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15.牙を剥く悪夢

 ――学校が、臨時休校になった。



 考えてみれば当然の処置だ。

 こんな時に勉強したいと考える奴もいないだろうし、保護者だって学校に通わせたいはずもない。


 かと言って、いきなり家に帰れと言われても困ってしまう。

 この時間、家には誰もいやしないだろうし、他に行く当てもない。

 なんだかんだと考えながら、俺の足は自然と自宅への帰路を進んでいた。


 まるで活気のない町並みを歩いて、何事もなく家に帰り着く。

 隣の家を見上げても、やはり人の気配がしない。

 もしかして……。


『――ッ!』


 最悪の想像を振り払って、俺は逃げるように自分の家の鍵を開けた。




『……ただいま』


 俺はあいさつというより、独り言みたいにそう言い捨てながら、玄関の扉を開けて、


『おかえり』


 すぐにその返答が返ってきたことに驚いて、玄関の前でしばし、硬直した。


『おかえり、光一』


 それが不満だったのか、自分の存在を主張するみたいに、もう一度声がかけられる。

 それで、ようやく俺の硬直は解けた。


『なんだ、縁か』


 そう安堵の吐息を漏らしてから、違和感に気付く。

 ……そうだ。


『ちょっと待て。お前、鍵はどうしたんだよ?』


 こんなご時世だからこそ、空き巣が横行する可能性はある。

 俺はそんなことを思いながら朝、しっかりと鍵をして出たのをはっきりと覚えている。


 だが、


『わたしは、魔法使いだから』


 本気とも冗談ともつかぬことを言って、縁はさっさと奥に入っていってしまった。



 俺は手早く荷物を自室に置いて、手洗いなどを早々に済ませ、制服を着替える手間も惜しんで居間に戻った。

 縁は、自分の家のようにくつろいでそこに座っていた。


 やっぱりこれは異常だ。

 縁は唐突な奴だが、他人の家に勝手に上がり込むようなことはしなかった。


『どうしていきなりうちに来たんだ?』


 意識して少し険しい表情を作って俺はそう問い掛けるが、


『光一に会いに来るのに、理由なんているの?』


 そんな台詞でごまかそうとしてくる。

 だが、そんな言葉にすら心臓が跳ねてしまうのは、思春期男子の性という所か。

 俺は内心の動揺を外に出さないように、出来るだけ気のない調子で言う。


『そういう台詞は、恋人にでも言ってもらいたかったよ』

『そう? わたしはそれでも構わないよ?』


 それは、何を考えて口にされた言葉だったのか。

 俺は真意を探るように縁と目を合わせて、すぐに逃げた。


『ちょっと、飲み物を取ってくる』


 自分でも弱いなと思いつつ、跳ねる鼓動を落ち着かせるために、少し時間が必要だと思った。

 冷蔵庫に何かあっただろうか。

 そんなことを考えながら、二、三歩、キッチンの方へ歩を進めて、


『……縁?』


 背中にぶつかってきた縁の熱と重みに、俺は上ずった声を出した。


 何が起こったのか、分からない。

 ただ、ゆっくりと俺の胸にまで回された縁の手は、小さく震えていた。

 くぐもった声が俺の耳を打つ。



『――昨夜、みりんが、消えたって』



 まさか、とか、嘘だろ、とか、そんな言葉が頭を巡って消える。

 だが本当は、いつそんなことが起こってもおかしくないことは、俺の理性がはっきりと理解していた。


『……バニシング・ドリームか』


 人が消える夢、悪夢への誘い、永遠の夢への招待状。


 誰よりもその夢に詳しい縁のおかげで、俺は他の多くの人よりも事態に詳しいはずだった。

 それでも、身近な人間が巻き込まれたと聞けば、流石に穏やかではいられない。


『大丈夫。みりんのことは、わたしが《向こう》でどうにかするよ。

 だけど、わたしにももう、時間がない』

