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14.戦闘イベント開始

残酷描写はじめました


 ――『あの日』よりもだいぶ前。たぶん、縁が夢に慣れ始めた頃の記憶。



『ESPネットワーク?』


 縁の口から出たSFっぽい用語に、俺は驚いて聞き返した。


『あくまで仮説、だけど。でも、それが今、一番有力ってされてるこの夢の原因かな』


 そんな俺の様子を少しだけ面白そうに眺めながら、縁は言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


『遠感とか、精神感応、だったかな。

 そういう超能力が無意識に使われてわたしたちの夢はつながったの。

 で、その夢に触発されて、夢を見てるみんなの能力も開発されてるから、今夢を見てるみんなは全員が少なからず超能力者、なんだって』

『つまり、縁も?』

『そういうことになるね』


 あっさりと言ってのける縁に、毎度のことながら俺はぽかんとするしかない。


『だから、夢の世界にやってこられるのはそういう方面に適性のある一部の人間だけらしいんだけど、その制限も段々なくなっていくんじゃないかって』

『どういうことだ?』

『夢の世界にいる人たちの能力がどんどん高まって、能力を持たない人を入れても機能するくらい超能力が強まっていくから、だってさ』

『ふぅ、ん?』


 どんな人間でも、たぶん、それこそ俺でも、縁の夢の世界に入れる。

 それはとても魅力的なことだと思うのだが、俺はなぜか、同時にわずかな恐怖も感じていた。


『うん、それは、とても怖いことだよ。

 もし、ユニークの発現もできない、トラベラーになりえない人たちが、たくさんナイトメアの世界に入ってくるようなことになったら……』

『ユニーク? トラ、ベラー?

 ……それってその夢の専門用語か何かか?』


 突然聞き慣れない言葉を使い始めた縁に俺が声をかけると、


『あ、あはは。なんでもないなんでもない!

 それより、今日学校でみりんがね……』


 縁は突然違う話をし始めて、その話題はそれっきりになったのだった。





















 奏也(優男)の提案で、俺たちは近くの村に移動することになった。


 ただ、もしかするとまだこの木に移動してくる人間がいるかもしれないので、ここで一時間ほど休憩、その際にお互いの持っているこの世界に関する情報を交換することになった。

 もちろん俺たちが提供するのは、ナキ(無愛想)が古書店で偶然に見つけた『ないとめあ☆ の あるきかた♪』という本(なんて設定になったらしい)に書いてあったことだ。


 そこで一つ分かったことだが、やはり俺以外の全員がナイトメアの世界の記憶を現実世界に持っていけないらしい。

 そのせいでナキに対し、ナイトメアの記憶がないはずなのにどうして『ないとめあ☆ の あるきかた♪』なんて本を手に取ったのか、と鋭い質問が飛んだが、


「…なんとなく」


 の一言で切り抜けたナキは、それ以上に大物だと言えよう。


 俺とナキは『ないとめあ☆ の あるきかた♪』についての情報を噛み砕いて伝え、代わりにクラス獲得条件や、モンスターの弱点情報(ブレイドラビットは後頭部が弱点らしい)などの実際に経験しなければ手に入れられないような情報をいくつか教えてもらった。

