42.クラスアップ
――それはたぶん、『あの日』より一週間と少し前の記憶。
『「時空魔法使い」か。
それってきっと、凄い……んだよな?』
縁が口にした、「時空魔法使い」という台詞は、何も知らない俺にもそれなりの衝撃をもたらした。
『ううん、べつにそんなことないよ。
ただ能力値の振り方とかスキル構成とかが珍しいってだけで、やってることは普通のプレイヤーと同じ。
時空魔法って言っても、流石に時間を止めたり巻き戻したりなんてことはほとんどできないから』
『いや、ほとんどってことは、少しは出来るってことだろ?
充分凄いし特別だと思うんだが』
その言葉には、今度は縁も苦笑する。
『やれるって言ってもせいぜいが疑似時間停止と疑似時間回帰くらいだよ。
時間じゃなくて、物の動きを止めたり、何かを前の状態に変化させる程度。
本当に時間を操る力は、ちょっと人の手にはあまるみたい』
『夢の中でも、やっぱり限界はあるってことか』
利便性を考えるならそれは本物と大差ない気もするが、変な所にこだわったりする縁には不満があるのかもしれない。
浮かない顔になりかけていた縁だが、ふと思いついたように顔を上げた。
『あ、でも、時間の加速だったらやってるかも』
『時間の加速?』
俺はすぐに触ると凄い勢いで鉄が錆びるとか木が腐るとかだろうかと想像したが、違った。
『うん。わたしのスキルに、《アクセラレーション》っていうのがあるんだけど、使うと30秒ちょっとの間だけ、自分の速度が加速されて強さも跳ね上がるの。
時空属性スキルの攻撃力を上げる方法って少ないし、ここぞって時には一番頼りになるわたしの奥の手。
……まあ時間切れになるとMPが0になるから、そうそう気軽には使えないんだけどね』
『リスキーな技だな……』
感覚派で行動派な縁ならではの技と言うべきだろうか。
慎重派の俺にはそういう致命的な反動がある技はとても使えそうにない。
『んー。リスキーってほどでもないよ。
時空属性スキルはHP消費の技が多いから、MP0になってもそんなに困らないんだ。
ただ、回復するのがすごく大変だってだけで』
『ふぅん。まあ、そういうもんなのかな?』
ナイトメアの基本のシステムはゲーム的だという。
ゲームをあまりやらない俺には、実感として理解し切れないことも多い。
『時空魔法が一番得意ってだけで、他ができないワケでもないしね。
時空系の職業って大抵高ランククラスだから、必要な前提クラスが10個以上あるし、そういうのやってる間に色々できるようにはなるよ。
ええとね……』
それから縁はナイトメアの職業システムについて説明してくれた。
縁の話はややこしくて飛び飛びだったがそれを俺なりに解釈すると、「時空魔法使い」とは基本職のレベルを上げると出て来る下級職のレベルを上げると出て来る中級職のレベルを上げると出て来る上級職、を何種類か成長させた上で時空スキル所持などの複数の条件を満たすとようやく辿り着けるレアクラスらしい。
ただし「時空魔法使い」という呼び名は単なる戦闘スタイルについてつけた名前であって、実際のクラスとしては……と縁が話し始めた辺りで俺はギブアップした。
『つまり、大変なんだな』
俺が一言でまとめると、縁はもう、と言って頬を膨らませたのだった。
前回のナイトメアでは、演奏を終えた奏也と月掛が戻ってきた時は既に時間切れが近く、ほとんど話し合いも出来なかった。
ナイトメアに入ってすぐ、奏也が別れ際に言った『パーティでやりたいクエスト』とやらの話を聞こうとみんなで集まっていたのだが、
「あの、その前に少し、いいですか?」
そこで七瀬がみなの注目を集めるように控えめに手を上げて発言をした。
