34.実験
――それはいつかの雨の日の記憶。たぶん『あの日』より一月以上前。
今日は雨だった。
俺はベッドの上から外を、俺の部屋のベランダと、その奥にある縁の部屋の窓を眺めた。
こちらの部屋のカーテンは開いているものの、雨に遮られてほとんど視界が効かない。
『んー!』
大きく伸びをする。
雨の日ばかりは、縁とのいつもの日課も流石にお休みになる。
もっと子供の頃は糸電話で会話をしようと試みたことがあったが、自重で糸が切れて以来、糸電話は使っていない。
ただ、その代わり……。
『おっと』
振動した携帯電話を持ち上げる。
そろそろ来ると思っていた。
《それじゃあ、この前の続き》
名前を確かめるまでもない。
縁からだ。
件名はREが付き過ぎて、もう収まり切らないほどになっている。
俺はベッドに寝転がり、雨の向こう、縁の笑顔を妄想しながらメールを打ち始めた。
《それって、ESPネットワークがどうこうって奴か?》
《そうそう》
《そりゃ、話としては面白いと思うけどさ。
それって正しいのか?
というか、それが正解だってどうやって証明するんだ?》
《正解かは分からないし、証明だってできない。
でもナイトメアでは、推論を立てることそれ自体に意味がある》
《どうして?》
《思い出して。ナイトメアでは想像したことが現実となる。
たとえば……ノゼントラという街の宿屋の娘は、最初は決められた言葉しか話せない単なるNPCだったけれど、可憐な容姿とトラベラーに接することの多い職業という仕事柄、主に男性トラベラーによっていくつもの妄想設定が考え出され、ほんの一週間で街の誰よりも流暢なおしゃべりをするキャラクターになった》
《……うわぁ》
《この世界の仕様は、あっさりと人間を作り変えるほどに強い。
だから、その推論や仮説が多くの人に認知されれば、例え事実とは異なっていたとしても、ナイトメアの世界の方が勝手に推論に近付いていく》
《なるほど。じゃあ実現して欲しくないことは、例え想像出来たとしても他に話さない方がいい?》
《実際にそう。考えられたものの、外には漏らせないと決められた一つの推論がある。
ナイトメアに参加する人の能力が肥大化し続けた先に起こるかもしれないこと。現実への悪夢の浸食。
わたしたちはそれを、『臨界』と呼んでいる》
ある一定以上の深い傷は、傷薬では完治しない。
飛竜のブレスを喰らって月掛の左足は、傷薬でも治らなかった。
「月掛……」
一面に包帯が巻かれた彼女の左足を見て、俺が言葉を詰まらせていると、月掛が不機嫌そうに口を開いた。
「……なによ。なんであんたがそんな顔すんのよ。
べつに一生、治らないってワケでもないし」
「っ?! 治るのか?」
俺が勢い込んで尋ねると、月掛はさりげなく顔をそむけた。
「北の街。ノゼントラの街まで行けば、このくらいの傷を治せる治療師もいるって。
まあ、傷を負ってから時間が経ちすぎると成功率は落ちるそうだけど」
「そうか! だったら……」
今すぐに北の街に向かう準備をして、出発だ。
そう、言おうと思ったのだが、
「まって! ……あたし、行かないから」
その言葉は、当の本人に止められた。
何を言われたのか理解出来ずに月掛を見ると、月掛は呆れたようにこっちを見ていた。
「こんな足じゃ、あたしは戦えないでしょ。
それに、だれかに背負ってもらったりしないと歩けないから、戦力がひとり減る。
ただでさえ人数がすくないのに、1人減ったら戦えるのは3人しかいなくなっちゃう」
「だけどな……」
それくらいのリスクは、許容範囲内じゃないだろうか。
飛竜の一件で、俺たちのレベルも上がったはずだ。
七瀬か奏也に月掛を任せ、ナキと俺をメインにして戦っていけば何とか北の街まで抜けられそうな気はする。
「だったら一度、試してみるだけでも……」
「それでやられたりしたらどうするのよ!
