13.旅の仲間
――『あの日』よりも三週間くらい前の夜。
『そういえば、前にリーダーやってるって言ってたよな』
『うーん、まあ別にそういう役職がある訳じゃないんだけどね』
そう言って縁は深夜の月を眺めて、まるで月明かりが眩しいみたいに眼を細めて話を始めた。
『チームの仲間はみんなわたしにはもったいないくらいいい人たちだから、リーダーの仕事なんて全然ないし。
それに……うん、大体みんな、わたしより真剣っていうか、向こうの世界で生きてる人たちが多いから、逆に一番冷静なわたしが、ストッパーになってるって所はあるのかな?』
『向こうの世界で生きてるって?』
俺の言葉に、縁はちょっとだけ悲しそうに口角を上げた。
『……なんというか、わたしはね。
朝起きて光一と会うと、帰ってきたんだなって思うし、こうやって光一と話していると、やっぱりこっちがわたしの世界、というか、自分の家に戻ってきたような気がするんだ。
でも、仲間の中には夢を見ている時にそんな風に思う人もいるみたい』
『夢の世界が、本当の世界だ、って?』
それは一体どういう感覚なんだろうか……。
『本当っていう言い方が正しいのかは分からないけど……。
夢の世界の方が、生きてるって感じがするんじゃないかな?
ある意味で、命のやり取りしてる訳だしさ』
『命のやり取りって……』
そんなの所詮、ディスプレイ越しのことじゃないのか?
『だから、わたしにはみんなの気持ち、本当の意味では分からないのかなって思う時もあるよ。
でもだからこそ、わたしは仲間のために精一杯がんばりたいと思ってる』
『……そう、だな』
部外者でしかない俺には、そう言うしかなかった。
『とにかく、ね!』
暗い雰囲気を嫌ったのか、縁はわざとはしゃいだような声を出した。
『仲間っていうのは一番大事なものだと思う! だから光一も出来た仲間大切にすること!
それと、わたしをそれ以上に大切にすること!』
『なんか、すごい場所に落ち着いたな……』
俺は頑張って呆れの表情を作りつつ、内心は縁の言葉に救われたような気持ちを感じていた。
大樹の根元にいる少年たちを観察する。
人数は、男三人に女二人、合計で五人。
見た所、顔立ちは日本人的に見えるが、男の一人が赤い髪、女の一人が金髪になっている。
武器は構えていないが、持っていない訳ではないようだ。
腰につけていたり、背中に背負っていたり、さりげなく左手に持っていたり、それぞれが何か武器らしき物を身に着けている。
こちらを見る視線は、若干不躾な感はあっても険悪ではなかった。
警戒の色は見えるが、どちらかというと興味が勝っているような……。
と、その微妙なにらみ合いは、赤髪の少年の素っ頓狂な叫び声によって唐突に終わりを告げた。
「おー! すっげすっげぇ!!
エルフじゃん!! おれ初めて見たよ!!」
無遠慮な台詞にちらりと横を見る。
ナキは、特に気にした様子はないようだ。
俺が胸を撫で下ろしていると、
「馬鹿ね。髪が銀色だからハイエルフでしょ?
第一この世界ではどんな姿だって自由なんだから、関係ないわよ」
眼鏡をかけた少女が、赤髪の少年の言葉を軽くあしらう。
「バッカ、オマエ……生エルフだぞ、生エルフ!
これぞファンタジー、って感じじゃねえか!
もっと感動とかないのかよ!」
「一緒にしないで! 馬鹿はあなたでしょう?!
