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23.渡り竜と魔法使い

ようやくここまで来た!!


――ナイトメアイベント『渡り竜を追え!』――


【イベント達成条件】

1.ハリル村横の大樹の上から、双眼鏡で飛竜の群れを目撃する

2.飛竜を倒す(追加ボーナス条件)


【イベント達成ボーナス】

1.4000ウィル

2.飛竜一匹につき36000ウィル



【イベント失敗条件】

なし


【イベント失敗ペナルティ】

なし


【受諾可能グレード】

1~



 あれから何事もなく二時間を乗り切った俺たちは再び奏也と月掛とも合流し、パーティを結成、大樹への道を歩んでいた。


 ナキはいまだに自分のステータスを他人に見せたがらないが、パーティを組んだ時のステータス開示設定をいじれると分かったため、今回のパーティには参加している。


 ちなみに今の俺たちの職業とレベルを並べると、こんな感じだ。



【普賢 光一】

トラベラー LV10


【三島 奏也】

吟遊詩人 LV9


【月掛 立】

弓使い LV9


【四方坂 ナキ】

魔女 LV13


【七瀬 こずえ】

槍使い LV4



 『ヘルサラマンダー』のイベントをこなしていない七瀬がまだレベル4なのは理解出来る。

 そのためにも『渡り竜』のイベントは是非とも成功させたいなと素直に思えるというものだ。

 しかし、イベントをやっていないナキがこの中で断トツにレベルが高いというのは一体どういうことなのか。


「…ひとりでレベル上げ、してたから」


 それに対してナキは簡潔にそう答え、それ以上の解説を寄越さなかった。

 いつも思うが、大物過ぎる。


 ついでという訳でもないが、話がレベルのことに及んだので、俺は自然とパーティのみんなに自分の職業のことを相談してみた。


 奏也は、


「戦士がいいんじゃないですか?

 壁役は必要ですし、やはり一番安定すると思います」


 月掛は、


「なに? わたしはあんたのクラスなんて興味ないわよ。

 ……まぁでも、剣士、とかいいんじゃないの?

 そういう戦闘スタイル、合ってると思うけど」


 七瀬は、


「スカウトか、剣士をお勧めします。

 ……あの、高速戦闘はわたしには無理です。

 光一さんの方が、そういうの、向いてると思います」


 ナキは、


「……戦士。死ににくそう」


 と、見事にバラバラだった。

 基本的には戦士と剣士で2対2に分かれた、という所か。


 だが前に妹にも話した通り、俺自身は戦士に惹かれていた。

 奏也が言う通り、安定性というのはやはり武器だ。

 性格的にも、戦士の方が俺の性に合っている。


 この世界で焦る理由なんて何もない。

 勇者や英雄になりたい訳でもない。

 今の俺は、ただこの仲間たちと楽しくやれればそれでいいと思っている。

 だから大切なのは、死なないこと。

 つまり、どんな状況でも生き残ることだ。


 ――うん、やっぱり戦士にしよう。


 俺がそう決意を固めたその時だった。


「着いたみたいですね」


 あの大樹が、目の前にそびえたっていた。



 結局、いまだに転職をしないまま、俺は木に登ってしまった。

 もちろん、今からでもボタンを数個操作するだけで、簡単に転職は終わる。

 なのにまだ何か見落としがある気がして、俺はまだ迷っていた。


 もう、飛竜が来てしまう。

 そうしたら、転職後のレベルを上げる絶好のチャンスをふいにしてしまう。

 それは分かっているのに、なぜか指が動かない。

 一番大切な何かを、決して忘れてはいけない何かを忘れている気がして、決断出来ない。


 そして、


「奏也様っ! あれ!!」


 月掛の声に、データウォッチに落としていた顔を上げる。


 最初は、ただの鳥の群れかと思った。

 だが、すぐに違うと分かる。

 いや、分からされた。


 近付いてくるにつれて理解出来る、一匹一匹の大きさ。

 そして何よりも、その生き物の放つ、圧倒的な存在感。

 『竜』という存在を、否応なく脳に焼き付けられる。


 それが何十、何百と連なり、一斉に移動しているのだ。

 圧倒されないはずがなかった。


「あれが、渡り竜……」


 隣で、誰かが呆然とつぶやくのが聞こえた。



 しかし、そこに来ると奏也は流石だった。

 渡り竜の姿に感銘を受けていない訳ではないだろうが、奏也はそれを押し殺すことの出来るリアリストだ。


「皆さん! そろそろ竜たちが上を通ります!

