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20.クラスチェンジ

「……ふぅ」


 現実世界に戻ってきた俺は、大きくため息をついた。


「なんとか、生き残ったな」


 あれから本当に大変だった。

 自分のインベントリに『火蜥蜴の徽章』が入っていることに気付いた後、


「あ、あれー? な、なんでかしらないけどおれのいんべんとりにひとかげのきしょうがはいっているぞー?

 こっこれはすごいぐうぜんだなぁー」


 と俺が叫んだ後の沈黙と来たらそれはもうヤバかった。

 イメージで言うなら軽蔑のブリザードがビュービュー吹き荒れ、視線の槍がザックザクで俺は血塗れハリネズミみたいになった。

 もしも沈黙で人が殺せるなら、俺は阿僧祇を越える死を体験し、那由多の輪廻の果てにとうとう悟りの境地に至っていたに違いないと思う。


「しかし、参ったな……」


 それでも何とかノリで押し切って、イベントを終了させて、こうして現実世界に戻ってきた訳だが、


「転職するの、忘れてた……」


 ということに、気付いてしまったのだった。











「よし、こんなもんかな?」


 夕食を終えた俺はすぐに部屋に閉じこもり、ルーズリーフに奏也たちから聞いたクラスについての情報を書き込んでいった。

 クラスについて、もう一度腰を据えて検討するためだ。


 トラベラーのクラスは、継承率が0%で上位職の情報もないというかなりの地雷職だ。

 これからもナイトメアを続けていくのなら、転職はほぼ必須と言える。

 本当は『ヘルサラマンダー』のイベントを転職した状態でクリアして、新しいクラスのレベルを上げるつもりだったのだが、騒動のどさくさですっかり忘れていた。


 ついでに言うと、そのことについてナキに相談しようかなとも思ったのだが……。

 ナキには、学校で夢の話をするなと言われている。

 そして、それより何より、学校では当然ナキの姿を見かけたが、話し掛けることは出来なかったのだ。


 俺の方が色々と気まずくて話し掛けられなかったというのもあるが、それだけではない。

 一昨日のお前を殺す事件に続けて、昨日の飴玉ぽろり&これ読んで下さい事件。

 そのせいでなんとなく俺はクラスの女子連中に危険人物認定されてしまった節があり、それとなく俺をブロックしているような感じがしたのだ。


 普段接点がないくせに、こういう時に連携するのは女子の奇妙な生態だろうか。

 ここでナキに突貫していく勇気は俺にはなかった。

 俺は必死でナキの方を気にしてないよアピールをしつつ、つらい学校の時間を乗り切ったのだった。



 そんなことを思い出しながら、俺が書きあがった表を見て満足げにうなずいていると、


「お兄ちゃん? いるー?」


 妹が、部屋のドアをノックした。

 今は結芽の相手をするのは面倒だ。

 俺は躊躇いなく、


「いないぞー」


 と返事をすると、怒ったようにドアが開かれた。


「いないって言ったのに!?」


 とまあちょっとしたボケを挟みつつ、俺は観念して結芽を手招きした。

 一人で考えるのも心細いと思っていた所だ。

 考えてみれば結芽は俺よりもゲームに詳しいし、いいアドバイザーになってくれるだろう。



 俺はクラスチェンジの助言をもらいたいだけだったのだが、結芽がゲームの詳しい話をせがんできたので、もうこの際だと今までの話を全部ぶちまけることにした。

 もちろんナイトメアが別の世界で実際に冒険をするゲームであることや、仲間の名前などの固有名詞は伏せて、だが、最初のスタートからあのイベントをこなした所まで、ほとんど全部を結芽に話した。


 「へー」とか「うわー」とか「ひゃー」とか、いちいち大仰なリアクションで俺の話を聞いていた結芽だったが、一番気になったのは、やはり『ヘルサラマンダー』との戦いについてだった。