全く、エルフよりモンスターの方がよっぽどファンタジーじゃない」
俺たちをそっちのけで口論を始める二人。
喧嘩するのは構わないが、本人を目の前にして言うような台詞ではないだろう。
「……ナキ、大丈夫か?」
俺は心配になって小声でナキに話しかけるが、
「…隙、見せないで」
ナキは全く揺るぎもせず、ただ前を見ていた。
「分かった」
俺よりずっと冷静だ。この様子なら問題ないだろう。
心置きなく俺は前に向き直った。
そこで頃合と見たのか、黒髪の柔和な顔立ちをした少年が一歩前に出た。
「ああ、すみません、驚かせてしまったみたいですね。
……ええと、君たちは僕らと同様、現実世界からこの世界に迷い込んでしまった『トラベラー』ということでいいんですよね?」
どうやら彼が一番まともに話が出来そうだ。
ちなみにあと二人、一度も口を開いていないやる気のなさそうな少年と金髪の少女がいたが、少年の方はどこか斜に構えた様子でこちらを観察しているだけだし、少女は前に出た少年の陰からこちらを見て、警戒心も露わにうーっと唸っている。
よく見ると、少女が左手に持っているのは弓だ。あれは完全に戦闘態勢だろう。
……絶対に話は出来そうにない。
さて、トラベラーという言葉を使っているということは、彼らも俺たちと同じ状況なのだろう。
ここはどうするべきか。
俺がもう一度、ちらりと横を見ると、
「…まかせる」
ナキが前を向いたまま俺にゴーサインを出した。
交渉に応じるという意味合いも込めて、一歩前に出る。
「ああ。ということはそっちも?」
俺の相槌に、やわらかい雰囲気の少年は、嬉しそうにうなずいた。
「はい。ここにいる五人全員が、日本から飛ばされた『トラベラー』なんです。
それぞれお互いに面識はなかったですし、森の別々の場所に飛ばされていたみたいなんですけど、みんなこの大きな木を目印に歩いてきて、こうして合流することが出来たんです」
「……なるほど」
俺たちもそうだったが、あの進むべき指針が何もない森の中では、この巨木を目印にして進んでくるしか選択肢がない。
そうなると、俺たちのように森の中に飛ばされた人間は全てここに集まってくるというのは当然の帰結だ。
「じゃああんたたちは、ここで俺たちみたいな奴らを待ってたってことか?」
「あ、はい。色々調べてみたんですが、パーティの設定可能人数が最大8人みたいなんです。
だから5人では少し心許ないですし、他にも僕らと同じような境遇の方がいたらと思って、ここで待ってました」
そこで、皆さんが来てくれて良かったです、と彼はさわやかな笑顔を見せた。
しかしそんな彼の笑顔をぶち壊すくらい鮮やかに、赤髪の少年が口を出した。
「なぁソーヤ! こんだけ集まったんだから、そろそろいいだろ?
さっさと村に戻ろうぜ?」
ソーヤと呼ばれた少年の笑顔が、ひきつって固まった。
いっそ尊敬出来るくらいの空気の読まなさだった。
しかし、彼の爽やか力も負けてはいない。
「……と、いう訳なんですが、どうでしょう。
この近くに村があるんです。
色々と情報収集も出来ますし、一緒に行きませんか?」
さらりと会話に組み込んだ。
「この場所を張ってなくていいのか?」
「ええ。7人もいれば、十分でしょう。
それに、村の場所も分かりにくいという訳ではありませんから、ここに辿り着いた人なら自然と見つけると思います」
「なるほどね」
少し安心した。
それなら、誰かいなくても、ここに来た人が途方に暮れるってことにもならなそうだ。
「でも、その前に自己紹介ですね。
どうでしょう? 自己紹介がてら、互いのステータスを見せ合うというのは」
「そうだな。いいんじゃないか?」
別に見られて困るような物もない。
俺は気楽にうなずいた。
実際妥当な所だろう。
ステータス画面は開示設定にすれば他人にも見せることが出来る。
そして、それを見せれば名前なんかも載っているから、偽名を名乗ったりなんてことも出来なくなる。
何よりパーティを組むなら相手の能力値までは自由に閲覧出来るようになるのだから、秘匿する意味もない。
「おっ! いいねいいね! おれのステータス見るか?」
「まあ、仲間になるっていうなら……仕方がないわね」
「へぇ。楽しみだな」
「奏也様がそう言うなら……」
向こうの人たちも、一部不満そうな人もいるようだが、一応全員が賛意を示した。
当然俺もOK。
しかし、
「…なら、私は抜ける」
一人、俺の隣にいた気難しい奴を忘れていた。
「お、おい、ナキ?」
俺が慌てて制止しようとするが、もう遅い。
「…さよなら」
ナキは躊躇いもせず踵を返して、森に戻ってしまった。
「何? 何なのよ……」
「さっすがハイエルフ。プライドたけー」
呆然とする少年たち。
呆然とする俺。
って、呆けている場合じゃない。
「悪い! すぐ連れ戻してくるから!」
俺は慌ててナキの後を追った。
また追いかけっこが始まるかと思ったが、案に相違して、ナキはすぐ近くで俺を待っていた。
「…おそい」
しかも、怒られた。
すごい理不尽だ。
俺が近付くと、逃げ出したことに対して何の弁解もせず、何の説明もなしで、
「…みて」
ナキは自分のステータス画面を開いた。
【四方坂 ナキ】
魔女
LV:7
HP:493
MP:358
DP:8664
魔力:69
理力:101
強化:14
耐久:12
俊敏:23
器用:26
理法:94
克己:51
操作:46
信心:6
BP:6
ナキのステータスを見て、俺はしばし言葉を失った。
……なんというか、あれ?
