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17.リスタート

















 ――夢は、見なかった。


「…………」


 起きた瞬間、氷点下を下回る絶対零度の瞳に迎えられた。

 なんともさわやかな目覚めだ。


「おはよう、ナキ」

「…………」


 一応あいさつしてみるが、返事はなかった。

 だが、やや間があって、


「…気絶したあなたは村のベッドに運ばれて、いままで、三十分ほど寝ていた。

 それと、彼女も無事。まだ寝ている」


 これからの俺の質問を先回りしたみたいな状況説明をしてくれる。

 彼女、というのは七瀬のことだろうか。

 七瀬が無事だというのはとにかく喜ぶべき材料だろう。


「…………」

「……ええっと」


 そして、状況が理解出来た途端、話題が消えた。

 ナキのまるで感情の浮かんでいない顔が気まずいので、無理矢理に話をひねり出す。


「明人は、睡眠欲なんてないって言ってたけど、あれは嘘だな。

 あの時、ものすごく眠くなって……」

「睡眠中は回復の速度が速くなるという記述が本にあった」

「あ、いや、その……すいません」


 ナキさんは容赦なかった。

 雑談を振ったはずが、なぜか俺が怒られて終わる羽目に。


 このままでは良くないと、話題を変えることにした。


「あ、あー、とにかく、さっきはありがとう!

 明人への攻撃も凄かったし、スリープの魔法で手助けしてくれたり、本当に助かった!」



「――ふざけないで」



「……え?」


 素直な感謝を伝えたはずなのだが、なぜだかその言葉が一番、彼女を怒らせたらしい。

 隠し切れない憤りを瞳ににじませながら、ナキが俺のいるベッドまで近付いてくる。


「な、ナキ…?」


 俺が上ずった声を上げても、ナキは止まらない。

 ナキはベッドに体を半分起こした体勢の俺を見下ろすと、スッと手を伸ばした。

 ナキの小さな手が俺のわき腹、ちょうど七瀬の槍にえぐられた箇所に触れる。


「――ッ!」


 痛みを覚悟したが、もうそこにあったはずの傷は完治しているようだ。

 ただ、布越しにも分かるナキのひんやりとした手の感触が何だかくすぐったかった。


「お、おい?」


 顔を上げてナキの顔を見て、ギョッとする。

 その顔は一見いつも通りの無表情だが、見て分かるほどに強く、その薄い唇を噛み締めていた。


「やめろって、唇切れるぞ」


 むしろ俺が慌てて、わき腹に伸びていた手をつかんで制止する。


「…………」


 俺の忠告を分かったのだか分かってないのだが、ナキはなんだこいつ、みたいな無機質な目でひとしきり俺を見下ろして、それから唐突に俺から距離を取った。


 そのまま俺の言葉には結局何も答えることなく、部屋の外に向かって歩き始め、


「……次は、もっとうまくやる」


 それだけ言い残し、ナキは家から出て行ってしまった。




「――やぁどうも。こうして二人きりで話すのは初めてですね」


 その代わりのように入れ替わりでやってきたのは、奏也だった。

 珍しく、金髪の腰ぎんちゃくの姿も見えない。


「お前が俺をここまで運んでくれたのか?」


 俺が先制攻撃代わりにそう聞くと、奏也は肩をすくめた。


「まさか。あなたを運んだのは、彼女ですよ」

「彼女? ……もしかして、ナキが?」


 あの細い体で俺を運んでいく映像が、どうやっても思い浮かばない。


「どうやら僕は彼女にあまり信用されていないようですからね。

 あなたの体には、指一本触れされてはもらえませんでした」

「やめろよ。そんな言い方するとお前が俺に触りたかったみたいじゃないか」


 俺が言うと、


「ふふふ……」


 奏也は含み笑いをした。

 やめろ、マジ怖いよそれ。


 が、すぐに真顔に戻る。


「とまあ、そんな冗談はともかく」


 良かった、冗談だったのか。


「戦力が問題です」

「戦力?」


 奏也はうなずいた。


「パーティの最大人数は8人だと言いましたよね。

 最初、僕らは7人いました。

 しかし今はたったの4人です。

 これは最大人数のたったの半……」

「――待て」


 奏也の言葉を、俺は遮った。


「4人じゃない。5人だろ?

