25.考えてみた
『……あのね。光一はよく、わたしにもっと考えろって言うけどさ。
考えれば考えるほどメチャクチャなことを思いつく光一の方が、わたしはよっぽど問題だと思うよ?』
「だ、大丈夫ですか?
やっぱりもうちょっと休んでいた方が……」
「え? あ、ああ。いや、大丈夫だ」
懐かしい気配に意識が引っ張られそうになった所を、七瀬の心配そうな声に引き戻される。
俺が戻ってきて以来、七瀬はなにこれと俺の世話を焼くようになった気がする。
ナキを背負って大樹に戻った俺は、まずみんなに「勝手な真似して悪かった」と頭を下げた。
そんな俺を見て奏也は苦笑して肩をすくめ、月掛は半泣きで殴りかかり、七瀬は号泣して俺をドン引きさせた。
七瀬に平謝りに謝って何とか泣き止ませた後、みんなで村に戻ることにした。
ナキは疲れて眠ってるし、俺は疲労困憊しているし、七瀬はそんな俺から梃子でも離れようとしない。
この状態で何か行動を起こすなんて、出来るはずもなかった。
帰り道では、色々なことを整理する時間があった。
まず俺は、今まで自分が縁のことを完全に忘れていたのだと自覚出来た。
信じられないような事実だが、これには色々と思い当たる節がない訳でもない。
一部だけよみがえった記憶によると、どうも俺には縁のことを忘れさせるような力が働いているのだと考えることが出来る。
俺は無意識にでもこの力に抗っていたのだと思うのだが、最近はナイトメアの世界に夢中になって、縁のことを考えることが減っていたような気がする。
そしてたぶん、トドメになったのが明人の一件だ。
明人との戦闘中にナキが負傷して倒れた時、俺の頭の中から縁のことが一瞬とはいえ完全に消えた。
これがきっかけになって、俺は縁のことを全く思い出さなくなってしまったのではないかと考えられる。
「……光一さん?」
また黙って考え込んでいると、再び七瀬に声を掛けられた。
やはり、心配そうな顔をしている。
「あ、悪い。調子が悪い訳じゃないんだ。
ただ、考え込んでただけで」
俺の返答に、七瀬はピンと来る物があったようだった。
「もしかして、転職のことですか?」
まあ、答えは大外れだが。
「クラス、か……」
それについても改めて考えてみる。
縁と会うまでの俺は、バランスが取れていて死ににくい戦士を選ぼうとしていたが……。
――今となっては、その選択はありえない。
何がバランスだ。
何が死なないように、だ。
そんなことを考えていた昔の俺は悠長だと言うしかない。
俺は一分一秒でも早く強くなる。
そのためにはバランス型じゃダメだ。
出来るだけ速く、効率良く敵を倒し、経験値を稼げる手段を確立する。
そのために必要なのは汎用性ではなく、何か特化した能力だ。
特化した能力を持つことと、安定した戦力を持つことは、必ずしも矛盾しない。
必勝パターンさえ確立出来れば、一人で色々な状況に対応することも出来るはずだ。
特に経験値効率を考えるなら、パーティよりもソロで戦えるのが理想だ。
そして実際に、俺はその実例を目にしている。
――縁だ。
飛竜は格下の相手かもしれないが、あれだけの数を相手に縁が戦えたのは、彼女の魔法、つまり理術の能力が優れていたからだろう。
恐らく縁は理術特化キャラだが、理術だけで攻撃、防御、移動、その全てを高水準でまかなっていた。
あの時の縁の姿は、戦闘スタイルがハマれば単独でも戦力になり得るという事実を俺に教えてくれた。
高望みだとは分かっているが、可能なら俺も、一人で戦えるだけの安定した強さが欲しい。
――もっと具体的に考えてみよう。
