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11.オーバードライブ

 ――たぶん、『あの日』よりも三週間ほど前。



『そういえば、夢の中の縁って、一体どんな感じなんだ?』

『どうしたの、いきなり』


 縁のお株を奪う俺の唐突な質問に、縁がきょとんとした顔で答えた。


『いや、そういえば色々と夢の中の話を聞いたのに、直接夢の中でのお前の話を聞いたことがないような気がしてな』

『そうだっけ?』


 どうやら自覚はないようだが……。


『そうなんだよ。仲間がどうしたとか、こういう冒険をしたとか、そういう話は良く聞くけどさ。

 実際のとこ、縁がどういうキャラを動かしてるのか、詳しくは聞いてなかっただろ?』

『そっか。やっぱり光一、わたしのこと気になるんだ』

『…馬鹿なこと言うなって』


 ここで動揺を押し隠せた俺を、誰か褒めてくれてもいいと思う。

 それでも縁は見透かしたように含み笑いをして、ようやく俺の質問に答えてくれた。


『わたしはね。魔法使いタイプ』

『魔法使い、かぁ……』


 箒に乗って空を駆ける縁の姿を夢想する。


 目を細め、気持ちよさそうに風を切って空を飛ぶ縁。

 高い空の上から俺に向かって手を振って、至近距離から鮮やかなインメルマンターン!

 ……あ、パンツ見えた。


『あ! 今なんか、変なこと考えてる顔してた!!』

『根も葉もない言いがかりはやめてもらおうか!』


 というか、箒に乗るのは魔女だ。

 たぶん、ちょっと違う。


『魔法使いは魔法使いでも、接近戦もできる魔法使いだからね』

『へぇ?』


 縁はちょっとおどけて言った。


『空を駆ければ縦横無尽、魔法の槍は巨人をも貫き、魔法の盾は竜の吐息すら防ぐ。

 そんな魔法使いに、わたしはなりたい』

『ただの願望じゃないか……』


 俺はちょっとだけ呆れた。


 だがきっと、夢のことをこうやって明るく話せるようになったのは、いいことなんだろう。


『まだ、ただの願望。でも、あと一か月もあれば実現してるって自信もあるよ。

 そしたら光一にも、見せてあげたいけど……』

『……そんな機会があったらな』


 湧き上がった一抹の寂しさを押し隠し、まるで興味がないように、俺は答える。


 ただ、もしもそんなゲームがあったなら……。


 ――俺も、縁と一緒に魔法使いをやるっていうのも、面白いかもな。


 なんてことを、俺は思ったのだった。




















 あっという間に終わってしまった戦闘にしばらく呆然と立ち尽くしてから、俺は我に返って振り返った。


「四方坂。助かったけど、今のはちょっとやりすぎだ」


 いや、本音を言うと、ちょっとどころではない。

 完全完璧にやりすぎだ。


 こんなに派手なオーバーキルは初めて見た。

 全部で十発くらい撃っていたが、たぶん三発目くらいでもうあのウサギは倒せていただろう。


 一応夢の世界ということでそういうリアルさが若干抑えられているのか、魔法の当たった場所で血や肉片が飛び散って……なんてことはなかったが、それでも生き物の体が次々と吹っ飛んでいくのはあまり心臓には良くない。