 ……七瀬だって、助かったはずだ」


 たぶん奏也は、まだ七瀬の目が覚めていないから数に入れなかっただけなんだろう。

 だが、それはどうしても見過ごしておけなかった。


「……そう、だといいですけどね」


 やけに含みのある言い方をする。


「どういう意味だ?」


 自然、言葉が冷たくなった。


「体が治っても、心が治るとは限らないという話です。

 ……あなたは、彼、四ツ木明人のことをどう思いますか?」

「どう、って……」


 正直、思い出したくはない。

 俺たちは、あいつ一人に完全に踊らされた。



 後から冷静になって考えてみると、色々と見えてくることもある。

 ナキが言っていたが、あいつのユニークスキルは『離れた空間をつなげる能力』だそうだ。

 『離れた空間をつなげる』ではイメージし難いが、要は『小さなどこ〇もドアを作る能力』とでも言えば分かり易い。

 それが本当だとしたら、不可解だったいくつかのことが理解出来てくる。


 あいつと戦っている時、右手に持っていたはずのナイフがいつの間にか左手に移動している、という場面が何度かあった。

 あれはあいつのスキルで右手と左手の傍にそれぞれ『ドア』を作り、そこを通じてナイフの受け渡しをしていたのだろう。

 たぶん、ナキの魔法を跳ね返したのもそうだ。

 『ドア』の入口と出口の向きを反対にすれば、疑似的に相手の攻撃を跳ね返すことだって出来るはずだ。


 更に言うなら、戦闘中に何度も走った悪寒。

 あれは明人のスキルが発動したことを、俺の『魔力感知』が捉えて警告してくれたのだと考えられる。

 それを踏まえるとスキル的な相性は悪くはないが、正直二度とは戦いたくはない相手だ。



 俺がそれを素直に伝えると、


「それくらいで済んでいるのなら、あなたは大丈夫だということです」


 と笑顔で答えられた。


「そうかよ」


 自然と言葉はぶっきらぼうになる。

 言いたいことは分かる。

 七瀬は明人とのことがトラウマになって、まともに戦いなんて出来ないだろうと言いたいんだろう。

 もしかするとそれは真実なのかもしれない。

 しかし、他人の心まで勝手に決めつけるような話し方は、どうしても俺に不快感を覚えさせた。


「とにかく、僕らのパーティは最大でも5人にしかならないということです。

 今、月掛さんにもう一度あの大樹の所まで人を探しに行ってもらっていますが、望み薄でしょう」

「ちょっと待て! 月掛を一人で行かせたのか?!」


 パーティの人数云々より、そのことが俺の気にかかった。

 まだ明人がどこにいるか分からないのに、単独行動させるなんて正気の沙汰とは思えない。


 しかし、奏也は全く動揺しなかった。


「はい。むしろ、今が一番安全だと僕は思っていますから。

 彼が戦わないと約束した今が、動くチャンスなんです」

「あいつが約束を守ると?」

「さぁ? でも約束をした直後の方が、気が変わる可能性も少ないでしょう。

 僕らは出来るだけ早く、戦力の充実を図らなければならないんです」

「…………」


 俺は黙ってしまった。


 俺自身、あいつは約束を守るのではないかと思っている。

 一方でほんの気まぐれからあっさり約束を破るような気もしているが、その危険性は約束をしてから時間が経てば時間が経つほど増していくだろう。


 それを正確に見て取って、トドメとばかりに奏也は言った。


「今僕らが一番警戒しなくてはならないのは四ツ木君だと思います。

 しかし、彼を恐れてグズグズとこの村に留まっていては、逆に最悪の事態を招きかねません。

 僕の計画はこうです。

 この村で数日、多少の無理をしてでもレベルを上げます。

 そしてレベルが上がったら、四ツ木君から離れるために、一気に大きな町を目指して進む」

「大きな町にって……。人に紛れたくらいであいつがあきらめるのか?」


 明人はむしろ、他人の目があるとはしゃぐタイプのような気がするのだが。


 奏也は首を振った。


「彼が本気であれば無意味でしょう。

 ですがそもそも、彼の興味が長く持続するとは思えません。

 他にたくさんの人がいる町になど出れば、すぐに僕たちのことなんて忘れるでしょう」

「それは……あるかもな」


 明人が俺たちを攻撃したのは、ナイトメアの仕様を確かめたかったのが半分、気まぐれが半分、といった所だろう。

 現状、特に俺たちに特別な興味を抱いているという感じはない。

 なら、他に興味をひかれそうな物が多い町に脱出するというのは、単純だが有効な離脱手段になり得る。


 ここまで聞けば、奏也がどういう方向に話を誘導したいのかもそろそろ見えてきた。


「で? お前は一体、何をやりたいんだ?

 そこまで言うなら、レベル上げの手段についてももう目星はつけてあるんだろ?」


 そして案の定、にやりと笑う奏也。

 さっきまでも薄々とは思っていたが、今、確信した。


 ――こいつたぶん、かなり性格悪い。


 俺がそんなことを考えているなんて知る由もなく、奏也は心持ち自慢げに話す。


「はい。あなたが気絶している数十分の間に村を回って、色々なイベントを収集していました。

 そこで見つけた、短時間でこなせそうで実入りの多いイベントは二つ。

 その内の一つを、これから現実に戻るまでの三時間で済ませてしまいたいと思っています」

「……どんなイベントだ?」


 俺の問いに、奏也は性格の悪い笑みを更に深めて、言った。



「目的は、東の森に現れた特殊モンスターの撃退。

 レベル13のユニークモンスター『ヘルサラマンダー』の討伐です」


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