……それに、どっちみち、ムリ。
今のあたしじゃ、奏也様の足手まといになるから」
どうやら後半が本音のようだ。
見かけによらず一途と言うかなんというか。
そして、取り繕うように笑う。
「べつに、あたしだって無理に冒険とかしたいわけじゃないし。
みんなが強くなって迎えにきてくれるなら、そっちのほうが楽だし、ね」
なんて言って強がっているが、その笑顔はひきつっていた。
時間が経ちすぎると治療の成功率が落ちるというのなら、ここは月掛の足が治るか治らないかの分岐点のはずだ。
多少の無茶があっても進むべきだと思うのだが。
俺がまだ納得しかねていると、呆れたように月掛は言った。
「だれかのためにムチャをやって、あんたはそれで満足かもしれないけど。
まきこまれる仲間の身にもなってみなさいよ」
「巻き込まれる、仲間?」
俺が聞き返すと、月掛の目が鋭くなった。
「あたしは、逃げてって言ったのに……。
あんたがああやってもどってきたから、パーティが全滅しそうになった」
「それは……」
「もちろん、結果的にはみんな助かったけど。
でも、あんたの行動があのふたりも巻き込むんだって、ちゃんと自覚しなさいよね!」
その言葉は、流石に俺の胸に突き刺さった。
そこで初めて俺は、きちんと考えてみた。
月掛のこと、仲間のことを、ちゃんと考えた。
(……そう、だな)
俺が我を通して、俺一人が損をするならいい。
しかし、そのせいで困る人間が、俺以外にもいるとしたら……。
俺は自分の我儘を押し通して、それでいて他人に迷惑を掛けないほどの、力を手に入れないといけない。
だったら……。
「分かった。最後にもう一度だけ、聞くぞ。
お前は、奏也の足手まといにはなりたくないから、俺たちと一緒に北の街には行けないって言うんだな?」
最後の確認として、そう尋ねる。
「……そう、言ったでしょ。
あたしは、奏也様の足手まといになることは、できない、から」
答えはやっぱり、俺の想像した通りの物で……。
「そっか。邪魔したな」
俺はこれ以上の問答は無駄だと悟って、外に出た。
俺は月掛のいた家を出ると、その足で前にイベントでお世話になったトマスさんを訪ねた。
トマスさんはこの村周辺のモンスターに詳しいらしい。
これからのことを考えると彼の情報が必要だった。
一度は奏也に月掛のことを抗議しに行こうかとも考えたが、やめた。
あの合理性を重視する奏也が月掛を連れて行くことを積極的に奨励するとは思えないし、何より月掛の意思はかなり強固だった。
無駄な時間を使うより、今自分に出来ることをやっていくのが良さそうだ。
幸い、トマスさんはすぐに見つかった。
彼から、この村周辺の空を飛ぶモンスターについて聞く。
予想外の質問だったのだろう。
なぜそんな情報が欲しいのかと尋ねられたが、空を飛ぶ練習をするのに危険がないか知りたいと話したらすぐに納得して色々と解説してくれた。
彼の話によると、この村の南から北にかけてが渡り竜の通り道である関係で、この一帯に飛行系のモンスターはほとんどいないらしい。
この近くで空を飛ぶモンスターがいるのは南の山岳地帯のコウモリだけ。
それも、洞窟の中で飛んでいるだけなので、空を飛んでいる人間に危害を加えられるようなモンスターは渡り竜を除けば基本的にいないそうだ。
ついでに、今回の渡り竜は南から北に向かっていたという話も聞いた。
思わぬ収穫だ。
縁は渡り竜と並走するような形で飛んで行った。
北の街に行けば、もしかすると縁の目撃情報なんかも聞けるかもしれない。
その事実も踏まえ、北の街に向かうことも想定して、その場所や特徴なんかも聞き出すことが出来た。
「……ありがとうございました」
想像以上の成果に俺はトマスさんに丁寧に礼を言うと、一度ナキと七瀬の所に戻った。
すると、
「奏也!」
そこには、思いがけない人物の姿もあった。
「目が覚めたそうですね。お元気そうで何よりです」
俺の姿を認め、柔和な笑みを浮かべる奏也だが、俺はそれに付き合ってやれるような精神状態じゃなかった。
「月掛の話、聞いたか?」
俺の声音から、それを読み取ったのだろう。
奏也は肩をすくめ、あっさりと告白した。
「……当然でしょう。
自分は足手まといになるので置いて行ってくれと懇願されました。
もちろん、受け入れましたけどね」
見た目には、後ろめたさを感じているようにも見えない。
奏也は自然体だ。
俺はもう一歩、踏み込んだ。
「月掛の足は、時間が経てば治らないかもしれないってことは、知ってるのか?」
「はい。……でも、考えてもみてください。
ここで僕らが無理をして倒れたら、誰が彼女の足を治すんですか?
