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2.ユニークスキル

 ――たぶん『あの日』から、十日ほど前の記憶。



『だって、明かりが、ないと……』


 だから俺は、為す術もなく重い口を開く。

 耳の後ろを流れる血潮の音が耳障りで、月明かりで火照った顔を見られないように、微妙に顔を逸らしながら……。


 それでも、俺は言ったんだ。

 赤面物の台詞を、真顔で。



『お前を、探しに行けない』



 それを聞いて、不意打ちを受けたみたいに目をまるくして、それからその顔が泣きそうな形にくしゃっとゆがんで、まるで泣き笑いのような顔で、縁は――




『うん、不合格!』




 ――それまでの雰囲気をぶち壊すようなことを、言ったのだった。


『な、何でだよ』


 俺は釈然としない思いを抱いてそう抗議したが、縁にとってそれは当然の答えだったらしい。


『んー。夢の中っていうのはさ、イメージがそのまま形になる世界なんだよ?

 わたしを見つけるためにまず明かりっていう発想からしてかなり遠回りだし、どうせ光を選ぶにしてももっとこう、太陽、とか、スケールの大きい物を言うべきだと思う』

『いや、太陽なんて出てきたら焼け死んじゃうだろ、みんな』


 俺が当然の切り返しをすると、縁は呆れたようにため息をついた。


『そういう常識的な考えが夢では障害になるんだよ。

 熱がない太陽も相手だけを焼き尽くす炎も夢の中なら存在させられるし、その辺りはとにかくイメージ次第。

 だったら何でもイメージを広げていって、壮大にやっていかなきゃね』

『……いや、それは、違うんじゃないか?』


 その言葉に、お前はスケールの小さい男だ、と言われた気がして俺は少しムキになった。


『例えば、ほら。懐中電灯だって便利だろ。

 そりゃ太陽ほど明るくないかもしれないけど、余計な場所を照らすこともないし、どんな場所でも、たとえ太陽の光が届かないような物蔭だって、うまく使えば明るくしてくれる。

 何でもでっかければいいってもんじゃない。そもそもイメージなんて広げる物じゃない、研ぎ澄ます物なんだよ』


 自分でも今一つ理解の出来ない理屈を振りかざして、反駁する。

 いつも通り、俺たちの意見は真っ向対立、正面衝突した。

 俺たちはしばし、にらみ合って、


『……ふふっ』

『……ははっ』


 いつものように、笑い出した。


『やっぱり光一とは、びっくりするくらい合わないね』

『そりゃあこっちの台詞だよ』


 縁とは幼なじみで、誰よりも、たぶん両親よりも長い時間を一緒に過ごしているのに、考え方は正反対だったりする。


 行動派と思考派というか、感覚派と理論派というか。

 俺に言わせれば縁は感覚派というよりも無鉄砲を楽しむ愉快犯だし、縁に言わせれば俺は用心深く考えた時ほどありえない選択肢を選ぶ変な奴らしい。


 まあどの言葉が真実かはさておき、とにかく考える前に思い付きで行動する縁と、行動する前にどうしても考えずにいられない俺とでは、何かと意見が対立する。

 そして意外とそんなところが、俺と縁が長く一緒にいられる理由なのかもしれなかった。


 それを証明するみたいに、次の縁の声に、先程までの苛立ちは微塵も見えなかった。


『だったらさ。いつか「その時」が来ても、迷ったらダメだよ』

『その、時…?』


 俺の問いに、縁は直接は答えることはせず、


『わたしには理解できない考えだけど、その質問に「光」って答えたそれが、きっと光一の本質なんだよ。

 だから、光一は自分の信念を貫いて』

『ん、ああ……』


 まるでさとすような言葉に、曖昧に俺はうなずいた。

 バカにされるのは嫌だが、あんな思いつきの言葉を応援されても困ってしまう。


 少し眉根の寄った俺の顔を見て、縁はやわらかく微笑んで、


『そんな困った顔しないで。

 難しく考えるようなことじゃないんだよ。

 ……光一の信じてることを、わたしは信じてる。

 ただそれを、覚えていてほしいだけだから』


 そして単純な俺は、もうそれだけで何もかもを信じられるような気がしたのだった。






















 ――そして今。

 闇の中に、誰とも知れない『声』が響く。



「世界は暗闇に包まれ、既存の秩序や法則は全て崩壊し、確かな物は何一つありません。

 この世界で貴方が初めに見つけた物は何ですか?」



(な…! 今、の……)