もしかして俺って、ものすごく弱い?
「…そっちも」
愕然としている所にそう促されて、俺は特に考えることなくステータス画面を開いた。
【普賢 光一】
トラベラー
LV:6
HP:52
MP:5
DP:6
魔力:7
理力:0
強化:44
耐久:12
俊敏:13
器用:17
理法:3
克己:21
操作:6
信心:1
BP:70
「…ダメ。減点1」
そしたらいきなりダメ出しをされた。
やっぱり俺、そんなに弱いのか?
というかいつから減点方式の採点が始まったんだ?
俺が力なく顔をあげると、ナキは見て分かるほど険しい顔をしていた。
「…ステータスは、軽々しく他人に見せてはいけない」
お前が見せろって言ったのにか!
と反射的にツッコミを入れそうになったが、堪えた。
ナキは心構えのことを言っているんだろう。
ただしそれ以上の説明を加えることなく、ナキは俺のステータス画面をじっと見ていた。
そんなはずはないのだが、ステータス画面を通して心の奥底まで覗かれている気がして、なんとなく居心地が悪くなる。
やがて、ナキは画面から顔を外してこちらを見て、
「あなたは意志が強く、どちらかというと外向的な性格で、オカルト全般に強い忌避感を持っている。
想像力に乏しく、頭の回転も特段速いとは言えないが、いざという時は自分を律することができる」
占いみたいなことを言ってくる。
というか、地味に今までで一番の長台詞じゃないだろうか。
「もしかしてそれ、能力値から分かったことか?」
「…半分は適当。いっしょに歩いていれば、それなりにはわかる」
まあ、そんなものか。
確か初期能力値は性格に左右されると『ないとめあ☆ の あるきかた♪』に書いてあった。
そこを逆に辿れば、初期能力値から性格だって想像出来るはずだ。
一応推測すると、魔法系より物理系が強かったために意志が強く、外向的。
魔法系が弱いんだから当然想像力は貧困で、オカルト全般に強い忌避感ってのはたぶんそれに加えて信心が1な所を考慮したんだろう。
頭の回転は俊敏で、自分を律するというのは克己が頭一つ抜けて高いせいか。
当たっているような、当たっていないような。
とりあえず血液型占いよりは信用出来そうかな、という程度だ。
ちなみにその線で行くと、ナキは、
『凄まじいオカルト大好きっ娘で非常に内向的な性格でありながらオカルト全般に強い忌避感を持っていて、頭の回転は速めでいざという時でなくても自分を律することができる』
という感じだろうか?
……意味が分からない。完全に人格破綻者だ。
「…能力値で性格が確実にわかる訳じゃない。
でも、DPが高すぎる人間と、信心が低すぎる人間には、注意して」
そんな俺に釘を刺すように、ナキはそんなことを言う。
そして、信心が低すぎるのは俺もあてはまるんだが……。
あ、でもDPが低いから大丈夫なのか?