僕らのやるべきことは、早く強くなって北の街に行って、彼女をどうにかする方法を探すことですよ」
まるでそう問われることが分かっていたみたいに、すらすらと答えた。
やはり、そこに気負いは感じられない。
当然のことを話すように、なめらかに話していた。
そんな奏也に、俺は……。
「まあ現状、俺たちが無理をすると危険だっていうのは同感だな」
そう言って、肩から力を抜いた。
たぶん、奏也は正しいのだ、絶対的に。
ここで突っ張ってみせたって、何の解決にもならない。
第一、またナキや七瀬にまで危険なことをさせる訳にはいかない。
俺は苦い笑いを浮かべた。
それを見て、奏也も安心したようだ。
表情を更に柔らかくした。
「理解してもらえたようで何よりです。
大丈夫。僕たちならすぐに強くなれますよ。
そうしたら胸を張って彼女を迎えに行きましょう」
「……そうだな」
そう、いつかは月掛を連れて街に行けるようになる。
今の俺に出来るのは、それを出来るだけ早くすることだけだ。
「じゃあ、そのためにちょっと時間をもらえるか?
前の飛竜戦ではスキルに振り回されて無様な所を見せちゃったからな。
スキルを使いこなせるように、一人で練習がしたい」
俺の提案に、奏也は少しだけ意外そうな顔をしたが、すぐにうなずいた。
「僕は構わないですよ。
ちょうど、色々と情報収集をしたいと思ってましたし。
……そうですね。前回は死にそうな目に遭いましたし、ここは小休止を入れましょうか。
今日は残りの時間、自由行動、ということでいいですか?」
振り返って言った奏也の言葉に、ナキは無言で、七瀬は少々びくつきながら肯定の意を示した。
薄闇の中を一人、村の外まで出て来た。
この世界では昼夜がどうなっているかは分からないが、そろそろ夜の時間帯に差し掛かるようだ。
睡眠欲はないので眠る必要はないが、暗くなると色々と面倒そうだ。
俺はすぐに訓練に取り掛かることにした。
「『真実の剣』!」
まず手始めに折れたショートソードを呼び出し、それを持って近くに生えている木を斜めに斬り付ける。
何の手ごたえもなく、もちろん木に折れた刃が当たったということもなかったのに、その木はあっけなく切り倒された。
空恐ろしくなるほどの切れ味の良さだった。
しかし、これで非常時にしか使えないという線は消えた。
次は更に詳しい条件を探るため、折れたショートソードをインベントリにしまう。
「『真実の剣』!」
今度は手に何も持たずに、ただ剣を握っているイメージだけで腕を振るってみる。
結果はやはり同じ。
木はどこまで鋭利な刃物を使ったらこうなるのかというくらい綺麗に切断され、二つに分かれた。
改めて見ると凄い威力だ。
しばらく呆然と四つの木の成れの果てを眺めていたが、そうだと思い直してデータウォッチで自分のステータスを呼び出した。
DP:17/19
きちんとDPが2減っている。
『真実の剣』がきちんと発動していることは疑いがないようだ。
ちなみにだが、現在、俺のレベルは19まで上がり、それに伴ってDPも19まで増えている。
これは飛竜を倒した影響だ。
目が覚めた後、所持ウィルを見ると一気に40000近く増えていた。
これは飛竜を倒した経験値というより、『渡り竜を追え!』のイベントが継続していて、そのイベントの第二条件、飛竜を倒した追加ボーナス(一匹につき36000ウィル)が加算された結果のようだ。
イベント報酬なので、36000についてはパーティメンバー全員に分配されたはずで、これによって俺たちのパーティは随分と強化されたと思う。
単純にレベルだけで言えば、北の街に辿り着くにも不足はないだろう。
それだけにもどかしい想いもあるが、今はその気持ちは押し込める。
(次は、剣を持っている状態で使ってみるか)
いざという時のために、検証しなくてはならないことはいくらでもある。
俺は無言でインベントリを呼び出した。
検証の結果、いくつかのことが分かった。
まず、『真実の剣』自体の性能だが、やはりスキル詳細にあった通りのスペックだった。
一回振るごとにDP消費。
