39.拒絶する者
――『あの日』から一週間ほど前。縁と俺が、一番ナイトメアのことを話し合っていた時。
『……狂気度?』
縁の口から出た思わぬ言葉に、俺は反射的に聞き返していた。
『うん。仲間内ではDPは狂気度とか変人度とか言われてる』
『随分な言われようだな。でも初期DPが高い方がユニークスキルは強いんだろ?』
DPが高い人間が優遇されるというのはあっても、その逆というのはよく分からなかった。
俺の言葉に、縁はちょっと複雑そうな顔をしてほおをかいた。
『えっと、さ。初期DPの高さっていうのは、その人がどれだけ強い望みを持ってるかで決まるから。
DPが高すぎる人は変な人が多いし、危ないことを考えてたりするからあんまり歓迎されないんだよ』
『ふーん。……平均はどれくらいなんだ?』
『ナイトメアに来るような人でも、100が標準かな。
200を超えるようなら、ちょっと心のバランスが危ない人の可能性があるかも』
心のバランスが危ないというのはちょっと掴めなかったが、一応俺はうなずいておいた。
『そういえば、縁はどれくらいなんだ?』
『ん? わたしもちょっと高めだよ?』
微妙に視線を外している。
こいつは隠し事とかうまそうに見えて、かなり露骨に動揺するから分かりやすい。
俺は更に追及して、
『だから、いくつなんだよ?』
『えっと……501?』
『…………』
予想外な数値にちょっと黙り込んだ。
『聞いといて黙らないでよぉ。それ、結構気にしてるのにさ……』
『いや、だけどな』
縁は可愛らしくすねてみせているが、流石に少し驚きだった。
『わたしのDPが500を超えてるのは、理由があるから。
別に、願望の強さだけでDPが決まるワケじゃないし』
さっきと矛盾するようなことを言う。
『へぇ。だったらどうしてなんだ?』
『それは……』
言いよどんで、結局縁は何も言わなかった。
どうやら口から出まかせだったらしい。
『本当に、違うからね?』
ムキになって食い下がってくる縁を、
『はいはい』
といなしながら、俺は口元だけで小さく笑ったのだった。
「見て! あそこ、だれかいる!」
その人影に先に気付いたのも、やっぱり月掛の方だった。
大樹の横にある光はもうはっきりと見えているが、その下、大樹の根元の辺りに焚き火をしている数人の人影らしきものが見えた。
「……あれ、たぶん七瀬たち。
三人いるから、ぜんいん、きっと奏也、さまもいる」
恐らく『夜目』以外にも視力補正スキルを持っているのだろう。
俺よりも数段視力に優れる月掛は、更に目を凝らして報告してくれる。
どうやら俺たちが村を出たことなんてとっくにお見通しだったらしい。
大樹の光もきっとナキたちの仕業だろう。
きっと俺たちがこの暗闇の中を空を飛んで戻ってくるとにらんで、目印を作っておいてくれたのだ。
ぐんぐんと大樹が、そして仲間たちが近付いてくる。
ここまで近付けば、俺にも人の輪郭くらいは判別出来る。
心持ち背の高い影が一つと小さいのが二つ。
たぶん背の高いのが奏也、残りが七瀬とナキだろう。
「やったな! どうやら無事に帰れそうだぞ!」
俺は喜びを抑え切れず月掛にそう話し掛けたが、月掛の返事はない。
それどころか、どうやら俺の言葉も聞こえていないらしい。
何か問題でもあったのだろうか。
俺が不安に駆られて月掛を見ていると、月掛の唇が小さく動く。
「……やだ。もどりたく、ない」
風が吹き付ける中で、その呟きは奇妙なほどはっきりと俺の耳に届いた。
「月掛?」
俺がもう一度声を掛けると、月掛はハッとして俺を見た。
今のを聞かれてしまったか、そんな不安がその瞳に見えて、俺はとっさにこう言っていた。
「何かぼうっとしてたみたいだけど大丈夫か?」
それは月掛にとって予想外な言葉だったらしい。
少しだけ戸惑ったようだが、
「あ、え、と……だいじょうぶよ、あたりまえでしょ!」
聞かれていなかったと判断したのか、力強く答えた。
「何やってるのよ! さっさと行くわよ!」
それから空元気とも思える口調で俺を急かす。