 さらに、


「オマエらさぁ。さっきから話してるの、ゲームのルールばっかりじゃねえか。

 この世界のルールについても、ちゃんと知っとかないとダメだぜ?」


 と明人(目付きが悪い)が言い出し、にわかに明人劇場が始まった。



「まず、オレたちの身体能力についてだが……」

「きゃっ!?」


 明人はちらりと横を見ると、突然近くにいた七瀬(委員長キャラ)を持ち上げた。


「ヘルプとかオマエらの読んだ本には書いてなかったようだが、能力値を上げると身体能力も上がる。

 どうやら強化は腕力にある程度対応してるみたいだな。

 強化が高ければ、こうやって現実では持てなかったような重い物だって簡単に持てる」

「失礼ね! 重い物なんかじゃないわよ!」


 七瀬が抗議の声を上げるが、明人は無視。


「さらに言えば、体力も上がってるな。

 少なくとも、HPがある内はいくら全力疾走しても全然疲れない。

 それに、意外とみんな気付いてないみたいだが……」


 そこで、明人は自分の持ち上げている七瀬を初めて真正面から見た。


「な、何よ……」


 思わず気圧されたような返事をする七瀬。

 そんな七瀬に、明人は、


「なぁ、オマエさ。こっちに来てから、小便したいとか思ったことあるか?」


 平然とセクハラ発言をかました。


「な、な、な、な、なぁぁ…………」


 流石に真っ赤になって硬直する七瀬。


「おい、だから、小便したかって聞いてんだよ!

