12.レベルアップ
――たぶん、『あの日』から四週間ほど前。
『うー。頭いたい……』
珍しく、俺の前で縁が弱音を吐いていた。
『風邪か? 今日はもうゆっくり休んで……』
『う? 違う違う。ちょっとゲームの設定がね。色々とめんどうすぎて、覚えられないだけ』
『また夢の話かよ……』
一ヶ月くらい前から、縁との二人きりに会話では必ずと言っていいほどこの縁の変な夢の話が出るようになった。
夢の中でゲームをしている、なんて正直信じられないのだが、話のディテールが凝っている上にちょっと縁の発想では出て来ないような言葉や考え方がたまに出て来るので、完全に疑うことも出来ない。
最近ではとりあえず真偽については判断保留にして、縁の話を聞くようにしている。
色々と複雑な思いもなくはないが、楽しそうに話す縁を見るのは、うん、まあやっぱり嫌いじゃない。
『バージョンアップって呼ばれてるんだけどね。
夢の中でゲームをやりながらゲームを作ってるようなものだから、夢を見てる他の人たちの思い付きで、どんどんゲームの仕様とか設定が変わっちゃうの!』
『そりゃ、あんまり聞いたことないな』
ゲームのルールをプレイヤーが決められたら、自分に有利な仕様ばっかり作ってしまいそうだ。
『まあ、悪いことばっかりじゃないよ。
ゲームが始まった最初の頃なんて、HPが減ると怪我する仕様だったからね。
HPが半分とかになれば容赦なく腕とか足がちぎれ飛ぶし、瀕死になると内臓がはみだしたり血を吐いたり、とにかくもうHPが減っちゃったら戦えるもんじゃなかったよ』
『うわぁ……』
それは確かに、阿鼻叫喚の地獄絵図だろう。
画面越しの光景だとはいえ、自分のキャラの手足がちぎれる光景なんて見たくないし、手足がちぎれてたらそりゃあ戦闘力も落ちる。
リアリティを追及しすぎたゲームの問題点が浮き彫りになった形だ。
『そこから「HPは体力じゃなくて体を守るバリアのエネルギー」みたいな設定になって、HPが0になるまであんまり怪我とかしなくなったのは嬉しいよ。
だけど、「そうなるとHPもMPもどっちも魔力ってことになる!」「じゃあMPは魔法用に性質を変えられた魔力って設定にしようぜ!」「よし、ならリアリティを追及して、MPはチャージ制にしようか!」みたいな感じでどんどん設定を複雑にしてくから、覚えるこっちは大変なんだよね!』
縁が怒気も露わにまくしたてた。
いつもどこか余裕を残して、何だか思わせぶりなことばかり言う縁がこの態度である。
どうやら相当腹に据えかねる物があるらしい。
『そういう大規模な設定の変更や追加とかがあるとナイトメアのverが変わるんだけど、数十回の更新を終えて、ようやくほんの三日前に正式安定版とか銘打ったver1.0になって、これでしばらくバージョンアップはないかなって思ってたら、今、もうver1.4だよ?
ひどすぎると思わない?!』
『ええと、ひどすぎる……かな?』
俺は共感は出来ず、かといって否定も出来ず、曖昧にごまかした。
しかしverとは、何だか本当のゲームのような雰囲気だ。
夢の世界にverとかつけるなよ、とは思うが、まあきっとそういうのが好きな奴らが集まったということなんだろう。
『たとえて言うなら、本編は30分で終わるのに付属の設定資料集が三冊もある同人ゲームをやってるような気分だよ!』
『流石にないだろ、そんな業の深い物!』
『……じゃあ、本編が一話進むごとにゲームの説明書を一項目ずつ挟み込んでくる素人小説を読んでるような気分!』
『もっとねえよ!』
そんな物、もはや物語を読ませてるんだかゲームの説明書を読ませてるんだか分からない。
もしそんな物と同じなら、確かに怒って当然だ、と俺が初めての共感を覚えた直後、なぜか縁の顔がふにゃりと歪む。
『でも……そういうのを覚えるのが、けっこう楽しかったりするんだよねー』
『なんだよ、それ……』
結局、不満も含めて楽しんでいるだけなのだ、こいつは。
俺は心の底から呆れながらも、俺にだってあまり見せないその無防備な笑顔を横目に、こっそりと頬を緩めたのだった。
四方坂……もといナキとは、苦労はしたが一応の意思疎通が出来た。