『もう危ない、のか?』


 俺の問いに、背中で縁がうなずく気配。


『わたしの仲間も、二人、取り込まれた。

 わたしについているのは《魔力親和性》だから、《魔力侵食》の人よりは進行が遅い、けど、この前レベル8に上がったから、あと一週間ももたないと思う』

『確か、レベル10まで行ったら終わり、なんだよな?』

『たぶん、ね』


 くぐもった、苦々しい声を聞く。


 ――《魔力親和性》。


 縁が夢の世界での記憶を現実に持って来られる理由とされるスキル。

 本当の所は知らない。いや、誰にも分からないだろう。

 だが、決して上げ過ぎてはいけないスキルだということは分かっている。


『だから、わたしは近い内に戦うよ』

『たたか、う?』

『うん。わたしは、あの悪夢の世界を、打ち倒す。そして――』


 物騒な言葉とは裏腹な、どこか切なげな声で、縁は後ろから俺の耳にささやいた。



『――絶対、光一を守るから』



 ――そう、そうだった。

 ――これが、俺が思い出そうとして、でも絶対に思い出せなかった記憶の欠片、その一つ。

 ――全てが変わった『あの日』より、二日だけ前の出来事だった。






















「おっ?」


 いかにも愉快そうな明人の声にその視線の先を追ってみると、地面に倒れていた穂村が粒子になって空に溶けていくのが見えた。

 視線を戻すと、明人の体の半分くらいにべったりとついていた穂村の血液も、時を同じくして剥離して、空に溶けていく。


「へぇぇ。『トラベラー』だって、死ぬと粒子になるワケね。

 こいつぁ興味深いな。

 ウィルが増えたかどうかも見てみたいが、そんな時間は流石にねえかな?」


 明人はやっぱり楽しそうにこちらに流し目を送る。


 それに初めに反応したのは、俺の隣に立っていた七瀬だった。

 全身から怒りを発散させながら、明人に向かって一歩前に出る。


「あなたは! 自分が何をしたか、ちゃんと分かって――」

「じゃあオマエは、オレが一体何をしたか、ちゃあんと分かってんのかよ」


 糾弾の声は、しかし明人の言葉に上書きされた。 


「確かにこいつはオレに喉掻っ切られて消えた。……それで?」

「それで、って、あなたは、人を、殺して……」

「そこだよ!!」


 強気に出ていた七瀬をビクッとすくませるほどの大声を、明人は出した。

 大袈裟な身振りで、まるで演説のように声を張り上げる。


「どうしてこれが人殺しなんだ?

 そもそも人殺しだとして、これは悪いことなのか?

 ここは、ゲームの世界なんだぜ?」

「げ、ゲームの世界だって、やっていいことと、悪いことが……」


 七瀬はかろうじて反論するが、


「なぁ、ここがゲームの世界なら、PKってのはルールの内なんじゃねえか?」

「そ、んなこと……」

「見ろよ」


 明人の言葉に、俺を含めた全員の視線が穂村の体があった場所に向かう。

 そこには、穂村が持っていた物なのか、いくつかのアイテムが落ちていた。


「人を殺すとアイテムドロップってのは、つまりPK用の仕様なんじゃねえか?

 ゲームならプレイヤー殺して経験値やアイテム奪うのも、遊び方の一つ、だろ?

 オレはただ、オレなりに真剣にこの『ゲーム』を遊んでるだけなんだよ」


 明人は全く悪びれる様子もなく、ゆっくりと七瀬に歩み寄っていく。


「それ以上、近付かないで!」


 七瀬がヒステリックに叫んで槍を構える。

 その先端が明人の体に突きつけられるが、それでも明人は表情を変えなかった。


 その時、


「…あぶない。私の射線を、遮ろうとしてる」


 不意にぼそりと、俺の右隣でナキが声を上げた。


 そして、気付いた。

 明人は巧妙に体の位置をずらし、ナキと自分の間に七瀬の体を入れ、ナキの攻撃を封じようとしている。


 ――つまり、何か仕掛けてくる?!