 あ、別にでっかい方でもいいぞ?」


 そこにさらに追い打ちをかける明人。


「な、ないわよ! あんた、いい加減に……」


 顔を真っ赤にしながらも、七瀬が必死で抗弁すると、


「とまあ、そういうワケだ。

 こんだけ小便近そうな顔のコイツがないって言ってるんだから、オマエらみんなやってないだろ?」

「しょ……トイレ近そうな顔ってどんな顔よぉ!」


 明人はしれっと話をまとめた。


「オレも前に村に行った時、ちょろっとお宅拝見してきたが、そこにはベッドや風呂はあっても、便所は一個もなかった。

 つまり、この世界では排泄の必要がないってことだ」

「ちょ、ちょっと! 無視しないでよね!」


 そんな風に耳元で必死に叫ぶ七瀬を完全に無視出来る明人は、真性のドSかなんかだと思う。

 だが、なるほど。

 ドSとかセクハラ発言とかはともかくとして、明人の言うことは確かに興味深かった。


「それだけじゃないぜ。

 この世界で過ごし始めて数時間しか経ってないから確証はないが、少なくともこれまで眠いと思ったことはないし、腹が減ったと思ったこともない。

 ついでに言やあ、間近でこんなにエロい女を見ても、犯したいとも思わない」

「え、エロくなんかないわよ!」


 七瀬は宙づりになったまま、両腕で自分の大きな胸を隠しながら叫んだ。


「つまり……」


 そこで、今までじっと聞いていた奏也が口を開く。



「――つまりこの世界では、食欲も睡眠欲も性欲も、果ては排泄欲までもないと、そう言いたいんですか?」



 改めて言葉にされると、それは驚くべき指摘だった。

 魔法が使えたり、超人的な力を持ったりというのも、それは大きな問題には違いない。

 だが、自身の体が持つ欲求、そんな物を操作されたというのは、どこか生命の根幹を弄られたような、何とも表現し難い不気味さがある。


 しかし少なくとも、明人はそのような感傷とは無縁なようだった。


「つうか、そうとでも考えねえと辻褄合わねえだろ?」


 奏也の言葉に、何でもないことのようにうなずいてみせる。


「まあ、正確に言えば『ない』ワケじゃあなくて、『極端に少ない』ってだけの話じゃねえかと思うけどな。

 特に腹が減ったり眠くなったりしないってだけで飯があれば食えそうだし、眠ろうと思えば眠れそうだ。

 排泄についちゃあ分からねえが、セックスだって……例えばこのデカ乳女が裸であっはんうっふん言って迫ってきたら……」

「しないわよそんなこと!」

「……迫ってきたら、まあ勃つんじゃねえか? なぁ?」


 最後の『なぁ?』は男性陣に対する呼びかけである。


「…………」


 正直、そんな所で相槌を求められても困る。

 俺は無言を押し通したが、奏也は、


「さぁ、どうでしょうね」


 と苦笑で返し、穂村に至ってはコクコクとバカ正直に首を縦に振って七瀬ににらまれていた。


 それで気が済んだのか、


「あ、もうオマエはいーや」


 もう用はないとばかりに七瀬が放り投げられる。


「……きゃん!」


 乱暴された子犬みたいな声を上げて、七瀬が地面に落ちる。


「あー、大丈夫か?」


 地面に背中から着地した七瀬を気遣って、手を伸ばしたのだが、


「…全く、これだから男って奴は!」


 何だか凄い台詞と共に、伸ばした手を振り払われた。

 ……少しだけ、この世の理不尽を感じなくもない。


 一方、七瀬をリリースした明人は俺たちのやり取りを気にするでもなく、主に奏也とその後ろの月掛(金髪)相手に絶好調でしゃべり続けていた。


「やっぱよ。この世界はゲームなんだよ。

 冒険をするって目的のためだけに人間性すら歪められた、ゲームの世界だ。

 ここではモンスターを倒したり遺跡を探検したりするべきであって、生活するべきじゃないっていうのが、この世界を創った奴の考えなんだろうぜ!

 全く、本当にもう呆れるくらい実に……」

「実に……?」


 奏也の絶妙な相槌に、明人はにやっと笑って言った。



「……実に、オレ好みだ!」



 そして、そのあまりに清々しすぎる笑顔を見て、俺は素直に思った。


 ――あぁ、こいつ変態だ、と。




 という次第で、思わぬ有益な情報が飛び交った一時間の休憩を終え、俺たちは村に移動することにした。

 隊列は、先頭から奏也(リーダー的存在)、月掛(奏也の金魚のフン)、明人(変態っぽい)、俺、穂村(馴れ馴れしい)、七瀬(エロい?)、ナキ(無表情)の順だ。


 ちなみにメンバーの呼び方が名字だったり名前だったりするのは本人の自己申告からだ。

 具体的には奏也と明人(とついでにナキ)は自分から名前呼びを希望してきた。

 一番名前呼びを要求してきそうな穂村が何も言って来なかったのが意外だが、単に何も気にしていないという可能性もある。


 そして、肝心のこの並びの意味だが、特に深い意図などは込められてはいない。

 少なくとも村までの道には敵は出て来ないらしいので、戦闘なんかは考慮されていない。

 それに、ここにいるメンバー全員が、この辺りの敵なら単独で撃退出来る程度の実力はあるらしい。


 実際、村までの道は今までの森の道と比べると道幅も広く、心持ち整備もされているようで、非常に歩きやすい。

 空から暖かそうな光が降り注いでいるのものどかな気分を増大させ、まるで森林浴でもしているかのようだ。


 ただし、そんなのんびりとした時間の中で、穂村がしきりに話しかけてくることだけが唯一面倒くさかった。

 もちろん俺だって最初から穂村の相手をしようと思っていた訳ではなく、むしろ本当は最後尾でナキとのんびり歩いて行こうかと思ったのだが、さっきの一件のせいか明人のことをあからさまに避けている様子の七瀬に気付いてしまったのだ。

 気の強そうな顔にかすかな怯えをにじませているその顔に、俺はなんとなくいたたまれなくなってしまった。

 そして、ならせめて俺が間に入ってやろうか、なんて仏心を出したのが、間違いの始まりだったのだ。


 俺が明人と七瀬の間に陣取ったちょうどその時、月掛に話し掛けに行ってあえなく追い払われた穂村が、更なる獲物を求めて後ろに歩いてきた。

 穂村はまず明人……を華麗にスルーし、特に誰とも話をしていなかった俺を与しやすしと見たのか、ただちにロックオンしてきた。


 単独で穂村を相手にするのはつらすぎる。

 後ろにいる七瀬かナキを巻き込めば……と後ろを見ると、今まで会話する気配すらなかった七瀬とナキが何か話をし始めていた。

 うん、なんというか、あれだな。


 ――全く、これだから女って奴は……。


 俺は内心の悲嘆を押し隠しながら、満面の笑みでこちらに歩み寄ってくる穂村に、引きつった笑みを浮かべたのだった。




「――そんでおれはな、そのブレイドラビットの一撃を華麗にかわして炎の剣をこうズバーッと、ズバババァッとくらわしてやったワケだよ!」

「ああ。ズバーッとな」


 俺は穂村の自慢話に適当な相槌を打ちながら、この話、一体何回目だろ、とぼんやりと思っていた。


 俺をロックオンしてからこちら、穂村は俺に口を挟む機会も与えずにひたすらこの世界に来てからの自分の活躍を語っていた。

 活躍と言っても、ただただブレイドラビットを倒す話を無限ループで聞かされているだけなのだが、その倒し方も今の話のように炎の剣で倒していたり華麗な足技で蹴倒していたり持っていた剣で一刀両断にしていたり、いちいちディテールが異なる。


