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18.遠い人たち

 奏也から今回のモンスター討伐イベントの話を聞いた俺は、もちろん反対した。


「ちょっと待て! レベル13のモンスター?

 流石に無謀すぎるだろ、それは!」


 俺たちはまだ、全員がレベル一桁だ。

 いきなり二桁レベルのボスを倒すなんて、無茶を通り越して無謀に思えた。


「村で次の移動場所についても検討を重ねました。

 大樹から北に進めば大きな町に着くそうですが、その途中のフィールドでは15レベル前後のモンスターが現れるそうです」

「だからってなぁ!」


 レベル差が10もあるような敵と戦って勝てるとは思えない。


「よく、考えてみて下さい。

 クラスの成長値を見れば分かりますが、1レベルにつき能力値は平均で2ずつ上がります。

 10レベルだと、それぞれの能力値に20程度の差が出るということです。

 それは結構な差ではありますが、初期能力値やスキルでカバー出来ないこともないと僕は思います」

「その根拠は?」

「あなたは四ツ木君と一対一で渡り合いました」


 そう言われた途端、俺は一瞬言葉に詰まった。

 確かに、明人の方が俺よりも能力値は高かったし、強力な武器という要素も含めれば、その戦力差はあるいは20程度の能力値差を越えるかもしれない。

 その明人と、スキルを駆使して何とかやりあったというのは嘘ではないが……。


 明人の武器が破壊された原因はいまだ謎で、それも含めてもう一度やれと言われても出来るか分からない。

 しかし、その辺りのことを言い出す前に、奏也が言葉をついだ。


「もちろん、次は僕らもためらいません。

 このメンバーが4対1で戦えば、たとえレベル13のモンスターが相手でも後れを取ることはないと、僕は信じています」

「奏也……」


 はっきりとそう言い放つ。

 その覚悟には、少し胸打たれるものがあった。


 しかしその直後、


「しかも、物凄く実入りがいいんです、このイベント。

 一匹モンスターを倒してドロップアイテムを届けるだけで、12000ウィルももらえるんですよ?」


 満面の笑みでそう口にする奏也の言葉に、


(やっぱこのイベント、危ないんじゃねえかなぁ……)


 俺は不安を隠せなかったのだった。



 俺は奏也との話を一区切りつけると、運び込まれた家から外に出た。

 そして、


「……ぉお」


 思わず感嘆の息を漏らす。

 穂村はRPGに出て来るような普通の村で、特徴なんてないと言っていたが、それは嘘八百もいい所だった。

 そもそも、RPGに出て来る普通の村が実際にあったら特徴がないはずなんてなかった。


 どこの匠が作ったんだと言いたくなるような、木と藁で作った感じの、今時現実世界じゃお目にかかれない家々が並び、更にその屋根にはもさもさと木の葉がつけられてアフロみたいに盛り上がっていた。

 もしかすると、木に偽装してモンスターから姿を隠そうとしているとかかもしれない。

 まあ、横から見ると普通に家だと丸分かりなのであまり意味はなさそうだが。


「ここは、ハリルの村と言うそうですよ?」


 思わず足を止めてしまった俺に、奏也が横に並んで言う。


「初めて見ると、それなりに壮観でしょう?」

「ああ……」


 俺は素直にそう答えるしかなかった。

 こんな景色を見せられると、改めてファンタジー世界に来たと実感させられる。


「折角ですので村を案内してあげたい所ですが、あまり時間がありません。

 月掛が戻って来る前にこちらも準備を整えておきましょう」

「ああ。そうだな。ナキも、探さないといけないし……」


 俺も渋々と景色から目を引きはがしてうなずいた。

 現実に戻るまで、残り2時間半程度しか猶予がない。

 イベントをこなすなら、観光は後回しにするべきだ。


「なら、道具屋に行きましょうか。

 装備もアイテムも、そこで全て手に入ります。

 月掛にも、ここにいなかったら道具屋まで来るようにと言っておきましたから」


 道具屋、と言いながら、簡単な武器防具も扱っているらしい。

 小さい村なので、別々の店舗を構える必要も余裕もないんだそうだ。


 そんな説明を受けながら歩いていると、村の人とすれ違った。


「おや、旅人さんかい?