 双眼鏡を用意してください!」


 言われて、俺や七瀬は慌ててデータウォッチを操作する。

 村で待機している間に、奏也は抜け目なく人数分の双眼鏡をそろえていた。

 震える手でデータウォッチを操って、その双眼鏡を取り出した。

 すぐさまのぞきこむ。


「うわっ!?」


 その双眼鏡は思った以上の倍率で、のぞいた途端、まるですぐ近くに竜がいるような錯覚を覚えた。

 と、同時に、頭の中でファンファーレ。

 イベントの達成を報せる。


 他のみんなも、最初の数秒で目的は達しただろう。

 それでも誰一人、双眼鏡から目を離す者はいなかった。

 世界の王者たる竜。

 その威容を、誰に言われるでもなく、目に焼き付けようとしていた。


 そして、ようやく全体の半分が通過しただろうかという時だった。

 俺たちの中で唯一泰然と飛竜を見上げ、奏也に言われる前から双眼鏡をのぞいていたナキが、鋭い声を発した。


「群れの中央やや先端寄り、右端! 見て!」


 その声に含まれた切迫した響きに、俺ばかりでなく、その場の全員がナキの示した場所に双眼鏡を向ける。

 そして俺たちは、一様に驚きの声を上げた。


「まさか……人?!」


 飛竜の群れに向かって、一人の生身の人間が、無謀にも突撃をしかけようとしていた。



「どういうことなんだ?」


 俺が尋ねると、奏也は困惑したように答えた。


「もしかすると、飛竜を倒すつもりなのかもしれません。

 ほら、このイベントにも、飛竜を倒すことが条件に加えられています。

 だから、あの人も……」


 答える奏也の言葉にも、いつもの勢いがない。

 奏也も、あの圧倒的な存在感と力強さを備えた存在を、たった一人でどうにか出来るはずがないと、そう考えているのだ。

 もちろん俺も、同感だった。


 一対一ならあるいは、という思いはある。

 今は無理でも、冒険者として経験を積み、パーティ全員が全力で挑めば、何とか勝てるかもしれない。

 だが、あれは無茶、無謀だ。

 たった一人で飛竜の群れに飛び込むなんて、正気の沙汰じゃない。


「あの人、本気みたいよ!」


 月掛が俺たちの注意を促すように、声を上げる。

 魔法使い、なのだろうか。

 その人物は、道具も使わずに空を飛び、一直線に飛竜の只中に飛び込んでいこうとする。

 だが、


「危ないっ!!」


 思わず、といったように、隣の七瀬が叫んだ。

 魔法使いの接近に気付いた一匹の飛竜が、わずらわしそうに首を曲げ、


「炎のブレス!!」


 口から火を放った。

 火炎放射器、どころの騒ぎではない。

 恐らく想像を絶するような高温のブレスが、飛竜の体を丸々包み込むほどの大きさに膨れ上がって魔法使いを襲う。


 だが、魔法使いは、軽やかな飛行でそれをあっさりとかいくぐる。

 そして再び現れた魔法使いの手には……巨大な、魔法の槍!?


 ――ドクン、と心臓が跳ねる。


 その鼓動一回の間に、事態はめまぐるしく推移した。

 魔法使いが槍を投擲、それは火を放った飛竜に突き刺さり、


「そんな!? 一撃で?!」


 巨大な魔法の槍を受けた飛竜は、一瞬にして粒子になって空に還った。

 俺も唖然としてしまう。

 信じられない威力だ。


 しかし、その事実は他の飛竜の本気を引き出す結果となった。

 今までたかが羽虫一匹と侮っていた飛竜たちが、全員で魔法使いに向き直る。


 そして飛竜は、モンスターとは思えない見事な連携を見せる。

 それぞれが魔法使いから距離を取るように動き、半包囲を完成させる。

 相手もさる者、魔法使いはその間に更に魔法の槍で飛竜を二匹粒子に変えていたが、その程度で数の優位は微塵も揺るがない。


 飛竜たちが、同時に口を開く。

 飛び出すのは、容赦のない灼熱の十字砲火。


 吐き出される炎を魔法使いは正に魔法のような機動で避け、躱し、振り切っていく。

 だが、それにも自ずと限界があった。


 誘い込まれたのは、飛竜二匹の口の前。

 そこから絶対不可避の炎が放たれる!


「ああっ!?」


 誰かの、悲痛な声が聞こえた。

 だが、


「魔法の、盾……」


 声が、震える。

 それでも魔法使いは健在だった。

 自分の目の前に魔法の盾を発生させ、全てを溶かし尽くすはずの竜のブレスを、あっさりと防いでいた。


 数瞬の後、盾と入れ替わるようにして飛び出した魔法の槍が、ブレスを吐いた二匹の飛竜を新たな粒子に変えた。


「すごい……」


 横から、呆けたような声が聞こえる。

 だが、違う!

 分かってない!

 全然分かっていない!


 すごいんだ!

 本当に、本当に、すごいんだ!!


 俺が、心の中で叫んだその時、


「――!?」


 見えるはずないのに、向こうがこちらに気付いた。

 はっきりと、俺たちの方を、この大樹の方を凝視している。

 そして、高い空の上から、相手の攻撃を回避しながら手を振って、


「――ッ!?」


 鮮やかなインメルマンターン!

 残念ながら、パンツは見えない。

 ……そりゃそうだ。

 だってあれは、俺の妄想なんだから。


「…コーイチ?」


 ナキが訝しげな声を漏らす。

 俺の頬を涙がボロボロと伝っているのを、不審がっているのかもしれない。


 だが、止められなかった。

 止められるはず、なかった。


「なんだよ、すげぇ、じゃねえか……」


 声が、漏れる。

 そうだ。そうだよ。

 こうじゃなきゃいけない。

 こうなるんだって、一年も前に約束した。



「空を駆ければ縦横無尽、魔法の槍は巨人をも貫き、魔法の盾は竜の吐息すら防ぐ」



 無意識にこぼれる声は、低くかすれていた。

 これだ。

 これが、接近戦も出来る魔法使いだ。

 耳の奥にはっきりと残る懐かしい言葉。



『まだ、ただの願望。でも、あと一か月もあれば実現してるって自信もあるよ。

 そしたら光一にも、見せてあげたいけど……』



 見てる。


 俺は、見てるんだ!


 俺は、今、見てるんだ!!


 俺は、今、お前を見てるんだ!!!



 もう止まらない。

 止められない。

 止まるはずがない。

 誰にも、止めさせはしない!



「いるんだ! 俺は、ここにいる!

 お前を探して俺は、普賢光一は、ここまでやって来たんだ!!」



 俺は、他の全てを忘却し、天空に向かって叫んだ。








「会いに来たんだ、縁ッ!!!」








 ――俺は、とうとう、お前を、見つけた!!


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