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35.北の街へ

 ――『あの日』よりも一ヶ月以上前。



『……漫画?』


 俺は、夢と漫画という、よく分からない取り合わせに疑問の声を上げた。


『そうそう。二人共わたしの知り合いで、棚町たなまち 飛鳥あすか平原ひらはら あやって言うんだけど、DA(ダブルエー)って名前で同人誌とか描いたりしてるんだって。

 で、その二人がナイトメアの、あの夢のマンガも描いてるって話だよ』


 なのに縁はいつも通り。

 あっけからんとした口調で話された内容を、俺は必死で脳内で咀嚼する。


 同人誌、っていうのはアレだろう。

 素人が自分で作った本とか漫画のことだったはずだ。

 つまり、アマチュア漫画家が縁たちの夢の話を題材に漫画を描き始めたってことか?

 しかし、それだとおかしいことがある。


『でも、確か夢の中での記憶って現実に持っていけないんだろ?

 それとも縁みたいにその二人も……』

『ちがうちがう』


 縁は笑って否定した。


『夢の中で、描いてるんだ』

『夢の中で?』

『そう。だって、あの夢の内容をマンガにして理解してくれるのって、同じ夢を見てる人だけでしょ?

 だから、夢の中で描いてるんだって』


 俺にはよく理解出来ない話だった。

 その世界には、テレビやゲームだけでなく漫画を描く道具もあるのだろうか。

 しかし、縁は楽しそうに話を続ける。


『夢でのあるあるネタを中心にした四コマがメインらしいけど、そのキャラを使って、今度はナイトメアにいる人のための手引き書みたいなのを作ろうって話もあるらしいよ。

 題名は、なんて言ったかな。

 あ、そうそう、たしか……』




















 あの部屋で月掛に言われた言葉は、確かに胸に突き刺さった。

 だから俺は、ちゃんと考えてみた。

 しっかりじっくり、考えてみたのだ。


 確かに、あのままで行けば月掛は完全に足手まとい。

 一緒に行けば、仲間の危険も増してしまうかもしれない。

 答えは、すぐに出た。


 ――だったら二人で行ってすぐ帰ってくれば問題ないじゃないか!


 という訳で、北の街、ノゼントラへの道順を確認。

 話を聞けば、幸いにも渡り竜のおかげで北の街まで空には敵がいないという。

 これはもうおあつらえ向きと言うしかない。

 空を飛ぶ練習を済ませた俺は、月掛と同じくらいの重さと思われる岩を持っての飛行練習も行い、自信を持って月掛を迎えに行った。


 最悪の場合拉致してでも連れて行こうかと思っていたのだが、案に相違して月掛はあっさりと俺の嘘に騙され、こうして無事に空の旅と相成った訳だが……。


「ぜった、ぜったい、手、離さないでよ!

 手、手を離したら、うら、うらんで、うらんでやるからぁ!」


 首を絞めるみたいに全力で首にしがみつかれながら、耳元でそんな風に怒鳴られたりしてしまうと、流石の俺も『ちょっと早まったかな』と思わずにはいられない所ではあった。



「……とりあえず、少し落ち着かないか?」


 多少の衝撃はHPが肩代わりしてくれるが、こうも叫ばれてはたまらない。

 俺は月掛を出来るだけ刺激しないよう、抑え気味な口調で声を掛けた。


 だが、その効果は薄かったようで、


「おち、落ち着く、ですって!

 こ、この、この状況で?

 こ、こんな、こんな高くまで来るなんて、聞いて、ない!」


 声を震わせながら、そう訴えかける月掛。


 確かに連れて来たのは半ば無理矢理ではあったものの、思ったよりも反応が強烈過ぎる気がした。


「お前、もしかして高所恐怖症だなんてことはないよな?」


 まさかとは思いつつもそう尋ねると、月掛は烈火のごとく怒りだした。


「はぁ?! 高所恐怖症?! このあたしが?!

 ふ、ふざけないで! こんなのぜんぜんこわくなんかないから!

 ……でも、あたしが万一ちびっちゃったら、一番被害受けるのはあんたなんだからね!」

「完全に怖がってるじゃねえか!」


 既に語るに落ちているというか、200%くらい自白していた。


「月掛、本当に大丈夫か?

 背中で漏らされるとか、真面目に勘弁してくれよ?」

「し、失礼なこと言わないで!

 ま、まだちょっとしかだいじょうぶだから!」

「日本語がおかしい!