 なぁんもない村だけど、ゆっくりしていきなよ」

「ありがとうございます」


 通りすがりに声を掛けてくる村の人に、如才なく返事を返す奏也。

 一方の俺は固まってしまって、何も言えなかった。


 ――人が、あまりにリアル過ぎた。

 それこそ、現実世界の人間と何も変わりがないような……。


「……びっくりしましたか?」


 それを見透かしたように、

「この村にいるのは、僕たち以外は全て『ノークラス』、つまりNPCなんだそうです。

 なのに誰もが自然に話し、考え、行動しています。

 まるで、現実の世界の人間と同じように……」


 奏也が口元に笑みをにじませながら、語る。


「そしてこれは、まだ誰にも言っていないことなんですが……。

 彼らは一度も見たことがないはずなのに、『テレビ』や『パソコン』、『インターネット』なんて言葉についての知識を持っているんですよ。

 にもかかわらず、彼らはここで原始的な狩猟民族のような生活を送っている。

 何の疑問も持たずに、ね……。

 これって結構、恐ろしいことだと思いませんか?」 


 あくまで柔和なその笑顔に、俺はぞわっと体の毛が逆立つのを感じた。

 あの本から得た知識で、俺たちがまだ奏也たちに伝えていないことがある。

 ユニークスキルを決める、選別の儀式。

 その儀式に失敗した者が、『ノークラス』、つまりこの世界のNPCとなって、世界の操り人形にされるという荒唐無稽な仮説。


 黙り込んだ俺の様子から、一体何を読み取ったのか。


「つまらないことを言ってしまいましたね。

 道具屋に案内します。

 予定通り、月掛が戻るまでにこちらの準備を整えましょう」


 奏也は話を切り上げて、先に立って歩き出した。

 俺もあとに続く。


 狭い村だ。

 道具屋には、ほんの二分ほどで着いた。


「よぅ! いらっしゃい!」


 かけられた声に中を覗くと、店のカウンターには気の良さそうなおじさんがいた。 


 やはり彼も普通の人間としか思えない。

 奏也の言葉が脳裏に蘇る。

 いや、今は考えても仕方ない。


「……武器、ありますか?」


 俺はとりあえず、自分の目的を優先することにした。




「まいどありぃ!」


 おじさんの威勢の良い声を聞きながら、俺たちは店を後にする。

 店にはポーションと傷薬の他には、それぞれの職の初期装備になりそうな武器が一種類ずつ置いてあるだけだった。

 俺はポーションを2本、傷薬を2本、ショートソードを2本買った。

 値段は、ポーションが1本200ウィル、傷薬が100ウィル、ショートソードが600ウィル。


 合計で1800ウィルになるはずだったが、


「お、兄ちゃんこれから東の森の化け物退治しに行くんだって?

 あいつらおっかないからね!