少しだけ迷ったが、俺はその言葉に従って大樹に近付いた。
ただ、近くまで行ってもそのまま降りては行かず、少し手前で地面に降りた。
「なんで、すぐに行かないのよ」
当然、月掛からは疑問の声が上がる。
それは月掛のさっきの言葉が耳に残っているからだったが、
「みんなの前で俺に抱えられたまま登場するのは恥ずかしいだろ。
お前が自分で歩いて行った方が、みんなにも足が治ったってすぐに分かるしな」
口ではそんな風に適当に返しておいた。
地上に降りて、ついでに月掛の体も降ろして、ホッと一息つく。
いくら慣れてきたとはいえ、やはり足元に地面がないというのは落ち着かない感覚だった。
久しぶりに本当の意味で地に足がついて、やはりまず安堵が一番先に来た。
さて、どうしたものか。
ひとまずの感情の波が過ぎ去ってから月掛の方を窺うと、月掛の方もこちらを見ているのが視覚よりも気配で分かった。
「たぶんこんなこと、いましか言えないから……」
月掛の視線を感じる。
暗闇の中で表情は見えない。
だが、彼女は真剣な表情をしているのが、まるで前に見たことがあるかのように想像出来た。
「あんたにはすっごく、感謝してる。
たぶんあんたは意識してないだろうけど、この世界に来てからあたしを気遣ってくれたのはあんただけだったし、命まで助けられちゃった」
大仰な台詞。
だが、この言葉には聞き覚えがある。
「色々、あるけど。やっぱり一番は、この、足のこと」
そうだ。
やっぱり、そうだ。
次の台詞は、きっと……。
「あんたはただ、あたしの足を治しただけって考えてるかもしれないけど……」
月掛はそこで、大きく息をする。
何か、とてつもなく大きな賭けをするみたいに緊張して、自分の服の胸元を、手の平を食い込ませるみたいにきつく握りしめて……。
「……でも、それだけでもすごく、うれしかったから」
言った。
いや、言わなかった。
「え?」
口から、疑問の声が漏れた。
だって違う、はずだ。
『前の月掛』は、違うことを言った。
命を助けられたとか、確かそんな話になったはずだ。
その差異は何だ?
つまりそれは、あの時に言えて今は言えないこと?
あの時口にしたことが、月掛の『秘密にしなくてはいけないこと』だったのか?
「なによ? そんなにあたしがお礼を言ったのがおかしいの?」
彼女のための思考はしかし、彼女自身の不機嫌な言葉によって遮られた。
月掛は俺が、素直に感謝の言葉を口にした月掛に驚いたと解釈したようだ。
その勘違いを、正すことも出来た。
だが、
「いや……。それより、早く戻ろう」
俺はそう言って、月掛を促した。
「……そう、よね。はやく、帰らなきゃ」
月掛はいつものように返事をしたが、その言葉に力がないことは、俺にはきちんと読み取れた。
それでも、俺はあえて声を掛けないし、気遣わない。
彼女が抱えている物が何か分からないのなら、俺は月掛に対して、『何かに気付いているかもしれない』と思わせることもしてはいけない。
それくらいの気持ちでいないと、俺が全てを台無しにしてしまいそうで怖かった。
次に月掛にこの前の話をするのは、忘却薬か、それに準ずる何かを手に入れた時。
そう心に決めて、俺は月掛を連れて大樹へと向かった。
大樹の近くにモンスターは出て来ない。
俺たちは暗がりに苦戦しながらも、それ以上特に問題はなく大樹の下に辿り着いた。
「光一さん! それに月掛さんも!」
俺たちに気付いて、真っ先に駆けつけてくれたのは七瀬だった。
俺たちの姿を認めた途端に駆け出して、俺の前まで来るとそれまでの勢いが嘘のように、困った風に止まってしまった。
「あ、の……」
感情に任せて飛び出してきたものの、こういう状況に不慣れで何を言っていいか分からないらしい。
見かねて、俺から口を開いた。
「今帰ったよ、七瀬」
その言葉に、ようやく七瀬の金縛りが解ける。
「あ、あの、おかえりなさい、光一さん」
なんとなくむずがゆくなるような笑顔でそう返してくれた。
「…独断専行の見本。減点5」
そして気が付けば、七瀬の隣にはナキの姿。