 そして、もっと実際的な問題。


「それに、あんなに魔法を撃ってMPは大丈夫か?」


 それはMP消費だ。

 例え、さっきの魔法の矢がMP消費1の魔法だったとしても、10発撃てば消費は10になる。


 LV5で物理系の俺はHPが45、MPが5だった。

 MPに関係する理力の値が0だった俺のMPは参考にならないにしても、基本的にMPの伸びは、数値的にHPの半分くらいらしい。

 そうすると、LV7で魔法系の四方坂は、MP30くらいだろうか。


 さっきの魔法の矢がMP消費1なら最大MPの3分の1、消費が2だったらもう半分以上を使い尽くし、3だったらもうMP残量0、なんてこともあり得てしまう。

 しかし、俺の心配は杞憂だった。



「大丈夫。あと、160回は撃てる」



 しれっとそう言ってのける四方坂。


 ……160ときた。


 これはつまり、最低でも四方坂のMPは170以上あるということを意味する訳で……。

 あれ? ということは、HPが45しかない俺って……。


 考え込んでいる途中で目の前に影が差した気がして、ハッと目を上げると、


「…どうか、したの?」


 急に黙り込んだ俺を、訝しげに四方坂が見ていた。


「い、いや、なんでもない。……それより、このアイテム、どうしようか」


 俺は慌ててごまかして、ブレイドラビットのドロップアイテムらしいウサギの尻尾を取り上げた。


 ……まあ、ここは順当にいって、倒した四方坂の物だろう。

 ただ、毎回毎回どちらが倒したとか言って言い合いになるような事態は避けたい。

 ドロップアイテムについては何か明確なルールを決めておきたい所だが……。

 そんな風に迷う俺に、


「パーティ設定、して、パーティボックスにいれればいい」


 四方坂が、そんな提案をしてきて、俺は少なからず驚いた。


 パーティボックスというのは、パーティを組んだ者がドロップアイテムなんかを分配する時に使う機能で、パーティ全員がアイテムの分配に同意した時、あるいは何かの事情でパーティが解散する時、そこに入っているアイテムがランダムでパーティ内の誰かに配布されるシステムだ。


 それを使うのは問題ない。

 もし四方坂が言わなければ、こちらが提案していたかもしれないほどだ。

 しかし、俺が引っかかったのは、四方坂からその話が出て来たことだ。


「四方坂、パーティボックスなんて良く知ってたな」


 パーティボックスは、『ないとめあ☆ の あるきかた♪』の真ん中辺り、『パーティについて』に書かれていたから俺は知っているが、四方坂も知っているとは思わなかった。


 もしかすると、データウォッチのヘルプに書いてあったのだろうか。

 俺がそんな風に納得しかけていると、


「…ペイモンちゃんが、そう言ってたから」


 四方坂が、意外な告白をした。

 俺は目を丸くする。


「え? もしかして、俺が渡したあの本、読んだのか?」


 その俺の質問には、四方坂はこくんと小さいうなずきで答えた。


「そ、うなのか……」


 それこそ、意外だった。

 当然この夢世界には持って来れないあの本を読んだというなら、それは現実世界の、この世界のことを何も覚えていない四方坂が読んだということだ。


 俺のことを怒っていたようだし、そんな俺から渡された本なんて、目を通すはずもないと思っていたのに。

 さらに言えば、ペイモンを『ちゃん』付けで呼んでしまうほどあの解説悪魔に親しみを感じているのも意外過ぎだった。


「ん……」


 四方坂はそれ以上取り合わず、素早くデータウォッチを操作。

 データウォッチを通じて、俺にパーティ編成の要請をしてくる。


 すぐにOKのボタンを押そうとして、しかし途中で動きを止めた。


(パーティ、か)


 パーティの役割は、当然パーティボックスが利用出来ることだけではない。

 この世界での経験値やお金に当たる『ウィル』の分配や、アイテムの共有、一部ステータスの開示など、様々な効果を持つ。

 万が一悪用されれば、どんな被害に遭うか分からない。


「なぁ、四方坂。俺と……」


 俺とパーティを組んでしまっていいのか、なんて聞こうとして、踏みとどまる。

 四方坂が、そんな当然のことを考えていないはずがない。

 なのに俺にパーティ結成の申し入れをしてくれたのだから、その意を汲むべきだろう。


「じゃ、じゃあ、組むぞ」


 それでも一応そう宣言して、俺は初めて感じる興奮と緊張を覚えながらもボタンを押す。

 すぐに無機質なメッセージが表示され、あっけなくパーティ編成は終了する。


 データウォッチを見ると、パーティメンバーに、四方坂が加わっている。 なんだろう。ちょっと嬉しい。

 初めて携帯に友達のアドレスを登録した時みたいな感動が、胸の辺りにこみ上げてきた。


 考えてみれば、四方坂とも随分親しくなったものだ。

 最初は見ただけで逃げ出されたのに、何しろ今ではパーティメンバーなのだから。


「よし、それじゃ四方坂……」


 俺がご機嫌な気分で、四方坂に出発を告げようとした所、


 