とにかく、初期ステータスで性格とかも分かるから他人に見せるな、とナキは言いたかったのだろうか。
しかし今回は仕方ないだろう。
パーティを組めるのはやっぱり魅力だ。
そんな風に俺が思っていると、
「…でも、今回は、しかたない。仲間は必要」
ナキが全く同じことを口にした。
以心伝心だ。
いや、ちょっと違うか。
「…でも、私は見せないし、見ない」
「それって、さっきと言ってることが違わないか?」
俺はたまらずにくちばしを挟んだ。
仲間は必要なんじゃなかったのか?
するとナキは、例の居心地が悪くなる視線で俺を見た。
「…多分、私の理術は、ひとより強い。信用できるまで、隠しておきたい」
「そうなのか?」
俺が特別弱いのかと思ってた。
俺の答えに、ナキの瞳の温度がさらに下がった。
「トラベラーの初期レベルは1。能力値の平均は12程度。本にあった」
「そ、そうだったか?」
俺は全然覚えていない。
中盤からかなりぼんやりしてたからなぁ……。
なんて思っていたら、
「…あの本、どこで見つけたの?」
話がいきなり飛んだ。
「え? あ、ああ。『ないとめあ☆ の あるきかた♪』のことか?
あれは、妹が俺の部屋で見つけたって言ってた。
あんな物を買った覚えなんてなかったんだが、知らない内に、だな……」
予想もしない所を攻められて、俺は動揺しながら答えた。
なんと説明したものか。自分でも把握していないので判断に困る。
俺のしどろもどろな説明を聞いて何を思ったか、
「…あれは、私が貸したもの」
「は?」
「…そういうことにして」
勝手にそんなことを言って、元いた場所の方へ歩き出してしまう。
話の展開が早すぎてついていけない。
何度でも言おう。
――まったくもって、意味が分からない。
すると、いつまでもついて来ない俺を訝しげに見つめて、
「…もどらないの?」
なんて聞いてくる。
そりゃもちろん戻る。
戻るんだが、
「その前に、一ついいか?」
その前に言っておくことがあった。
「…なに?」
あいかわらず感情を感じさせない声で、でもとりあえず歩みは止めてくれる。
ちょっと恥ずかしい台詞だが、こういうことはちゃんと伝えておかないといけない。
俺は照れくさい気持ちを表情に出さないようにしながら、口を開いた。
「ナキは俺がステータスを見せた時、減点1って言ったが、それは違うんじゃないか?
見せちゃいけないのは信用出来ない相手にであって、ナキは……」
「…やめて」
だが、ナキはそんな俺の言葉を不愉快そうに遮った。
「…減点10。あなたには何も伝わってない」
ケタが跳ね上がった!!
なんてはしゃいでる場合ではなかった。
呆れや不快を超えて、敵意すらこもった目でナキは俺を見る。
そして、
「…私を一番、信用しないで」
そんな言葉を言い捨てて、ナキは今度こそ振り返りもせず、大樹の方へ歩いていってしまった。
残された俺は、こうつぶやくしかない。
「まったくもって、意味が分からない」
一人でもこんなに苦労しているのに、たくさんの仲間なんかと一緒にやっていけるのだろうか。
そんなことを思いながらも、俺はナキを追いかけた。
ナキと合流し、巨木の下に戻ると、ナキ以外の6人で自己紹介をすることになった。
「じゃあまず僕から行きますね」
一番手は、今までずっと俺と話をしていた少年だった。
よどみなくデータウォッチを操作して、ステータス画面を出した。
【三島 奏也】
吟遊詩人
LV:3
HP:70
MP:36
DP:132
魔力:20
理力:21
強化:14
耐久:18
俊敏:17
器用:29
理法:15
克己:9
操作:30
信心:5
BP:2
物理系とも魔法系ともつかない、器用と操作が高いという、珍しい感じの能力値だった。
信心と克己が低いのがちょっと気にかかる。
DPは……判断材料が俺とナキしかないので、高いのか低いのか分からない。
「見て分かるでしょうけど、一応。
三島奏也、高校二年生、吟遊詩人なんてクラスをやってます。
ユニークスキルは演奏系で、モンスターの動きを止める曲が弾けます。
他のスキルも演奏関係が多くて戦闘にはあんまり役には立ちませんけど、補助スキルなら任せて下さい」
そう締めくくり、礼儀正しく頭を下げる。
「じゃ、次はもちろんおれだよな!」
そう言って前に出たのは、赤い髪の少年だ。
自慢げに自分のデータウォッチをいじると、ステータス画面を開いた。
【穂村 陽介】
剣士
LV:2
HP:38
MP:16
DP:42
魔力:14
理力:11
強化:19
耐久:11
俊敏:18
器用:12
理法:8
克己:4
操作:5
信心:19
BP:1
さっきの奏也に比べると、能力値は若干低めか。
ただ、明らかな物理系で、戦闘系の能力はそれなりの値を誇っている。
「おれの名前は穂村陽介!