 っていうかそれ、もしかしてちょっとだけ手遅れってことじゃ……」

「…………」

「反論しろよぉ!!」


 その真相はともかく、俺たちはそんな風に騒ぎながら黒く染まりつつある空を駆けて行く。

 『魔力機動』は補助的な効果として、ある程度以上の風圧や慣性などから使用者を守ってくれるようだが、それは月掛には適用されていないようだ。


 さっきからしきりに騒いでいる月掛だが、落ちれば死ぬと分かっているせいか、俺にしがみつく手を離そうとはしない。

 高所恐怖症ということもあり、かなりの恐怖を感じているようだ。


 そうなるとあまり無茶をやる訳にもいかない。

 最高速を出そうと思えばもう少し速くも出来るのだが、それでは先に月掛の方が参ってしまうかもしれない。

 俺は少しだけ抑え気味にした速さでスキルを操った。


「な、なんか話しなさいよ。

 その、あたしの気がまぎれるような、おもしろい話」


 無言で空を進んでいると、月掛がそんな要望を突きつけてきた。


「面白い話、って言われても……」


 その無茶振りに、俺は困惑した。


 はっきり言って、俺は女性と話した経験があまりない。

 ここ一年くらいは随分とマシになってきたと思うが、それ以前の記憶を辿ると、はっきり言って縁以外の女性と会話した記憶が全くない。

 更に言えば、肝心の縁との会話だってぼんやりとしか覚えていない。

 いくら月掛相手とはいえ、そんな俺にウィットに富んだ会話など出来るはずもなく……。


「そ、そういえば、この世界にはトイレないんだよな?

 だからちびるとか漏らすとか……ぐぇ!」


 テンパった俺は最悪の話題をチョイスしてしまって、月掛に頭突きを頂戴した。


 ……頭突きの衝撃はHPで緩和されたものの、それでHPがなくなって墜落しかけたのはまあ余談である。



 頭突きの一件で懲りたのか、それから月掛は少しだけ俺に優しくなった。

 お互い、適当に自分のことを話しながら、のんびりと北の街ノゼントラを目指す。

 道中、俺は妹の結芽のことや諒子さんのこと、学校で隣の席になった滝川という悪友のことなどを話し、代わりに月掛からは、現実ではアーチェリーをやっていること、住んでいる場所は結構近くて家族仲は良好だとかいう話を聞いた。


 そんな風に数十分も過ごした頃だったろうか。


「ねぇ。なんでそんな、むかしのこと話したがらないの?」


 突然、月掛が真剣そうな顔をしてそう聞いてきた。

 そんなことを言われても困る。

 そういえば滝川にも同じようなことを言われた記憶があるが、俺としては別に、意識して避けている訳ではないのだ。


 なのに俺の沈黙を勝手に解釈して、月掛は続ける。


「……それってさ。あの時追いかけてるって言った、『ゆかり』って人を思い出すから?」


 俺はその言葉に少なからずショックを受け、そして月掛が縁の名前を覚えていたのに驚いた。

 渡り竜の一件でみんなに謝った時、俺は『以前別れた友人とそっくりな人物を見かけた』という部分と、それが縁という名前だということだけを説明したのだ。


 縁を追った時の俺の必死さを知っている月掛なら、その二つをくっつけて考えようとするのも分からないでもない。

 だが、それは深読みという物だった。


「まさか。全然違うって。

 ただ単に、わざわざ人に話すような思い出深いことが昔はなかったってことだよ」


 俺は出来るだけ軽く聞こえるような調子で否定する。


 しかし、もしかするとそれは縁と無関係ではないのかもしれない。

 なぜだか理由は分からないが、俺の記憶の中で縁と関係する物だけがどうもうまく思い出せなくなっている節がある。

 縁が消えるまでに俺が経験した楽しい思い出のほとんどが縁と一緒に経験した物だとしたら、どうだろう。

 俺は自分の経験したはずの楽しい記憶のほとんどを、まだ思い出せていないのかもしれない。



 それから考え込むようにすっかり黙り込んでしまった月掛から目を逸らして、また一段と暗くなり、視界の悪くなった空を見る。


「しかし、そろそろ見えてもいいと思うんだけどな」


 月掛がいるせいでそれほどの速度は出ていないとはいえ、出発してから休みなしで飛び続けている。

 陸路と違ってモンスターに時間を取られたり道に迷ったりもしていないし、正に直線距離で進んでいるのだから、相対的に考えて俺たちの移動速度はかなりの物だろう。

 そもそもあれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。

 そう思って時計を確認しようとして、


「……じ、かん?」


 なぜか呆然とした月掛の声に、俺は眉をひそめた。


「どうした、月掛。何か……」

「時間! いま、時間は!?」


 先程までとは打って変わって、切迫した様子で月掛が聞いてくる。


「ええと、時刻は分からないが、残り時間は3時間20分……」


 俺がそう口にした途端、目に見えて月掛の表情が変わった。


「もどって!!」


 余裕のない表情で叫ぶ。


「いきなり何言って……」

「ダメ! 奏也様の演奏を聞かないと!