「…それ、やめて」



 絶対零度の声音が、俺の鼓膜を撃ち抜いた。


「え、っと?」


 何を言えばいいのか分からず体が固まった。

 ――ヤバい。

 もしかして俺、四方坂と仲良くなれたとか調子に乗って、変な笑いとかしてたか?


 縁いわく、俺は邪念がすぐに顔に出るタイプらしい。

 四方坂はそういうのに鋭そうだから、もしかすると見抜かれたのかもしれない。

 破滅の予感に、ドッと汗が噴き出してくる。


「四方坂って呼ぶの、やめて。その名前、嫌い、だから」


 続いた言葉は、そんなものだった。

 考えを見抜かれた訳じゃないのか?

 いや、でも、四方坂って呼べないなら、一体……。


「……ナキ」

「え?」


 驚いて小さく声を漏らす俺に、四方坂はあいかわらず虫けらでも見るような目を向け、


「その方が、気に入ってるから」


 それだけを言い捨てると、勝手に歩き出してしまった。

 残された俺は、呆然とするしかない。


「あ、れ? これって、どういうことなんだ?」


 下の名前を呼ばせてくれるなんて、普通に考えたら仲のいい証拠で、本当だったら有頂天になって浮かれてもいいくらいのことだと思うのだが。

 四方坂の俺を見る目は、どう考えても友好的なそれではなかった。


 はたして四方坂との仲は縮まったのか、はたまた怒らせてしまったのか、俺には判断不能だった。




「四方さ……ナキ。MPは?」

「大丈夫。あと、93発」


 慣れないながらも四方坂……いや、『ナキ』を名前で呼び始めて1時間ほど。

 また名前を呼び間違えてしまって、俺はナキに見えないようにため息をついた。


 1時間経っても慣れない俺も俺だが、たまにうっかり四方坂と呼んでしまうだけで、人とか殺しそうな目でこっちをにらみつけてくるのは如何なものだろうか。

 どうやら本当に四方坂と呼ばれるのは嫌いらしいのは分かったが、ちょっとは手加減して欲しい。


 しかし俺と四方……ナキとの仲とは裏腹に、探索自体は非常にうまくいっていた。

 というか、実際敵を見つけても、


「ナキ! グリーンウルフ、1」

「わかった。……マジックアロー!」


 とまあ、これで終わりなことがほとんどなのである。


 敵が一匹であれば、相手の気付いていない間に四方坂……ナキが、マジックアローを発射。

 向こうが気付いた時には魔法の矢×3を浴びて即死。


 敵が二匹以上であれば一応俺も接近するが、今まで一度も敵を攻撃したりされたりしたことはない。

 相手が俺に気を取られている隙に、後ろから魔法の矢が飛んできて全滅させてしまうからだ。


 一応囮としての役目は果たしていると言えるが、正直ナキ一人でも魔法の矢の命中率が少し下がるだけで、十分対処が可能な気がする。


 また、この森には最初に見たブレイドラビットの他に、グリーンウルフという緑色のオオカミがいたが、戦う分にはブレイドラビットとあまり変わりはない。

 強いて言うならブレイドラビットよりは動きが速いので、たまに魔法の矢が4本必要になるという程度か。


 今の所、俺たちが最初に遭遇した魚人にはまだ出遭っていない。

 これだけ見つからないとなると、もしかするとあいつは、あの凍った森限定のモンスターだったのかもしれない。

 魚人と氷というのはあまり縁がなさそうに思えるが、氷も融ければ水なんだから、関係ないとも言えないだろう。