あいかわらずの無表情だが、
「…でも、合理性はある。加点5」
その声はいつもよりは多少、やわらかいように見えた。
もちろん帰ってきたのは俺だけではない。
「おかえり、月掛」
「は、い。ただいま、奏也、さま」
更に横へと目をやれば、奏也と月掛がやはり同じように挨拶を交わしていた。
言葉が少しぎこちないのは、月掛が奏也に演奏を聞かせてもらう約束を破ってしまったからだろうか。
その件についてとりなそうと足を進めかけて、俺は途中で立ち止まってしまった。
――どうしてだろう。
その二人の様子を見ていると、胸がちくりと刺されるような違和感を覚えたのだった。
状況の説明をするのに五分ほど。
俺が誰にも言わずに飛び出したことは責められたが、それ以上に月掛の足が治ったことをみんなが喜んで、一応その話は終わった。
そして、月掛の話していた奏也の演奏会だが、その場ですぐに行われることになった。
「そうですか、そんなことが……。
そこまで楽しみにしてくれていたのであれば、無下にも出来ません。
折角ですので、皆さんも聞いていきませんか?」
俺が月掛を連れ出し、奏也との約束を破らせたことを謝ると、逆に奏也は破顔してそんな提案をした。
「あの、わたしは先に、村にもどってますから」
それに対して、真っ先に動いたのが七瀬だ。
そういえば、明人の一件の後で行き違いがあって、彼女は奏也を快く思っていなかったはずだ。
七瀬は俺に申し訳なさそうに一礼した後、すぐに村の方向に歩いて行ってしまった。
次に動いたのは月掛だった。
とは言ってももちろん、主賓である彼女がその場を離れる訳がない。
そうではなく、七瀬が去ったのを確認した彼女は、まず俺を排斥しにかかってきたのだ。
「あんたもさっさと行けば?」
少し前までの友好的な雰囲気は影を潜め、俺を峻烈とも言えるような目付きで睨み付けている。
ついで、しっしと言わんばかりに俺を追い払うような仕種をする。
「行けば、って、あのな……」
俺は反論をしようとするが、月掛は聞く耳を持たない。
「あたしが一人で奏也様の演奏を聞くはずだったの!
なのにあんたたちみたいなジャマものがいたらあたしが……」
必死とも言える態度で俺たちを追い出しにかかる。
これには俺も閉口したが、
「月掛。折角僕の演奏を聴いてくれると言ってるんだ。
そんな態度はないだろう?」
奏也が優しい口調で、しかし有無を言わせぬ迫力でたしなめる。
「でも……!」
だが、珍しく月掛は食い下がった。
これは長引くかもしれないと、俺が思った時、
「…はやく、始めて」
氷の声が降って、二人を凍り付かせた。
先に硬直が解けたのは、奏也だった。
「あ、ああ。そうですね。
じゃあ、始めましょうか」
ここをチャンスと見たのか、フルートを取り出すと、すぐに演奏をする態勢を作ってしまう。
「あ……」
月掛は口を挟むタイミングを逃した格好だ。
おろおろと、奏也と俺を交互に見て焦っていた。
しかしそんな月掛を、奏也はもう一顧だにしない。
「演奏は、スキルを使ったものになります。
魔力を使ったものなので、聞いていてちょっとした違和感があるかもしれませんが、最後までどうかご清聴下さい。
今の僕の全力、全ての想いと技術、それに心を込めた演奏です。
……なんて言ってみましたが、フルートは本職ではないのでお耳汚しになるかもしれませんが」
おどけたように奏也はそう前置きしたが、それは明らかな謙遜だった。
少なくとも、俺が戦闘中に聞いたフルートの音は、素人などとはとても言えない音色だった。
そこにスキルの補助があったにしても、奏也に初期の段階で演奏スキルがあったのは現実での努力の賜物だろう。
否応なく期待して、俺は静かに奏也がフルートに口を寄せるのを待った。
束の間、不可思議な空間と、奇妙な沈黙が形作られる。
優雅にフルートを持ち上げる奏也。
泣きそうな顔で、こちらを睨みつける月掛。
無表情のまま、奏也を見つめるナキ。
そんな三者の間で、ただ奏也の動きを待つ俺。
――そして始まる、彼の音楽。
(これは……!)