 それはあまりにも聞き覚えのあるフレーズで、驚愕がほとんど物理的な衝撃となって俺の頭を直撃する。

 もちろん響いてくる『声』は縁とは似ても似つかない。

 それでも、縁の言葉が、縁の声が、一年以上もの時間を越えてよみがえってくるようだった。


(そう、なのか……)


 何より俺の胸に、ストンと落ちる物があった。

 だってそうだろう。

 もちろん、どうやって縁がこの事態を予見していたのかは分からない。


 だが、


(今が『その時』なんだな、縁!)


 俺にはそれで構わなかった。

 本当に久しぶりに、縁を感じた。


 縁の真意どころか『声』の意味も、正体にも見当はつかない。

 だが、その声の主が誰であれ、俺の言葉は決まっていた。



「光、だ!」



 声なき声で俺が叫んだ瞬間、その意志に呼ばれたように目の前に、光の筋が生まれる。


 だが、弱い。

 出て来たのは、周りの闇にあっという間に飲み込まれてしまいそうなほど弱く、頼りない光。


(違う。そうじゃないだろ)


 そんなものじゃないんだ。

 俺が望んでたのは。


(そうだ。俺が、俺が望むのは……)


 縁のいる所まで、俺を導いてくれる光。

 どんな闇にも負けない、悪夢の世界を貫く光明。

 全ての暗闇を切り裂いて、真実を照らし出すための剣。


(だから……)


 もっと強く、と念じる。

 小さくても構わない。ただ、縁のいる場所まで届くほど、鋭く、強く!


(まだ、まだ足りない。もっと、もっとだ!!)


 イメージを研ぎ澄ます。

 淡い光の束をより合わせて、鋭い閃光を生み出すイメージ。


 俺の意志に合わせて、光が収斂する。

 密度を増した光が、その光度を上げていく。


(……やっとつかんだ、あいつの手掛かりなんだ)


 一年前、唐突に俺の前から姿を消した幼なじみ。

 あの言葉が縁の言った台詞と同じ物なら、この道はおそらく縁がかつてたどった道で、だったらその先には縁が待っていると、俺は信じる。

 だから、



(光を! 俺に、縁を見つけ出すための、光を!!)



 脳がねじ切れるほどに強く念じる。

 迷いなく、ただ愚直に、光だけを望み続ける。

 俺が答えて、縁が信じたその光を、この世界に具現化させる。


 そして、とうとう、


(出来、た…?)


 俺の前に、それは姿を現した。


 ちっぽけで細い、吹けば飛ぶほどの矮小な光。

 だがその本質は違う。


 ――闇に屈さず、決して折れない確固たる意志の輝きが、その光には宿っていた。


(これが、俺の……)


 俺はその光に魅入られたように手を伸ばす。

 だが、俺の手が光に届く前に、闇の中に再び『声』が響く。


「おめでとうございます。

 貴方はユニークスキル『真実の剣』を発現しました。

 ユニークスキルは貴方を映す鏡であり、生涯を共にする相棒であり、頼れる武器でもあります。

 悪夢の世界ナイトメアを旅する上で、是非とも役立てて下さい」


(ユニーク、スキル…?)


「また、ユニークスキルの発現に成功したため、貴方は『トラベラー』のクラスを獲得、ナイトメアの『探訪者』として認められました。

 では、これより新たなる探訪者、普賢ふげん光一こういちをナイトメアの世界へと転送します」


(待って、くれよ! いきなり何を言ってるのか……)


 この『声』には聞きたいことがたくさんある。

 けれど、どれだけ制止の言葉を紡ごうとしても、体のない俺は無力で、結局、何も分からないまま、



「――では、良い悪夢を(グッドナイト)!」



 俺の意識は闇から引きずり出され、別のどこかへと連れて行かれる。

 その、最後の瞬間、


『おかえり、光一』


 懐かしい声を聞いたような気がして、俺は――




「…え?」




 ――俺は、森の中に立っていた。

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