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22.ハリルの村で

 七瀬と家の前で待機していたナキを連れて道具屋に向かうと、奏也には随分と驚かれた。


「その、びっくりしました。

 正直に言えば七瀬さんはもうダメかと思ってましたから」


 奏也のその言葉に、七瀬は何の返答もしなかった。

 ただ俺の背後に隠れて、警戒する猫のようにじっと奏也を見ていた。

 ナキと合流してからは途端に無口になっていたし、俺以外を信用していないというのも誇張のない事実なのかもしれない。


 一方で月掛の反応もはっきりとしていた。

 七瀬を一瞬見た後、ずっと俺にどこか非難の混じった視線を向けていた。

 解読するとこんな感じだろうか。


『あんた、こいつに何やったワケ?』


 目は口ほどに物を言うとは言うが、月掛の視線は饒舌過ぎていたたまれなかった。

 そんな膠着状態とも言えるような状態を打ち破ったのは、やはり奏也だった。


「でも、それならちょうどいいですね。

 これから三時間くらい後に、あの大樹の場所でイベントが起こるんです。

 ここにいる全員で行きましょう」


 温和な笑みを浮かべ、そう提案した。


「そういえば、実入りのいいイベントが二つある、って言ってたな。

 一つは『ヘルサラマンダー』だとして、二つ目はもしかしてそれのことか?」

「はい。こちらは獲得ウィルは4000。

 『ヘルサラマンダー』の討伐と比べると随分と落ちますが、それでもここで狼や兎を狩るよりずっと効率がいいと思います」


 自信満々の笑みで奏也は答える。

 だが七瀬ではないが、こいつの笑顔ほど信用出来ない物はない。


「言っとくが奏也。下手な情報の出し惜しみはやめろよ?

 今度こそ、時間に余裕があるんだ。

 今回はきちんと全部、説明してもらうぞ?」


 俺が釘を刺すと、奏也はやはり完全無欠な笑顔で答えた。


「もちろんです。

 先程も言いましたが、次のイベントは三時間後。

 場所は僕たちが初めて会ったあの大樹。

 そして、肝心のイベント内容は……」


 皆の注目が集まっているのを確認してから、十分にもったいぶって、言った。


「――『渡り竜』を見ることです」




 イベント開始までの三時間弱は自由時間に充てることになった。

 奏也と月掛は早々にどこかに消え、俺とナキと七瀬がその場に残る。


「な、なあ?」

「……何?」


「その……いや、やっぱり何でもない」

「……そう」


「…………」

「…………」


 ナキとは、本当に会話が続かない。

 それが気づまりとは言わないが、やはり数時間を過ごすのはちょっとキツイ。


 だから、もう一人の七瀬と世間話を試みたのだが、これが最高に気の滅入る時間だった。

 俺には女子と話せるような話題のストックはないので七瀬に話を振ったのだが、それが間違いの元だったと言える。


 七瀬のちょっと悲しい話(小学生時代に胸が大きいことを理由に女子からやっかまれ、男子からはからかわれた話。無理して小さいブラを使おうとして体調を崩したこともあったらしい)やちょっと嬉しい話(ある日戯れに眼鏡をかけたら世界にフィルターがかかった気がして他人からの視線が少しだけ気にならなくなり、それから伊達眼鏡は欠かせない、という話)を聞いたのだが、どちらもただの世間話にしては塩味の効き過ぎた思い出だった。