 俺がその理解に至った直後だった。

 明人が動く。


「わかったわかった。

 オマエらはオレがこんなモン持ってるから信じられないんだろ?

 なら、よ……」


 明人は槍が自分の体に触れることにすら無頓着に、更に七瀬に体を寄せ、ゆっくりとナイフを持っている右手を上げる。

 そして、


「このナイフ、捨ててやれば満足なんだろ?

 ……ほら!」


 右手に持ったナイフを、上に放り投げ、



「……ぁ、え?」



 次の瞬間、七瀬が身を二つに折って、地面に崩れ落ちていた。




「ぁ、うぁ、いた、い…痛い!!」


 お腹を押さえて苦しむ七瀬を、明人は傲然と見下ろす。


「まったくよぉ。オマエらホントにちょろすぎなんだよ。

 なぁんで一度やった手に、二度もひっかかるかねぇ?」


 そんな明人が左手に持っているのは、さっき右手が投げたはずのナイフ。

 しかも、誰かの血によって真っ赤に染まっている。


 ――ナイフを上に投げて注意を向けた瞬間、左手で七瀬の腹を刺した?!


 そうとしか考えられない。

 上に投げたはずのナイフが左手に移動したことだけが解せないが、流れ自体は穂村の時と同じ。

 明人が危険だというのは分かっていたはずなのに、また目の前で犠牲者を出してしまうとは……!


 俺が怒りを込めて明人を睨みつけると、


「あー、だいじょうぶだいじょうぶ。たぶん死んでねえよ?

 こいつを殺したって、別にいいことないしな」


 明人は軽薄に両手を横に開いて無実をアピールする。


「どういう、ことだよ?」

「あの穂村ってのを殺したのは、まあ単純にむかついたってのもあるにはあるが、この世界で死んでも本当に現実世界に影響がないか、調べたかっただけだ。

 新東京第一高校の二年C組、だったか。

 それだけ分かりゃあ十分調べられんだろ」


 残った四人の鋭い視線を受け流しながら、明人はへらへらと笑った。


「問題は、現実でのオレがそれを覚えてられるかってことだが、そこのエルフ娘もなんとなく『ナイトメア』って単語を覚えてたみたいだし、まあ現実に戻る時に強く念じてればきっとちょっとは覚えてるだろ。

 ま、失敗しても別にオレにリスクはないしな」

「そんな、ことのために……」


 俺の左隣、金髪の月掛が、思わずといったようにそう漏らす。

 その意見には、全くの同感だった。

 そのために穂村は消えて、七瀬はまだ死にはしていないが、今も苦しんでいる。

 正気の沙汰じゃない。



「――で、どうする?」



 明人がにやにや笑いながら聞く。

 主語も何もない言葉だが、その意味は明白だった。


「オマエらは許せないんだろ、オレを。

 仲間の仇ー、とかって思っちゃってるワケだろ?

 だけどよぉ……それでオマエら、オレを殺せるのか?

 それってオレがしてることと、一体何が違うんだ?」

「…………」


 誰も、何も、答えられない。

 確かに明人は許せないと、そう思う。

 感情では、確かにそう思う。


 だからといって、明人を殺してもいいのかと問われると、即答は出来ない。

 そして、明人を殺さずに無力化出来るかどうかは分からない。

 そもそも、ここで明人にかかっていって、更に犠牲が増えてしまったら?


