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9.二人のうそつき

 ――たぶん『Xデー』よりも、二週間ほど前の記憶。



『なぁ縁。今時の女の子の、一般論的な考え方を聞きたいんだけどさ』

『んー、うん、いいけどー』


 あたかも普通の会話の延長という感じで、出来るだけ何気ない感じで聞く。


 縁はすっかり脱力した感じで、俺の話をそんなに真剣には聞いていない。

 ……チャンスだ。


『今欲しい物というか、もらって嬉しい物って何だ?』


 俺がさりげなさを装ってそう尋ねると、縁はもう一度、「んー」と力の抜けきった声を出すと、


『そういえば、あと二週間でわたしの誕生日だったっけ。

 プレゼントなら、別に何でもいいよ』


 いともあっさりと、俺の思惑を看破してきた。

 動揺する俺を、縁は呆れた目で見て、


『光一、こういうの下手すぎ。

 少なくとも女の子なら、誰でも何かあるって気付いちゃうと思う』

『そっかな?』


 ちょっと悔しいので、俺はそっけない返事を返す。

 すると、縁は含み笑い。


『ま、光一と話をする女の子なんて、わたしとみりんくらいなもんだと思うけどね』

『……いい加減そのあだ名やめてやれよ。きっと東雲さん、陰で泣いてるぞ』


 共通の友人を引き合いに出して、意地悪く、くっくと笑う。


『それより、プレゼントだよ。何がいいんだ?』

『え? ……甘い物、かな?』

『何で疑問形だよ。ていうか、それはプレゼントじゃないだろ』


 俺がそう言うと、縁はなぜか無駄に表情を作って



『あのね、光一。甘い物が嫌いな女の子なんて、いないよ』



 妙に説得力のある言葉を言い放った。

 しかし流石に、誕生日プレゼントに食べ物を渡すほど俺だって甲斐性なしじゃない。


『分かったよ。自分で考えてみるから』


 俺は半ば意地になってそう言い切って、それを見た縁は、


『楽しみにしてるからね!』


 と、本当に楽しそうに笑って……。





















「――お兄ちゃん、朝だよ?」


「……ん?」


 聞き覚えのある声に呼ばれて、俺は目を覚ました。


 この声に起こされるのも何度目だろうか。

 そんなことを考えながら目を開くと、そこにはもう完全に制服に着替え、学校に行く支度を整えた妹がいた。


「おはよう、お兄ちゃん」

「……あぁ。おはよう、結芽」


 その顔からは、昨夜の疲れなんて微塵も感じられない。

 昨夜は、というか今朝は、俺に付き合ってほとんど夜明けくらいまでマニュアルとにらめっこをしていたはずなのに、妹はいつもと変わらない様子だった。

 目は開けていてもいまだ半分寝ているような俺とはえらい違いだ。


「あー、それと、昨日は、ありがとう」


 一応昨夜の礼を言っておく。

 実際、ゲーム知識豊富な妹の解説と助言は、かなり役に立った。

 特にヘイト管理やらタゲ取りやらバフやらデバフやらポップ、リポップやらという専門用語は、このゲーマーな妹がいなければあんなにスムーズに理解出来ていなかっただろう。


「いいよ。わたしも楽しかったもん。

 それで今日は? またやるの?」


 机の上に置いた『ないとめあ☆ の あるきかた♪』の方に目をやりながら言う妹に、俺は首を振ってみせた。


「いや、今日はやめとく。

 ……実はあの本、貸したい相手がいるから」


 俺がそう言うなり、


「それってやっぱり天壌……ん、ううん、何でもない!」


 結芽は一人で何かを言いかけたかと思うと、すぐに部屋の外に出て行ってしまった。




「あれって絶対、天壌先輩って言おうとしてたよな……」


 思い返しながら考える。

 確かに結芽に天壌先輩が気になっているとは言ったが、だからといってそんな相手にいきなりゲームの説明書とか貸してどうするのか。

 ……まあ実際に貸す相手は全然違うので、どうでもいいのだが。


 そんなことを考えながら教室に着いた俺は、本当のターゲットを確認する。


 ――いた。


 今日も教室の端の席で、ニット帽にマフラーという不審者レベルの重装備で自分の体を抱えるようにして縮こまっている。

 賑やかな教室の中で、彼女の周りだけが凪いだように静かというか、ぶっちゃけて言えばあからさまに浮いていた。


(四方坂、あんなに美人で頭もいいのにな……)


 向こうの世界での四方坂を見た俺としては、クラスで浮いている彼女が歯がゆく思えたりもするが、もしかすると過ぎたる美貌や才能なんて物は、現代社会を生きていく上では足かせなのかもしれない。

