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36.知らない知人

 ――『あの日』よりも一週間ほど前の記憶。



 縁とナイトメアの話をしている内に、なぜだかナイトメアに新居を構えるならどこがいいかという話になった。


『色々あるけど、住むならやっぱりノゼントラが一番いいと思う。

 ナイトメア最初の大陸、ヒューバ大陸の南の端にある街で、周りの敵が弱い割には意外と栄えてるところが魅力かな』

『へぇ』


 いつも通りに、縁は楽しそうに語る。


『初期配置にもよるけど、ノゼントラの街なら敵が強くて来れないってこともないだろうし、知り合いがナイトメアに来るんだったらわたしはノゼントラに拠点を置くのをお勧めするよ』

『随分推すんだな。そこ、何か名物とか名所とかあるのか?』


『うん、あるよ。そりゃ、もちろんね。

 一個目は何と言っても名所中の名所、世界時計』

『世界時計?』


 耳慣れない、というより、初めて聞く単語だった。


『ナイトメアの世界が出来てどのくらい経ったか、その時計が教えてくれるの。

 時計盤と針がいくつもあって、当然時刻を見ることも出来るから便利だよ』

『ふーん』


 世界が出来てからの時間を調べて何が起こるのかは分からないが、要はちょっと変わった時計塔のような物だろうか。


『ついでに言えば、ノゼントラの《天使の宿り木》って宿屋は、名所と言えば名所かな。

 あそこの看板娘の女の子は、わたしの知ってるノークラスの中で一番人間っぽいんだ』

『あ、それってもしかしてあれか?