明人の一件の後、七瀬が自分から目立つようなことをしようとするのも珍しい。
当然ながら、七瀬に全員の好奇の視線が集まる。
七瀬はそれに気おくれした様子を見せながらも、控えめに進言した。
「えっと……レベル、ウィルを使って20まで上げたんです。
そうしたら上位クラスが出たので、一応言っておこうかと思って……」
「上位クラス?!」
一番に食いついたのは、月掛だった。
それとなく観察した所、今の月掛には以前のように悩んだり迷ったりという様子はなかった。
むしろ、前よりも闊達に、屈託なく振る舞っているように見える。
「それって元のクラスの能力値を引き継いでさらに強い技とか覚えられるってやつでしょ!」
勢い込んで言う月掛に、七瀬は小さくうなずいて返した。
「はい。一応、試してみました。
HPとMP以外の能力値は変化なしで、そのままレベルが1になるみたいです」
確かナイトメアの仕様では、HPとMPの最大値は魔力と理力、それにレベルに依存する。
能力値やスキルを引き継ぐ上位クラスへの転職にデメリットがあるとしたら、このHPMPのレベル補正くらいだろう。
もちろん月掛はそれを聞いて色めきたった。
立ち上がって叫ぶ。
「奏也様! あたしたちも転職しましょう!」
……ということで、俺たちのパーティで空前の転職ラッシュが始まった。
飛竜関係のイベントで、全員に最低でも46000のウィルが入っている。
流石にみんなそれなりに残していたらしく、全員がレベルを20まで上げることが出来た。
そして次々と上位クラスを取得。
出て来た上位クラスに早速転職、しかし流石にレベル1のままだとHPとMPが危ないので、更にウィルを振り分けてレベルを上げていく。
その結果、新生した俺たちのパーティはこんな構成になった。
【七瀬 こずえ】
槍兵 LV10
【三島 奏也】
楽士 LV10
【月掛 立】
弓兵 LV8
【四方坂 ナキ】
青魔女 LV10
そして……。
【普賢 光一】
トラベラー LV20
「……だっさ」
こちらを見てつぶやかれた月掛の言葉が胸に刺さった。
いや、分かってはいた。
分かってはいたつもりなんだが、これって結構きつい。
いつか読んだ『ないとめあ☆ の あるきかた♪』のどこかに書いてあったと思うが、トラベラーには上位クラスはなかった。
いや、まだ見つかってないだけかもしれないので諦めるべきじゃないかもしれないが、少なくともレベル20で解放されるようなクラスはないようだった。
しかしまあ実際、操作特化職が存在しない以上、これもやむを得ない処置と言える。
しばらくはこれで頑張るしかない。
そして転職を終えた後、自然な流れで能力値の比較大会が始まり、最終的に自分のステータスを見せ合うことになった。
「ふふーん! あんた、ちゃんと見てなさいよ!」
そう言ってステータス画面を呼び出したのは月掛だ。
全員が転職後もレベルを10まで上げた中、彼女だけレベルが8なのは、レベルを10まで上げるだけのウィルがなかったせいらしい。
とはいえ、転職前にレベル20まで到達していたのは彼女も同じだ。
さらにそこから7つもレベルを上げた彼女の能力値がどうなっていたかと言うと……。
【月掛 立】
弓兵
LV:8
HP:626
MP:293
DP:48
魔力:77
理力:72
強化:103
耐久:37
俊敏:64
器用:101
理法:37
克己:54
操作:60
信心:71
BP:33
「け、結構高いな……」
全能力値が随分とバランスよく上がっていた。
いや、よく見れば耐久や理法の37など低い物もあるが、クラス的に上がりやすい強化や器用はもう100を越えている。
