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16.彼女のための戦い



『ごめんね、光一。さよなら……』





















 ――あれ?


 剣が切られた音が聞こえてから、俺は反射的に目を閉じて『その瞬間』を待ったが、いつまで経っても予想された痛みはやって来ない。


 俺が目を開けると、そこには珍しく不可解そうな顔をしている明人がいた。

 ……何だ?


 俺は、自分の手を見る。

 半分ほどになっていたショートソードはさらに刀身を削られ、ほとんど根本くらいしか残っていなかった。

 やはり明人のナイフに切り飛ばされたのだと分かる。


 しかし、


「――なんだ、今のは?」


 明人のナイフもまた、刀身を折られていた。

 握りに近い場所でぶつかったのか、俺のショートソードよりも短いくらいだ。


 明人は狐につままれたように顔をしているが、混乱しているのは俺も同じだ。

 お互いの武器のどちらかが短くなっているのなら分かる。

 それはどちらかの武器が勝って、相手の武器を切り飛ばしたということだ。


 ――だが、両方の武器が切られているというのはどういうことなんだ?



「っと!」


 そこで明人が我に返り、後ろに飛び退いた。

 俺からも、そして七瀬からも距離を取り、仕切り直しをする。


「どういう仕組みかは知らないが、おもしろいな。

 今のがオマエの『隠し玉』か」


 心の底から感心したような声で明人が言う。

 そこにはもう、こちらを馬鹿にしたような響きはなかった。

 こんな時だというのに、少し胸がスッとした。


 とはいえ……。

 『隠し玉』も何も、俺にだって何が起こったのか分かってはいない。

 だが、これなら行けるかもしれない。


「まだやるのか?

 戦うのがキツイなら、そろそろ白旗上げてもいいんだぜ?」


 わざと余裕ぶった顔を作りながら、俺はそう明人に問い掛ける。

 降伏勧告だ。


 ――死の淵に立って、少し頭が冷えた。


 このまま明人と戦っても勝てるか分からないし、何よりナキや七瀬の状態が心配だ。

 ナキがやられた瞬間、カッとなってしまって戦うことしか考えられなかったが、七瀬は傷からの出血が心配なもののまだ生きているし、ナキだってあれ一発で死んでしまったとは考え難い。

 たとえここで明人を倒せても、その間にナキや七瀬が死んでしまっては何もならない。


「そいつぁ気遣いありがとさん。 

 まあしかし、そいつは無用な心配ってもんだ」


 だが、明人は俺の言葉を笑い飛ばすと、データウォッチを操作、一秒にも満たない時間で新たなナイフを呼び出し、折れたナイフの代わりに右手に握りしめた。


(……ちっ! やっぱりそう簡単にはいかないか)


 内心で悪態をつく。

 ショートカットキーの設定による特定アイテムの取り出し。

 相手はこういう状況も想定していたってことだ。


 おそらく今取り出した新しいナイフはスカウトの初期装備だろう。

 攻撃力は確実に落ちたはずだが、向こうに武器があってこっちにないという状況はかなり不利だ。


「いいのか? そのナイフだって、一本目と同じ運命を辿ることになるぜ?」


 それでも俺は精一杯の虚勢を張った。

 これで相手が攻撃をためらってくれれば御の字だ。

 しかし、明人は愉快そうに頬を歪めた。


「いいや、無理だね」


 そして何を思ったか、ナイフを持った手を背中にまわす。


(……何をするつもりだ?)


 相手の意図が全く読めない。

 背中に隠したナイフで抜き打ちのようなことをするつもりなのだろうか。

 とにかく何があっても対応出来るように、明人の手の動きを見張っていようと目を凝らした瞬間、


 ――ゾワッ!!


 再び俺を襲う悪寒!

 しかも、さっきよりも明確で、何より近い!!


「く、ぅ!!」


 逡巡する暇はなかった。

 ヤバイと感じた瞬間、『魔力機動』で無理矢理体をよじる。


 そして、さっきまで自分の頭があった場所を振り返って、俺は驚きの声を上げた。


「なっ!?」


 そこに見えたのは、おおよそありえない光景。



 ――刃が、空中から生えていた。



 わずかな時間とはいえ、はっきりと呆け、硬直する俺。

 その時、


「…気をつけて。そいつは多分、離れた空間をつなげる能力をもってる」

 

 俺の耳に、待ちに待った声が届いた。


「ナキ!!」


 もちろん俺は歓声のような声を上げて後ろを振り向き、


「敵から目を離さないで!」


 ……早速怒られた。


 だが、これでこそのナキだ。

 一瞬見ただけだが、目立った外傷もなさそうに見えた。


 また、ナキと並んで、奏也と月掛も武器を構えている。

 どうやら戦う覚悟を決めてくれたようだ。


 思わぬ援軍を得て、俄然勢いづいた俺たちに、



「はいはい。やめやめ!」



 明人はあっさりとナイフをしまうと、両手を上げた。


「どういうつもりだ?」


 また何かの計略だろうか。

 俺は決して油断しないように、折れた剣を構えながら問い掛ける。

 しかし、明人の瞳からは先程までの爛々とした輝きが消えていた。


「さっき言ったろ?