まず必要なのは攻撃手段だ。
種類は何でもいい。
物理攻撃でも魔法でも、アイテムでもいい。
とにかく強い攻撃手段、そのための能力値が必要だ。
今の所、その条件に一番合うのは剣士だと思われる。
攻撃力を上げるには、強化を上げて物理攻撃か、理法を上げて理術攻撃が手っ取り早い。
そして、俺が転職出来る職業の中では強化4という数値は一番高い。
更にBPを毎回強化に振るようにすれば、強化が5ずつ上がることになる。
これを越えるような特化が出来るクラスは俺の知る限りは一つも……いや、一つしかない。
しかし、前衛職を選ぶなら、防御手段も必要になってくる。
大きなダメージを受けて回復に回らなくてはいけなくなったら戦闘の効率も落ちる。
そして、その点も剣士はある程度クリアしていると言える。
剣士は戦士より防御力は低めだが、素早さが高い。
戦士以上に攻撃を避けられればダメージも少ないはずだ。
スキルを使う敵が増えてくれば分からないが、当面は回避能力が高ければ防御の面でも問題はないと言えるだろう。
一方で魔法職、理術スキルを中心に戦うクラスも検討してみる。
しかし、やはり絶望的に低い理術系能力がネックになる。
とても理術メインの戦いは出来そうにない。
ただ、理術をサブ的に使うという選択肢はないでもない。
物理特化は強力ではあるが、物理攻撃が効かない相手に対して無力になること、複数攻撃の手段に乏しいこと、が弱点になる。
理術も使えれば、その辺りの問題も解決出来るが……。
やはりそれは一番の下策だろう。
物理も理術もと欲張れば、戦士どころではない器用貧乏になる。
上げる能力値は出来るだけ絞った方が効率がいいのだ。
ならば、やはり俺が転職するべきなのは剣士なのだろうか。
いや、と俺は首を振る。
結論を出すのは早い。
もっとだ。
もっとしっかりと考えてみなくてはいけない。
視点を変えよう。
妹もキャラクタービルド、つまりキャラの育成方針の基本は、長所を伸ばすことだと言っていた。
ならば俺の長所とはどこなのか。
現状、俺の強みは何かを考えてみる。
能力値で比較的高いのは強化だが、これはBPで上げた物。
転職すればなくなってしまう。
これは違うだろう。
同様にレベルとBPも除外だ。
すると、能力値でずば抜けて高い物はほとんどなくなってしまう。
ずば抜けて低い能力ならあるが、だからどうしたという話だ。
だとすると、スキルはどうだろうか。
『魔力機動』は便利だし、『オーバードライブ』はここ一番で驚くほどの力を発揮する。
ついでに言えば、ユニークスキルの『真実の剣』も凄いポテンシャルを持っている……気がする。
発動条件さえ分かれば、有用なスキルになってくれるかもしれない。
ただし、『魔力機動』は無属性スキルのため、その性能は操作の能力値に左右される。
特に物理特化にするなら、操作の能力値が上げることはあまりないだろう。
素早さが上がってくれば、不要なスキルに変わっていくことも考えられる。
『オーバードライブ』も難点ありだ。
効果時間が短いくせに使えばMPがなくなるので、MP消費スキルとは致命的に相性が悪い。
HPと防御力も下がるし、武器が壊れやすくなるのも大きな問題だ。
こうして考えると、本当に長所なのか分からなくなってくる。
物理特化にすると『魔力機動』は段々使えなくなってくるし、『オーバードライブ』で武器が壊れまくる。
理術特化にすると『魔力機動』なんて使い道がないだろうし、『オーバードライブ』で魔力が一気に枯渇する。
どちらにせよ活用が難しくて……。
――あれ、待てよ?