新東京第一高校の二年生。
見ての通り剣士でユニークスキルは『炎の剣』!」
「いかにもありきたりなスキルね」
「ちょっ! てめえ……ああ、とにかく、バリバリの前衛キャラ!
剣ってのはやっぱ男のロマンだよな!」
途中、眼鏡の少女からの横槍が入ったが、それで彼の自己紹介は終わった。
「なら次はわたしが行くわね」
今度は赤髪の少年、穂村に何度も茶々を入れていた眼鏡の少女がステータス画面を開く。
【七瀬 こずえ】
槍戦士
LV:4
HP:174
MP:59
DP:161
魔力:41
理力:27
強化:32
耐久:32
俊敏:25
器用:19
理法:26
克己:30
操作:16
信心:32
BP:3
どちらかというと物理系寄りの能力値のようだが、総合的に全ての能力値が高い。
さっきの二人と比べると頭二つくらい抜けている印象か。
合計値なら、あるいはナキにも匹敵するかもしれない。
「七瀬こずえ。高校二年生。
得意武器は槍。接近戦主体のクラスだけど、理術スキルも一応使えるわ」
「威力は弱いけどなー!」
「うるさいわね、馬鹿はちょっと黙ってなさい!
あんまり協調性のない行動は好きじゃないからそこにいるハイエルフの子みたいなのは気に入らないけど、まあこんな世界だしね。
能天気にみんなで協力、とか言えないのは心情的には理解は出来るわ。
まあ、よろしく」
内容の八割は文句ではあるが、ナキに言及したのは彼女が初めてだ。
俺はちょっとだけ、彼女に好感を持った。
四人目、金髪の少女は、まとめ役の少年、奏也にうながされて渋々といった様子で前に出て来た。
不慣れな様子で操作されたデータウォッチによって、ステータス画面が空に投影される。
【月掛 立】
弓使い
LV:1
HP:28
MP:11
DP:22
魔力:18
理力:13
強化:18
耐久:4
俊敏:12
器用:16
理法:11
克己:2
操作:1
信心:19
BP:0
レベルが1のせいか、かなり弱い。
特に耐久の4は脅威の低さだ。
初めて俺と対等の力の奴を見た気がした。
「月掛立。高校一年。
トラベラーから転職したばっかだからレベルは低いけど、奏也様に楯突いたら弓でやっつけてやるから!」
何とも分かりやすい言葉で彼女は自己紹介を終える。
最後は、
「ぁ? まだ残ってんの、オレだけ?」
今まであまりしゃべらなかった、もう一人の黒髪の少年がステータス画面を呼び出した。
【四ツ木 明人】
スカウト
LV:3
HP:55
MP:15
DP:110
魔力:15
理力:7
強化:61
耐久:15
俊敏:44
器用:35
理法:6
克己:13
操作:6
信心:4
BP:2
意外と言うかなんというか、偏りはあるがかなりの強さだった。
能力値の傾向は若干俺と似ているが、ポイントの高さにはかなりの差がある。
特に、ボーナスポイントを使った俺よりも強化が強いってのはどういうことだろう。
そして、DPが高めで信心が低い。
こいつは要警戒か?