俺の考えからすると、使うとMPの減っていく魔法は温存し、雑魚戦では出来るだけ近距離攻撃で敵を倒すのが最善だと思っていたのだが、ナキの考えは違ったらしい。
相手が雑魚とはいえ、接近戦ではどんな危険があるか分からない。だからMPがある内はリスクの少ない魔法攻撃を積極的に使って進むべきだ、というのがナキの言い分だった。
ちょっと過保護だとは思うが、その考え方はまあ分からなくはない。
しかし、そんな時に勝手に俺が動いた。
しかもナキの目から見ると、俺は自分から魔法の矢に飛び込んで行ったように見えたらしい。
危険を避けるために頑張って魔法を使っていたのに、その目の前で自殺まがいの特攻をかけられたとなれば、それはナキも怒るだろう。
雑魚戦で近接攻撃をしないというナキの方針はどうかと思うが、だからといってナキに一言の相談もなく敵に突っ込んだのは、どう考えても俺が悪かったとしか言えない。
話し合いってやっぱり大切なんだなと思いながら、俺は改めて、ナキと今後の戦闘の方針を話し合った。
とりあえず、接近戦の経験も積まないといざという時に逆に危ないという理由から、敵が2体以上の時はナキに魔法を使ってもらって、1対1の時は俺が接近戦を行う、という所で落ち着いた。
ちなみにだが、壊れた木の枝の代わりは鑑定技能を持つナキに見繕ってもらった。
【硬い枝】
種別:棒
攻撃力:4
81/84
すげぇ!! なんといきなり攻撃力が2倍に!!
……いや、分かってるから何も言わないで欲しい。
とりあえずまともな武器、特に『刀剣』スキルが使える剣系統の武器の入手は急務だが、店も何もない森の中ではそれも望み薄だ。
仕方なく、この新しい相棒で早速敵と戦ってみることにした。
標的は、単独で出て来たブレイドラビット。
相手が一匹だと確認すると、
「…任せる」
と言ってナキは持っていた杖を下ろした。
心置きなく戦闘に集中する。
やはり、発見されずに相手に先制攻撃するのは無理らしいので、用心深く近付く。
そろそろこっちの枝が届くかなという距離にまで近付いた所で、
「おわっ!?」
ブレイドラビットがいきなり凄まじい跳躍力で飛び上がって刃になった耳を振るった。
反射的に避けようとしたが躱し切れず、腹をかする。
「くっ!」
生身の時にやられていたら怪我をしたかもしれないが、幸いHPが攻撃を肩代わりしてくれた。
驚きはしたが、体にダメージはなし。
「このっ!」
むしろ攻撃をしたことでブレイドラビットの体勢が崩れている。
ここで反撃しようと俺が攻撃に移ろうとした直後、
――ドドドドドドドドド!!
哀れなウサギはどこからか飛来した無数の魔法の矢に貫かれ、ハチの巣になった。
って、
「ナキ!?」
いや、どこからかじゃねえし!!
明らかに魔法の矢の発生源は、俺の背後にいたエルフ娘だった。
俺が泡を食って振り返ると、ナキは無表情ながらに若干ふて腐れたようにそっぽを向く。
「…私が手を出さないとは、言わなかった」
いや、言ってたから!!
任せるって思いっ切り言ってたから!!
とは思ったが、ここで怒鳴り散らしたりするのも大人げない。
とりあえず、ステータスのチェック。
HP 31/45
MP 5/5
DP 5/5
見ると、やはりHPがいくらか減っていた。
戦う前は全快状態だったはずなので、さっきの攻撃で14ダメージを受けたということだ。
戦闘中は『魔力機動』でも少しずつHPを使うだろうし、実質3回攻撃を喰らえばアウトか。
……結構厳しい。
俺が一人で、ブレイドラビット二匹に同時に襲い掛かられたりしていたら、実際危なかったかもしれない。
密かにナキの存在に感謝しつつ、次はうまくやると決意を固める。
その次のチャンスもすぐに来た。
二匹のブレイドラビット。
一匹はナキの魔法によって危なげなく倒してもらい、いよいよリベンジマッチの開始だ。
相手に近付けばジャンプして攻撃してくることは分かったので、後の先を取る。
同じ行動を取ってくれるか心配だったが、一定距離まで近付くとブレイドラビットが前と同じように飛びかかってきてくれた。
(ここだ!)