 などと考えている間に、また前方に魔物の気配。


「ナキ、前方ブレイドラビット、1」

「わかった。……マジックアロー!」


 魔法の矢が飛び、あっという間に魔物が空に溶ける。

 これを、一体何度繰り返しただろうか。

 160撃てるはずの魔法の矢が残り90くらいだから、20回程度といった所か。


 ドロップアイテムを回収するついでにちらりと自分のステータスを覗くと、そろそろレベルが上がりそうだった。

 パーティメンバーが倒した分のポイントは、他のメンバーにも分配される。

 何もしていないのにもうすぐレベルアップというのは、流石に申し訳なかった。


(やっぱり、このままってのも良くないよな)


 特に何の感慨もなく先に進もうとするナキを、俺は引き留めた。


「……ナキ。ちょっと、話がある」

「なに?」


 少しだけ、機嫌が良さそうにナキは振り向いた。

 間違わずに名前を呼んだからだろうか。

 その楽しそうな顔を壊すかもしれない提案に気が引けたが、俺は意を決して切り出した。


「パーティのことなんだが、ちょっと考え直さないか?」

「…どういう、こと?」


 案の定、ナキの顔は急に不機嫌そうになった。

 いや、ちょっと変化があったように見えるだけで、ナキの顔はあいかわらずの無表情と言えるから、それは俺の思い込みなのかもしれないが。


 とにかく、全部言ってしまう。


「俺は全然敵を倒してないんだし、このまま俺にもウィルが入るのは不公平だろ?

 だから、パーティは解除しないか?

 そうしないと、四方坂の分のウィルが減って……」

「それは、困る」


 俺の言葉の途中で、四方坂が口を挟んだ。

 経験値だのお金だのに淡泊そうに見えたが、どうやらそうでもないらしい。


 反応を見せてくれたことに安堵と、ほんの少しだけの寂しさを感じながら、俺は話を進める。


「そ、そうだろ? だから、一度パーティ設定を解除して……」

「だから、困る」

「……え?」


 しかし、その話を再び遮られて、俺は混乱した。

 ナキは責めるように俺を見て、言った。



「パーティが解除されて、あなたの……コーイチのレベルがあがらなくなるのは、困る」

「ぁ……」



 バーン、と胸を撃ち抜かれたような気分だった。

 あいかわらず愛想がない言い方だったし、『あなたの』と『コーイチの』の間にドエライ間があったが、そんなことはどうでもいい。


 その台詞に俺は心打たれたし、ナキに初めて名前を呼んでもらって、ナキのことを、なんというか、仲間なんだとはっきりと実感した。

 馬鹿なことを言った、と思うと同時に、もっと頑張らないと、とも思った。


「…いこう?」


 見ると、考え込んでいる俺を置き去りに、ナキは前に進んでいた。

 それでも振り返って、俺を待ってくれている。


「ああ。行こう」


 そう言って、俺はナキに向かって、足を踏み出した。


 ――小さな決意を、胸に秘めながら。




 俺の決意を見せるその機会は、意外とすぐにやってきた。


「ナキ! 前方、ブレイドラビット2!」

「わかった。タイミングを見て撃つ」


 ナキの返答に、俺はうなずき返しながら、ブレイドラビットに向かって駆けていく。


(よし、ここからだ……)