ゆっくり振っても早く振っても効果は変わらない。
どんな切り方でもあっけなく木は切れたが、『切りたくない』と考えながら振った時だけ木には変化がなかった。
射程距離、というより刀身の長さは推定で30センチ。
ただし、DP消費を1増やすごとに長さがやはり30センチずつ伸びるようだ。
DPが少ないためこの部分はあまり詳しく検証出来なかったが、おそらく間違いないだろう。
ちなみに『オーバードライブ』を使用しても射程距離は伸びないことも分かった。
威力は上がっていると思いたいが、そもそも今の所このスキルで切れない物がないので検証することは出来なかった。
折れていないショートソードを持ちながら試した所、結果は失敗。
DPは減ったが、ショートソードが木にめり込むだけで切れなかった。
……なんとなく、釈然としない。
武器を持っていると発動しないのならDPが減るのは不自然だ。
なら、発動はしているが、剣がある場合は元の剣が優先されて効果が発揮されていないと考えるべきか?
しかしそうすると、明人との一件が説明がつかない。
明人のナイフと俺の剣がぶつかった時、二人の武器が同時に折れた。
あれはどう解釈すればいいのか。
(……うーん)
全てのピースは揃っているのに、あと一歩答えに届いていないようなもどかしさを感じる。
『謎』とか『秘密』とかではなく、俺は何か単純なことを見落としている。
そんな気がした。
しかし、答えの出ない疑問ばかりを追いかけていても仕方がない。
大体の使い方やスペックは分かったのだから、これからは『真実の剣』も実戦に投入していけるだろう。
俺は気を取り直し、今度は『魔力機動』の練習に移ることにした。
飛竜との戦いでは、『オーバードライブ』を使用した『魔力機動』の速度についていけず、手酷い失態を晒した。
あれが死につながらなかったのは、単に幸運だったとしか言えないだろう。
『魔力機動』を使いこなせるようになること。
最低でも、どのくらいなら自分が使えるのかを把握出来るようになることは、俺にとっての急務だった。
自分でも制御出来ないほどの速度だ。
逆に言えば、使いこなせるようになればこんなに心強い物はない。
そう思って練習を始めたのだが……。
「……無理、だな」
練習を始めて30分ほど。
俺はあっさりと音を上げた。
『オーバードライブ』を使用した時の『魔力機動』の速度は異常だ。
スキル自体の制御という意味でも、スキルで出た速度の制御という意味でも、俺にはまだ荷が重かった。
少なくとも、一朝一夕に身に着けられる物ではないということが分かった。
そこで俺は方針を転換し、素の『魔力機動』を使う練習だけに集中することにした。
とりあえず村の雑貨屋でHP補充用のポーションを大量に買い込み、特訓を始める。
操作を上げたおかげで『魔力機動』単体での速度も随分と上がっている。
それでも『オーバードライブ』で数倍に増幅された速度と比べれば天地の開きがある。
俺は『魔力機動』で森の上空へ浮き上がり、障害物の全くない高空でスキルの習熟に努めた。
「おおっ!」
改めて空を飛んでみて、その景色に驚く。
縁を追っていた時にも飛んでいたはずだが、その時にはこんな感慨を抱く暇もなかった。
「すごいな」
あまりの高さに恐怖すら感じたが、完全に自分の意思で移動しているので、想像したよりも怖いということはない。
ジェットコースターよりも自分で運転する車の方が怖くないみたいな理屈だろう。
……ちょっと違うかもしれないが。
それでも下を見ると流石に目がくらむような気がしたが、30分もする内に慣れた。
一度制御を失って上下の感覚を見失い、地面に墜落しかけたこともあったが、その訓練は概ね順調に進んだ。
これなら渡り竜と飛ぶことだって出来るかもしれないというくらいまで空に慣れた所で、第二段階。
あらかじめ目星をつけておいた大きな岩を『真実の剣』で切り出し、抱えて空を飛ぶ。
自分の体以外の大質量を抱えてもうまくスキルを使えるか、確認しておきたかった。
そして、空を飛び始めて1時間ほど経った後。
(……これなら及第点か?)