少なくとも、俺みたいに1桁の能力値なんて物はなくなっているし、BPを注ぎ込んだ俺の操作196というのも、もうずば抜けて高いというほどでもなくなっている。
転職後の8レベルということは、実質的には27レベルかそれ以上なのだから当然だが、前に見た時とは比べ物にならないほどに飛躍的に能力値が上がっていた。
「なら順番的には次は僕が行くべきでしょうか」
次に立ち上がったのは奏也だ。
流石演奏家と思えるなめらかなタッチでステータス画面を呼び出す。
【三島 奏也】
楽士
LV:10
HP:820
MP:415
DP:288
魔力:81
理力:82
強化:40
耐久:79
俊敏:78
器用:107
理法:67
克己:44
操作:108
信心:66
BP:37
奏也はレベルが月掛より2つ高いので全体的な能力値は上だが、印象としては月掛と大体同じくらいにまとまっている。
強化と克己が40そこそこと低く、器用と操作が高くて100を越えている。
というか、こんなに総合力が高くて操作100越えとか、俺のお株を奪う気かと言いたくなるレベルだ。
パラメータを見るにどうやら演奏系は半魔法職という扱いのようだが、遠距離攻撃クラスの月掛より、HP・耐久・俊敏といった防御系の能力で明らかに勝っている。
演奏をしていない時は、少し前に出て魔物の相手をしてもらうという手もあるかもしれない。
「じゃあその、わたしも……」
おずおずと、七瀬もステータス画面を開く。
【七瀬 こずえ】
槍兵
LV:10
HP:1260
MP:310
DP:336
魔力:143
理力:81
強化:105
耐久:165
俊敏:89
器用:98
理法:71
克己:119
操作:57
信心:105
BP:0
見た瞬間、飲んでもいないお茶を噴き出しそうになった。
なんだこりゃ、強過ぎる。
操作の57を除けばほとんどの能力値が100に近い辺りまで到達していて、特に耐久の165は特化した俺の操作に届かんばかりだ。
物問いたげな視線を送っていると、七瀬はそれを察して答えた。
「あの、BPを使ったので……」
そういう問題だろうか。
いや、そういう問題だったのだろう。
そういえば元々七瀬の能力値は高かった記憶がある。
そこに転職とBPが加算されればこういう事態にもなるのだろう。
少なくとも能力値を見る限りでは、どんな役割もそつなくこなしてくれそうだ。
そうやって俺が感心して眺めていると、とうとう恐れていた事態がやってきた。
「さ、次はあんたの番よ!」
月掛の嗜虐的にも聞こえる声に、俺はこっそりと自分のステータスを見直した。
【普賢 光一】
トラベラー
LV:20
HP:150
MP:5
DP:20
魔力:7
理力:0
強化:44
耐久:12
俊敏:13
器用:17
理法:3
克己:21
操作:196
信心:1
BP:160
――うん、低い!
北の森に出て以降いじっていないのでBPがかなりの量残っているものの、七瀬のを見た後だとなんか桁が一つ足りない感がひしひしとする。
基本的に勝っているのはレベルと操作、それにBPだけだ。
折角レベルが高いんだし、いっそ残りのBPを全部魔力に注ぎ込んで、HPだけは凄い、みたいにしようかとも考えたが、そんなことにBPを使ってしまうのもあんまりだろう。
今これ以上操作を上げると『魔力機動』が制御不能になりそうなので控えているが、出来ればBPは操作を特化させるのに使いたいという思いがある。
しかし……。
だとすると俺、これを見せるのか?
こんな、七瀬の能力値と比べるとクリスマスツリーとただの枯れ木くらいに賑わいに差があるこのステータスを、この場の全員に見せなきゃならないのか?