 話を聞いているだけで俺の心のHPはガシガシと削られていく。


 それからも七瀬はぽつりぽつりと何か話していたが、正直右から左だった。

 というか、


「……だから、こうやってファンタジーみたいな世界にいることはわたしだって嬉しいんです。

 わたしの灰色しかなかった人生に、初めて色がついたような気がして」


 なんて心の底から嬉しそうに語っている奴に何と返せばいいのか。

 頼むから誰か教えて欲しい。



 話が一段落ついた所で、俺は色々と理由を出して逃げ出した。

 一人で村を回る。


 奏也が言うには、『渡り竜』というのは、正に渡り鳥の竜版らしい。

 渡り鳥と同じように気候に関係しているのかは分からないが、一年に二度、この地域の上空を飛竜の群れが通りかかる。

 それを大樹から双眼鏡を使って盗み見をするのがイベント内容で、なぜか知らないがそれでウィルをもらえるらしい。


 もちろん『渡り竜』も竜の仲間。

 まともに戦ったら、初心者パーティに勝ち目はない。

 万一盗み見をしている所を見つかったら確実に命はないが、少なくとも今まで、『渡り竜』に見つかった冒険者はいないらしい。


 ちなみにこの村、家の屋根がすべからく葉で覆われているのはその渡り竜対策だそうだ。

 なるほど、確かにアレだけ葉っぱをつけていれば、空から見れば普通の木々と同じに見えるだろう。

 最初に魔物に対する擬装ではないかと考えた俺の勘は、外れてはいなかったことになる。


「しかし、『渡り竜』かぁ……」


 ナイトメアのイベントは、ナイトメアにいる人間の想像力で作られていると聞く。

 誰がこんな物を思いついたんだろう、と考えながら歩いていると、


「へぇ? また面白そうなことやってんなぁ」


 横から声を掛けられた。

 まさか、と思いながら振り向いて、そこにいた人物に俺は、驚くより先に呆れてしまった。


「何で、こんな所にいるんだ? ……明人」


 そこには四ツ木明人が、穂村を殺し、七瀬を刺したその男が平然と立っていた。



「ま、そんな警戒すんなよ。言ったろ?

 しばらくお前らに手を出すつもりはないって……」


 明人は両手を上げてそう言ったが、当然信用出来るはずもない。


「何をしに来たんだ?」


 俺の問いに、明人は首をすくめた。


「あー、実はな。穂村のことだが、ダメだったんだよ。

 現実で会いに行こうと思ったんだが、すっかり忘れちまっててな」


 身勝手なことを、と思う。


 こっちの世界で死んだ穂村が現実世界でどうなっていたか確かめるという話だろう。

 頭に血が昇ったが、ここで明人に躍り掛かっても勝ち目はない。

 俺は唇を噛んで明人を睨み付けた。

 しかし、そのくらいで堪えるのなら、あんな行動は起こさないだろう。

 明人は平然としている。


「それで、オマエらのことを思い出したんだよ。

 たくさんいれば、誰か一人くらい覚えてるかもしれないだろ?

 だから……」

「そうか。なら用事は済んだな。

 仲間にも伝えてやるからさっさと村から出て行ってくれ」


 少なくとも、俺はなぜかこの世界でのことをはっきりと憶えている。

 実際にやるかどうかはともかく、俺が憶えていれば穂村の様子を確かめることは不可能ではないだろう。


 俺のにべもない返答に、明人は顔をしかめた。


「だぁから、そんな警戒しなくても手は出さねえって。

 ま、それに穂村のことはただのついでだ、ついで。

 オレはこれから、北に向かうんだ」

「……北?」


 俺にはこの世界の地理の知識はない。

 北に何があるのか、すぐには思い至らなかった。


「そ。でっかい街があるそうでな。

 この村に来たのは最後の補給だ」

「……そうか」


 奏也が言っていたのと同じ方向だろうか。

 だが、村から出てくれるというのなら引き留める理由はない。


 そんな様子を見て、明人はぽりぽりと頭をかいた。


「しっかし、テメエらはぬるいな。

 村の奴らに何も言わなかったのか?

 普通に道具が買えちまって、拍子抜けしたぜ?」

「……言ったって、お前を止められる訳じゃないだろ?」


 それよりは、下手に刺激して殺されない方が重要だ。


 明人は同意するように両肩を上げた。


「ま、そーかもな。

 じゃ、まあオレは行くぜ。

 ……また、会えるといいな?」

「俺は二度と会わないように祈ってるよ」


 そんな言葉を別れの挨拶に、明人は本当に村から出て行った。



「……はぁ」


 重たい息を吐き出す。


「……皆の所に、戻ろう」


 まだ時間まで二時間近くあるが、これ以上一人でいる気にはなれなかった。

 明人が戻ってくるとも思えないが、万一ということもある。

 今、七瀬と明人が遭遇するのも避けたい。


 ――俺はこれからの二時間を三人で過ごす覚悟を決めて、来た道を戻り始めたのだった。


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