その時ふと、俺の頭に『ある考え』が閃いた。
物理特化か理術特化かで悩んでみたが、そもそもそのどちらかにしないといけないと決まっている訳じゃない。
第三の選択肢を選ぶというのもありなんじゃないだろうか。
もう一度、しっかりと考え直してみる。
さっきまでの思考の要点を拾う。
必要なのは、
高い能力値に裏打ちされた強い攻撃手段。
防御あるいは回避の手段。
改めて分かったのは、
複数の能力値を上げても効率が悪くなること。
理術関連の能力値が絶望的に低いこと。
今の俺の強みは、
MPが使えず武器を壊す『オーバードライブ』。
物理特化では使えなくなる『魔力機動』。
これらの要素を全て考えると、今まで思いついてもいなかった選択肢が浮かび上がってくる。
攻撃手段には若干不確定な要素が混じるが、まあうまく行くまでは他で補ってやればいい。
……穴は、たくさんある。
だが、その考えにはそれを補ってあまりあるたくさんのメリットがあるように思える。
いや、むしろ今の能力を活かすなら、この選択しかありえないとすら思えた。
「――よし、決めた!!」
そうとなれば善は急げだ。
俺は突然の大声にビクッと肩を震わせた七瀬にも構わず、データウォッチでステータス画面を操作。
考え付いた通りのキャラクターを作り上げていく。
「も、もしかして、クラス、決めたんですか?」
ちょうどデータウォッチの操作を終えた頃、七瀬がそう問い掛けてきた。
……そうだな。
ここは一つ、みんなにも説明しておいた方がいいかもしれない。
俺は七瀬にうなずきかけると、
「ちょっとみんな、聞いてくれ!」
そう言って、いまだ眠ったままのナキを除く三人の注意を引いた。
「みんなには前も相談したが、クラスのことについて考えたんだ。
ようやくこれからの成長方針を決めたから、みんなにも話しておきたい」
三人の視線が集まる。
口頭で説明するよりステータス画面を見せた方が早いだろう。
俺はステータス画面を開示設定で呼び出した。
中空に、俺のステータス画面が表示される。
「……え?」「……あ、あんた」「これは……」
なぜか口を半開きにする三人の前で、俺は胸を張ってこう言い放った。
「これが、俺の考えたキャラクタービルドだ!」
時計が、動いた。
――00時01分。
現実世界に戻った俺が、ベッドに腰掛けて今日の出来事を反芻していると、
――バン!
という音がして部屋の扉が開いた。
「な、なんだ!?」
思わず俺が動揺した声を漏らすと、
「むー。このくらいの時間にいきなり部屋に入ったら、もしかするとお兄ちゃんがこっそりゲームやってるとこ見つけられるかと思ったのに……」
乱暴に髪飾りをいじりながら傍迷惑な乱入者が言った。
「そんな訳あるか!」
と叫びながら、俺は内心結芽の勘の良さに舌を巻いていた。
ある意味一分前までゲームをやっていたのだ。
偶然だろうが、いや、偶然だからこそ、驚きの的中率である。
……それでも、その方法で俺がゲームをやっている現場を押さえるのは不可能ではあるのだが。
「ああ、でもちょうど良かったかもな。
お前にも相談したけど、クラス、というか、今後の成長方針を決めたんだ」
そう俺が言うと、妹は俄然食いついてきた。
「何にしたの!? やっぱり戦士?! それとも剣士?! まさかのスカウト?!」
「まあちょっと待ってろ」
やはり口で言うより見せた方がはっきりするだろう。
さらさらっと前に使ったルーズリーフの裏に俺の能力値を書いて、妹に突きつける。
どれどれ、とばかりに結芽は俺の手元をのぞき込んできて、
「……は?」
なぜだろうか。
あの時の七瀬たちと同じように、口を開いて固まった。
ちなみに、だが。
決定した俺のキャラクターのスタイルはどんな物かというと――
【普賢 光一】
トラベラー
LV:11
HP:87
MP:5
DP:11
魔力:7
理力:0
強化:44
耐久:12
俊敏:13
器用:17
理法:3
克己:21
操作:176
信心:1
BP:0
――操作極振りのトラベラー。
たぶん、世界初のスタイルだった。