自問自答をしながら、画面越しにこっそりと、仲間たちの顔を盗み見る。
月掛の既に勝ち誇ったような顔、七瀬の心配そうな顔、奏也の全て分かってますよ的な顔が見えた。
実に腹立たしい所だが、俺はそれ以上に気になることを見つけた。
「ナキは? どこに行ったんだ?」
いつのまにやらナキの姿がなくなっていた。
月掛がきょとんとした顔して、七瀬がそういえばという表情をする中、奏也だけが平然と答えた。
「四方坂さんなら、ステータスを見せ合うという方向に話がまとまった頃、一人だけ離れて行きましたよ。
たぶん、自分の能力値を見せるのが嫌だったのでしょうね」
気付いてたんなら止めろよ、とも思うが、それで止められるような奴でないことは俺が一番よく知っていた。
それにこれは、考えようによっては千載一遇のチャンスでもある。
わざとらしく、ため息を一つ。
「仕方ないな。だったら俺が探してくるよ」
素早くそう言い放って、俺は誰も反応していない内に、すぐに動き出す。
「えっ、あの……」
「こ、こら! あんた逃げるの?!」
ようやく状況を理解したらしい二人に後ろから声が掛けられるが、そんな物は知ったことではない。
内心冷や汗をぬぐいながら足早にその場を離れようとすると、
「待ってください!」
奏也からも、制止の言葉が掛けられる。
これは少し予想外だが、関係ない。
聞こえてないフリで、そのまま立ち去ろうとして……。
「四方坂さんが歩いていったのは、そっちじゃありませんよ?」
俺は真っ赤な顔でUターンする羽目になったのだった。
ナキはすぐに見つかった。
まるで俺を待っていたみたいに、さっきの場所から少しだけ歩いた場所に、見つけてくれと言わんばかりに立っていたのだ。
「…終わった?」
俺が近付いていくと、不思議がる様子もなく、ナキが尋ねてくる。
実際、大体がナキの予定通りなのだろう。
だから俺も余計なことは言わず、ただ、
「ああ」
とだけ答えた。
……まあ、ほとんどの人が見せ合ったんだから、嘘ではないだろう。
後ろめたさをごまかすように、今度はこっちから口を開いた。
「探しに来る方の身にもなってくれよ。
せめて、あの場でじっとしとく訳にはいかなかったのか?」
若干の抗議を込めてそう言うと、ナキは首を横に振った。
「…見せないのに見るのは、フェアじゃない」
やはり明快な理屈だ。
相手のステータスを見るだけ見ておいて、自分のだけ見せないなんて、確かに最低だろう。
実に共感出来る。
……うん。
「そんなに見せたくないのか?」
と問えば、ナキはやはり静かにうなずいた。
「だけど、作戦を立てる上では仲間の能力の把握だって大事だろ?
誰がどのくらい戦えるのか分からないと……」
「…だからそれは、コーイチが判断すればいい」
言い放つと、ナキは躊躇いもなく俺の目の前にステータス画面を開いた。
【四方坂 ナキ】
青魔女
LV:10
HP:1360
MP:1215
DP:15990
魔力:135
理力:242
強化:36
耐久:43
俊敏:54
器用:79
理法:257
克己:104
操作:121
信心:38
BP:18
他人にステータスを見せるなと言っていたナキがまたあっさりとステータス画面を開いたことよりも、やはりその能力自体に目が行った。
なんというか、所々おかしい。
DPが1万越えしているのが一番おかしいと言えばおかしいのだが、桁外れのDPを持っていたのは最初から分かっているので、今更驚きはしない。
たぶん他人に能力値を見せないのはこの辺りが関係しているのだろう。
ナキのDPがなぜこんなにも高いのか、どんなユニークスキルを持っているのか。
そこは気になる所だが、ナキが話してくれるまで触れない方がいいだろう。
それよりも問題なのは他だ。
魔法系の能力値。
特に理力と理法が共に200越えをしているのは明らかに異常だ。
転職組で一番高い七瀬の耐久だって、BPを注ぎ込んでも165止まりだった。
いくらナキの能力値が最初から高かったと言っても、それだけで二つの能力値が250近くまでいくとは考え難い。
どうしてこんなことが出来たのか。
俺がそれを尋ねると、
「…理術の天稟」
ナキは言葉少なにそう答えた。
だが、それだけでは意味が分からない。
俺がもう一度尋ねようとすると、ナキは素早くデータウォッチを操作した。
――パッシブスキル――
【理術の天稟】
理術に関する天性の才能。
全ての理術の威力に20%のボーナス。
また、全てのクラスの理力・理法の成長値に+2のボーナスを得る。
目に飛び込んできた文字列を理解して、俺は思わず天を仰いでしまった。
前に妹に教わったゲーム用語。
その一つがようやく実感として理解出来てしまった。
「結芽。これがチートって奴なんだな」
まあ、ここまで差がついてしまっては逆にもうあきらめもつくという物だ。
俺は一度ため息をつくと、ナキに自分のステータスを見せるため、データウォッチの画面を呼び出したのだった。