 というか、穂村は確かレベル2だったのでそんなにたくさんの敵を倒したはずはないのだが、その辺りはどうなっているのだろうか。


「おーいー! ここ、重要なトコだぜぇ? しっかりしてくれよぉ、光一ちゃーん!」


 そしていつの間にか、穂村の俺の呼び方が『光一ちゃん』になっていた。

 さらに何を血迷ったか、「おれのことはほむっちって呼んでくれよ!」と言ってきたが、絶対に呼ぶまいと心に決めた。


 それでも穂村は心行くまで話が出来たせいか、もはや鬱陶しいほど上機嫌だ。


「いやー、なんか光一ちゃんとは気が合うなぁ!

 なんだろ、おれ、光一ちゃんとは一生モノの親友になれる予感がゆんゆん来るわー!」

「そうか。俺はお前にこれからずっと迷惑かけられる予感がひしひしとするんだが……」

「あっはは! 迷惑かけあえるのが、本当の親友ってもんだろ?」


 一方的にかけられ続けるのは絶対親友ではないと思うのだが。


「それで、この奥の村ってのはどんな所なんだ?」


 このままでは穂村のおしゃべりが止まりそうにない。

 せめて有益な話題をと思って、仕方なく俺が話を振った。


「んー。なんつーか、こう、『村!』って感じかな?」

「……そうか」


 これ以上ないほどに無益な言葉を聞いてしまった。


「いや、でもほんと特徴ないんだよ!

 RPGにある村みたいな感じで、家もやったら少ないし……。

 あ、でも待った! すっげえ特徴があった!

 あの村、村長の娘が美人だったよ!」

「……そうか」


 誰かこいつ何とかしてくれないかな?

 穂村はその村長の娘の顔でも思い出したのか、気持ち悪く体を揺らし、


「あー! 早く戦闘イベントとか起きねえかなー!!

 そんでおれがモンスターをこうズバーッと、ズバババァッとやっつけて、村を救っちゃったりしてさ。

 そんでそんで、あの人ってばカッコイイ、とか言われちゃったりさぁ……」

「ああ。ズバーッとな」


 もう相槌を打つ気力さえなくなってきたが、穂村は全く気にせず笑っていた。


 というか、そういうことを言うと本当に起きそうだから困る。

 ナイトメアのイベントというのは、確かある程度人の願望に左右されるのだ。

 不用意なことを言ったり望んだりするのは本当にやめて欲しい。


 と、俺のげっそりとした様子とは裏腹に、そこでまたどんなろくでもないことを思いついたのか、穂村の表情が一層明るくなった。


「あ、そうだ! 光一ちゃんポーションとか傷薬持ってる?

 おれ、たくさん持ってるんだけど、譲ったげようか?」

「ええと、ポーションと、傷薬? それって何か違うのか?」


 俺が聞くと、穂村は鬼の首を取ったかのように大騒ぎを始めた。


「おいおい冗談だろぉ、光一ちゃーん!

 ポーションはHPを回復する薬で、傷薬は傷を治す薬に決まってるじゃんか!

 そんなの赤ちゃんでも知ってる常識だろー?」

「……赤ちゃんはたぶん知らないんじゃないか」


 ちょっと悔しかったのでそう反論しておいたものの、本当に常識っぽいことだった。

 こういう情報が生死を分けるのかもしれない。

 穂村から教わったことだけが業腹だが、久しぶりに聞く価値がある情報を聞いた気がした。


「しょうがないなぁ光一ちゃんはぁ!

