃げる理由なんてない」

「…意味が、わからない」


 ナキが苛立ったように首を振る。

 だから俺は、はぁ、とため息をついた。


「なんだよ、本当に分からないのか?

 ナキはもうちょっと、理性的に物を考えられる奴だと思ってたんだけどな」

「…どういう、こと?」


 そんなの、考えるまでもなく、そして本来は、言うまでもないことだ。



「――だってさ。ナキが俺に危害を加える訳ないだろ」



 今だってナキからはひっきりなしに青いオーラが噴き出していて、それは俺にもまとわりついている。

 しかし俺が、それに脅威を感じることはないし、そんなの当然のことだ。

 なのに俺の言葉は、なぜかナキに少なからず衝撃を与えたようだった。


「…なにを、言ってる、の?」

「だから、考えてもみろって。ナキは俺よりも俺の命を大切にするような奴だろ。

 そんなナキが、俺をどうにかするはずないじゃないか」


 ナキが、信じがたい物を見るような、たとえるなら何か新種の生き物でも見るような目で俺を見つめる。

 かぼそい声で、ナキが問う。


「…私は、むこうで、あなたを攻撃したこともあるのに?」


 それは、飛竜の群れに飛び込もうとした俺を止めた時のことだろうか。

 だったら問題ない。


「あれは、俺を助けようとしてくれたんだろ。

 俺に恨まれる可能性もあったのに、それでも助けてくれるなんて普通は出来ないことだと思うぜ。

 すっげえ感謝してる」


 俺が言うと、ナキは口を開け、けれど言葉が出てこないと言いたげにパクパクと動かした。

 非常にめずらしい光景で、少しおもしろい。

 俺はしたり顔で言葉を重ねた。


「危ない相手なら逃げるけど、どんなに強くても敵意がない相手なら逃げる必要ないだろ。

 まぁそれが、合理的判断って奴だよ」


 俺は得意げに言ったが、それは少し調子に乗りすぎだったらしい。

 ナキは目に強い光を乗せ、一語一語単語を区切るようにして言葉を押し出す。


「…それは、合理的なんかじゃ、ない」

「な、ナキ……?」


 思わず腰が引ける俺に、ナキは怒りすら湛えた瞳を向けた。


「…合理的というのは、理屈さえあれば、どんな無茶をしてもいい、ということじゃ、ない」


 おそらく、本気の言葉なのだろう。

 だがその俺を非難する物言いが少し縁に似ているような気がして、俺は唇の端が吊り上がるのを抑え切れなかった。


 それを見たナキの眼光が一層強くなったが、とりあえずひとまずは、俺の説得をあきらめたようだった。

 いつも通りの無表情を取り戻して、冷めた目で俺を見る。


「…私は、あなたに訊かなければいけないことが、あった」

「俺に? 何を?」


 しかし、ナキはゆっくりと首を横に振る。


「…その記憶は、私にはない」

「え、ええっと……」

「…いまは、むこうの私にしかわからないこと」


 そう言われても、よく分からない。

 俺が首をかしげていると、ナキは話を打ち切った。


「…べつに。あなたが無事なら、いい」

「ん、んん? そう言われてもな……。あっ!」


 だが、その一言で思い出した。

 昨日の夜、足に痛みを覚えたり、それが翌朝には治っていたり、今朝学校に出かける時も……いや、その時はいつも通りで特に何もなかったが、学校では急におかしな気配を感じたり、今もナキから青いオーラを感じるのだ。

 ナキにも心当たりがある様子だし、流石にこれは気のせいとばかりは言い切れない。


「さっきも言ったけど、昨日からなんかおかしいんだよ。

 ナキから青い光が見えたのもたぶんそのせいでさ。

 何か知ってるなら……」

「…むこうで、聞いて」


 勢い込んで話す俺を、ナキは短くさえぎった。

 淡々と、告げる。


「…むこうの私は、きっとその理由を知ってる」

「向こう、の?」


 だが、俺の疑問にナキが答えることはなかった。


「…もう、私に近付かないで」


 そう言い残して、その場を立ち去ろうとする。


「ナキ! ちょっと待っ――」


 俺は、その腕に手を伸ばしてつかまえようとした。

 その、瞬間だった。


「なっ!」


 突然、青い光が爆発した。

 逆らうことなんて出来なかった。

 それはあっさりと俺の身体を吹き飛ばし、俺は無様に廊下に転がる。


「な、にが……?」


 ナキが俺に手を触れていなかったのは間違いなかった。

 今度は教室の時のように自分から飛んだ訳じゃない。

 見えない何かに押されて、俺は地面に転がされたのだ。


 そうして為す術もなく廊下に倒れた俺が見たのは、振り向くことなく廊下を歩いていく、ナキの姿。


「ナ、キ……?」


 小さく呟いた言葉は、校舎に鳴り響いたチャイムの音に紛れて、消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