 ……頭が、空転する。

 俺の悪い癖だ。

 肝心な時ほど考えばかりが頭を巡って、行動を起こせない。


 笑う明人を前に、誰も何も出来ず、ただ、固まって……。



「アイスニードル!」



 一人だけ、そんな葛藤を全く気にせず、動いた奴がいた。

 その出所に視線を走らせると、きらめく銀髪に尖った耳が見える。

 ナキだ。


「…あんなのに、つきあう必要ない」


 ナキはクールに言い放つと、


「アイスニードル!」


 更に連続で魔法を放つ。

 放たれたのは、棒切れほどの大きさの、氷の槍。

 ニードルなんて名前が詐欺に思えてくるほどの凶悪な魔法だ。


「おわっ! こりゃっ! すごいな!」


 それでも明人は、その氷の槍を機敏な動きで後ろに跳んで回避する。

 それを見て、俺も覚悟を決めた。


「悪いが、俺はここで死ぬ訳にはいかない!」


 ここには、縁が、消えた幼なじみの手がかりがあるかもしれないんだ。

 だから多少の無理をしてでも、俺は我を押し通す。

 そんな風に俺が心を決めた時、


「アイスニードル!!」


 そんな俺の決断を後押しするように、ナキが声を張り上げる。

 今度生まれた氷の槍は三本。

 それは微妙な時間差をつけて明人に放たれる!


「やるっ!!」


 明人は二本までを姿勢を崩して避けたが、完全に体勢の崩れたその胸の中心に、最後の氷の槍が迫る。

 ほとんど完璧なタイミングと位置。

 俺はそれを見た瞬間、当たった、と思った。

 だが、


「――ッ!?」


 信じられないことが起こった。

 明人の胸に吸い込まれるはずだったその最後の氷の槍は、明人に当たったと思った瞬間に反転、一直線に術者、ナキを狙う!


「ナキ!!」


 そして俺は見た。

 明人に向かった時と同じ、視認が困難なほどの速度で氷の槍が飛び、その槍がナキにぶつかっていくのを。

 見るからに質量のある氷の槍、その尖った先端がナキの華奢な体に刺さり、その身を吹き飛ばすのを、はっきりと見た。




 ――頭の中の全部が、吹っ飛んだ。




「『オーバードライブ』!!」


 小賢しい計算とか、人としての倫理とか、この世界での目的とか、そんな物はもう俺の中になかった。

 頭の中が煮えたぎるほど沸騰して、なのに思考だけはいつもよりも速く動いていた。


 『オーバードライブ』の加速が確認出来るや否や、俺は即座に『魔力機動』を発動、今の俺に出来る最大の速度で高速移動をして、


「借りるぞ!」


 隣にいた月掛の腰から、ショートソードを抜き取った。


「ちょ、ちょっと…!?」


 抗議の声が聞こえるが、そんな物はどうでもいい。


「奏也! ナキを!」


 そう言い捨てると返事も待たず、俺は明人に向かって飛ぶ。

 『オーバードライブ』の有効時間はたったの6秒。

 この時間の間に勝負を決める。


 そもそも、能力値は軒並み向こうの方が上。

 俺にアドバンテージがあるとしたら、この『魔力機動』と『オーバードライブ』のスキルを持っていることだけだ。

 そして、『オーバードライブ』で攻撃力を強化するためには、『刀剣』スキルを使うために、どうしても『剣』カテゴリの武器が必要となる。

 そして今、俺が使えそうな『剣』は、元々トラベラーだったらしい月掛が持っていた、このショートソードしかなかったのだ。


 加速した思考でそんなことを考えながら、明人を観察する。

 俺が仲間の武器を奪った時はわずかに意外そうな顔をしていたものの、その顔から余裕の色は消えない。


 なら、それでいい。

 その慢心の隙を、俺が突く!


「来いよ」


 ナイフを構えて、明人が誘う。

 そして元より、俺に退くなんて選択肢はない。


 俺は『オーバードライブ』で強化された『魔力機動』を全開にして、一直線に明人に飛び込んで行き、


「あぁ?!」


 直前で、その軌道を変える!

 『魔力機動』の特徴は、足場や予備動作なしに、どんな風にでも動ける所にある。

 俺は明人の目の前で右に移動、それから急角度で右側から明人に襲い掛かる、V字の軌道を描いた。


 当然直進を予測していた明人のナイフは空を切り、


「これでっ!!」


 殺すこともいとわない勢いで放った俺の斬撃が、明人の左肩に吸い込まれ……。


 ――パキン!