そんな俺の視線にも気付かず、自己紹介を始める。
「オレは四ツ木明人。
この世界って、なかなか面白いよな。
今は何が出来るかお試し中だけど、色々分かったらオマエらにも教えてやるよ」
口を開かなければ分からなかったが、どうやら少し傲慢というか、傍若無人というか、とにかく乱暴な感じの性格の奴らしい。
ただまあ、邪気がない感じであまり憎めないのが救いか。
これで相手側5人全員の紹介が終わった。
正直あまり人の名前を覚えるのは得意ではないので覚えきれた気はしないが、付き合いが長くなれば自然と覚えていくだろう。
「それじゃ、次はこっちの紹介か。
あ、まず向こうにいるのは、四方坂ナキ。
俺と同じ高校の二年生、というか、実はクラスメイトなんだ」
まずは、少し離れた所で悠然とたたずんでいるナキを紹介する。
自分から名乗るような性格でもないから、これくらいは言ってしまってもいいだろう。
へぇー、とか、クラスメイトなんだ、なんて相槌に適当にうなずき返しながら、データウォッチを操作する。
さっきナキに見せたばかりだが、もう一度ステータス画面を開く。
【普賢 光一】
トラベラー
LV:6
HP:52
MP:5
DP:6
魔力:7
理力:0
強化:44
耐久:12
俊敏:13
器用:17
理法:3
克己:21
操作:6
信心:1
BP:70
「普賢光一、高校二年生。
職業はまだトラベラー。
強化だけ高いのはボーナスポイント振ったからで、本当は14しかなかった」
ステータス画面を開きながら、俺はそんな風に名乗った。
ちょっと少なめの能力値であるが、そう恥じるほどの値でもないはずだ。
俺はそう思っていたのだが、俺のステータスを見た5人はちょっとしょっぱい顔をしていた。
中でも赤髪……確か穂村、が、俺に寄って来るといきなり肩を組んできた。
「なぁ、お前さ。ユニークスキル、しょぼいだろ?」
「はぁ?」
しかも、内容もかなり唐突かつ失礼だった。
「いや、だってさ。お前のスキル、DP消費いくつだ?」
「1、だったと思うが……」
それ以上使うと射程が変化、だったはずだ。
俺の返答を聞くと、
「あー! お前、終わったな!」
穂村が大げさな身振りで天を仰いだ。
流石にちょっと不愉快になる。
そんな気配を微塵も察知せずに、穂村は自慢げに説明した。
「ユニークスキルってのは、DP消費が高いほど強いんだよ。
DPはユニークスキルのエネルギー源だからな。
そりゃあ多いほど強いってのは分かるだろ?」
「なるほど……」
ここは怒る場面かもしれないが、納得出来てしまった。
そこで例によって、眼鏡の少女……ああそう、七瀬が横槍を入れてくる。
「あんたのDP、この中じゃ二番目に低いけどね」
「う、うるせーな! おれの炎の剣は低燃費なんだよ!」
「さっきと言ってること違うじゃない。
ああ、普賢君、だっけ? こいつの言うことは気にしなくてもいいから」
一応その程度の常識はあるのか、七瀬の方がそうフォローをしてくれた。
「ただ……」
と思ったのが一転、七瀬は眼鏡を光らせる。
「トラベラーのまま、レベル6まで上げちゃったのはもったいないわね。
データウォッチのヘルプでトラベラーの継承率見たけど、0%よ、0%!
あ、ちなみに継承率っていうのは転職した時に持越し出来る能力値の割合なんだけど、分かるわよね?