 普通のNPCだったのに、男たちが妄想する内に人間っぽくなっていったっていう……』


 俺が言うと、縁は悪戯っぽく笑った。


『うん、そだよ。よく覚えてたね。

 ……光一も、もし会ったら分かると思うけど、あの子はもう、人間だよ。

 明るくて、すごくいい子だった』

『まさか、本人に会ったのか?』


 俺の口から、予想以上に大きな声が飛び出した。


 もちろんその看板娘の女の子も縁も同じ世界にいるのだから出会ってもおかしくはない。

 というか、その子はただの宿屋の娘なので、特別偉い人間ということもないはずだ。

 それでも、大勢の話に出て来るようなそういう有名人と会ったと聞くと、どうしても驚いてしまう。


『もし光一がノゼントラに、ナイトメアの世界に行くことがあったら、紹介してあげようか?』

『ほんとか?!』


 そんな思わぬ提案に、思わず身を乗り出したのが思いがけない運の尽き。


『光一もやっぱり男の子なんだねー』


 と、縁にからかわれたのは言うまでもない。





















 しばしの硬直から覚めた俺は、とりあえずノゼントラの街に降り立ったのだが、腕の中の月掛は起きる様子もない。

 薄闇に支配された街を眺めてみるものの、さっき上から見た所ではこの町は広大だ。

 治療師というのがどこにいるかは知らないが、すぐには見つかりそうもない。

 道を聞こうにも、夜が近いせいか通行人の数も少なく、こちらに寄ってくるような人もいない。


「さて、どうしたものか……」


 肝心の月掛が気を失ったままでは困る気もするのだが、起きた後にまたさっきのように暴れられてもそれはそれで困る。

 とはいえ、さっきの落下の時に怪我でもしていたらそれこそ治療しなくてはならないし……。


 などと色々考えている内に思い出した。

 確か、パーティメンバーのHPなどのある程度のステータスはデータウォッチから閲覧出来るはずだ。

 念のための措置として、出発する時に念のためと言って月掛とはパーティを組み直している。

 まず月掛に異常がないか、それで調べてからこれからの行動を決めようか、とようやく当面の方針を定めた所で、


「動くな!」


 恫喝するような声に驚いて顔を上げると、俺たちはいつの間にやら、槍を構えたごつい男たちに囲まれていた。



 俺を半円状に包囲している男たちは3人。

 揃いの鎧で身を固め、これまた同じ規格と思われる槍を構えた彼らは見た所、街の衛兵か自警団。

 あるいは金持ちの私兵という線もあるだろうか。


「おとなしく、その少女をこちらに引き渡せ!」


 3人の真ん中にいる兵士が、高圧的にそう言い放つ。

 どうやら彼らの狙いは月掛のようだ。

 月掛が以前にもこの街に来たとは思えないので、無差別で少女を狙っているとか、そういう輩だろうか。


 当然ながら、彼女を引き渡す訳にはいかない。

 空を飛んで逃げるか、あるいは彼らに斬り付けて切り抜けるか。

 DPは若干心許ないが、HPとMPは充分に残っている。

 相手のレベル次第では戦えないこともないはずだ。


 武器を突きつけられていることで、頭が妙に冴える。

 脳が空転して、余計なことばかりが脳裏に浮かんでくる。

 だがとりあえずは、ここは無害な一市民としての対応を試みることにした。


「すみません、何のお話でしょうか。

 誰かと人違いをなさっているのでは……」

「黙れ人さらいが!!

 いいからおとなしく、その子を離せ!」


 俺の言葉は、そんな一喝によって遮られた。

 ていうか、何だ、そういうことなのか?

 俺が気絶した月掛を抱えているから、誘拐でもしたと勘違いされてたのか?


 ……そういえば、いくら暗くなってきたとはいえ、通行人がやたら俺たちを遠巻きにしているなとは思っていた。

 そうか。いきなり空から街に降りてきて、女の子を抱えている男というのは結構怪しいかもしれない。

 これだけ大きな街なら検問とかあったかもしれないし、ファンタジーな世界でも、突然空から降りてきたっていうのは警戒に値するのかも。


 とはいえ、ここで捕まるのも困る。

 出来るだけ早く、月掛を治療してもらいたい。

 ここで捕らえられて長時間の事情聴取、なんてのは勘弁して欲しい所だ。


 戦うとするなら、通行の邪魔にならないようにと家の壁を背にしていたのは不幸中の幸いと言える。

 後ろから攻撃される心配がないというのは安心出来る要素ではあるが、官憲と思しき彼らと事を構えるのはどうか。

 迷いは残る。


「早くしろ! 山賊が!」


 俺の悪い癖で考えるばかりで何も行動出来ないでいると、しびれを切らした男に更に槍を突きつけられた。

 しかも、まさかの山賊呼ばわりだ。


 尖った槍の穂先が今にも体に触れそうで、流石に恐怖を覚える。

 男たちは興奮していて、このままでは問答無用で攻撃されることすら考えられそうだ。

 ますます誘拐っぽく見えるなと思いつつ、月掛を左肩に担ぎ直して右手をフリーにする。

 そして、


「やめてください! 俺はそんなんじゃ……」


 出来るだけ自然に見えるように、右手を振り回しながら俺は抗弁して……。



「――待ってください!

 その人たち、パーティを組んでます!!」



 後ろから、若い女の人の声が聞こえたのはそんな時だった。


「パーティ?」


 真ん中にいた男たちのリーダー格の男が反応し、僅かに殺気が鈍る。

 しかし、その助け船は一瞬遅かったかもしれない。


「あーその、すみません」


 俺がそう言ったのと同時、


「…あ?」


 俺を囲んでいた3人の槍が、中途で切れて落ちた。



 十数分後、


「俺たちの早とちりでした。申し訳ありません」


 街の中にある衛兵の詰め所で、俺はさっきの男たちに頭を下げられていた。


 パーティ編成やアイテムの交換、イベントの参加などのデータウォッチの操作が必要な行動は、本人の意識と同意がなければ行えない。

 もちろん脅せば無理矢理パーティを組むことも不可能ではないが、一方的に俺を人さらいの山賊だと決めつけていた男たちに一抹の疑問を抱かせるには十分な要素だったようだ。


 あれから俺と月掛がパーティを組んでいることを確認した男たちは、あの時後ろから声をかけてくれた女の子と一緒になって改めて俺の事情を尋ねてきた。

 俺たちは南のハリル村を拠点にしていたトラベラーで、月掛の治療のために空を飛んでここまでやってきたことを正直に告白した。


 そんな説明をしている内に、月掛も目を覚ました。

 起きた月掛がまた暴れるのではと危惧していたのだが、彼女は余計なことを言うでもなく、月掛と俺が仲間であること、この街まで自分を連れてきてくれた俺に深く感謝していること、彼が無茶をしたのならそれは自分を助けるためであり、罪に問うのなら彼ではなく自分を罰して欲しいと切々と訴えた。