「お兄ちゃん、やっぱりそれ、おかしいと思う」


 はっきりと異を唱えてきた。


「やっぱり、お前から見てもそんなにおかしいか?」


 俺も漠然とおかしいなとは思っていたが、ゲーム経験が少ないせいか、今一つピンと来なかったのだ。


 それを俺の表情から理解して、妹は少し考えるような顔をする。

 そしてパッと顔を輝かせると、話し始めた。


「じゃあ、ゲームに疎いお兄ちゃんのために、わかりやすくゲームで例えると……」


 そこはかとなく矛盾した発言だが、話の腰を折らないように俺は黙っていた。



「レベル1の勇者(ひのきのぼう装備)が動いてる石像を一撃でノックアウトするようなものだよ?」

「それは無理だ!!」



 確かにすごく分かりやすかった。

 リアルで想像してみても、そんなことしたらひのきのぼうが折られるだけだろう。

 というか実際、俺のショートソードは壊れた訳だし。


 しかし、ナイトメアは純粋なゲームという訳でもなく、疑似的ゲーム世界というかなんというかであり、その辺りは色々と抜け道がありそうである。


「でも、現に倒しちゃったからな。

 たぶん、『オーバードライブ』の効果だとは思うけど……」


 しかし、なぜかその言葉にも困ったような顔をして言うことには、


「それなんだけど……。

 たぶん『オーバードライブ』は、あんまり関係ない気がする」


 ということらしかった。


「そもそも『オーバードライブ』って能力値を上げるワケじゃなくて、ただスキルの効果を2倍くらいにするだけなんだよね?」

「まあ……そうだな」

「だったら、話を聞く限り、攻撃力に関係ありそうなスキルは『刀剣』スキルだけ。

 でも、たった5%の補正が2倍になったって、それだけじゃあんまり意味がないと思う」

「あー……」


 正論過ぎて、ぐうの音も出ない。


「それにリザードマンと言えばどのゲームでも防御力高めって相場が決まってるし、その上ユニークモンスターでレベルも10以上上だったら、絶対初期状態のお兄ちゃんに勝てる相手じゃないはずだよ」

「そう、だなぁ……」


 最初に俺がステータスを見た時、俺はもう既にレベル5だった。

 だから俺の初期レベルは5なのだと思っていたのだが、これは恐らく『ヘルサラマンダー』を倒した時のウィル、つまりは経験値、が既に加算された結果だったのだろう。


 つまり、トラベラーレベル1の俺VSレベル13のユニークモンスター『ヘルサラマンダー』。

 ……勝てる要素がない。


「だったら俺は、どうしてあいつに勝てたんだろうな」


 ほとんど独り言のようにつぶやかれた言葉にも、結芽は丁寧に言葉を返した。


「お兄ちゃんと出会った時、すでに瀕死だったのか……。

 あるいはもしかすると、お兄ちゃんのユニークスキルが発動したのかも……」

「ゆ、ユニークスキル? どうしてだ?」


 一瞬声がどもってしまったのは、……まあ、あれだ。

 ユニークスキルについては、結芽にもあまり詳しくは話さなかった。

 結局出せたことがないし、アレには色々とトラウマが多いからだ。


 もしかしてあの話もしなくちゃいけないのかな、と思っていたが、結芽にはその辺りを聞こうとする意志はないようで、


「お兄ちゃん、『ヘルサラマンダー』を倒してすぐ、気を失っちゃったんだよね?」

「あ、ああ……」


 そしてそのおかげでナキに膝枕を……という邪念は捨てて、結芽の話に集中する。


 そんな俺の邪な思いに気付くはずもなく、結芽は思案顔で続ける。


「HPやMPがなくなったら、疲れて眠くはなるかもしれないけど、気絶まではしないはずだよ。

 でも、DPがなくなったら絶対に気を失う。

 だからお兄ちゃんは、『ヘルサラマンダー』との戦いで無意識にユニークスキルを使って、それで倒れたのかもって思ったんだけど……」

「なるほど、それはあり得るな……」


 妹の冴え具合が留まる所を知らなかった。


「それにしても、そんなこと良く知ってるな。

 他のゲームにはDPとかないはずなのに……」

「だ、だって、わたしだって本読んだから……」


 そう言って、前髪をいじいじとやりながら妹は照れた。


(しかし、ユニークスキルか……)