 別にオレとしては、今オマエらと戦う旨みってのは実はほとんどないんだよ。

 しかも、ユニークスキルのタネまで割れちまった。

 ネタのわかってる手品ほど、見ててつまんねぇもんもねえだろ?」

「そんな理屈、信じろってのか?!」


 今まで散々俺たちを騙しておいて、よくも言う。

 それ以上に、ここまでやっておいてつまらなくなったから帰るなんていう発言が、俺のはらわたを煮えくり返らせた。


「別に信じなくたって構わねえよ。

 ただ、まあ、そうだな。

 今から……二、三日は襲わないでいてやるよ。

 約束する」


 俺たちはそう言われてもまだ、油断なく身構えていた。

 今更そんな口約束、信じられるはずもない。

 だが、俺の心は確かに休戦に傾いていた。

 だから明人がナキを警戒しながら下がっていっても、動かないし、動けない。


「じゃ、ま、そういうことでな!」


 最後に明人はそう言うと、何の気負いもなく俺たちに背を向け、森の奥、村とは反対の方向へ歩き出していってしまった。




「…いまなら、殺せるかも」


 明人の後ろ姿にナキがぼそっとつぶやくが、俺は首を横に振った。

 最大の脅威だった業物のナイフは潰したが、高い敏捷と強化の値、それに『離れた空間をつなげる』らしいユニークスキルはいまだに顕在だ。

 正直、今からもう一度戦っても勝ち目があるか分からないし、俺にはまだ人殺しが出来る自信がない。


 ここで逃がして後で不意打ちなんてされたら余計に勝ち目はないが、俺は不思議とあいつは約束を守るような気がしていた。

 それに、何より、


「今は、それより七瀬の治療だ。

 ナキはあいつが戻って来ないか、見張りを頼む」


 事は一刻を争う。

 俺は倒れたままの七瀬に駆け寄った。


「…ぁあ、ぅ、ぁぁ!!」


 七瀬は右手に槍を握ったまま、左手で傷口を押さえて苦しんでいる。


「七瀬! 傷薬だ!」


 インベントリから取り出した傷薬を、七瀬に渡そうとするが、


「……ひっ! く、るな! くるなぁ!!」


 錯乱した七瀬は、近付く俺を警戒して、槍をぶんぶんと振りまわす。


「七瀬! 俺だ、光一だ!

 もう明人は行った! もう大丈夫だから!」


 そう必死に呼び掛けるが、七瀬からの反応は槍の一撃だった。

 これじゃあ近付けない!


「奏也! 月掛! 何か、傷薬以外に回復手段はないのか!」


 俺は後ろを振り返って尋ねるが、二人は首を振る。


「HP回復スキルはあっても、傷を癒すスキルは……」

「わたしは、戦闘系だから……」


 そう話している間にも、七瀬の傷口からはどんどんと血が溢れ出している。


「くそっ!」


 俺は覚悟を決めた。

 槍がまた目の前を横切った隙を見計らって『魔力機動』を発動させると、七瀬に思いきりぶつかって、地面に組み敷く。


「ひぅ! やめ、やめ、てぇ…!!」


 半狂乱になった七瀬の槍が、俺の背中を打つ。

 だが、


「これ、を!!」


 俺はその間に、傷薬を開けて七瀬の傷口に振りかける。



「ぁ、ぁああああああああああああああ!!!」



 耳を覆いたくなるような絶叫が響いた。

 傷口からは泡と煙が立ち、相当な痛みが七瀬を襲っていることが想像出来る。

 だが、こうでもしなければ七瀬は助からない。


「七瀬! 大丈夫、大丈夫だから!!」


 七瀬の体を必死で押さえつけながら、俺は傷薬を掛け続ける。

 ランクの低い薬だからか、なかなか傷は塞がらない。


「あぁああ!! あぁあああぁ!!」


 七瀬の抵抗が激しくなる。


「がぁ!!」


 偶然にも振り回された槍の穂先が、俺のわき腹に当たり、思い切り肉をえぐられる。

 それでも、


「だい、じょうぶ。七瀬は、大丈夫だから……!!」


 俺は、薬を振りかけるのをやめなかった。


 脇腹が熱い。

 疲労と激痛で、気が遠くなりかける。

 だが、七瀬の傷口は、確実に塞がってきていた。


(もう少し! あとちょっとだけ、こらえれば!)


 それだけを必死に念じて、半ば七瀬にしがみつくようにして、治療を続ける。

 そして、


「……ななせ?」


 もうそろそろ傷口も塞がろうという時、急に下からの抵抗がぱたりと止んだ。

 慌てて彼女の顔を見ると、七瀬は目を閉じていた。


「七瀬っ!?」


 まさか、間に合わなかったのか?!

 俺は慌てて脈を確かめようとするが、


「…スリープの魔法をかけた」


 上から、誰よりも心強い、ぼそっとしたつぶやきが降ってきた。

 声の主が誰かなんて、もはや確かめるまでもない。


「流石だな。そんなスキルも覚えてたのか?」


 俺が問うと、ナキはにこりともせずに答えた。


「…いま、覚えた」


 そう答えたナキの目の前には、確かにデータウォッチのスキル画面。


「ははっ! おまえはやっぱ、最高だよ」


 こいつと出会えたことが、この世界での俺の最大の幸運だと素直に思えた。

 訳もなく、大声で笑いだしたくなる。

 けれど、実際にはそんな体力も気力も残ってなくて、


「んじゃ、あと、たのんだ……」


 頼れる相棒に全てを任せ、俺は意識を手放した。


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