 この時点で完全に誤解は解けた。

 あの状況ではそんな風には思えなかったが、俺を囲んだ男たちはやはりこの街の衛兵だったらしく、元々正義感の強い、はっきり言うならお人よしな人たちだった。

 事実を知るとすっかり恐縮してしまい、逆に俺たちに頭を下げてきた、という訳だ。


 今度は彼らの事情を聞くと、何でもつい先日、この街に山賊による誘拐騒ぎがあり、偶然居合わせた凄腕の冒険者(たぶんトラベラーのこと)が解決してくれなかったら大変な事態になっていた所だという。

 事件は未遂で終わったものの山賊自体は討伐された訳でもなく、二度とあんなことがないように、と常にない厳重な警戒をしている所に俺がやってきてしまい、当然のように疑いをかけられた、という流れらしい。


 お互いにタイミングが悪かった、としか言いようがない。

 俺も軽率に手を出してしまっていたし、仲裁に入ってくれた女の子がいなかったらどうなっていたか分からない。


「それにしても、凄い居合の腕前ですね。

 抜いた時も斬られた時も、それどころか武器をしまった時さえ、何も見えませんでした」

「いや、その……あははは」


 手を出した、の言葉通り、あの時男たちの槍が折れたのはもちろん偶然などではなく、俺が右手で『真実の剣』を発動し、興奮して手を振り回したように見せかけて槍を斬ってしまったのだ。

 当然俺は槍を弁償すると申し出たのだが、相手方はこちらの落ち度だとそれを認めず、大量生産品の安物で、職務中に壊れてもまた支給されると言うので、俺は相手の厚意に甘えることにした。


 ちなみに槍を斬った手段だが、自分の手の内をあまり晒したくないという心理が働いて、あれは居合スキルだったと説明した。

 そのおかげで男たちの俺を見る目に憧れや尊敬が混じるようになり、自業自得とはいえ居心地が悪いことこの上ない。

 これは色々な意味ですぐに退散するのが無難だろう。


「あの、すみません。

 疑いが晴れたのなら、すぐに出発したいんです。

 ……それと出来るなら、彼女を治療出来る人の心当たりがあれば教えてもらいたいんですが」


 図々しいとは思いつつ、そう切り出してみた。

 もう外はかなり暗くなっているし、見知らぬ街でまた人に話しかけて不審者扱いをされてもたまらない。

 ここで治療師の居場所を聞いておきたかった。


「あの! だったら、私が案内します!」


 すると、衛兵の男たちよりも前に名乗りを上げたのは、意外にもあの時助け船を出してくれた少女だった。


「私、これから自分の店に戻るところですし、私の店はミドウ治療院の向かいなんです。

 ミドウさんとは知り合いなので、何かお役に立てるかもしれませんし!」


 必死と言えるほどの様子でそうまくしたてる少女の提案を蹴る理由はどこにもない。

 俺は一瞬だけ月掛と目を合わせ、この少女のお世話になることになったのだった。



 もう一度月掛を抱え直して、少女の後をついていく。

 俺に抱き上げられるのを月掛は嫌がるかと思ったのだが、


「いいの?」


 と逆に潤んだ瞳で見上げられて、俺の方がつい動揺してしまうことになった。


 今もノゼントラの街をお姫様だっこで歩いているのだが、月掛は一言もしゃべろうとしない。

 あれほど気にしていたはずの奏也の演奏のことも忘れてしまったかのようだ。

 それでいて、俺の首に回した手にはしっかりと力が込められているので、この状態を嫌がっているということもなさそうなのだが。


(なん、なんだろうな……)