 戦いの間、意識して発動させようとした記憶はないが、『魔力機動』や『オーバードライブ』も最初の発動は無意識だった。

 そういうことが、なかったとは言えない。


(そういえば、明人との戦いの時も……)


 折れたショートソードで相手の剣を受けようとして、明人の持っていた高レベルのはずのナイフを切ったことがあった。


 ――似ている、と思う。


 剣が壊された直後という状況。

 そして、あり得るはずのないほどの攻撃力。


(『真実の剣』、か……)


 仮初めの剣が壊れた時だけに現れる、本当の剣。

 なんて解釈をするのは、少し夢を見過ぎているだろうか。


(今度、向こうに行ったらどうにかして調べてみないと……)


 やるべきことが増えた。


「そ、それよりお兄ちゃん、転職!

 転職するんでしょ?

 は、早く、クラスを見てみようよ!」


 もしかすると、俺が考えている間もずっと照れ続けていたのだろうか。

 妙に焦った声でそう言ってくる妹にはいはいと答え、俺は今度こそクラス性能の書かれたルーズリーフを、妹の前に広げたのだった。



 そうして数分後、


「ぜったいぜったい剣士!!」

「いや、ここは手堅く戦士だろ!」


「手堅さなんて求められてないよ!

 ここはガツンと剣士一択だよ!」

「そんなリスキーな選択が出来るか!