 兄ちゃんの活躍に期待して、1500までまけといてやるよ!」


 気の良さそうな店のおっちゃんが気の良い所を見せて、300ウィルまけてもらった。


 とはいえ、それなりの大金。これによって、大樹に着いた時には5000近くあった所持金が、3200にまで減ってしまった。

 それなりに懐は痛んだが、止むを得ない出費という奴だろう。

 ちなみに、だが、ブレイドラビットを倒すと一体につき80ウィル、グリーンウルフを倒すと100ウィル程度もらえるらしい。

 どう考えても50匹もあいつらを倒した覚えはないので、なぜ5000もウィルが溜まっていたのかは不明だ。


 ついでに言っておくと、どうして600ウィルもするショートソードを2本も買ったかというと……。


「奏也様! ただいま戻りました!」


 今ちょうどこちらに駆けてくる、金髪の弓使いのためである。


 月掛は横にいる俺を気にも留めず、敬愛する奏也の所に報告をしに走り寄って行った。

 まあ内容については聞かなくても分かる。

 誰も連れてきていないのだから、大樹の傍には誰もいなかったのだろう。


 それはそれとして、


「あー、月掛?」


 楽しそうに報告をしている月掛に横から近付いて、声をかける。


「……何?」


 ただ話し掛けただけのなのに、凄い目付きをされた。

 なによせっかく奏也様に褒めてもらってたのに邪魔しないでよね、みたいな心の声が聞こえてくるようだ。


 一瞬心が折れそうになったが、かろうじて踏みとどまって、買ったばかりのショートソードを月掛に差し出した。


「悪かったな。お前の剣、勝手に使って、壊しちまって。

 遅れたけど、これ、代わりに使ってくれ」


 俺の言葉に、月掛はきょとんとした顔をして、奏也をうかがうように見る。


 奏也は、


「なるほど、そういうことでしたか……」


 とつぶやいて、月掛を促すようにうなずいた。

 ここで月掛もうなずいて、俺の差し出したショートソードを受け取る……と綺麗に収まったはずなのだが、しかし、


「いらないわよ、そんなの」


 月掛は、俺が差し出した手を、押し返した。


「え? あ、いや、でもな……」


 まさか突き返されるとは思っていなかった俺はまごついてしまうが、そんな俺に、月掛は両腕を腰において、


「あの時は一応、予備の武器として持ってたけど、あたし、弓使いなの。

 だから、そもそも剣なんていらないの。

 ……わかる?」


 背が低いながらに精一杯背をそらして、上から目線でそう言った。


「それにあんた、トラベラーなのに武器持ってなかったってことは、初期装備のショートソード、壊したんでしょ?」

「まあ……」

「ふん! やっぱりね!

 あんたみたいなヘボトラベラーは、また武器を壊すわよ、きっと!」

「そんな決めつけられても……」


 というか、話がズレて来ている気がする。


「それで結局、何が言いたいんだ?」


 痺れを切らして俺が尋ねると、


「あ、あんた頭わるいんじゃないの!?

 だ、だから、また武器を壊されたら迷惑だし、それはあんたが使いなさいってこと!!」


 月掛はなぜか真っ赤になりながら叫ぶ。


「え、でも、いいのか?」


 そして、俺の確認の言葉に更に顔を赤くすると、


「いいのかって……あ、あたりまえでしょ!

 ば、バカ! もう知らないわよ!!」


 そんな言葉を吐くと、一目散に走って逃げてしまった。


 能力値補正だろうか。

 意外な俊足で、あっという間に見えなくなる月掛。

 そして、


「ええと……なんでだ?」


 それを間抜け面で見送る俺。

 意味が分からない。

 本当に、意味が分からない。

 何で月掛が逃げるんだ?


 混乱している俺に、奏也が苦笑しながら近付いてきた。


「すみませんね、普賢君。

 ここだけの話、実は彼女…………ツンデレなんです」

「ああ、なるほど、ツンデ……うん?」


 こんなに近くにいるのに、何だか奏也まで遠くに行ってしまったような気がした。


 ――良く分からないが、とにかく世の中、色んな人がいるらしい。




 一度は走り去った月掛だが、当然別に行き場もなく、すぐにばつが悪そうな顔をして戻ってきた。

 今は奏也の陰からこっちを見て、うーっと唸って威嚇している。


 もしかすると情緒不安定な感じの子なんだろうか。

 正直あまり関わり合いになりたくないなと横に視線をそらしてみると、ちょうどこちらに歩いてくるナキの姿を見つけた。


「ナキ!」


 これぞ天佑と、俺はナキに駆け寄った。

 足音から、少し遅れて奏也と月掛もついてくるのが分かる。


「…なに?」


 あいかわらずの落ち着いた、というよりは冷たく突き放したような口調に、なぜか安心してしまう。

 俺は、奏也から聞いた話を踏まえ、これから東の森にモンスター討伐に行きたいと説明した。


 敵は強いかもしれないが、大量のウィルが入るし、危険なモンスターを倒すのは村の人たちのためにもなる。

 そんな風に説得したのだが、なぜだか話せば話すほど、ナキの瞳に懐疑的な色がにじんでいき、


「…化かしあいなら、他所でやって。

 私は、茶番につきあうつもりはない」


 そう言うと、俺たちに背を向けてどこかに歩き出してしまった。


「ナキ?! ちょっと待ってくれ!」


 俺は慌ててその後ろ姿に呼びかけるが、振り向いてすらもらえない。

 何が彼女の逆鱗に触れたのかは分からないが、どうやらひどく怒らせてしまったらしい。


 だったらせめて、と思い、


「分かった。ナキが嫌なら一緒に来いとは言わない。

 でも、もしこの村に残るんなら、七瀬の面倒を……」


 そう口にしかけたのだが、


「私にも、行くところがあるから」


 それすらも断られ、ナキはとうとう振り返りもせずに、村の外れの方に歩き去っていってしまった。


 呆然と立ち尽くす俺の後ろから、


「……感じわるいヤツ」


 とつぶやいた月掛の声が、妙に耳に突き刺さった。


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