 周りに他人がいるからなのだろうか。

 この街に来てからの月掛の様子は、どこか普段と違うような気がした。


「あ、あの、どうかしましたか?」


 そう考え込んでいると、前を歩く女の子が心配そうに声を掛けて来た。

 まだ名前も知らない彼女。

 彼女は彼女で、よく分からない。


 お互いに面識はないはずだが、俺に話しかける度に緊張しているようだし、さっきもなぜあんなに必死になって案内を買って出たのか。

 そもそも……。


「一つ、聞いてもいいですか?」

「は、はい……」

「どうして、俺たちを助けてくれたんですか?」


 あの時、衛兵に囲まれた俺に救いの手を差し伸べたのは、どうしてなのか。

 それが、俺にはどうしてもひっかかっていた。


 俺の質問に、彼女は一瞬だけ体を固くして、


「……実は、この前の事件で山賊を追い払ったっていう冒険者、私の知り合いなんです」

「え?」


 思わぬ角度からの話に、俺は驚きの声を漏らした。

 少女は気にせずに続ける。


「その人とは、ほんの短い間の付き合いなんですけど、色々とお世話になったし、話していて、何だかすごく気が合って……。

 その人と私じゃ、もちろん何もかも全然違うんです。

 でも私も、あんな風な人になりたいな、って」


 その言葉を聞いているだけで、彼女の『その人』に対する尊敬とか愛情みたいな物が伝わってきて、俺も月掛も、何も口を挟めなかった。


「だからあの時も、もし『その人』がいたらこうするかなって思って、だから勇気を出して、あの人たちに声をかけました。

 ……というのが、理由の半分です」

「半分?」

「はい。……自分でも、よく、分からないですけど。

 あなたの顔を見たら、絶対に助けなきゃって、そう思ったんです」


 気付けば……。

 彼女の目が、真剣そうな瞳が、俺をまっすぐに見つめていた。

 でもすぐに目を逸らして、私って変ですよね、と笑う彼女に、俺がやっぱり何も言えずにいる内に、


「あ、着きましたよ、ここです」


 俺たちは、目的地に到着した。



 それからは、驚くほどとんとん拍子に話が進んだ。

 その店の主人で治療師であるミドウという人は確かに俺を案内してくれた少女と顔見知りだったようで、彼女の紹介で何の問題もなく月掛は治療を受けられることになった。


 治療に必要な費用は2000ウィル。

 飛竜のイベントで手に入れたウィルに全く手をつけていない俺と月掛にとっては払えない額ではない。

 しかも、ミドウというその治療師は、ポリシーとして成功報酬しか受け取らないらしい。


 俺と月掛はこの人に治療をしてもらうことを即決し、すぐに別室で治療を受けることになった。

 月掛は同行しようとする俺をやんわりと制し、ミドウさんに肩を借りて奥の部屋に入って行った。



 後に残されたのは、俺と、俺たちをここまで案内をしてくれた名前も知らない少女だけ。


「……やっぱり、心配ですか?」


 俺の表情から何を読み取ったのか、少女がそう声をかけてくる。

 ちょっとだけ考えて、俺は素直にうなずいた。


「あの人が信用出来ないってことじゃないですけど。

 月掛は俺の……大切な仲間ですから」


 『仲間』なんて言葉は、村を出る前には月掛に使おうとは思わなかったかもしれない。


 だが、飛竜の一件で月掛の心の一端に触れ、騒ぎながらも二人でここまで飛んできて、衛兵の詰め所で月掛の思わぬ言葉を聞いた今は、彼女のことを仲間だと思う気持ちが強く芽生えていた。