大きな荷物を抱えているせいでそちらに注意が削がれるということはあったものの、重さ自体は段々と気にならなくなった。
もちろん自分一人で飛ぶよりは速度が出ないが、それは逆に移動を制御するには好都合だとさえ言えた。
(やっぱり、この路線で問題なさそうだ)
俺は一人でうなずくと、もう一度村に戻った。
目的地は、月掛のいる家だ。
「また、今度はいったい……」
「月掛! 俺の訓練に協力してくれ!」
月掛が不機嫌そうに何かを言う前に、機先を制するように一方的に告げた。
「な、いきなりなに……」
「空を飛ぶ練習をしてるんだけど、重しがないと飛びすぎるんだよ。
俺につかまってるだけでいいから協力してくれ」
「だったらそこらへんから何か……」
「そう思って岩を持ってたんだけど、持つことに集中してると邪魔になるんだ。
だから、勝手にひっついてくれる人間の方がいい」
月掛が何かを言いかける度に畳み掛ける。
「そんな、身勝手な理屈……」
「だって他の人は色々忙しそうで、頼む訳にはいかないからさ。
どうせ、あれからずっと家から出てないんだろ?
たまには外に出た方が気晴らしにもなるって」
俺がダメ押しみたいに言うと、
「……おせっかいなやつ」
いかなる心境の変化か、肯定的な返事をもらえた。
もしかすると、俺が塞ぎ込んでいる月掛を心配して外に連れ出そうとしていると勘違いしたのかもしれない。
別にそういう可愛い意図はないのだが、そんな風に解釈してもらえたのなら好都合だ。
「えっと、じゃあ……」
背中におぶさってもらおうとして、すぐに思い直す。
左足がうまく動かない様子の月掛に、これは難しそうだ。
俺はちょっと考えた末、
「え? な、何やって……」
彼女の頭の下と足の根元辺りに腕を回して、持ち上げる。
俗っぽく言うなら、お姫様だっこという奴だ。
高尚に言うと何て呼ぶのかは寡聞にして知らないが。
ナイトメアで強化された力は、月掛の体を楽に持ち上げることが出来た。
すると、今までおとなしくしていた月掛がバタバタと暴れ出す。
「ちょっと、ダメ! これ、はずか……」
「はずか?」
俺が問い返すと、月掛は赤くなった。
「なんでもないわよ、バカ!」
真っ赤になって叫ぶ。
(……すごいな)
なんというか、清々しいほどに漫画とかにありそうな反応だ。
こんなにも素直になれない生き物がこの世に存在するとは思わなかった。
俺は奇妙な感慨を覚えながらも、月掛を抱えたまま家の外に出る。
「それじゃ、このまま飛ぶから。
落ちないように、しっかりつかまってろよ」
「わ! ちょっと待ちな……」
当然、待たない。
『魔力機動』を全開にして、空へ飛び出す。
「――――ッ!」
同時に、俺の首に回された手に驚くほどの力が込められる。
それをなんとなく愉快に感じながら、俺は更に速度を上げる。
地表が、村が、急速に遠ざかっていく。
「だから、待ってってば!
こんな速さで、いったいどこまで行くつもりなのよ!」
慌てた月掛の言葉に、俺はしてやったりという気持ちで笑顔を見せて、答えた。
「――ちょっと、隣の街まで」