 よし! なら今だけ特別価格、1本110ウィルで傷薬を譲ってやってもいいぜ?」


 そんな俺の様子に脈ありと見たのか、胡散くさい商人みたいなことを言い始めた穂村の後頭部を、



「いい加減に、しなさい!!」



 その真後ろを歩いていた七瀬が力いっぱいはたいた。


 どうやら七瀬は、ナキとの会話を早々に諦めたようだ。

 改めて穂村の横まで歩いてくると、


「普賢君、だっけ? こいつに騙されちゃ駄目よ。

 傷薬なんて、この奥の村に行けば一本100ウィルで売ってるんだから、こんな奴に無駄にお金払う必要ないからね」


 そう言いながら七瀬がギロリと睨み付けると、穂村は肩をすくめた。


「ちょ、ちょっとした冗談じゃないか。

 もちろん、1本100ウィルで売るつもりだったって!」


 などと弁解するが、誰も信じる者はいない。


「お前って、割とどうしようもない奴だな……」


 というか、単なるバカキャラかと思いきや、案外ちゃっかりしてる奴だった。

 まあ傷薬1本当たり10ウィルのもうけとか、どう考えてもせこすぎるとも思うが。


 しかし、それはそれとして、


「1本100ウィルでいいんだよな?

 だったら、2本もらうよ」


 俺はそう穂村に返事をしていた。


「あなた、正気なの?!

 こいつ、あなたからお金をだまし取ろうとしたのよ!?」


 七瀬が声を荒げるが、


「だけど、それは七瀬がちゃんと止めてくれたんだろ?

 市場価格と同じなら構わないよ。

 傷薬は欲しかったし、一度アイテムトレードってのをやってみたかったんだ」


 俺は冷静にそう返した。


 この世界では、実際に負傷することもありそうだ。

 傷薬なんて便利な物があるなら、出来るだけ早い内に手に入れておきたかった。

 さっき見た時、俺の所持ウィルは大体5000弱だったはずだ。

 200くらいの出費なら問題ない。


「よっしゃ! 毎度あり!

 やっぱ光一ちゃんは話が分かるぅ!」


 そして、俺の言葉を聞いた穂村の反応は早かった。

 パッパとデータウォッチを操作し始め、トレード画面を呼び出す。

 俺もすぐにデータウォッチでインベントリを開いて、そこからトレード画面を呼び出した。


「トレードで金額を誤魔化したりしないでしょうね?」

「し、しねえよ!」


 なんてやり取りがあったせいか、トレード自体はスムーズに進んだ。

 穂村が傷薬2本を、俺が200ウィルをそれぞれ提示して、すぐにトレード成立。

 200ウィルが減った代わりに、インベントリに傷薬が2個増えた。


 もらった傷薬の内1本は、その場で実体化させた。

 青色の液体が入った、栄養ドリンクみたいな外見だった。

 しかし、別に眺めるためにインベントリから出した訳じゃない。

 俺はそれを手に取ると、


「ナキ!」


 後ろで我関せずとばかりに歩いていたナキに向かって放り投げる。


 ナキは突然放られた傷薬を危なげなくキャッチしたものの、


「……なに?」


 不信感だけで煮固められたような視線を俺に向けてくる。


 ……実を言うと、俺が穂村から傷薬をもらいたいと思ったのは、半分以上がナキに渡すためだ。

 人間不信のきらいがあるナキのことだ。

 もしかすると村に着いても人との接触を拒み、薬を買ったりしないかもしれない。


 そうではないにしても、なんとなくナキには自分自身の優先順位を低く見ているような所がある。

 だから、せめてこれくらい持っていることが確認出来ないと、危なっかしくてたまらない。


 だが、素直にそう言ってもナキは受け取ってくれそうにない。

 俺は頭をひねって結局こう言った。


「それ、お前が持っといてくれ。

 それで俺が怪我をした時、そいつを使ってくれると嬉しい」


 俺がそう言い切ると、ようやくナキは小さくうなずいて、傷薬をインベントリに入れた。


 まるで自分のためにナキに傷薬を渡したみたいな言い方になってしまったが、こうでも言わないとナキは受け取ってくれなかったと思う。

 そうは言っても渡してしまえばこっちの物だ。

 いくら何でも、ナキだって自分がピンチになればこの傷薬を使って……使うよな?