とにかくそういうことだから、レベルが2に上がった時点で早く転職すべきだったわね」
助けてくれたと思ったら、出て来たのは結局苦言だった。
それにしても、トラベラーは継承率0%か、そういえばすっかり忘れていた。
釣られたのか、困ったような顔をして奏也も口を開く。
「能力値を見ましたけど……特に低いという訳でもないのに、微妙にクラス獲得条件を外れてますね」
「え、クラスの獲得条件なんて分かるのか?」
俺が聞くと、奏也と七瀬は親切に色々と教えてくれた。
何でもユニークスキルを決める時にクラス条件を満たしていれば、トラベラー以外からでもスタート出来ること。
一度クラスを獲得すると、データウォッチで調べることで、そのクラスの獲得条件、成長値、継承率、クラススキルなんかが分かること。
継承率なんかの用語の説明も、データウォッチのヘルプを見れば載っているということも教えられた。
なまじ説明書なんかを持っていたせいで気付かなかった盲点という奴か。
俺が説明をしきりにうなずいて聞いていると、七瀬は、
「だから、トラベラーなんかでレベル6まで上げるとか、ありえないワケ! 分かる?!」
と言って締めくくった。
そうは言っても……。
「俺、スタートした時既にレベル5だったんだよな。
あっちにいるナキの方も、レベル7だったし」
上げたレベルなんて1だけで、それもあまり苦労してレベル上げをした意識はない。
「何それ!? レベル5とか7からスタートなんて、そんなの聞いたことないわよ!
ここにいる他のみんなだって、全員レベル1スタートのはずよ?」
七瀬の言葉に、その場にいた全員がうなずく。
そういえば、ナキからもそんなことを聞いた気がする。
……じゃあ、どういうことなんだ?
「ええと……」
助けを求めてナキを見るが、全く反応してくれなかった。
もしかすると、さっきナキのレベルをさらっと言ってしまったのを怒っているのだろうか。
少なくとも、助けてくれる気はないようだ。
「もしかすると、普賢君と四方坂さんは特別なのかもしれないですね」
場をとりなすように奏也が言う。
特別……そうなんだろうか?
俺は首をひねる他ない。
「それより……」
そして微妙な空気になりかけた場を収めようと動いたのは、やはり奏也だった。
「これから、よろしくお願いします」
絶妙な間の取り方で、俺に手を差し出した。
「ああ、こちらこそよろしく!」
俺もためらいなく、その手を取った。
すると、
「じゃ、おれもっ!」
その手に穂村の手が重ねられて、
「仕方ないわね、わたしも」
さらに七瀬が、
「そ、奏也様に続きます!」
金髪少女の月掛が、
「オマエらこーゆーの好きだよな」
口の悪い四ツ木までがその手を重ねる。
みんな来ちゃいましたね、とばかりに目が合った奏也がにこっと笑う。
だが、まだだ。
「……ナキ!」
俺は手を重ねたまま、振り向いて彼女の名を呼んだ。
ナキはしばらく俺を見ていたが、やがていかにも面倒だというようにこちらに歩き出して、
「……はい」
指を一本だけ、俺の手にくっつけた。
「ちょっと、あんたねえ! こんな時くらい空気を読んで……」
それを見た七瀬が肩を怒らせて叫びそうになるが、
「よ、よし! これで全員だな!!」
俺が大声をあげて、とりあえずうやむやにする。
しかしそのせいで、なぜか俺が何かコメントするような雰囲気になってしまった。
こんな時に頼れそうな奏也に目線を送るが、奏也はにこにこと笑うだけ。
俺は仕方なく、覚悟を決めた。
「と、とにかく、これも何かの縁だ。
この7人で力を合わせて、この世界を生き抜いていこう!
え、ええっと……えいえい、おー!」
苦し紛れの掛け声だったが、
「「「「「えいえい、おー」」」」」
一応みんな続いてくれて、一安心。
もちろん声はバラバラで、それをきっかけにまた穂村と七瀬が喧嘩を始めたりしたが、それはまあいい。
俺以外のメンバーが6人いるはずだったのに、声が5人分しかないのはナキが裏切って無言を通したからだが、それもまあいい。
今はただ、この状況を素直に喜べばいいはずだ。
だって、考えてもみてほしい。
ここにいるのはまだ、お互いのことなんか何も知らない、ただここで行き会っただけの寄せ集めのメンバーだけど……。
――もしかすると俺にも、『仲間』が出来たのかもしれないのだから。