想像していた以上だった。
最初の一音で、その曲が普通とは違うと理解した。
させられた。
音が、魔力の波動となって吹き寄せる。
しかもそれはひどく……。
「っ?!」
ほんの一小節も吹き終わらない頃だった。
演奏とは違う、異質な魔力の気配が俺の隣で膨れ上がり、視界の端を何かがかすめた。
「奏也?!」
気付いた時には、奏也の演奏は止まっていた。
当然だ。
奏也のフルートは握っていた手ごと凍り付き、とても動かせない状態にされていたのだから。
「――不快」
そして、それをやってのけた犯人は、一切悪びれずにあふれる苛立ちをストレートに吐き捨てた。
「ナキ、いきなり何を……」
泡を食った俺がナキをいさめようと声を掛けるが、
「コーイチ。今の曲、聞かないで」
「え、ああ……」
逆に気圧されて、うなずかされてしまった。
それを聞くと、ナキはもうこの場に用はないとばかりにその場を去っていく。
俺も奏也も、もちろん月掛も、誰もそれを止められなかった。
ナキの姿が見えなくなって、残された俺たちの緊張も、ようやく緩んだ。
「どうやら、本格的に嫌われてしまったようですね」
僅かに弛緩した雰囲気の中で、自嘲するように奏也が言った。
「そんなことは……」
俺は言いかけたが、後が続かなかった。
あれを見て嫌われてないと思える奴はどうかしている。
それに、時間は短くともナキとずっと一緒にいた俺は、ほんの少しだがナキの気持ちを読み取れるようになっていた。
あの目に込められた感情は、決してプラスの物ではないと、はっきりと断言出来る。
俺が言葉に詰まる一方、ショックだったのか、いつもならすぐに奏也のフォローに回る月掛も何も言わない。
それで何かのスイッチが入ったのか、奏也は少し顔を伏せて語り出した。
「この曲は、僕のユニークスキルなんです。
だから……音と一緒に、今の僕の煮え切らないドロドロとした想いまで、曲に出てしまったのかもしれません」
そう呟いた奏也の顔は、一度も見たことがないくらいに陰鬱だった。
「ドロドロした想い?」
聞き返す。
奏也はどこか陰の残る表情でうなずくと、初めて現実でのことを語ってくれた。
「所謂英才教育という奴でしょうか。
実は僕は、物心のつく前からピアノをやってましてね。
まあ、競争の激しい世界です。
プロになれるなんて自惚れてはいませんでしたけど、そこそこのコンクールで優勝もして、両親にも期待をかけられてました」
そう話す奏也の顔は、話す内容とは対照的に、沈痛とすら言える物だった。
その態度は、俺にその後の不幸な話の展開を嫌でも想像させた。
「けれど、二年前、ちょうど高校に入る頃に、事故に遭いましてね。
それから、左手がうまく動かないんですよ。
そこで音楽のことはすっぱり諦めました。
はは。よくある話でしょう?」
「それは……」
奏也の力ない笑顔に、俺は言葉に詰まった。
確かに小説や漫画の中などではよく聞く不幸だ。
だが今の奏也の顔を見て、そんな風に茶化すことはとても出来なかった。
「でも、諦めきれなかったんでしょうね。
僕はこっちの世界で、再びピアノが弾ける指と、演奏のスキルを得ました。
……なのに今度は、僕の手元にはピアノがない」
奏也は自らの手に視線を落とすと、ふっと笑った。
「未練、ですよ。
そしてその未練が、僕の音を濁らせる。
分かっていても、なかなかままならないものです」
なおも手元に目を落としたままの奏也。
月掛はその話の間中ずっと、何かを堪えるようにうつむいて唇を噛んでいた。
奏也は無理矢理な笑顔を作ると、再びフルートを手に取った。
「もう一度、やりましょうか。
……僕の未熟な音を聞かせるのを無理強いは出来ませんが、出来れば聞いていってくれませんか?」
明るいと見えなくもない笑顔で、奏也は俺にそう頼む。
答えなんて、当然決まっている。
俺は一瞬も躊躇わずに、即答した。
「ああ。悪いが、俺は聞かない」
「あ、…え?」
俺が当たり前の答えを返すと、なぜか不思議そうな顔をされた。
横で聞いていた月掛すらもきょとんとした顔をしている。
仕方なく、俺はもう一言を添える。
「だってさっき、ナキに聞かないって言っただろ?