 ちょっと不安になったのだが、そんな俺の脇腹を穂村が突っついてきた。


「おいおい光一ちゃーん。

 光一ちゃんも隅におけないねぇ」

「……何の話だよ?」


 にやにやとしている穂村の笑顔に不吉な物を覚えて、俺はわざと不機嫌そうに言葉を返した。


 そんな態度も何のその、穂村はさらに楽しそうに俺の脇腹を突っつきまくった。


「おいおいごまかすなよぅ、当然いま薬を投げたエルフっ娘のことだって!

 四方坂ナキちゃん、だっけか?

 もうお互い名前で呼び合ってるみたいじゃん?

 もしかして、付き合っちゃってるとか?」

「……違う。名字が嫌いだから、名前で呼んでくれって言われたんだよ」


 何でこいつこんなにウザいんだろうと思いつつ、俺は律儀に答えた。


「ふーん。ま、四方坂って名前、たしかに乙女っぽくはないよなぁ。

 うん、わかるわかる!」

「…………」


 お前に分かられても、と思わなくもないが、まあ触らぬが得策だろう。


「ていうかそっか、そういうことなら、おれ、アタックしてこよう!」

「はぁ!?」


 そして何なんだろう。

 穂村はいきなりそんなことを口走ると、ナキの方へとスキップするように歩いて行った。


「ナキさん! こんにちは! おれ、穂村陽介です!」

「…………」


 呆然と見守る俺と七瀬の前で、穂村がナキに放った第一声がそれだった。

 ……キャラ変わってないか、お前。


 そんな俺たちの呆れた視線など、当然気が付くはずも気にするはずもなく、


「あ、あのさ、あ、あのですね。ナキさんって杖持ってるけど、一体どんなタイプのキャラを……」



「――それ、やめて」



「ぅえ…?」


 ノリノリで話し掛けていこうとしたが、それはナキの冷たい声で止められた。



「あ、あの、ナキさん? それって言うのは……」

「…そのナキって呼ぶの、やめて」


 他人の枝毛くらいの関心のなさをにじませ、穂村と目も合わせないままナキが告げる。


「えぇ!? ええっと、でもよぉ……」


 穂村が話が違うぜ、みたいな目で俺を見るが、そんなん知るかというのが正直な感想だ。


「…ナキって名前、気に入ってるから」

「う、うん?」

「…知らない相手に、呼ばれたくない」

「……ぉう!!」


 知らない相手とまで言われ、穂村が撃沈した。

 なんというか、ナキって本当に気難しい奴なんだなと再認識させられる一幕だった。



 そして一度は心折られたと思われた穂村だが、そこから驚異の粘りを見せ、ナキに無益な突撃を繰り返した。


「…………」


 ナキはしゃべることはおろか穂村を見ることすらしないが、本当に迷惑そうだ。

 ここは流石に俺が助け舟でも出してやるかと思った時、


「あー。いいよいいよ。ここはオレが行く」


 いつ嗅ぎつけたのか、前を歩いていたはずの明人が俺の肩に手を置いていた。

 というか、どういう風の吹き回しだ?


「……お前が?」


 俺が訝しげに明人を見返すと、明人はにやっと男くさく笑った。


「そんな顔するなって、分かってる。似合わないってんだろ?

 でもオレ、ワガママだからよ。

 自分以外のワガママなヤツってのは我慢ならねえんだ」

「……はぁ」


 良く分からん理屈だった。

 だがとにかく、


「ま、任せときなって! 見事に解決してやるからさ!」


 明人は俺の肩から手を放すと、ナキと穂村の所に歩いて行ってしまった。

 しかし、精神的に無敵の耐久力を誇る穂村にどうやって対抗するつもりなのか、俺が多少ワクワクしながら見ていると、


「よーっす、ほむっちぃ!! 今日もご機嫌してるかーい!?」


 何だかすっげえ馴れ馴れしい態度で穂村の肩にのしかかっていった。

 あとセンスがおかしいし、ほむっちって呼び方を考えるとこいつもしかして俺たちのやり取り聞いてたんじゃないかという疑惑も出て来た。


 ともあれ、


「え? あ? え? なに?」


 この先制攻撃には、流石の穂村も混乱する。

 さらに、


「いやいや、そんな他人行儀な言い方するなよ!