 攻防のバランスがいい戦士が一番だ!」


「お兄ちゃんの分からず屋ー!」

「お前だって十分頑固じゃねえか!」


 俄かに兄妹喧嘩が発生していた。

 ちなみに俺が妹に見せた資料はこんなんである。



【戦士】

《成長値》

魔力:3

理力:1

強化:3

耐久:3

俊敏:2

器用:2

理法:1

克己:2

操作:1

信心:1


BP:1

総合:20

継承:20%


《クラススキル》

パッシブ『戦の手腕』

攻撃・防御が上昇


《クラス獲得条件》

魔力・強化・耐久12以上



【槍戦士】

《成長値》

魔力:3

理力:1

強化:2

耐久:3

俊敏:2

器用:2

理法:1

克己:3

操作:1

信心:2


BP:1

総合:21

継承:20%


《クラススキル》

パッシブ『鉄の防護』

防具の防御・耐久が上昇する


《クラス獲得条件》

魔力・耐久15以上

『槍』スキルレベル1以上



【剣士】

《成長値》

魔力:2

理力:1

強化:4

耐久:2

俊敏:3

器用:3

理法:1

克己:1

操作:1

信心:2


BP:1

総合:21

継承:20%


《クラススキル》

アクティブ『ブーストパワー』

一定時間攻撃力を上昇させる


《クラス獲得条件》

強化・俊敏15以上

『刀剣』スキルレベル1以上



【魔法使い】

《成長値》

魔力:1

理力:3

強化:1

耐久:1

俊敏:1

器用:2

理法:3

克己:2

操作:2

信心:3


BP:1

総合:20

継承:20%


《クラススキル》

パッシブ『理術の知識』

理術の攻撃力が上がる


《クラス獲得条件》

理力・理法・操作12以上



【魔女】

《成長値》

魔力:3

理力:4

強化:1

耐久:1

俊敏:1

器用:2

理法:5

克己:2

操作:3

信心:1


BP:1

総合:24

継承:25%


《クラススキル》

パッシブ『ウィッチクラフト』

理術発動速度短縮


《クラス獲得条件》

理力・理法30以上

女性限定



【吟遊詩人】

《成長値》

魔力:2

理力:2

強化:1

耐久:2

俊敏:2

器用:3

理法:2

克己:1

操作:3

信心:2


BP:1

総合:21

継承:20%


《クラススキル》

パッシブ『優れた奏者』

演奏関連のスキル効果がUP


《クラス獲得条件》

器用・操作15以上

『演奏』スキルレベル1以上



【弓使い】

《成長値》

魔力:2

理力:2

強化:3

耐久:1

俊敏:2

器用:3

理法:1

克己:2

操作:2

信心:2


BP:1

総合:21

継承:20%


《クラススキル》

パッシブ『射撃の習熟』

遠距離武器の射程UP


《クラス獲得条件》

器用20以上

『弓』スキルレベル1以上



【スカウト】

《成長値》

魔力:2

理力:2

強化:2

耐久:1

俊敏:3

器用:4

理法:1

克己:1

操作:2

信心:2


BP:1

総合:21

継承:20%


《クラススキル》

アクティブ『簡易探査』

近くの敵やアイテムを察知する


《クラス獲得条件》

俊敏・器用15以上

索敵系スキルを所持



 全部向こうの世界でみんなに教えてもらった物を思い出して書き出しただけだが、たぶん間違ってはいないと思う。

 実はこういう意味のない数字や文字列を暗記するのは得意だったりするのだ。

 そのおかげで入試で苦労した覚えはないし、それなりな進学校である宿鳳しゅくほう高校でも落ちこぼれていないと言える。


 まあそれはともかく、だ。

 喧嘩の内容を聞いてみれば分かると思うが、俺と妹の間で意見が割れた。


 とりあえず俺の理術系の能力は絶望的だ。

 まず真っ先に魔法系は消えた。

 次に、特別なスキルを必要とする上に仲間と職業がかぶる槍と弓が消える。


 最終的に候補に残ったのは戦士と剣士とスカウト。

 そこで俺は物理系能力のバランスのいい戦士を推し、妹は攻撃に特化した剣士を推し、先程のようなやり取りに発展したということである。


 戦士も剣士も、総合力や継承率に大差はない。

 この場合の争点は防御もこなせるバランス型でいくか、攻撃特化でいくかという一点だけだ。


 俺はやっぱり色々な場面で対応出来る方が強いと考えた。

 一撃の重さっていうのは確かに貴重だが、それで防御がおろそかになっては元も子もない。

 だが、結芽の考えは違うようだった。


「お兄ちゃん。前に教えたはずだよ?

 パーティには役割が大切だって。

 タンクをやるならもう槍使いがいるんだから、お兄ちゃんはアタッカーをするべきだと思う」


 タンクというのは、味方の盾になって攻撃を引き付ける役。

 一方でアタッカーとかダメージディーラーとか呼ばれるのが、攻撃に特化して敵にダメージを与える役だと前に教わった。


 結芽の言うことは分かる。

 分かるが、


「だけど、なぁ……」


 特化しているというのは、その分何かが足りない、つまり不安定だということだ。

 あまり今すぐに特化したスタイルを選ぶと、逃げ道がなくなりそうで嫌だという心理もある。

 人よりも合理的で安定志向の俺にはどうしても危うく感じてしまうのだ。


 何より今の所、俺の仲間には後衛が多い。

 盾役が出来る人間は多い方がいい気がするというのもある。

 それに、


(今の七瀬に、タンクなんて任せていいのか?)


 という疑問もあった。

 しかし、詳しい事情を話していない妹に、そのことが伝わるはずもなく……。


 ――結局この喧嘩は、風呂が空いたと諒子さんが結芽を呼びに来るまで続いた。



 そして、


「結局、決められなかったな……」


 ――午前0時。


 明確な答えを出せないまま、今日も悪夢の幕が上がる。


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