『魔力機動』を使い、俺は一瞬で真横に移動。
刃の耳を避けつつ、さらに直角に曲がるように直進。
ブレイドラビットの斜め後ろに回る。
『魔力機動』のいい所は、予備動作が全く必要ないことと、最初からトップスピードが出せることだ。
おかげで実際のスピードよりも速く動いたように相手は感じるだろう。
攻撃のために頭を下げていたこともあって、完全に俺の姿を見失ったブレイドラビットの後頭部を、木の枝ではたく。
一回殴っただけじゃ倒せなかったので、体勢を崩した敵を、続けて二度、三度とぶん殴る。
四発目を繰り出そうとした所で、ブレイドラビットは光の粒子に変わって消えた。
(まあ、こんなもんか……)
決して鮮やかとは言い難い勝ち方だったが、一応俺の勝利だった。
それを見てとって、ナキが俺に歩み寄ってくる。
その顔は、あいかわらずの無表情で、
「…もっとうまく戦って。心臓に悪い」
勝ってなお文句を言われる俺の立場ってどうなんだろう。
それからも敵が2体の場合はナキが魔法攻撃、1体になったら俺が接近戦、という具合に片付けていく。
そしてさらに数体の魔物を倒した時、俺はようやく思い出した。
すっかり忘れていたが、『オーバードライブ』で敵に突っ込んだ時、レベルアップしていたのだ。
俺はナキに休憩を頼み、慌てて自分のステータス画面を確認した。
レベルアップによる能力値の変化を見ると、こんな感じである。
【普賢 光一】
トラベラー
LV:5→6
HP:45→52
MP:5
DP:5→6
魔力:7
理力:0
強化:14
耐久:12
俊敏:13
器用:17
理法:3
克己:21
操作:6
信心:1
BP:80→100
HPが魔力の数値である7だけ上がり、理力が0なせいでMPは変化なし。DPはどうやらレベルと完全に連動して1ずつ上がるようだ。
そして他の能力値をチェックしてみて、トラベラーのクラスはBP以外の能力が全く上がらないというのが確定した。
カスタマイズ性が高いと言うべきなのかもしれないが、正直一気にこんなにポイントを渡されても困ってしまう。
能力値を腐らせておくのはもったいないとは思うのだが、ポイントの振り直しが出来ない以上、あまり下手な使い方は出来ない。
特に、これからの転職や戦闘スタイルまで見越した能力値の割り振りをと考えると、ゲームにあまり慣れていない俺には荷が勝ちすぎる。
そういえば『ないとめあ☆ の あるきかた♪』には、トラベラーからは早く転職するべきだとか書いてあった気がするが、それはなぜだっただろうか。
こんなことなら『ないとめあ☆ の あるきかた♪』の『クラスについて』に書いてあった各職業の特徴をよく読んでおくんだったと思ったが、それこそ後の祭りだ。
とはいえ、初期値のままでは流石にこれからの探索に支障が出るかもしれない。
まあ今の所は魔法系の能力は使い道がなく、素早さも『魔力機動』があるから当面は必要ない。
モンスター狩りの効率を上げるため、強化に30だけ振って、14から44まで上げた。
流石に能力値が3倍にもなると効果が出るのか、これにより、ブレイドラビットもグリーンウルフも一撃で倒せるようになった。
今なら、最初に出て来た魚人だって『オーバードライブ』なしで一撃かもしれない。
俺の攻撃力を上げたことで戦闘の効率を上げた俺たちは、途中何度か休憩をはさみながらも、黙々と巨木の根元を目指して進んで行く。
幸い出て来る敵はブレイドラビットとグリーンウルフのみで、2匹以上の群れとも遭遇しなかったので、戦闘は楽勝だった。
たまに蛇行したり行き止まりに突き当たって戻ったり休憩したりしながらも順調に進み続け、目的地と定めていた巨木の近くまでたどり着いたのは、最初に歩き始めてから2時間くらいが経った頃だっただろうか。
いい加減パターン化した戦闘と会話のない道中に疲れ始めていた時、遠くに見えていたはずの巨木が存外近くにあることに気付いた。
最後の道程を小走りで駆け抜け、一気に開けた場所に出た。
とうとう巨木本体が見えて、心の中で快哉を上げる。
ついつい木の根元まで走り寄ろうとした俺を止めたのは、ナキの鋭い制止だった。
「…まって」
俺はナキの緊張を訝しみながらも巨木の根元に目をやって、ナキと同じように目を細めた。
「ひと……?」
そこには俺たちと同年代と思われる数人の少年少女が、こちらを値踏みするような目で見ながら待ち構えていた。