 けれど今日の俺は、そういう障害を飛び越して、何とか四方坂と話が出来るようになるつもりだった。



 ――そう、今回の目標は、現実世界の四方坂と和解して、『ないとめあ☆ の あるきかた♪』を渡すこと。



 四方坂には学校で夢の話をするなとは言われたが、話しかけるなとは言われていない。

 もしかすると言外にそう言っていたのかもしれないが、ここはあえて無視させてもらう。


 せっかく夢の中ではほんの少しだが打ち解けてきたのに、現実世界に戻ったら他人以下だなんて、そんなに寂しいことはない。

 ここは何とか誠意を見せて誤解を解き、夢の世界と同じ、いや、それ以上の関係を築く。

 それが、俺の今日の目標だった。


 もちろん無策で何とかなるほど、四方坂は甘い相手だと思ってはいない。

 だからそのために、特別に秘策も用意した。



 昨夜、時間をかけてマニュアルを読み込み、妹も俺もすっかり煮詰まった頃だ。

 四方坂との関係修復のヒントを掴もうと、俺は妹の協力を仰ぐことにした。


「なぁ結芽。今時の女の子の、一般論的な考え方を聞きたいんだけどさ」

「んー、うんー」


 俺の言葉に、脊椎反射的に返事をする結芽。

 本当に分かっているのかは疑問だが、あんまり真面目に聞かれて色々勘ぐられても困る。


 あたかも兄妹の言葉のキャッチボールという感じで、出来るだけ何気ない感じで聞く。


「今欲しい物というか、もらって嬉しい物って何だ?」

「お兄ちゃんの愛かな」

「…………」


 ノータイムで返ってきた言葉の大暴投に、俺はしばし言葉を失った。

 やっぱり俺の妹はちょっとおかしいんじゃないだろうか。


 だがここで折れたら何の収穫もなしで終わってしまう。

 俺は食い下がった。


「も、もうちょっと具体的な物で言うと?」

「じゃあ飴ー」


 一気に即物的になった!

 飴玉だったら容易に購入も可能だ。

 しかし、一般的な女子という物は、本当にそんな物をもらって喜ぶものなのだろうか。


 俺が妹の感性を疑っていると、それに気付いたのか、結芽はやっぱりトロンとした目をしたまま、それでも力強く言い切った。



「あのね、お兄ちゃん。糖分が嫌いな女子なんて、いないよ!」



 やけに説得力のある言葉を頂きました!

 というか、甘い物じゃなくて糖分ときた。

 じゃあもう砂糖舐めてればいいんじゃね、と思わなくもないが、そんな台詞はそれこそ女心が分からないというものだろう。


「だけど、そんなのでいいのか?

 飴なんて、そんな子供っぽい……」


 と言いかけた俺の言葉は、


「お兄ちゃん! 考えてもみて?

 特に仲が良くもない男子にいきなりアクセサリーとか有名店のケーキとか渡されたらどう思う?

 絶対ドン引きだよ?」

「あ、ああ。それは、そうかな…?」


 嵐のような結芽の言葉にかき消された。

 別にアクセサリーやケーキを贈るなんて一言も言ってないのだが、なんとなく押されてうなずいてしまう。

 さらに、結芽は胸を張って言った。


「どんな女の子でも、飴をもらったら絶対機嫌よくなるよ。

 飴を何個か目の前に置いて、『プレゼントだよ』って言ってあげれば、今まであんまり話が出来なかった人とも仲良くお話できるかもね?」


 結局その言葉が決め手になって、俺は飴玉作戦を実行に移すことに決めた。


 俺は「ちょっと休憩する」と言って部屋を出て、その足でこっそりと家を抜け出し、近くのコンビニで飴を一袋買ってきた。

 最近主流になっている一個ずつが密閉されているタイプではなく、カラフルなフィルムに包まれている、いかにもキャンディ的なタイプの物を選んだ。


 しかも、妹の趣味に日々影響されているのか、包み紙が鮮やかな水玉模様の奴を取って来てしまった。

 しかし、これなら女の子も大喜び……だろうか?

 いかにも安物っぽい色合いで、これは全然ダメなような気もするのだが。


 結局俺が飴を買ってきたことは妹にもバレて、


「お兄ちゃん、んー!」


 なぜかキス待ち顔で迫ってくる妹の口に飴玉を突っ込んで、


「うん、あまーい! ……こへならまひがいないね」


 聞き取りづらい妹の言葉を解読する傍ら、俺はそっと、買ってきた飴玉の内の数個を鞄の中に忍ばせた。


(これで明日は、何とかなるかな)


 ひとまずそう考えて、俺は妹と『ないとめあ☆ の あるきかた♪』を読む作業に戻ったのだが……。



 しかし、改めて考えると、こんな子供騙しが四方坂に通用するのだろうか。

 あの時はほとんど徹夜状態で頭が働いていなかったし、結芽の勢いに押されてあたかも名案のように思えたが、仮にも年頃の女子高生が飴玉もらったくらいで喜ぶか?