「そう、ですか……」


 俺の返答を聞いた少女はなぜか心持ち顔を曇らせ俯いたかと思うと、すぐにそれ以上の勢いで顔を上げた。


「あ、あの! 光一さん!」


 いきなり名前を呼ばれてビクリとした。

 なぜ名前を知っているのかと一瞬だけ考えたが、詰め所で名乗った気もするし、そもそも俺たちがパーティを組んでいると分かったのだから、何かしらのスキルで名前を見たのだろう。


 それよりも言葉に宿った彼女の勢いに気圧された。


「こ、光一さんは、お歳はいくつですか?」

「え? あ、ああ。俺は、17ですけど」


 なぜいきなり年齢の話になるのだろうか。

 俺が戸惑いながらもそう言うと、彼女は我が意を得たりとばかりにうなずいた。


「け、敬語、やめませんか?

 私、今は15で、もうすぐ16になるところです。

 光一さんとは、二つも年が離れている訳ですから……」


 もじもじと話す彼女を前に、ざっと考える。

 今が15でもうすぐ16ということは、学年に直すと高校一年生。

 現代日本風に言うならば、俺より学年が一つ下の後輩になる。


 確かにそんな彼女に対して敬語を使うのは不自然だろうか。

 何よりも彼女が望むなら、普通に話をしてもいいかもしれない。


「じゃあ、そうさせてもらおうかな。

 そっちも敬語じゃなくてもいいよ。

 ええと……」


 まだ、名前を聞いていなかった。

 言いよどむ俺に、それと察した彼女が慌ててデータウォッチを操作し始める。


「ご、ごめんなさい。

 まだ、自己紹介してなかったですね。

 すぐに簡易ステータスを開きますから」


 さっきまでの話の内容も忘れ、敬語でそう謝ってくる少女。

 簡易ステータスというのは確か、名前やクラス、レベルなどのあまり戦闘に関係しないような情報だけが表示される画面だったはずだ。

 何に使うのかと思っていたが、どうやら自己紹介に利用するのが一般的なようだ。


 そして、


「き、みは……」


 表示された簡易ステータスを見た途端、俺は自分でも不可解なほどに衝撃を受けた。




【シノノメ ミスズ】


クラス:錬金術師

LV:28

GR:3




「――光一、さん?」


 不安そうな少女の声に、俺は我に返る。

 自分の動揺の理由が分からず、自分でもびっくりするくらいに呆けてしまったが、たぶん俺が驚いたのは、彼女の名前が原因だ。


 ――しののめ、みすず。


 これは明らかに日本語名だ。

 漢字に直せば、『東雲 美鈴』辺りの表記になるんだろう。

 だから、これは明らかにおかしい。


 もし、彼女が日本人のトラベラーであるなら、俺たちのように漢字表記の名前でこの世界にやってくるはずだ。

 一方彼女がもしノークラスなら、日本語の名前のままということはない。

 そもそもクラスを持っているのだから、彼女はノークラスではないということになるはずだ。


 一体これは、どういうことなのか。


「なぁ、シノノメさん。

 君は一体……」


 そう、俺が言いかけた時。


 ギィ、という木が軋む音がして、奥の扉が開く。

 そして、


「……治療、終わったぞ」


 ミドウさんの無愛想な声の後に続くように現れた月掛は、


「なおった。あし、なおったよ…!」


 確かに、自分の両足で地面に立っていて、


「月掛、本当に良かっ……ぅ?!」


 思わず顔をほころばせた俺は、彼女に祝福の言葉をかけようとして、失敗した。

 なぜなら、その言葉を言い終える前に、


「あり、がと……! こう、いち、ありがとう!」


 すっかり元の俊敏さを取り戻した月掛が、俺の胸に飛び込んできたからだった。


「……はは」


 自然と、笑いが漏れる。

 これまでの苦労とか、辛い思いとか、そんなのが月掛の涙と一緒に全部溶けていくような気持ちだった。

 なぜか少しだけ、俺がこの世界で生きていくための勇気がもらえたような気がした。


 ――今だけは俺も全てを忘れ、泣きじゃくる月掛の頭を元気付けるようにぽんぽんと叩いてやりながら、彼女と同じ喜びを一緒に噛み締めたのだった。

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