 想像したより、乾いた音が鼓膜を叩く。


「くぅ!!」


 ショートソードが明人に当たる直前、驚異的な勢いで体をひねった明人のナイフが防御に間に合った。

 不自然な体勢、苦し紛れの勢いのない防御だったはずだが、


「折れ、た……?」


 一瞬の接触だけで、明人のナイフは俺の振るったショートソードを真っ二つに切り裂いていた。

 距離を取って地面に降りると同時に、『オーバードライブ』の効果時間が終わる。

 世界が急速に重みを増し、体がねっとりした物に包まれる感覚。


 呆然とする俺に、明人がにこやかに声をかける。


「いや、正直惜しかったと思うぜ。

 ただ、こいつは初心者が持つにしちゃあ上等なアイテムなんだよ」

「その、ナイフは?」


 かすれた声で尋ねると、明人は嬉しそうに答えた。


「こいつはな、村のある家の金庫からかっぱらってきたんだ。

 昔冒険者だったとかいう爺の目の前で、ちょっと婆を脅すだけの簡単なお仕事だったよ。

 あ、もちろん両方とも用が済んだら殺しといたけどな」


 そうして、この世界じゃ死体が残らないから完全犯罪し放題だな、と明人は笑った。


 怒りが、体を駆け巡る。

 だが、打つ手はあるのか?

 最大の切り札を失った俺に、この半分になったショートソードで何が出来る?


 しかし、俺には考える時間すら与えられなかった。


「へへっ」


 明人はなぜか俺の顔を見てそんな声を出すと、


「なっ!?」


 無防備にも、俺に背中を向ける。

 そして、これ見よがしにナイフを持った右手を振り上げる。

 その刃の向かう先には……。



「――七瀬!!」



 傷ついた、七瀬がいた。


「……ぅ、あ、あ…!」


 戦いが続いていた間ずっと苦しみ続けていた七瀬が、振り上げられる凶刃を見てはっきりと恐怖の色を浮かべる。


「くそっ!!」


 この位置からでは、かばうとか助けるとか、そんなことは出来ない。

 だから、明人が七瀬を斬るより先に、背中から明人を斬る!


「こ、の――!!」


 それ以上を考えている暇はなかった。

 再び『魔力機動』を全開にして、俺は明人に突撃する。


 俺の折れたショートソードが、明人の背中に届くかと思われたその瞬間、


 ――ゾワッ!!


 俺の背中を、悪寒が駆け抜ける。

 同時に襲うのは、半身になった明人の左手。

 そこには、さっき右手に握られていたはずの、血塗れのナイフがあって……。


(罠かっ!!)


 初めから狙いは俺だった。

 七瀬を救おうとやってきた俺を斬るのが明人の真の狙いで、


(これ、避けられな――!?)


 走る死の予感。

 回避は出来ない。

 かろうじてナイフの軌道に自分の剣を差し入れるのが精一杯で……。



 ――パキン!



 俺の耳に、金属が切り飛ばされる乾いた音が響いた。
















オマケ


『ちょっと、飲み物を取ってくる』


 自分でも弱いなと思いつつ、跳ねる鼓動を落ち着かせるために、少し時間が必要だと思った。

 冷蔵庫に何かあっただろうか。

 そんなことを考えながら、二、三歩、キッチンの方へ歩を進めて、


『……縁?』


 背中にぶつかってきた縁の熱と重みに、俺は上ずった声を出した。


 何が起こったのか、分からない。

 ただ、ゆっくりと俺の胸にまで回された縁の手は、小さく震えていた。

 くぐもった声が俺の耳を打つ。



『――昨夜、みりんが、消えたって……食卓から』

『食卓からっ!?』



 全国の煮物がピンチだった。


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