 今までは、ただ敵の注意を引いているだけだった。

 だが、今回は違う。

 このまま、ナキにばかり負担をかける訳にはいかない。


 1匹目のブレイドラビットまで残り7歩くらいまで近付いた瞬間、俺は身の内に宿る力を解放する。



 ――スキル発動『オーバードライブ』。



 瞬間、五感が拡大する。

 いや、この感覚は五感ではなくて『魔力感知』だろうか。


 束の間の全能感。

 感覚と思考が増大、加速して、ブレイドラビットがどう動こうとしているのか、手に取るように分かる。

 それどころか、背後で四方坂が放った魔法の軌跡すら、肌で感じ取ることが出来た。


 ナキの放った魔法は三つ。

 その軌跡から考えて、その全てが俺の目の前にいるブレイドラビットに命中するだろう。


 ――だから、そいつは狙わない。


 俺はすぐに『魔力機動』を発動。

 通常の『魔力機動』の2.2倍の高速で、三本の魔法の矢の間をすり抜ける。


「……っ!?」


 背後から聞こえた、驚きに息を飲む音を心地良く感じながら、俺は魔法の矢を受ける一匹目のブレイドラビットの横を通り過ぎ、


「やっ!!」


 短い気合の声と共に、まだこちらを目で追えてもいない二匹目のブレイドラビットの顔面に向かって、手にした木の枝を思い切り叩き付ける。

 肉を叩く鈍い感触を手の平に感じながら、俺は『魔力機動』でさらに加速、駄目押しの力を加えて、枝を振り抜く。

 渾身の手応えと共にブレイドラビットの体がひしゃげ、次の瞬間光の粒子へと変わる。


(よし!)


 探索を開始してから初めて、俺の力で魔物を倒した。

 同時にデータウォッチが光って、レベルアップを告げる。

 ちらりと左を見ると、1匹目のブレイドラビットは、既に魔法の矢を浴びて消滅する所だった。


 それを見届けると同時に、ぐん、と体が重くなる。

 『オーバードライブ』の効果時間終了だ。

 MPが0になっているはずなので、MPを補充しない限りもうこのスキルは使用は出来ない。


 しかも、たった一度、敵を攻撃しただけでもう時間切れである。

 自己強化スキルの中でも、恐らくダントツのMP効率の悪さを誇るだろう。


 ――だが、同時に確信もした。

 この『オーバードライブ』。確実にレアスキルだ。


 効果時間はLV1だとたったの6秒間。

 しかし、そのたった6秒の間だけで不利な戦況を覆せるだけの力を、このスキルは充分に備えている。

 効果時間中の『魔力機動』はすごい速度だったし、『オーバードライブ』に能力値アップの効果はないはずだが、あの時の木の枝の一撃はスピードとあいまってかなりの威力を……ん?


「あ……」


 俺は自分の手元を見て、思わず声を上げた。

 俺には鑑定スキルなんてないが、これは見れば分かる。



【木の枝】


種別:棒

攻撃力:2


0/80



 つまり、見るからに、耐久値0。

 だからまあ、なんというか……。

 俺が武器として使っていた木の枝は、ぽっきりと真っ二つに折れていた。


 実に短い間の付き合いだった。

 武器の摩耗率10倍という、『オーバードライブ』の意外なデメリットを忘れていた。


 やれやれ、やっぱり木の枝なんかじゃ武器にならない。新しい得物を探さなきゃな、と思った所で、


「ん? なん、だ…?」


 俺は……自分の背後に迫る、冷気に気付いた。

 嫌な予感に駆られながらも、俺は恐る恐る振り返る。


「四方、あ、いや、ナ、キ…?」


 後ろを向いて、ゾッとした。

 ナキがこっちをにらんでいる。

 しかも、その眼光の鋭さはいつもの比ではない。

 いつかの教室、あなたを殺すと言われた時と同じくらい、いや、それ以上の強さで俺はにらみつけられていた。


 周囲の空気が、凍る。

 俺の周りだけが、氷の森以上の冷え込みを見せる。

 途轍もない迫力に圧し潰され、身動き一つかなわない。


「…………」

「……あ、の?」


「…………」

「……な、ナキ?」


「…………」

「……さっきのは、その」


「…………」

「……う」


「…………」

「…………」


 言葉が続かない。

 冷たい、けれど燃えるような怒りを感じさせる瞳で彼女は俺をたっぷり十秒間は見つめ、俺があまりのいたたまれなさに顔を伏せようとした時、ようやく彼女は口を開き、一言だけ、言った。



「…危険なこと、しないで」



 当然俺に、逆らうなんて選択肢はなく、


「すみませんでした…」


 深々と、頭を下げたのだった。



 世の中色々、ままならない……。

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