俺だってまさか、つい数分前の約束を破るようなことはしない」
いつも彼女の忠告を守っていないからこそ、余計に。
「……そう、ですか。そうですね。
それは、残念ですけど、仕方がない」
そこでようやく、奏也は納得してくれたようだった。
隣の月掛も、心なしかほっとしたような顔をしている。
「それじゃあ、俺も先に村に行ってるから」
それを見届けて、俺も歩き出す。
村の方向は覚えている。
暗いが、村の明かりが見えれば何とかなるだろう。
その背中に、奏也の声がかかった。
「村に戻ったら、もう一度集まりましょう。
パーティでやりたいクエストがあるんです」
「分かった」
振り返らずに、片手だけを上げて応える。
俺は一度も振り向かずに、その場を後にした。
村への道は、思ったよりも暗かった。
先に行った七瀬やナキが大丈夫だったか、思わず心配してしまう。
遠くに村の明かりらしき物は見えるが、木々に遮られて十分な光源とはとても言えない。
特に、足元が全く見えないのはつらい。
もう一度、空を飛んでしまおうかと俺が思った時、
「…ライト」
涼やかな声がして、同時に現れた光の球が闇を追いやった。
浮かび上がった光の球は、大樹の横に現れ、俺たちを導いた物と同じ物だ。
当然、そこには見覚えのある銀髪の少女の姿もある。
「ナキ、待っててくれたのか」
俺が安堵と共に声を掛けると、ナキは無言で村の方へ歩き出す。
俺もその後を追った。
しばらく歩くと、後ろからかすかに奏也の演奏らしき音が聞こえてきた。
流石にこの距離ではもはや曲として成り立ってはいないが、聞こえることは確かだ。
もしかするとナキは、俺のことを心配してこの場所で待っていたのかもしれない。
俺がナキにお礼を言うべきか考えていると、
「…彼女が大切?」
唐突に、ナキがそう問い掛けてきた。
彼女……というのはきっと、この場合月掛のことだろう。
俺は少し迷ったが、
「ああ」
結局は短くそう肯定した。
「…そう」
対してナキも、同じだけの短い言葉で返答する。
なんとなく、いたたまれなくなった。
今度は俺から話し掛ける。
「勝手に月掛を連れてったこと、怒ってるのか?」
ナキは前だけを見て歩いていて、その表情は見えない。
「…相談されていたら、私はとめていた。
そうしたら、彼女の足が治ることもなかった」
勝手に飛び出したからこそ、月掛の足は治せたってことか。
分かりやすい論理だ。
でも、それは俺の質問の答えにはなっていなかった。
「……そうか」
だけど俺は、そこには突っ込まなかった。
それで話を終わりにして、今回の旅を思う。
ナキには、罪悪感に似た感情を覚えてはいる。
だが、月掛をあの街まで連れて行ったのは、おそらく必要なことだった。
最初に俺が思っていた以上に、絶対に必要なことだったのだと俺は今では確信していた。
「……あ」
やがて、村の入り口が見えてくる。
その前にたたずむ、七瀬の姿も。
(ようやく、帰ってこれた……)
胸の中にそんな感慨が湧き上がって、自分の心の動きに苦笑する。
村の明かりと、七瀬と、前を歩くナキを見ながら、俺は自分の足が自然と速くなるのを感じていた。