 オレとほむっちの仲じゃないか!

 オレのことはアキアキでいいよ!!」


 聞いてないどころか誰も名前呼んでないのにそんなことを言い始めた。


「いや…え? それでアキアキは何の用?」


 そして穂村も適応した!

 だがまだ場の主導権は明人にあった。

 さらに馴れ馴れしく肩を引き寄せると、本当に嬉しそうに言う。


「じっつはよー! あ、ほむっちって、第一高なんだろ?」

「ん? あ、あぁ。そうだけど……」


 これにはあの穂村も押されていた。

 まさかこういう制し方があったとは、勉強になる。

 七瀬も同じ感想を持ったのか、


「まさか、あいつを撃退するのにこんなやり方があったなんてね。

 やるじゃないあの男も……。

 あ、セクハラは許さないけどね!!」


 ちょっと混乱した感じの賛辞を送っている。

 さらに気が付くと、


「一体どうしたんですか?」

「せっかく奏也様とふたりでおしゃべりしてたのに……」

「…コーイチ、気をつけて」


 前を歩いていた二人と穂村に話し掛けられていたはずのナキまで隣に来ていて、全員で『穂村vs明人』の好カードを観戦するような運びとなっていた。


 だが実は穂村は押しに弱いのか、状況は既にワンサイドゲームの様相を呈していた。


「マジかぁ!! やー、実はオレの中学時代のダチが第一高行っててよぉ!

 で? 学年は? あぁ、二年だっけ?

 んじゃ、クラスは?」

「え? あ、ああ、2-Cだけど……」


 上がり続けるテンションに、穂村は戸惑いながらも答える。

 それを聞いて、うんうんとうなずく明人。


「ふーん。2-Cかぁ。あ、ところでよぉ」


 そこでふと、これ以上ないほどの自然な動作で上を指さし、



「あの木の上にあるのって、アイテムじゃね?」

「ぇ? それってマジ――」



 その指に釣られ、穂村が上を向いた瞬間、だった。




 ――銀光が、閃く。




 その光は無防備に晒した穂村の喉をぱっくりと開き、


「……ぇ?」


 わずかな時を置いて、そこから間欠泉のように赤い奔流が噴き出した。

 その赤が、笑顔で穂村を見下ろす明人の体を濡らしていく。


「うっわ! なんだこの勢い! ありえねぇって!! シャワーみてぇ!!」


 そう言って彼が笑い出しても俺は、いや、俺たちはまだ、目の前で何が行われたのか、全く理解出来ていなかった。

 目の前で起こった起こった凶行を、正しく認識出来なかった。


 だが、


「あっははは! こんなベタに引っかかる奴、いまだにいるんだな!!」


 そうやって明人が血染めのナイフを閃かせ、さらに甲高い笑い声を上げて、


「……ぁ、ぇ、ぁぁ!!」


 いまだ血の噴き出す喉を押さえた穂村が、驚愕の表情を浮かべて地面に倒れ伏した所で、俺の頭も動き出した。



「……お前、一体、何してるんだよ?」


 俺の喉から、自分の物とも思えないようなかすれた声が出る。

 だが、問題ない。

 相手には届いた。

 そして奴はこう言った。


「もっちろん、慈善事業だよ。

 こいつ、さっき戦闘イベントが欲しいとかって言ってただろ?

 だからさ。オレが、プレゼントしてやったんだよ」


 あぁ、いつもの感覚が来る。

 俺の意思とは無関係に、頭の芯が冷えていく。

 轟々と、頭の回転だけが加速を始める。



「さぁ、どうする? 戦闘イベント、開始だぜ?」



 『戦い』が、今始まった。

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