 残り時間が3時間10分になる前に、奏也様の演奏を聞かないとダメなの!」


 月掛の顔は、今までに見たことがないほど切羽詰まっていた。


 しかし、ダメ、と言われても困る。

 最初の二、三回は例外として、基本的にナイトメアで過ごせる時間は6時間で固定されている。

 今回諸々の準備を終え、月掛の許を訪れた時、残り時間は確か3時間と50分ほどだった。

 出発してから既に、30分近くが経っていることになる。

 ここから10分で村に戻るなんて、はっきり言って到底不可能だ。


「お、落ち着けって。奏也と約束でもしてたのか?

 だけど悪いがもう間に合わない。

 だから……」

「ダメ! ダメなの! もどって! すぐにもどって!!」


 俺の説得も虚しく、月掛は一向に聞き入れず、痛いくらいに力を入れて俺を揺さぶる。


「おい、ちょっと…!」

「もどって! 早くしないと……!

 はやく、もどってよぉ!!」


 衝撃が俺を揺さぶる。

 たぶん、HPも減っているだろう。

 俺が月掛の様子に危機感を覚え始めた直後、


「もどらなくちゃ、もどらなく、ちゃ……」

「おいっ!?」


 月掛は、驚愕の行動に出た。

 今までどんなに騒いでも不平を言っても離そうとしなかった手を、一気に解放した。

 それどころか自分から俺から離れるように手を突っ張って、空に身を投げ出す。


 あまりの事態に、一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。

 腕の中の温もりが消え失せ、眼下には冗談みたいに落ちていく月掛の姿が見える。

 空を飛ぶ術を持たない彼女は、風に揺られる木の葉のように頼りなく落下していく。

 ただ、木の葉と違うのは、その速度がどんどんと上がっていること。


 遅まきながら、俺は事態の深刻さに気付いて顔を青くした。

 頭がずんと重くなり、脳がかっと熱を持ち、思考が空転を始める。

 だがそんな発作に身を任せていられるような状況ではなかった。


「『オーバードライブ』!!」


 叫んだ瞬間、思考がクリアに、流れる景色が心なしかゆっくりになる。

 同時に、考える。


 月掛は錯乱していた。

 彼女に自力で着地する手段があるとは思えない。

 助けなければいけない。


 流石に、その結論に至るまでは短かった。

 俺は過去に類を見ないような早さで思考にケリをつけ、『魔力機動』で月掛に向かう。


 『オーバードライブ』を使用した時の『魔力機動』は本来制御出来るような物ではないのだが、そうも言っていられなかった。

 俺の脳が非常時モードになっていること。

 それに、ここが空中で、落下していく月掛以外に物がなかったのが逆に幸いした。

 ほんの二呼吸もする間に、俺は月掛の近くまでたどり着いた。

 しかし、そこからが問題だった。


 よく映画の中で、ヒーローが地面にぶつかりそうなヒロインを間一髪で掬い上げたりするが、実はあれは危険な行為だと思う。

 墜落の危険というのは、落下による速度と地面の堅さ、二つの要因による物だ。

 地面ほどではなくとも、それなりの堅さを持つ人間の腕で加速のついた体を何の気遣いもなく受け止めたりすれば、普通の人間は下手をすれば首の骨が折れて死ぬ。

 だから本当に人を救いたいと思えば相対速度を合わせて少しずつ体を減速させていくのが最善だとは思うのだが、


「ああくそ! 失敗しても恨むなよ!」


 今の俺にはそんな技術も時間的余裕もない。

 かなりの高度を取っていたはずなのに、もう目前まで地面が迫っている。

 『オーバードライブ』の解除を待つ時間もない。

 結局俺はヒーロー式の助け方を選択。

 月掛自身の防御力とHPを当てにして、ほとんどタックルするような勢いで彼女を確保、すぐに上昇した。


「……っは!」


 地面から遠ざかって、ようやく詰めていた息を吐く。

 腕の中の月掛を見ると、落下のショックかそれとも俺が捕まえたショックか、気を失っているようだった。

 だが少なくとも、息をして、動いてはいる。

 見た所、飛竜にやられた左足を除けば深刻な怪我もないようだ。


「なんだってんだよ!」


 色々な危機に直面してきたが、今回ばかりは肝を冷やした。

 月掛が奏也を依存とも言えるほどに敬愛しているのは知っていたが、自殺行為としか言えない今のような行動に出るというのはいくら何でも想像の埒外だった。

 俺は悪態を吐きながら、『オーバードライブ』の加速状態のまま、空を飛び続け、


「――ッ?!」


 突然前にそびえたった影に驚き、寸前で軌道修正、上昇した。


(一体、何が……)


 影がなくなるまで上へ昇って、見下ろしてから気付いた。

 そろそろ暗くなっていたし、月掛にばかり注意がいっていたとはいえ、こんな巨大な物に気付かないとは、我ながらどうかしていた。


「これ、壁だ……」


 俺が今『魔力機動』で飛び越えたのは、おそらく街の外壁。

 現代でも見たことのないほどの巨大で長大な外壁が、ここ一帯を覆っていたのだ。

 そう、つまり、俺は……。


「着いた、のか。ここが、北の町、ノゼントラ……」


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