 というか、例え同じお菓子類を渡すとしても、せめてクッキーかチョコの方が良かったのではないだろうか。

 俺の中に、今さらながらに飴玉作戦への疑念が湧く。


(……いや)


 だが、俺は首を振って雑念を追い出した。

 やはりここは、結芽の言うことを信じてみよう。

 いくら中学生とはいえ、あれでも女の子だ。


 翻って俺はというと、この一年は少しマシになったものの、生まれてからこの方、恋人どころか同年代の女子と満足に会話をした記憶もない。

 そんな俺の判断よりも、妹の意見の方が絶対に正しいはずだ。


 俺は意を決し、本と飴玉を手に、教室をまっすぐ横切って、四方坂の許へ向かう。

 そして、


「四方坂! この前は悪かった。お詫びのし……おわぁ!」


 緊張で手が滑って、机の上に飴玉がこぼれる。

 ボトボトと机の上を転がる飴玉。


(しまった! せめて何か袋にでも入れてくるべきだった!)


 そんなことを思うが後の祭り、もはやアフターフェスティバルだった。

 ころころ転がる飴玉を見て、四方坂の目が鋭さと冷たさを増す。


「……これは?」


 肌に突き刺さるような声で尋ねてくる。

 いや、もしかしてこれ、怒ってるんじゃ……。

 そう思ったが、一縷の希望にすがり、俺は答えた。


「ええと、プレゼント…?」


 何で疑問形なんだよ、と自分にツッコみながら、四方坂の反応をうかがう


「……ふざけてるの?」


 その声のあまりの冷たさに、俺は思わず身震いしそうになった。

 実際、体感温度で三度くらい、周囲の気温が下がったような気がした。


 うん、こうなれば女心とか関係なく俺にだって分かる。

 もしかしなくてもこれ、怒ってる!


(ちっくしょう! 結芽の大嘘吐き!!)


 心の中でこの場にはいない妹に悪態をつきながら、どうしようもなくパニクった俺は、


「と、とにかくこれ、読んでくれ!!」


 まるでラブレターを渡すみたいな台詞と共に『ないとめあ☆ の あるきかた♪』を四方坂に押し付けると、一目散に自分の席に戻った。

 そのまま机に突っ伏して、全ての情報をシャットアウト。

 なんとなく周りの視線がこちらに集まっている気配を感じたが、見ざる聞かざる言わざるを自分に課して、ホームルームが始まるのを待つ姿勢。


 ただ、そんな体勢でも、隣の席の滝川が、


「……ないわー」


 と呟いたのだけは、ばっちり聞こえてしまっていた。


 言っとくけどな、滝川。


 ……全くもって、同感だよ!!











「……ただいま」


 それからの一日、学校で何をしていたのか、正直良く覚えていない。

 ただ俺は貝だ、俺は貝だと自分に言い聞かせて一日を乗り切った。


「お、お兄ちゃん!?」


 玄関を抜けると、憔悴しきった俺の姿を見て、結芽が驚きの声を上げる。

 そういえばこいつの助言のせいであんなことになったんだな、と思わなくもなかったが、何も言わなかった。


 常識で考えれば、いきなり良く知らないクラスメイトから飴玉をもらって喜ぶ女子高生がいるはずがなかった。

 それを無視して安易な解決法に飛びついた俺が間違っていたのだ。

 むしろ、今時飴玉一つで喜ぶこの妹の純真さを俺はもっと大切にするべきなんだろう。


 そんなことを思いながら、兄として温かい目を結芽に向けると、


「ご、ごめんねお兄ちゃん!

 ちょっとした悪ふざけのつもりだったのに、まさか、そんなに落ち込むとは思わなくて……」


 なぜか結芽は俺に謝ってきた。

 俺の混乱にも気付かず、結芽は一人で焦って言葉を続ける。


「で、でも、お兄ちゃんもいけないんだよ?

 好きな人のそんな基本的なこと、ちゃんと調べておかなかったんだから」

「基本的な、こと?」


 そして、俺との認識のズレに気付かないままで、結芽はとうとう後戻り出来ない言葉を吐いた。



「だって、天壌先輩が甘い物大嫌いだっていうの、すっごく有名なのに!!」



 そこで、血の巡りの悪い俺の頭も、ようやく事の真相に気付いた。

 つまり、あれだ。


(俺は結芽に、はめられた、のか……)


 そしてそれが、最後の一押しだった。

 もともと死に体だった俺は、その一言にトドメをさされ、


「お、お兄ちゃん? お兄ちゃーん!!」


 ……死んだ。











 まあもちろん死にはしなかったが、結芽と諒子さんに随分と労わられ、今日はもう早く寝るようにとかなり早い時間に部屋に戻された。

 その気遣いはありがたかったが、ありがた迷惑という言葉もある。


 俺は一人、時計をにらみながら煩悶していた。

 もし今日もナイトメアの世界に跳ばされるのなら、当然四方坂とも顔を合わせることになる。

 そして夢の世界の四方坂は、現実世界でのことを全て記憶しているのだ。


「うわあぁ。どうしたものか……」


 なんて言ってみた所で、事態が改善する訳でもなく。

 せめて気持ちだけは引き締めようと、俺は時計を前に正座して、身じろぎもせずにその時を待った。


 ――そして迎えた、午前0時。


 時計の針が頂点を指した瞬間、俺は四方坂と向かい合うように氷の森に立っていて……。


 俺の姿を認めた四方坂は、その綺麗な顔にちょっとだけ困ったような色をにじませて、



「……ばか」



 と言った。


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